第19話 捨てられないために

 結局見つからないまま、今日も一日が終わる。

 リンと合流すると、リンは欠伸をしていた。


「疲れたか?」

「疲れたよぉ。みすゞちゃん、こき使ってくれるんだもん」


 ちゃん付で呼ぶなんて、何時の間に仲良くなったのやら。俺はそうかよ、と車を呼んだ。

 リンは「送ってくれるのぉ?」と喜んでいたが、俺が「首領ボスに報告」と云うと、リンはさぁっと青ざめた。電話を終えるなり、リンは俺の外套コートを掴んで「ボク絶対必要?」と尋ねる。

 俺が「当たり前だろ」と云うと、リンは分かりやすく狼狽えた。



「どうしよう、傷物のボクなんて愛してもらえない」



 ――そんなことか。

 否、此奴には『そんなこと』じゃないのか。


 思いの外早く車が到着する。俺が車に乗ると、リンも少し躊躇いながら車に乗った。

 扉が閉まると、車は走り出す。

 俺はリンをちらりと見やった。リンは俯いて、怒られることを恐れる子供のように震えていた。


 ***


「随分かかっているねぇ」


 首領ボスがため息交じりにそう云った。

 俺は「申し訳ありません」と頭を下げると、リンも同じく頭を下げた。


「リン君、隠し場所は君がかつて居た場所だったねぇ」


 首領ボスの一言に、リンがバット顔を上げる。知られたくなかったことを知っている。リンを絶望させるにはそれだけで十分だった。


「どうして、それを」


 そんな時だって、声の調整は完璧だ。鈴の様な声は、何時だって可愛らしく響く。

 でも、それが通用する首領ボスだったら、今此処に居ない。


「部下の事を調べるのは当然だよ。良く知っておかないと、使える時を見逃してしまう。それは、避けるられるはずの損失に繋がるからねぇ」


 態々わざわざ誰かを挟まずに調べるのも、合理的だ。特に、俺やリンを知っている人物に頼むと、リンが脅したり、個人の判断で事実が伏せられかねない。リンというを、良く知ってる故の判断だ。


「君が付いていながら、こんなにも時間がかかるとはね」

「も、申し訳ありません。三日以内には、必ず!」

「三日。……三日ねぇ」


 首領ボスは机を指で叩く。考え事をしているのか、思わせぶりな行動は、あまりその真意を察せられない。


「気づいているかね? 君らがメモリを探している間に『スネーク』もメモリを求めて徒党を組んでいる。そろそろ孤児院が襲撃に遭うだろう。その前に本当に見つけられるのかね?」


 首領ボスはリンを見つめていた。リンは言葉を詰まらせる。

 これ以上時間をかけていたら、孤児院が襲われる。かといって、見つからない地下室をどうやって見つけるのか。

 現状、どうしようもない。リンが、孤児院での記憶を思い出してくれたら可能性はある。だが、彼は孤児院のなかをあまり出歩かなかったと云う。

 見つけることは出来るだろうか。リンが、何か思い出してくれたら。


 報告も終わり、去り際に首領ボスがリンを呼び止めた。大したことじゃない。リンに対する激励だ。



「あまり、失望させないでくれたまえ」



 リンはそれを聞いて、拳を強く握った。


「—―もっちろんですよぅ! ボクは絶対、首領ボスを失望させませんからっ!」


 リンは気丈に振舞うが、部屋を出た瞬間、見たことがないくらい焦っていた。

 ……首領ボスも人が悪い。あんな事を云えば、リンが重荷に思うくらい解っているのに。

 昇降機に乗ると、リンは小さく呟いた。


「……早く、首領ボスのお願いを叶えないと」


 爪を噛んで、歯ぎしりをするリンは、捨てられることを恐れていた。

 俺はそれを、見ない振りをする。


 リンは一階に降りるなり、俺に尋ねた。

 それは鈴虫の様に、耳を澄まさないと聞こえない声だった。



「ボク、要らなくなっちゃうかな」



 俺はそれに何も返せない。ようやくひり出して、「さぁな」と答えた。

 要らないかどうかは、俺には答えようがない。けれど、首領ボスは自分に害を成さない限り、仲間は大事にする性質たちだ。

 ――どうだろう、それが正解かは分からない。


 俺達は首領ボスの頼れる部下であり、首領ボスの使える手駒の一つだ。

 それ以上でも、それ以下でも無い。


 リンは「そっか」と云って外に踏み出した。

 大きな目に月を映して、彼は人形のように笑っていた。



「じゃあ、もっと強くなったら捨てられないよねっ」



 夜の街に消えるリンに、俺は「そうじゃねぇだろ」と呟く。

 誰かに愛される、そんな身勝手な願いに執着する彼は壊れた絡繰り人形だ。


 俺は帽子を深く被り直す。ちょうど、電話が鳴った。

 仕事の支援の呼び出しだった。どうせやることなんて無い。


 俺は現場に向かう。しかし、道中にまた電話が鳴った。なんと、支援が必要なくなったという。経緯を聞くと、偶然リンが現れて、敵をと云う。

 俺はため息をついて、「分かった」と来た道を帰る。



「……お前が強いのは、俺が良く知ってるよ」



 ――それじゃ駄目なのか。

 それじゃあ、駄目なのか。

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