第11話 人形のお目当て発見

 横浜の街を歩きながらリンは頭を撫でながら呻く。

 俺からしっかりめの拳骨をもらって、不満そうだ。だが、人の服に虫の玩具を仕掛けるのは止めさせないと。俺だから善かったものの、以前、芥川に仕掛けた時は、ビルの一階が消し飛ぶんじゃないかというくらい激しい喧嘩をしていた。


「いったいなぁ~。そんなに怒ることないじゃん」

「遊びでも止めろ。芥川にした時の事忘れたんじゃねぇだろうな」

「覚えてるよ。あの操り人形マリオネット、『やつがれを愚弄するつもりか!』ってキレ散らかしてたよねぇ。日本人形ちゃんは、何の反応もなかったけど」

「日本人形……鏡花の事か。誰なら善いって訳じゃねぇ。やんな」

「分かった。中也だけにする」

「聞いてたか? 手前の耳は何のためについてんだ」


 怒るだけ無駄なのか。それとも、躾に失敗しているのか。なんにせよ、ちゃんと指導しないと、首領ボスに何を云われるか。それに、こんなところを太宰に見られたら、笑われるにきまってる、それだけは勘弁したい。


 リンは真っ直ぐ孤児院の方へ向かっている。

 行きたくないと云っていた割に、足がすくんでいる様子がない。


「いいのか、このまま行って」

「まさか、ボクが怖がると思ってる?」

「あぁ」

「今日が中也の命日みたいだね。おめでと」

「その前に殺してやるから安心しろ」


 リンは昨日の道を辿りながら、携帯電話を操作する。

 ちょっと覗き込んでみると、近くの喫茶店を調べていた。人気の洋菓子を一つずつ確認しては、興味があるものにお気に入りの目印をつけていく。

 仕事終わりに食べるつもりか? その割には、随分と余裕がある。

 自分の心的外傷トラウマに突っ込んでいくというのに。何か手でもあるのだろうか。


「考えたんだけどさぁ、地下室の場所分かんないのに侵入して、メモリを奪おうって方が変な話だよねぇ」


 リンはそう云って、携帯電話をがま口の肩掛け鞄に仕舞う。

 海沿いの道を歩くと潮風が髪を弄ぶ。リンは髪を押さえて笑っていた。


「職員に直接話を聞いてさぁ、知らないって言ったら子供を一人殺せばいいんだよ。子供がいなくなったら、別の職員を殺せばいいんだ。なんて簡単で単純な仕事を、こんなに難しく考えてたんだろ」


 楽しそうに笑っているリンに、俺は全然笑えなかった。

 子供を殺す? 関係ないのに? それに、どうしてすぐ『殺す』なんて選択肢が出てくるんだ。いいや、マフィアらしい武力行使ではある。でも、子供と職員の人数を少なく見積もって30人として、一人で殺すつもりか?

 いくらヴェルレエヌに体術を教わっているとしても、一人で片付けられる数ではない。


(いいや、此奴の異能を使えば……)


 出来なくはないのか。

 俺は、リンが暴走しないように見張るとしよう。

 ふと電話が鳴った。広津さんか? 名前を確認すると、樋口からの着信だった。

 通話釦を押して、耳に当てる。樋口は「お疲れ様です」と律儀に挨拶をした。


『お忙しい所失礼します。確認したいことがあって、連絡したんですけれど』

「おう、何かあったか?」

『今日の9時頃、武器庫に行かれたりしました?』

「9時? いいや、近づいてすらねぇよ」

『そうですか。すみません、武器庫の銃火器が、無くなっているので。かなりの数が』


 武器は、誰かが使っているとして、そんなに人数必要だったか?

 これから大掛かりな殺し合いをするなんて聞いていないが。


 ふと、海沿いのベンチに白髪の青年を見つけた。


「ん? ありゃ探偵社の……」

「探偵社?」

「ホラ、あの白い頭の」

「あぁ、元懸賞首の虎ちゃん…………ねぇ」


 リンも、何かを見つけたらしい。

 白髪の青年の隣に、中性的な顔の人物が座っていた。

 ありゃ男…………いや、女だ。何処かで見たような気がする。どこだったか。



 ──リンが欲しいと云っていた異能力者じゃねぇか!



 俺は思い出したが、遅かった。リンはもう彼らの前に飛び出している。



「見ぃつけた…………」



 鈴のような声で、女の方に近づいている。


「やっと見つけた。ボクねぇ、ずぅっと君を探してたんだぁ」

「……は?」


 そんな会話が聞こえてきた。

 リンは目当ての玩具に手を伸ばすように女に触れようとする。それを、探偵社の青年が、虎の腕を顕現し、女を後ろに引き下げて防いだ。

 リンは曲芸じみた行動を気に入ったらしい。けれど、表情が笑顔のまま動いていない。興味ないうえに、玩具を取り上げられて腹を立てているようだ。

 これはまずい。


 女は青年の腕を掴んで逃げ出した。賢明な判断に、俺も感心する。

 だが、リンは携帯電話を出すと、どこかに連絡する。


「目標の逃走を確認。予定通りによろしくね!」


 リンはそう云って二人を追いかけて行った。

 俺は電話で、直属部隊を呼び出す。

 1回目の呼び出し音で、彼は出た。


「おい、リンを追いかけろ。GPSついてっから、追跡装置使え!」


 しかし、電話の相手は不思議そうな声を出す。


『え? 今朝、そのようにリンに指示したと聞いていますが……』


 武器を持ち出した奴も、その理由も今判明した。

 俺は電話を切って、リンを探す。こればかりは、拳骨では済まない。

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