第10話 綻びのある人形

 飛び込み可の民宿を見つけ、リンを背負ったままその戸を開けた。少し多めの金を払うと無理を云って、角部屋を用意してもらい、二つ並べた布団の一つにリンを転がして、俺は一息ついた。


 リンは目を覚まさない。時折うなされては、「ごめんなさい」と繰り返し何かに謝っている。しばらく様子を見ていたが、リンは夢の中でも何かに怯えている。


「お前は何に怯えてんだ」


 そう尋ねたところで、リンに聞こえるはずもなし。

 俺はリンの隣に寝転んだ。汗の滲む彼の顔を軽く拭いてやって、目を閉じる。何も知らない。何もしてやれない。ならばせめて、夢に追われて途に起きた時に、「それは夢だ」と云ってやれるように……。


 ***


 目を覚ますと、部屋がほんのり明るくなっていた。外を見やれば、ちょうど日が出始めて、空が白みつつある。よく眠れなかった。それはリンも同じか。

 俺は隣を見るが、そこにリンの姿はない。中居が敷いてくれた布団が、きちんと畳んだ状態で俺の目に飛び込んでくる。

 いつ出て行ったのやら。携帯を開くと、リンから電報チャットが届いていた。



『昨日は調子悪かっただけ。忘れて』



 あんなに弱った姿を見せておいて、忘れてとは……。俺はため息混じりに『何のことだ』と返した。既読はつかない。眠り直しているのか。

 俺はまた訪れる微睡みの中、ぼんやりと天井を見つめる。夢か現実か、定かではない情景に懐かしいものを見る。


 かつて、《羊の王》として活躍していたこと。太宰と出会って、マフィアと仕事したこと。白瀬に裏切られて重傷になったり、マフィアに入った後はアダムとかいう自動人形アンドロイドと何か…………したり………………ヴェルレエヌとかいう、兄だとか………………………………何とか……………………………………………──




 俺は気が付いたら眠っていて、起きたら昼近くだった。何だか懐かしい夢を見ていたが、それも思い出せない。


「………………莫迦だな、俺は」


 夢? 何言ってんだ。俺はそもそも、夢なんて見ないじゃないか。


 ***


「それで、隠し場所は見つけたと」

「はい」

「それなのに、何も見つけずに帰ってきたんだね?」

「申し訳ございません」


 マフィアのビルの最上階。首領ボスに中間報告すると、首領ボスは呆れたような笑みを浮かべる。


「私は、出来なかったという報告を聞くために、ここに座っているんじゃないんだがね」


 冷たい物言いだが、その通りだ。

 出来ませんでした、が通じるのは小学生まで。入りたてだろうが、中堅だろうが、失敗は許されない。

 首領ボスは報告内容を反芻しつつ、俺に幾つか質問をした。


「隠し場所は、リンが居たという孤児院の地下なんだね?」

「はい」


「彼は残党から聞き出した。それが嘘の情報ではないと、どうやって判断する?」

「………………彼奴は殺戮人形ハァトレス・ドォルです。死ぬより酷い目に遭わせるのは容易いでしょう。死に物狂いで助けを乞うなら、人はなんだってするものです」


 それとなく、リンの違反行為も報告し、首領ボスはため息をつく。

 リンの位置情報が二時間も途絶えたことがあり、部下を向かわせようとしたことがあったという。日時を聞けば、リンが隠れて拷問したと思われる日と一致する。

 バレていないつもりなのか、わざとなのか。彼の行動は何時も読めない。



「それで、リン君の様子は?」



 俺は昨夜のリンの行動を報告しようと口を開く。しかし、リンは首領ボスに知られることを極度に恐れていた。恥ずかしいわけではなさそうだったが。


(あぁ、そうか)


 リンは、常に完璧な自分を演じている。

 人形のような見た目の維持、服細部にまで気を配り、それは見た目通りの可愛い声さえも。リンは自分を綺麗な人形として仕立て上げている。それは誰もが振り返り、手を伸ばしてしまうほどに。

 ただ、その努力は幼女趣味ロリコン首領ボスには届かないが。……解っていてやっているとしたら、なんと空しい努力だろう。


「いいえ、いつも通りです」


 えて伏せた。何も話さず、隠し通した。

 首領ボスが察しないはずはない。けれど、俺は云わないことを選択した。それが、上司として、部下リンのために出来ることだと思ったからだ。

 首領ボスは何も言わない。俺はそのまま、深くお辞儀をして部屋を出た。


 ***


 エレベーターを降りた先には、リンが立っていた。

 今日は和服のような雰囲気で、短洋袴ショートパンツ長靴下ニーハイソックス長靴ブーツを合わせ、銀製の装飾品を使って現代風に仕上げている。全体的に黒で統一しているから、裏がありそうな雰囲気も醸し出している。

 壁にもたれて、携帯電話を眺めている。俺を見つけると、リンはとことこと近づいてきた。


「ねぇ、中也」


 相変わらず俺には鈴のような声を作らない。リンは周りを確認すると、声を潜める。


首領ボスとなに話したの」


 ──何だ。昨日の失態を話されたかもなんて、心配しているのか。

 可愛い所があるじゃねぇか。


 俺はリンの頭を撫でて「中間報告だ」と云った。リンは安心したように微笑む。年相応の、子供らしい笑顔だ。いつもの人形のようなえがおより、よっぽど善い。

 リンは俺の服のポケットに何かを突っ込んできた。


「早く行こう。仕事終わらせないとねっ!」


 リンは外に走っていく。俺はそんなリンの後ろ姿を見つめる。

 ふとポケットに手を入れた。リンが入れたものは何か、取り出してみる。

 ────────百足むかでの玩具だ。



「てめっ! おい待てこらぁぁぁぁぁぁ!」



 やっぱり、全然可愛くない。

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