第25話 部下との付き合い方

「これはまた、おどろおどろしい物を作ったのぉ」



 リンが作り上げた隠れ家の撤去作業に、俺は作業員を呼んだ。

 二人の作業員が先に来て、状況を把握して援軍を呼び、清掃を始める。援軍に混じって、何故か尾崎紅葉が一緒に来ていた。

 尾崎は内装をじろじろと観察して、艶やかな着物の袖で口元を隠す。


「趣味が善いと云うか、何と云うか」

「冗談はやめてください。こんな悪趣味なもん」


 リンが積み上げていた骸を回収している作業員が、何かに躓いて転ぶ。何処の骨が分からないが床に撒き散らし、仲間が慌てて拾い集める。

 俺は作業員が躓いた所を見に行った。じっと見つめると、何かが骨に埋もれている。

 骨を避けていくと、一部白骨化した死体を発見した。鼻が腐り落ち、目からはうじが湧いている。閉じ込められていた蠅が煙のように飛び出して、部屋いっぱいに飛び回る。


 臭いの元はこれか。俺は作業員に回収してもらう。

 次いでに身元の確認をした方が良いだろうか。異能特務課だったら面倒だ。首領ボスにまで迷惑がかかる。


 飛び回る蠅が煩わしくて屋外に退避すると、尾崎がくすくすと笑っている。

 何が可笑しいのか。面白いことなんて一つも無い。


「中也を振り回せるのは太宰だけだと思うていたが、リンも昼夜の扱いが上手いのぅ」

「揶揄ってるの間違いでしょう。太宰といい、リンといい……碌な奴が居ねぇ」

「そうは云っても、楽しそうじゃな」

「これが楽しんでる顔に見えますか」


 俺はリンのGPSを確認する。場所は分かったが、直ぐに信号が消えた。

 信号を切ったか、異能を使ったか。どちらにせよ、もう疲れた。

 俺が携帯電話を仕舞うと、尾崎が話しかける。


「……可愛いか?」


 俺は思わず「誰がです?」と聞き返す。

 尾崎は「リンの事」と云いながら、俺をジトッと見つめる。「真逆、わっちの事と思うておるまいな?」と云わんとする目に、俺はそっと目を逸らす。


「彼奴が可愛いと思ったことなんて、一度もありませんよ」

「本当にそうかえ?」

「姐さんに嘘吐いてどうするんです」


 可愛いなんて思っていない。

 だからといって、拾ったことを後悔しているわけでもない。


 単なる責任感だ。

 単なる同情心だ。


 それ以外に何もない。

 ――何もない。そう思っている。



「あれは殺戮人形ハァトレス・ドォルですよ」



 俺の答えに、尾崎は目を細めた。何やら悲しそうな雰囲気で「そうか」と云った。


「誰が何と云おうとも、中也はリンの敵になってくれるなよ」

「何故です?」

わっちは鏡花を愛おしく思う故、一等手をかけた。あの子は光の道を選んだが、わっちはあの子が幸せならそれでも善いと思っておる」

「そういえばそうでしたね。探偵社に入ったんでしたっけ」

「そうじゃ。……忌々しい探偵社に引き抜かれるとは」


 心底悔しそうに語る尾崎に、俺は苦笑いする。

 ふと見上げた空を、二羽の鳥が飛んでいる。戯れるように弧を描いて遠く飛んでいく。尾崎もそれを見上げていた。彼女の微笑む横顔は、髪に隠れて半分見えていない。


「上司であるなら、部下の行く先を案じるじゃろう。危険から守り、行くべき道を指し示してやりたくなる。全てに道しるべを立てて、迷うことも知らずに歩んでいって欲しいと願うが、その通りにならぬ。ならばせめて、世の全てが敵になっても、守ってやれる誰かになれたら善い。……今のわっちが鏡花に出来ることじゃ」


 尾崎は俺を見る。

 リンにとって、俺が頼れる大人になれという事か。

 けれど、リンは俺をかなり下に見ている。莫迦にしているのに、俺が彼奴の何になれるというのか。


「彼奴、俺の事なんかどうでもいいと思っていますよ。扱いが適当だし、首領ボスしか眼中に無いし」


 俺がリンの不満を口にすると、尾崎は呆れた様子で傘を差す。

 艶めかしい赤の番傘の陰に入ると、彼女の明るい髪が一層、赤みが増す。


「気づいておらんのか。リンも中也も、勘が鈍いのぅ」


 俺は尾崎の云っている意味がよく分からない。鈍いも何も、率直に話をしているのに。尾崎は俺に大きなため息を吐いた。


「本当に気づいておらんのじゃな。わっちが知るリンは、常に人形の様に振舞っている姿しか見たことがない。手の動き、目の動きその細部に至るまで、あの子は演技を張り巡らせている。可愛いと思われること、愛される見た目であることに拘っているじゃろう」


 尾崎が話すリンは、俺も知っている猫を被ったリンだ。

 勿論、尾崎や誰かがいなくなると、いつも通りの我儘なリンになるのだが。

 それがどうした。猫被った姿の何が。


「じゃが、以前わっちが見たリンは、お主に我儘を云っておったわ。お主と二人きりの時だけあの子は……リンは人間でいられる。この意味が分からぬほど莫迦ではあるまい」


 俺はそれを聞いて、納得した。

 ふと携帯が鳴った。電話に出ると、リンの声がした。



『中也、早く来て。確かめたいことがあるの』



 妙に鼻声で、いつものような軽快さは無い。

 俺は「すぐは無理だ」と云ったが、リンは『いいから。早く来て』と譲らない。

 俺が困っていると、尾崎が作業員に指示を出す。


「早う行ってやれ」


 尾崎の優しさに甘え、俺はリンの元へ向かった。


「今何処にいんだよ」

『知ってるでしょ。GPS見れるんだからさ』

「云え。ちゃんと」

『……ボクの古巣。今向かってるの』



『孤児院に来て』



 俺はリンが指定した場所に急いだ。

 落ちていく夕日が、血の様に紅い。

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