第22話 地下にあるもの
石造りの階段を下りていく。
暗い通路を明かりも無く歩いて行くのは薄気味悪い。
手を伸ばした先も見えない暗さに、背筋がひやりとした。
――懐中電灯を持ってくれば善かった。こんな時、探偵社の眼鏡が居たら善いのに。
あの手帳から懐中電灯出せそうだろう。あの眼鏡なら。
俺が壁に手をついて道を確認していると、急に視界が明るくなった。
後ろを振り返ると、懐中電灯を持ってリンが立っている。
「なに? 明かりが必要でしょ。見えないんだもん」
何だ。此奴、持ってんのかよ。
最初に言ってくれ。
リンは先頭を代わると、危な気無く階段を下りて行った。
俺は彼の後ろをついて行く。
「ねぇ」
「何だ」
「ビビってたでしょ」
「…………………………ビビッてねぇ」
「嘘だぁ。さっきの中也の顔、笑えるくらい怯えてたよ」
リンの悪戯っぽい笑い声に、俺は「
俺はビビってなんかいない。
――断じて、ビビってなんかない。
***
地下にあったのは、小さな部屋が一つ。
石を無造作に積んで造ったような小部屋は、一筋の光も通さない暗くて息苦しい部屋だった。
今開けた鉄製の扉が一つあるだけで、何の用途があるかもわからない。
「リン、ここに入ったことは?」
「あるよ。何回も」
「此処は何をする場所だ?」
「分かんない」
「はぐらかしてねぇよな」
「ホントだよ。ここに入った後の記憶はいつもないの」
「教会で気絶したって云ってたな」
リンの記憶も宛てに出来ない場所か。
とりあえず壁を叩いてみたり、床を踏みつけてみたり、この小部屋を探索する。
真っ直ぐしか歩いていないから、横道も別の部屋も無い。
気になるのは、天井に錆び付いた
「
思い当たることは一つ。
俺はリンの肩を掴んだ。
「おい! ここでの記憶を思い出せ!」
「はぁ⁉ ないってば! ホントだって言ったじゃん! 嘘ついてない!」
「断片的でいい! こう、ふわっと!」
「ふわっと⁉ えぇ~……」
リンは何とか思い出そうと、こめかみを押さえて必死に記憶を探る。
「……なんか広かった? 暗くて、寒くて、ドアが開かなくて。ドアノブが無いから、出る方法が無かった。爪が、痛くて、なんか……鉄の臭いしてて」
リンがそれらしい記憶を探って口に出していく。
俺はそれを聞いて、部屋の状況と当てはめていく。
リンの幼少期なら、この部屋は大きく感じただろう。
この鉄の扉も内側に取っ手がなく、開けることは困難だ。
扉の低い位置に、黒い筋の跡がある。……なら、これはリンの血の痕だ。
リンはうんうんと唸って記憶を呼び起こす。
やっぱり、思い出せることは少ないらしい。
「え~っと、えぇ~~~とぉ……なんか息苦しかったかも。空気が無くなってたのかなぁ。段々息が出来なくなって。—―それ以上は本当に記憶にないよ」
「いいや、十分だぜ」
俺は天井の
彼が此処で、何をされていたかはもう解った。
――畜生。何処までも腹が立つ。
「此処、毒
息苦しいのは、リンが瓦斯を吸ったから。
でも生きているのは、彼の異能力があったからだ。
リンは目を見開いて、
「……要らなかったんだもんね」
リンの科白が、呟いた声以上に明瞭に聞こえた。
俺は何と云っていいか、分からなかった。
俺は探索を続ける。
ふと壁の一部の色が違う所があった。全体的に苔が生えて湿っぽいのに、一つだけ綺麗な石があった。
触ってみると、下の部分に小さな窪みがあった。
それを引いてみると、石の中は空洞で、中にメモリが入っていた。
「毒まみれじゃねぇと善いが」
メモリを回収し、俺はリンを連れて部屋を出ようとした。
――……しかし。
「それを此方に渡してください」
拳銃を持ち、俺たちの方にやってくるのはみすゞだ。
その後ろには、『
みすゞは拳銃を俺に向けたまま、空いている手の平を見せる。
「そのメモリを此方に渡してください。……死にたくないでしょう」
リンは俺を見るが、心配しているわけではない。
俺は軽く息を吐いて、みすゞを見据える。
「お前、それでいいのか」
みすゞは目を逸らす。
直ぐに俺の方を向くと、引き金に手をかけた。
「構いません」
引き金を引くより先に、リンが飛び出した。
みすゞから拳銃を奪い取ると、そのまま『
肩と左の太ももに一発ずつ的中して、二人は態勢が崩れる。
リンはみすゞの首に手刀を落として気絶させると、太ももを打ち抜いた方の眉間に拳銃を押し付けて、即座にとどめを刺す。
肩を撃ち抜いた方の傷をぐりぐりと刺激して、情報を聞き出す。
「ここにいる仲間はあと何人?」
「ぐっ……殺せ!」
「話聞かない人きらーい。あと何人?」
残党は何も喋らない。
リンは無言で足を撃つと、もう一度尋ねた。
「ボク意外と短気なの。でも、待つのは得意なんだぁ。君が話すまでずぅっと待っててあげられるけど、その間にきみの体はどのくらい残ってるかなぁ」
リンは血で汚れた手で残党の指を掴んだ。
関節を真逆の方向に曲げて折ると、さらに捻じっていく。
「ねぇ、ちゃんと見てよ」
ボキボキッ! ゴリゴリッ! と人体に有り得ない音を立てて、リンは遂に指を素手でもぎ取ってしまった。
取れた指を投げ捨てて、リンは次の指に手をかける。
命乞いも、取引も、同情さえリンは耳を貸さない。ただ無心で、残党の指をもぎ取っては捨てて、もぎ取っては捨ててを繰り返す。
七本ほどもぎ取られたところで残党はリンの底知れない恐怖に耐えきれず、歯をガチガチと鳴らして叫んだ。
「もういない! もういない! ここには俺達だけだ!」
リンは手を止める。
「ホントに?」
リンの問いかけに、残党が頷く。
嘘ではないだろう。嘘を吐く理由もない。
俺は「もういい」とリンを止めた。リンは俺をじっと見つめる。
俺は彼を睨んだ。
「解放しろ」
「……はぁい」
素直に返事をしたかと思えば、リンは残党の頭に一発、撃った。
花の様に血が飛んで、階段を彩る。リンは拳銃を解体してその場に捨てると、俺に微笑んだ。
「帰ろっ!
今の出来事が無かったかのように笑うリンが、気持ちが悪くて異質だった。
血で汚れた服も、飛び散った返り血も、彼を飾る装飾品でしかない。
楽しそうに笑う
気絶するみすゞを横切って、俺たちは
リンの浮かれた足取りと違って、俺は足が鉛のように重かった。
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