第24話 内に秘めたるは

 皆、ボクを要らないって言う。

 皆、ボクがおかしいって言う。


 どうして? ボクは『普通』だよ。

 育ちは変かもしれないよ。孤児院育ちだし。

 家族がいないのは、変かもしれないよね。


 でも、ボクも生きるために頑張ってきたんだもん。

 皆と一緒。皆も生きるために頑張ってきたでしょ。


 どうして要らないって言うの?

 どうして皆、ボクを『処分』しようとするの?


 壊れてないよ。

 狂ってないよ。

 何もおかしくないよ。


 ねぇ、生きたいって思っちゃダメなの?

 ねぇ、愛されたいって思っちゃダメなの?



 皆が持ってるものが欲しいって、思っちゃいけないの?



 ねぇ、お願いだから。

 ボクも生きてていいって、誰か言ってよ。



 ――誰か、ボクにも太陽の下を歩かせて。

 ボクも愛されてみたいんだ。



 ***


 誰も来ない廃墟は、風化して朽ち果て、雑草に隠されている。

 横浜の郊外にある廃墟は、かつて俺がリンを拾った場所だ。


 人身売買組織の拠点となっていた廃墟は、今やリンの隠れ家となっている。

 隠れ家と云っても、彼が落ち込んだ時に来る位にしか使われない。

 俺は、吹き飛ばされた入り口を通って、廃墟に入り込む。


 砂埃やカビ、劣化による罅割ひびわれや水漏れで内部も損傷が激しい。

 俺はリンを探しながら、奥へ奥へと進んでいく。

 入口に居る時点で鉄錆の臭いは漂っていた。廊下を進む度に鉄錆の臭いに死臭も混ざってくる。最奥に着く頃には、腐臭も混ざって吐き気がした。


 こんな場所によく居られるな。

 動物が迷って死んだとしても、酷過ぎる臭いに外に出たくなる。

 扉を開ける前に、俺は胸からこみ上げてくるものを力技で抑え込む。

 なんとか喉仏の下で耐えきって、扉を開けた。



 ……—―あの時は、リンは積み上げた人形の中で眠っていた。

 彼奴が声を出さなかったら、本気で気が付かなかった。それくらい馴染んでいたのだが。


 目の前にあるのは人形の山ではない。

 此処で何人死んだのか。数えるのも憚られるくらいの骸の山。

 白骨化された死体の上で、リンは天窓を眺めていた。


 右腕に負った火傷から血が滴り、骸の目の穴に垂れて床に落ちる。

 虚無の表情で空を見上げる彼は、陶器製の人形だと言われたら信じてしまいそうだ。


 リンは目だけを俺に向けている。ふと目が合うと、リンは興味を無くしたように俺から目を逸らした。


 俺は切り出す前に、部屋の中を見渡した。


 拘束椅子に並んだ道具。

 錆びて使い物にならない様な道具や、椅子の下の汚泥に俺は此処がどう使われているのか悟った。


 頭を掻いて、ため息を吐く。


「拷問部屋を勝手に作んな」

「……いいじゃん。マフィアの地下は空かないんだもん」


 やり過ぎるリンを入れない様にしているだけだ。

 毎日予約が入るほど使っているはずが無いだろう。

 知っているから此処を作ったんだろうが、俺は敢えて云わない事にした。


 俺は汚い部屋を、首領ボスに報告すべきか悩んでいた。

 勝手に拷問部屋を作っていたことも、それを隠蔽して死体を積んでいたことも規則違反だ。それに、マフィアが云えた事ではないが、人権を無視した行為は道徳的によろしくない。

 せめて、梶井に連絡して掃除だけしてもらおう。確か、新しい洗剤を開発して使いたがっていたはず。こびり付いた血が簡単に落ちるとか。



「………………首領ボス、ボクの事要らなかったのかな」



 リンがぼやいた。

 俺は首領ボスとの会話を思い出しながら、「知るかよ」とだけ返す。梶井に電子手紙メールを送るべく、携帯電話を開いた。


「だってさ、ボクが嫌いな梶井を使ってさ。ボクを消そうとしたんだ。ちゃんと、返り討ちにしたけどね」


 俺は携帯電話を仕舞った。今、梶井に連絡しても返信なんて返ってこないだろう。

 俺は「へぇ」と、知らない振りをする。


「……邪魔だったのかな。ボクは、褒めてもらいたかっただけなのに」


 リンのぼやきは止まらない。

 俺は、ただ彼の言葉に耳を傾ける。


「いいなぁ、いいなぁ。羨ましい。皆は家族がいて、皆は愛されて。ボク、何にもない」


 空を見上げるリンは手を伸ばす。

 手を伸ばしても、太陽には届かないのに。


「ボクも欲しい」


 皆と同じものを。

 そう云うリンは、矢張り何処かずれている。


 皆と一緒になれるはずが無い。

 誰もが他人と同じになれないのに。リンはそう思えないのだ。


(あぁ、まぁ、そうだろうな)


 人形として振舞う彼は、何時だって感情が無い。

 誰かに合わせて、欲しい言葉を引き出そうとしているだけ。執着したって、意味がない。


 穴の開いた箱に水は溜まらない。それにも気づかず、彼は求め続ける。

 滑稽な操り人形だ。自分が踊らされていることも知らず、操る側だと錯覚している。


 リンは起き上がる。

 骸の山を下りて、すれ違い様に呟いた。


「もっと強くなったら、きっと首領ボスも考え直してくださるよね」


 ――莫迦だな。

 俺は口に出せなかった。


 リンの背中を見送って、俺はため息をついた。

 吐き気がする部屋で、彼奴は何を思っていたのか。

 俺には解からない。……俺には解からない。

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