第23話 メモリの中身は

 首領ボスにメモリを届け、俺たちの任務は完了だ。

 事の報告をして、彼の元を去る。

 昇降機エレベーターに乗っている間、リンは不貞腐れていた。働きに対して褒められなかったことが不満なのだろう。

 でも、大体そんなものだ。


首領ボス、今回も褒めてくれなかった」


 リンがぼやく。

 褒められた経験が無い彼には、大事なことなのだろう。

 俺は「その内褒めてくださる」と適当にリンを励ました。


 昇降機を降りた先で、芥川が待っていた。

 口に手を当てて咳をする彼に、リンが突っかかっていく。


「相変わらず陰気臭いねぇ。病気移さないでよ?」


 芥川は表情一つ変えずに、俺の方にまっすぐ歩いてきた。

 リンはいつもなら喧嘩に乗る芥川に、舌打ちをして何処かへ向かう。

 芥川はリンが居なくなったのを確認すると、「首領ボスがお呼びです」と云った。今しがた首領ボスに報告をしていた所だったが、何か忘れていたことでもあっただろうか。

 俺はもう一度、昇降機に乗った。


 ***


 もう一度、首領ボスの元に行くと、首領ボス電子計算機パソコンを立ち上げていて、青白い光に顔が照らされている。

 首領ボスは画面を俺に向けた。


「リン君には見せられないから、一度退室してもらったよ」


 首領ボスはそう云って映された情報を俺に見せてくれた。

 丁度暗号解読が済んだばかりの、『スネーク』が隠している秘密兵器の情報だった。

 書いてあったのは、孤児院が『スネーク』の支配下にあったことと、孤児院の子供達が彼らの構成員として訓練を受けていたこと。



スネーク』の秘密兵器が、リンの異能力だったこと。



「—―これは」


 俺が呟くと、首領ボスは組んだ手の上に顎を置く。

 画面に書かれている事を、上から下まで目を通した。


 リンの異能力は、『自身の異能空間内でのみ、奪い取った異能力を行使出来る』ことでは無かった。それ以上の力がある。


(何だよ。彼奴、異能の強化なんて必要ねぇじゃねぇか)


 彼の異能を強力だと云った首領ボスは、これを見抜いていたのかもしれない。

 確かに、これは地下牢に入れておいた方が安全だ。


 俺は首領ボスに尋ねた。

 リンをどうするのかと。


 このままマフィアの管理下に置いておけば、リンがマフィアにもたらす利益は大きい。だが、リンの異能力を知る者が現れれば、彼を手に入れようとして襲撃してくる可能性もある。

 正に諸刃の剣。利益を取るか、不利益を取るか。


首領ボスのお考えは」


 首領ボスは悩ましげに唸ると、「どうしようかねぇ」とぼやく。


「リン君の暴走は目に余っているし、でも殺すことにおいて彼はマフィア内でも群を抜いて素晴らしい」


 首領ボスはリンを残しておくことに肯定的か。そう思われた。



「でも、ポートマフィアうちには『Q』も居るからねぇ」



 ――そうだった。

 とんでもない異能力は、リンだけではない。

 特に、『Q』はかなり危険な異能力を持つ。

 必要であれば、彼だけでも事足りる。


 ――リンが居なくてもいい。


 じゃあ、首領ボスはどうするつもりなのか。

 首領ボスは微笑んでいる。底知れないその笑みは、俺には到底その意味を理解出来ない。


「今向かったら、間に合うかもしれないよ?」


 俺は、弾かれたようにその場を去った。

 昇降機を待つのも面倒で、階段を飛び降りて一階まで走る。

 俺は携帯でリンのGPSを確認する。


 信号上のリンは裏路地に居る。追い込まれたのか、信号は其処から動かない。

 俺が二輪車に乗った時、信号が消えた。

 異能空間に追い込んだか、若しくは……—―


 嫌な想像もしつつ、俺は二輪車を走らせる。

 行先は決まっていた。リンなら此処に居る。確信があった。

 というか、そこしか無かった。


 ***


 自分の機嫌を取るべく、リンは中華街に向かっていた。

 今日は肉まんが美味しい店に行こう。たしか新商品が出るはずだ。店のおじちゃんは優しいから、きっと試食させてくれるだろう。


 しかし、リンの足は中華街に向かうことは無かった。

 リンの前に立ちはだかる白衣の男。真っ直ぐ切りそろえた前髪と、見目に合わないゴーグルと下駄が、リンは嫌いだった。

 マフィアきっての科学者—―梶井基次郎に、リンは目を細める。


「ん~? 何か、仕事残してたっけ? おかしいなぁ。ボク、仕事忘れること無いんだけど」

「いいやぁ? 仕事は残っていないさ。……これからも」


 リンが可愛らしく首を傾げると、梶井はリンに何かを投げた。

 リンは、高く投げられたそれをじっと見上げる。


 黄色い楕円形の、何の香りもしない――檸檬。



「っ⁉ しまっ……‼」



 気づくのが遅れ、リンは爆発に巻き込まれた。

 梶井の高笑いが響いて、周辺の人々はその場から逃げ出した。

 梶井はリンを始末したと思っていた。しかし、リンは其処にいない。地面に散った血の痕に、梶井は口笛を吹いた。

 梶井は鼻歌混じりに地面に落ちている血痕を辿る。入り組んだ路地の裏で、リンは着られなくなった服を脱ぎ捨てた。



「……最悪。この服、お気に入りだったのに」



 リンの服はボロボロだ。右腕は、爆発から顔を守って大きな火傷を負っている。

 リンはいつになく冷たい目をしていた。

 可愛らしい声もどこへやら。人形ぶることさえ忘れて、リンは梶井を睨み上げる。


「誰の許可を得てボクにこんなことするの? 痛い目に遭わなきゃ分かんないわけ?」


 梶井は「うははははは!」と笑って、リンを挑発した。


「誰の? 許可? そんな簡単なことも理解し得ないとは! 宇宙大元帥の言葉は何時だって正しい!」


 リンはそこまで聞いて、目を見開く。

 ――あぁ、そう。


 リンは目を閉じて、深呼吸をした。

 信じたくない。けれど、彼がそう言うのなら。


「正しいかどうか、証明してよ。ボクが死んだら、君の勝ち。ボクが死ななかったら、ボクの勝ち。簡単でしょ」


 梶井がそれに乗らないはずはない。

 首領ボスの命令で此処に居るのだから。

 リンは梶井の同意を得ると、歪んだ笑みを浮かべた。


「じゃあ、始めよっか」


 リンは両手を広げた。

 梶井は檸檬爆弾を握る。

 すると、空間がぐにゃりと歪んだ。それは下へ下へと落ちていく。

 暗く、深く、底知れない恐怖の内側へ。

 リンは人形のような声で言った。




「異能力—―『×××××』」

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