第3話 リンという人形

 マフィアのビルの昇降機エレベーター。広くもなく狭くもない空間で、リンは扉を開けて俺を待っていた。

 てっきり先に降りたと思っていたが、幹部を待つ律儀さはあったらしい。


 俺が昇降機エレベーターに乗ると、リンは一階のボタンを押して、扉を閉める。

 一階を目指す間の、特有の無言が気まずい。階数が変わるのを眺めていると、リンが大きなため息をついた。



「はぁ~~~~~。最悪」



 首領ボスと話していた時の鈴のような声とは違う、声変わりした男子特有の低い声が不満を紡ぐ。


「ほんと最悪。なんでこのボクが、中也なんかと一緒に仕事しないといけないわけ? 首領ボスの機嫌損ねるようなことした? そんなわけないよね」


 俺と一緒が心底嫌なようで、顔を掻きむしりながら文句をこぼす。

 太宰とはまた違った面倒くささに、俺も思わずため息をつく。リンは目敏めざとくそれに気がつくと、「はぁ?」と低い声で威嚇した。


「何で中也がため息つくわけ? ため息つきたいのはこっちだっての」

「そっくりそのまま返してやるぜ。だいたい、俺に向かってなんて口聞くんだ。ちったぁ敬語使え」

「必要ないもんね。ボクに名前を呼んでもらえるだけありがたいと思ってよ」

「本当なら舌を引き千切って、二度と喋れねぇようにしてんだぞ」


 リンの不遜ふそんな態度は、本来ならば許されない行為だ。マフィアにとって、舐める、舐められるのは関係性が健全とは云い難い。まして相手が幹部なら、その場で消されても仕方がない程の大罪だ。



「お前は俺の部下だから、多めに見てやってんだ」



 そんなリンが消されていないのは、俺の温情だ。あの日、あの組織の拠点から拾ったリンを、俺がマフィアとして育てた。


 別に、あのまま人形の山に置き去りにしても良かった。でも、そうしなかったのは、俺なりの優しさで、俺なりの礼儀だった。


 太宰の青鯖野郎が、芥川を拾ったように。その結果、マフィアに大きな利益をもたらしたように。

 俺にも出来るかも、とも少しだけ思っていた。──否、彼奴に出来て俺に出来ない筈が無いと思っていた。

 けれど、実際のところ、あのボンクラのようにはならなかった。


 リンは自分が認めた人にしか敬語を使わないし、気に入らない奴は直ぐ殺そうとする。芥川も気が短いが、半殺しで済ませるがある。リンにはそれが無い。

『要らないもの』、『邪魔なもの』は処分する殺すのが、彼の流儀だった。





 ──リンを拾った後に知った。

 リンは、確かに人身売買の組織を滅ぼした。それはまごうことなき事実だ。それと同時に、彼はさらわれた子供たちも殺していた。

 仲間じゃないのか、と問えば、リンは首を横に振った。罪悪感の欠片もない顔で、彼は不思議そうに言った。あの科白セリフを、今も覚えている。




『要らないから、捨てたんだよ。必要ないものは、生きてる意味もないの。ゴミはゴミ箱にあるべきでしょ?』




 普通の子供と思っていたから、余計に衝撃的だった。

 こんな言葉は、あんな子供から出てよかったのだろうか。いいや、俺も十代の頃は色々やった。それと近しいものだろう。

 でも、仲間を守ろうとか、同じ境遇の子供を、手にかけようなんて思ったことは無い。


「せめて首領ボスの前では『さん』付けで喋れよ。あんまり目に余ると、俺が注意されんだろうが」

監督不行届ちゃんと見てろって? 実際そうじゃん」

「ちゃんと仕事も教えて、衣食住の面倒も見ただろうが」

「でも首領ボスの方が、ボクをちゃんと評価してくれる。ボクが優秀なこと首領ボスに証明したら、中也の席が無くなっちゃうね。そしたら、ボクが中也をこき使ってあげるから」

「どうも青鯖に似た物言いだな……。そこまで首領ボスにこだわる理由は何だ」


 俺が尋ねると、リンは楽しそうに微笑んだ。それは、人形の艶やかな微笑にも、寂しい子供の強がりにも見える。



「ボクを褒めてくれる『大人』だから」



 ***


 一階に着くと、リンは真っ直ぐ外に出ようとする。


「オイ、何処どこに行くんだ」


 最初にすべきは情報収集だ。それなのに、外で何をするというのか。

 リンは「情報収集だけど?」と不思議そうに首を傾げる。そして、「あぁ……」と目を細めた。


「中也は一応、幹部だもんね。自分が動かなくたって、手足は沢山あるもんねぇ。それに比べて、ボクみたいな下っ端は、自分の足で情報を掴まないといけないからさぁ。中也みたいにのんびり仕事出来ないんだよね。自分の足しか使えるものが無いんだもん」


 リンは呆れたように首をすくめ、嫌味混じりに言うと、ビルを出ていった。

 俺はため息をついて、近くの構成員に指示を出す。

 スマホを開いて、時間を確認する。

 ちょうど昼を回った頃だった。朝食がそれなりに遅かった。あまり腹は減っていないが、何か入れておこう。


「……次いでに」


 スマホの通知画面には、首領ボスからの通知が表示されていた。

 昨今騒がれている異能力者の失踪事件が、首領ボスの耳に入っている。俺は、その事件の概要だけで犯人を察していた。


彼奴あいつを問い詰めておかないとな」


 異能者を、何を企んでいるのか。

 拾って四年、リンの行動が、考えが、分かったことは一度も無い。

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