第6話 人形の捜し物

 最近知った、異能力者。

 それは、ボクにとっては夢のような異能力だった。

 掴みどころがなくて、あやふやで。目の前にあるのに、届かない。

 そんな異能力があったら、ボクもきっと認めてもらえる。



 ──絶対に欲しい。


 ────殺してでも。



 きっと、皆はボクを非難するのだろう。けれど、誰が何を言おうとも。


「ボクは『心無き人形ハートレス・ドール』なんかじゃないもん」


 だから、手を伸ばした。

 路地裏に迷い込んできた異能力者お人形さんに。


 掴んで、思いっきり引っ張った。腕なんて、千切れてたって構わない。



「──異能力『‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬』」



 ***


 適当に昼飯を済ませた後、リンの言う住所を訪ねようと、俺は彼を待っていた。

 公園の噴水の傍で、自動販売機の珈琲コーヒーを片手にぼぅっと突っ立っていた。

 珈琲コーヒーを飲み終わっても、リンは現れず、手持ち無沙汰になって、端末で今日の記事を漁る。


 最近は、失踪事件の報道ばかりで飽き飽きしている。近所のコンビニの店員、浮浪者ホームレス、小学生、警察官、会社員、官僚……──


「チッ」


 聞いた覚えのある名前に、俺は舌打ちをした。異能特務課に、そんな名前の奴がいた気がする。

 彼奴あいつは、どうしてこんなことを……。



「おっ待たせ~! 用事済んだから、早く行こっ」



 相変わらず俺には低い声で、可愛子ぶる様子は無い。今更ぶりっ子されたところで、吐き気しかないが。

 リンは端末で住所を確認しながら、俺の前を歩く。

 人の往来の多い道で、リンはかなり人目を引いた。


 それもそうだ。西洋人形のように、綺麗な見た目をしているし、顔に合うように彼自身も服に気を遣っている。

 老若男女、誰もがリンをじっと見つめて、『綺麗』とか『可愛い』とか、感想を呟く。

 リンは特に気にしていないようで、真っ直ぐ道を歩いていく。


「中也、喉渇いた」


 リンは俺に手を出して、飲み物を強請ねだる。仕草も、話し方も、人形のように綺麗だ。しかし、生憎あいにく飲み物なんて持っていない。


「持ってねぇよ。待っててやるから、何処かで買って来い」

「はぁ? 使えねー」


 ──これのどこが可愛いんだか。


 リンは聞こえよがしにため息をついた。


「可愛いボクが、喉が渇いたって言ってるのに、中也は清涼飲料ジュースの一つも持ってないの? それに買って来いって、ボクに行けっていうの? 中也の足は何の為についてるわけ?」

