第5話 情報共有

 昼時の中華街は、地元民や観光客問わず、人で溢れかえる。食べ歩きをする者、写真を撮る者、中には携帯電話に向かって踊る者もいる。

 こんな所で動画なんて撮って、どうするのか。最近の餓鬼共がきどもの考えはわからない。


 俺は老若男女の声を縫って、中華街を歩いていた。

 この先にある中華料理屋が、『スネーク』の隠れ家になっていると情報があった。

 つい二日前、その店に入っていく様子を、関係者が目撃してる。


「チッ……、人気ひとけが多いな」


 俺は舌打ちをして、周りをチラ見する。賑わっている街で、騒ぎを起こす訳にもいかず、どうしたものかと考えていると、道の向こうから、リンが歩いてくるのが見えた。


「あれ~? 中也じゃん」


 リンは、 肉饅にくまんや焼き鳥、団子やら何やらを、腕いっぱいに抱えていた。

 それだけでなく、腕にも店名が入った袋を提げて、中華街を満喫していた。


「お前、何してんだよ」

「見て分かるでしょ。昼休憩ランチだよ。色んなお店の人がねぇ、『これ持っていきなぁ~』ってくれるんだぁ。すっかり大荷物だよ」

「仕事しろよ。何を呑気に飯食ってんだ」

「中也これあげる。ボクネギ嫌いなんだよね」

「話聞けよ」


 俺の話を無視して、リンは腕に提げた焼き鳥の袋を押し付ける。

 適当に路地を見つけると、リンはそこに入っていった。俺も、ため息をついて彼について行く。


 路地の陰った場所で、リンは俺に報告する。


「『スネーク』が隠したメモリの場所は分かったよ。残党の一人を捕まえて【お話】したんだけど、そいつは拠点と目的しか知らなかったみたい。だから、拠点の方 に行ったんだけど、住所を教えてもらったよ」


 ……なんだ。先に仕事していたのか。

 俺は安堵して焼き鳥にかぶりつく。醤油のいい香りが、鼻腔をついて食欲をそそる。


「拠点に居た奴らは、随分簡単に話をしてくれたみたいだな。……嘘、掴まされたんじゃないだろうな?」


 俺が尋ねると、リンは一瞬ぽかんとした表情をして、「あはっ」と笑った。


真逆まさか、ボクがして情報を貰ったとでも? 色仕掛けが使える女でもあるまいに?」


 リンがそう笑うと、体が勝手に「あぁ…」なんて呟いてしまう。

 リンは肉まんを噛み千切って言った。



「ちゃんとしたよぉ」



 学生も、大人も。ここにいる誰もが、闇社会の人間がいるなんて想像もしていない。

 道ひとつ変えた先、隣の家の人部屋に、日本の暗部に集う者が居る。そんな漫画みたいな世界を、嘘幻のように考えている。


(その方が良いんだがよぉ……)


 陰に生きる者が、その陰にある世界を、気取られないようにしているのだ。それで正解だが、時々、どうしようもなく滑稽に思えてくる。

 まして、その陰の者が、こんな無邪気な子供だと言うのだから。


「拷問は、幹部の許可を得てやれって、何時も言ってんだろ」

「拷問室、空いてなかったんだもーん。良いじゃん、聞き出せたんだから」

「どこで拷問した。旧銭湯の裏か? コンテナ街のA―31番か?」

「そんな昔の場所使んないよぉ。ちゃんと住所書いてきたから、これから行こうね」


 リンは袋を漁って、食べたいものを探す。春巻を見つけると、袖を捲って指でつまんで食べる。

 こうして見ると、食欲旺盛な中学生だ。普通に学校に行って、友達と駄弁だべって帰る。

 そんな世界もあったかもしれない。それが、俺との出会いで潰れたのでは? と、時々思ってしまう。けれど、その度に太宰の言葉が過ぎるのだ。


『あの子を【普通】だと思ってはいけないよ』


 奴がマフィアを去る、数ヶ月前の言葉なのに。



『彼は【心の無い人形ハートレス・ドール】だ』



 もう、四年も経っているのに。

 俺は帽子を深く被る。そして、あることを尋ねた。


「拷問した残党はどうしたんだ?」


 切り出した途端、リンの表情が変わった。思春期の青年のような表情から、子供じみた笑顔を浮かべ、俺を試すような眼差しを向ける。

『ボクの上司でしょ? ててよ』──そう言っているのが分かる。

 俺はリンを睨むように見下ろす。リンは怯む様子もない。……おちょくられている。分かってるが、怒鳴って聞くようなでは無い。



「……どうせ、殺したんだろ。苦しみながら死ぬように」



 俺が答えると、リンの表情が恍惚として歪む。


「そう! 肺に穴を開けたんだぁ。息を吸っても吸っても抜けていく。頑張ったって、呼吸が出来ないままで死ぬようにね! 苦しいだろうねぇ、辛いだろうねぇ」


 楽しそうに語る彼の顔は、太宰以上に不愉快で、不気味だった。

 どうせ逃がしたところで、マフィアの情報を身内に共有するかもしれない。そんな不安要素があるくらいなら、殺した方が得というもの。

 けれど、そこまで苦しませる必要もあったか?


「もうちょい楽に死なせてやれよ」


 悪趣味な奴だ。そう言いかけて、俺は口を止めた。リンの不思議そうな表情を見たからだ。

 彼は首を傾げて、俺を見ている。


「どうして?」


 ──どうして。

 本当に分からないのか、リンは顎に指を当てて、考える素振りを見せる。しかし、考えても分からなかったようで、俺に言った。



「ボクの言うこと聞かなかったんだよ? どうして優しくしなくちゃいけないの?」



 ──癪だが、太宰の云う通りだ。


 俺の目の前にいるのは、人間じゃない。

 人間の姿をした、殺戮人形ハートレス・ドールだ。

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