第23話 メモリの中身は
事の報告をして、彼の元を去る。
でも、大体そんなものだ。
「
リンがぼやく。
褒められた経験が無い彼には、大事なことなのだろう。
俺は「その内褒めてくださる」と適当にリンを励ました。
昇降機を降りた先で、芥川が待っていた。
口に手を当てて咳をする彼に、リンが突っかかっていく。
「相変わらず陰気臭いねぇ。病気移さないでよ?」
芥川は表情一つ変えずに、俺の方にまっすぐ歩いてきた。
リンはいつもなら喧嘩に乗る芥川に、舌打ちをして何処かへ向かう。
芥川はリンが居なくなったのを確認すると、「
俺はもう一度、昇降機に乗った。
***
もう一度、
「リン君には見せられないから、一度退室してもらったよ」
丁度暗号解読が済んだばかりの、『
書いてあったのは、孤児院が『
『
「—―これは」
俺が呟くと、
画面に書かれている事を、上から下まで目を通した。
リンの異能力は、『自身の異能空間内でのみ、奪い取った異能力を行使出来る』ことでは無かった。それ以上の力がある。
(何だよ。彼奴、異能の強化なんて必要ねぇじゃねぇか)
彼の異能を強力だと云った
確かに、これは地下牢に入れておいた方が安全だ。
俺は
リンをどうするのかと。
このままマフィアの管理下に置いておけば、リンがマフィアにもたらす利益は大きい。だが、リンの異能力を知る者が現れれば、彼を手に入れようとして襲撃してくる可能性もある。
正に諸刃の剣。利益を取るか、不利益を取るか。
「
「リン君の暴走は目に余っているし、でも殺すことにおいて彼はマフィア内でも群を抜いて素晴らしい」
「でも、
――そうだった。
とんでもない異能力は、リンだけではない。
特に、『Q』はかなり危険な異能力を持つ。
必要であれば、彼だけでも事足りる。
――リンが居なくてもいい。
じゃあ、
「今向かったら、間に合うかもしれないよ?」
俺は、弾かれたようにその場を去った。
昇降機を待つのも面倒で、階段を飛び降りて一階まで走る。
俺は携帯でリンのGPSを確認する。
信号上のリンは裏路地に居る。追い込まれたのか、信号は其処から動かない。
俺が二輪車に乗った時、信号が消えた。
異能空間に追い込んだか、若しくは……—―
嫌な想像もしつつ、俺は二輪車を走らせる。
行先は決まっていた。リンなら此処に居る。確信があった。
というか、そこしか無かった。
***
自分の機嫌を取るべく、リンは中華街に向かっていた。
今日は肉まんが美味しい店に行こう。たしか新商品が出るはずだ。店のおじちゃんは優しいから、きっと試食させてくれるだろう。
しかし、リンの足は中華街に向かうことは無かった。
リンの前に立ちはだかる白衣の男。真っ直ぐ切りそろえた前髪と、見目に合わないゴーグルと下駄が、リンは嫌いだった。
マフィアきっての科学者—―梶井基次郎に、リンは目を細める。
「ん~? 何か、仕事残してたっけ? おかしいなぁ。ボク、仕事忘れること無いんだけど」
「いいやぁ? 仕事は残っていないさ。……これからも」
リンが可愛らしく首を傾げると、梶井はリンに何かを投げた。
リンは、高く投げられたそれをじっと見上げる。
黄色い楕円形の、何の香りもしない――檸檬。
「っ⁉ しまっ……‼」
気づくのが遅れ、リンは爆発に巻き込まれた。
梶井の高笑いが響いて、周辺の人々はその場から逃げ出した。
梶井はリンを始末したと思っていた。しかし、リンは其処にいない。地面に散った血の痕に、梶井は口笛を吹いた。
梶井は鼻歌混じりに地面に落ちている血痕を辿る。入り組んだ路地の裏で、リンは着られなくなった服を脱ぎ捨てた。
「……最悪。この服、お気に入りだったのに」
リンの服はボロボロだ。右腕は、爆発から顔を守って大きな火傷を負っている。
リンはいつになく冷たい目をしていた。
可愛らしい声もどこへやら。人形ぶることさえ忘れて、リンは梶井を睨み上げる。
「誰の許可を得てボクにこんなことするの? 痛い目に遭わなきゃ分かんないわけ?」
梶井は「うははははは!」と笑って、リンを挑発した。
「誰の? 許可? そんな簡単なことも理解し得ないとは! 宇宙大元帥の言葉は何時だって正しい!」
リンはそこまで聞いて、目を見開く。
――あぁ、そう。
リンは目を閉じて、深呼吸をした。
信じたくない。けれど、彼がそう言うのなら。
「正しいかどうか、証明してよ。ボクが死んだら、君の勝ち。ボクが死ななかったら、ボクの勝ち。簡単でしょ」
梶井がそれに乗らないはずはない。
リンは梶井の同意を得ると、歪んだ笑みを浮かべた。
「じゃあ、始めよっか」
リンは両手を広げた。
梶井は檸檬爆弾を握る。
すると、空間がぐにゃりと歪んだ。それは下へ下へと落ちていく。
暗く、深く、底知れない恐怖の内側へ。
リンは人形のような声で言った。
「異能力—―『×××××』」
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