「少なくとも、お前に清涼飲料ジュースを買うためではねぇな。つーか、上司を使いっ走りにすんじゃねぇ!」

「だって厚底靴歩きにくいんだもん。買ってきてよ」

「じゃあ履くなよ。はぁ~、幹部を顎で使おうとする奴、お前とあの青鯖野郎くらいなもんだぞ」

「そういえば太宰さん言ってたなぁ。『チビでも幹部になれるんだ~』って」

「身長で幹部になれるわけじゃねぇから。あと俺はチビじゃねぇ」


 リンは自動販売機を見つけると、歩きづらいと言った靴で走って飲み物を買いに行く。

 細やかな刺繍の入ったがま口財布から、小銭を探す。


「中也~! 十円足りな~い! 出してぇ!」

「はいはい……ったく」


 一寸ちょっとだけ金を出してやって、リンは好きな飲料を選ぶ。

 俺は次いでに、リンに尋ねた。




「『異能力者失踪事件』」




 その一言に、リンの指先が僅かに震えた。

 自分より先に、首領ボスが詳細を把握している……なんて状況を避けるためにも、今、彼を詰めておかないと。


「世間では、ただの失踪事件として報道されているが、お前の仕業だろ」

「……だとしたら? そのくらいの事が、どうしたって言うの?」


 ──やはり、大事おおごととは捉えていないようだ。

 俺は帽子を深く被り直す。受け取り口に落ちた飲料が、重たい音を立てた。


「一般市民を狙っている内ならまだしも、官僚や政治の重鎮を標的にしたのは不味まずかった。何が目的だ? 場合によっちゃ、俺がお前を始末することになるぞ」


 半分脅して、半分本気だ。

 それこそ、くだらない理由だったら、上に『職務中に死亡』と報告する必要がある。出来ることなら避けたいが、リンはやりかねない。だから、脅す必要がある。


 彼は、俺の方を振り返って、人形のように微笑んだ。



「僕の異能力を強化するためだよ」



 ──異能力の強化、か。

 納得した。しかし、納得しきれない部分もある。


 リンの異能力は、『自身の異能空間内でのみ、奪い取った異能力を行使することが出来る』異能力だ。

 けれど、奪い取れる異能力は一つだけ。その上、奪い取った異能を行使せず、自分自身の手で殺さないと、奪い取れない。そして、次の異能力者を殺すと、直前まで使っていた他者の異能力は使えなくなるなど不利益デメリットが多く付与されている。


 だから、異能を強化しようという目的は理解した。


「でも、お前が奪った異能力……例えば、この前殺した異能特務課の奴。彼奴は『三秒だけ時間を巻き戻す』異能だ。それがどう強化になる?」

「あ~、居たなぁそんな奴。でも異能特務課の奴を殺したのは、異能が目的じゃない」


 リンは俺に、一枚の写真を見せた。

 中性的で、一瞬では男か女かの判別がつかない。数秒見て、ようやく女だと分かるくらいだ。

 リンは「このお人形さんが欲しい」と、写真をつついた。


「全部、このお人形さんを捕まえるため。実を言うとさぁ、最初に殺した異能力者が、『求めている人を探し当てる』異能力で、何に使えんだか分っかんねー異能だったの。でも、実際使ってみたらぁ、そのお人形さんを見つけたわけ」



 リンは語る。

 彼女の異能力が『暗闇でのみ自身を幽体化させる』異能であることを。そして、それがある事で、自分の異能が最強になることを。

 しかし、リンは彼女の居住区をどうしても知ることが出来なかった。仕方なく、近隣の異能力者を自分の異能空間にさらって殺し、事件化をさせた。

 事件になれば、警察が動く。警察が動けば、自身の安否が心配になった官僚が圧力をかけてくる。そして、官僚にまで犯罪の手が伸びたら、異能特務課が動く。


「そ・し・てぇ~、異能特務課の一員が殺されたら、狙われている異能力者を保護すると思ったんだよねぇ」

「異能特務課がその程度で保護しねぇだろ」

「でもさ、中也が異能特務課に居たとしてさ。仲間の一人が、『ある異能力者を狙う犯人』に、『居場所について脅されていた』証拠が残っていたら?」


 ……成程。

 当然、異能特務課はこれ以上異能力者が狙われないようにする。その上で、犯人を捕まえようとするだろう。

 俺なら、その異能力者を保護し、且つ、犯人探しをする。保護も、捜索も、マフィアだから人数でどちらも行えるが、そうじゃない組織だとしたら。

 両立出来る組織に委託しつつ、自分で解決策を練るだろう。そうだな、例えば……武装探偵社にでも。


「っ!」


 俺はリンを見た。

 美味しそうに炭酸水サイダーを飲む彼は、意地悪そうな笑みを浮かべている。


「横浜に来たことは、ちょっと前に殺した異能力者のお陰で知ってるんだぁ。だから、あとは探して見つけて、殺すだ~け」


 背筋がほんのり冷えた。

 もちろん、潜り抜けてきた修羅の記憶のどれよりも恐ろしくない。


 冷えたのは、彼の狂気だ。

 震えたのは、彼の執着心だ。


 そして、最初に異能特務課を襲って、省略できた過程をしなかった、彼の加虐性に、哀れみを覚える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る