第20話 孤児院での生活を

 いつも通りの晴天。いつも通りの横浜。

 賑やかな街は鎮まることもない。

 俺は二輪車に乗って、リンを探していた。


 昨日の夜からリンの消息が不明だ。

 GPSを確認しても、見計らったかのように信号が消えていて、彼の居場所を探ることも出来ない。

 リンが行きそうな場所を巡って、彼を探すが何処にもいなかった。

 中華街、博物館、赤煉瓦倉庫、洋服店や喫茶店、洋菓子店も回ったが、リンが居そうな場所は無い。行くとは思えなかったが、電子遊戯場ゲームセンターにも足を運んだ。……結局見つからない。

 何処に行ったのやら。他に行きそうな場所ももう思いつかないというのに。


 路肩に二輪車を停めて、リンのGPSを調べる。信号を発信しているといいが、これで見つけられなかったら、本当にどうしよう。


(もう、俺だけで仕事しようかな)


 リンに振り回されている自分が、どこぞの青鯖と組んでいた頃を彷彿とさせて、苛立ちと疲れが同時に襲ってくる。

 面倒くさい奴が太宰からリンに変わっただけで、やってることは以前と変わらない。こんな思いするくらいなら、単独行動をしている方がよっぽど楽だ。


 携帯が信号を掴むと、リンの居場所を表示する。

 さっき通り過ぎた大通りの交差点。そこにリンの信号がある。

 何だ、気が付かなかっただけか。俺より小さいし、仕方ない。今日は派手な格好してたっけ? それも確認してないから、余計に見落とした。


 リンの信号は真っ直ぐ此方に進んでいる。ここで待っていたら合流できるだろう。俺は珈琲を買いに自動販売機に寄った。

 あと三分くらいか? そう思って携帯を見ていると突然信号が乱れて、プツンと消えた。


 任意のGPS遮断か? いや、これは。



「あの莫迦! 異能力を使いやがったな!」



 俺は近くの商店を探して二輪車を走らせる。

 近くに見つけた百均で、蝋燭とライターを買うと、路地裏に向かった。


 誰もいない薄暗い路地裏で、蝋燭に火をつけて、蝋を垂らす。垂らしたそれに蝋燭を立てて、ひたすら待った。

 五分くらいしただろうか。蝋燭の火が風もなく揺れて、一際大きな炎となる。その炎の中から、リンが現れて、倒れ込むように地面に崩れ落ちた。


 呆然とするリンに、俺は声をかけたが聞こえていないようだった。

 リンは折れた剣を手にしていた。異国の剣は半分綺麗に折れていて、リンが苦戦したことを物語っている。


「……あの虎ちゃん、ボクの顔に傷をつけようとした」


 リンが呆然としている理由が分かった。探偵社の虎の異能力者と正面からやり合ったのだ。大方、執着している異能力者を見つけて、一緒に異能空間に取り込んだという事だろう。

 莫迦だな、自分の力量を見誤って。お前が彼奴に勝てるわけねぇだろ。芥川にだって勝てないのに。何処に勝算があるってんだ。


 リンは悔しそうに顔を歪める。

 八つ当たりに折れた剣を投げつけて、髪をぐしゃぐしゃと掴んで引っ張る。


「こんなんじゃ、首領ボスに見捨てられちゃう。これじゃ愛してもらえないのに!」


 リンの叫びに、俺はため息を吐くことしか出来ない。それ以上に何が出来る?

 俺はリンを立たせると、洋服の汚れを払って、髪を簡単に整えてやる。


「お前はずメモリを回収することからやれ。異能力者の取り込みは、後回しにしろ。それで善いだろ」

「強くなきゃ首領ボスのお気に入りになれないのに」

「お気に入りになりたきゃ、与えられた仕事を全うしろ。話はそれからだろ」


 リンの腕を掴んで、二輪車の後ろに乗せる。

 二輪車が走り出すと、リンは頭を俺の背中に預けた。

 何も言わなかった。腹に回した腕が、きゅっと強まる。


 ***


 孤児院では、丁度昼寝の時間だったようで、みすゞは経費の計算をしていた。

 今はやる事は無いとのことで、リンは俺とメモリの捜索を始める。


 俺はリンと、前にも探した場所を捜索して、二人で地図を覗き込む。

 見つからない地下室に、リンも首を傾げた。


「何で無いんだろう。孤児院の構造的に、不自然なところは無いし、隠し通路もないよ」

「でも何処かにあるんだ。リン、お前本当に記憶にないか?」


 俺が尋ねると、リンは明らかに目を逸らす。直ぐに笑顔になると、「小さい頃の記憶なんてないもんねぇ」とはぐらかした。

 リンが思い出したくないのは分かっている。が、首領ボスが危惧していることが起こる前に、回収しないとポートマフィアの脅威になりかねない。


 ふと、俺は思いついた。

 若しかしたら、建物内には無いのかもしれない。

 同じ敷地にあるのなら、外でもいいじゃないか。例えば、院庭とか。


 院庭は、子供たちが走り回れるくらい広いし、遊具も分散して置かれている。地面とか、何処かに隠し扉の様なものがあってもおかしくないだろう。

 俺が窓から院庭に出ようとすると、リンがハッとして俺の服の襟を掴んで引き戻した。急に息が出来なくなって咳込んでいると、リンが「バカじゃないの!」と俺を怒鳴る。


「《山羊》がそこに入って良いわけないでしょ!」


 リンの科白に俺は肩眉を上げる。リンの生活がどんなものかは、記録でしか見たことがない。が、何かしらの制約があったことは彼の言葉の端々から感じ取れる。


「おい、《山羊》ってなんだ」


 俺が聞くと、リンはしまったと云わんばかりに口を塞ぐ。俺は彼の口を塞ぐ手を無理矢理剝がすと、「ちゃんと云え」と圧力をかけた。この期に及んで見逃してもらえると思わないようで、リンは観念したように白状した。



「《山羊》は、孤児院でのボクの名称。他に二人くらい、同じ《山羊》が居たんだ」

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