第3話 リンという人形
マフィアのビルの
てっきり先に降りたと思っていたが、幹部を待つ律儀さはあったらしい。
俺が
一階を目指す間の、特有の無言が気まずい。階数が変わるのを眺めていると、リンが大きなため息をついた。
「はぁ~~~~~。最悪」
「ほんと最悪。なんでこのボクが、中也なんかと一緒に仕事しないといけないわけ?
俺と一緒が心底嫌なようで、顔を掻きむしりながら文句を
太宰とはまた違った面倒くささに、俺も思わずため息をつく。リンは
「何で中也がため息つくわけ? ため息つきたいのはこっちだっての」
「そっくりそのまま返してやるぜ。だいたい、俺に向かってなんて口聞くんだ。ちったぁ敬語使え」
「必要ないもんね。ボクに名前を呼んでもらえるだけありがたいと思ってよ」
「本当なら舌を引き千切って、二度と喋れねぇようにしてんだぞ」
リンの
「お前は俺の部下だから、多めに見てやってんだ」
そんなリンが消されていないのは、俺の温情だ。あの日、あの組織の拠点から拾ったリンを、俺がマフィアとして育てた。
別に、あのまま人形の山に置き去りにしても良かった。でも、そうしなかったのは、俺なりの優しさで、俺なりの礼儀だった。
太宰の青鯖野郎が、芥川を拾ったように。その結果、マフィアに大きな利益をもたらしたように。
俺にも出来るかも、とも少しだけ思っていた。──否、彼奴に出来て俺に出来ない筈が無いと思っていた。
けれど、実際のところ、あのボンクラのようにはならなかった。
リンは自分が認めた人にしか敬語を使わないし、気に入らない奴は直ぐ殺そうとする。芥川も気が短いが、半殺しで済ませる優しさがある。リンにはそれが無い。
『要らないもの』、『邪魔なもの』は
──リンを拾った後に知った。
リンは、確かに人身売買の組織を滅ぼした。それは
仲間じゃないのか、と問えば、リンは首を横に振った。罪悪感の欠片もない顔で、彼は不思議そうに言った。あの
『要らないから、捨てたんだよ。必要ないものは、生きてる意味もないの。ゴミはゴミ箱にあるべきでしょ?』
普通の子供と思っていたから、余計に衝撃的だった。
こんな言葉は、あんな子供から出てよかったのだろうか。いいや、俺も十代の頃は色々やった。それと近しいものだろう。
でも、仲間を守ろうとか、同じ境遇の子供を、手にかけようなんて思ったことは無い。
「せめて
「
「ちゃんと仕事も教えて、衣食住の面倒も見ただろうが」
「でも
「どうも青鯖に似た物言いだな……。そこまで
俺が尋ねると、リンは楽しそうに微笑んだ。それは、人形の艶やかな微笑にも、寂しい子供の強がりにも見える。
「ボクを褒めてくれる『大人』だから」
***
一階に着くと、リンは真っ直ぐ外に出ようとする。
「オイ、
最初にすべきは情報収集だ。それなのに、外で何をするというのか。
リンは「情報収集だけど?」と不思議そうに首を傾げる。そして、「あぁ……」と目を細めた。
「中也は一応、幹部だもんね。自分が動かなくたって、手足は沢山あるもんねぇ。それに比べて、ボクみたいな下っ端は、自分の足で情報を掴まないといけないからさぁ。中也みたいにのんびり仕事出来ないんだよね。自分の足しか使えるものが無いんだもん」
リンは呆れたように首をすくめ、嫌味混じりに言うと、ビルを出ていった。
俺はため息をついて、近くの構成員に指示を出す。
スマホを開いて、時間を確認する。
ちょうど昼を回った頃だった。朝食がそれなりに遅かった。あまり腹は減っていないが、何か入れておこう。
「……次いでに」
スマホの通知画面には、
昨今騒がれている異能力者の失踪事件が、
「
異能者を消して回って、何を企んでいるのか。
拾って四年、リンの行動が、考えが、分かったことは一度も無い。
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