短編まとめ

彩色彩兎

文芸部に来た彫刻家

私の名は高校2年生の相羽結、「結ぶ」と書いて「ゆう」だ。

ちなみに男子だ。間違えぬように。

普段は学業に勤しみながら短編小説などを時折書く日々なのだが、今年の5月頃にいつもと違う面白い創作活動があった。それを今回綴りたいと思う。


五月中旬。


今年度の文芸部の活動がはじまり約一ヶ月経った頃、1年生の益田徹(マスダ・トオル)という人物が文芸部を訪ねてきた。

彼が部室に顔を出した時、部室には緊張が走った。


徹はウェイトリフティング部であり、日々トレーニングを積んでいた。

そんな益田が文芸部に訪れたと言う事は、部にとって一大事件である。

『芸術に準じる人の体格ではない』という偏見が部員達がざわついた主な理由であろう。


尤も、身体表現系の芸術家は当然身体を鍛えることが多い。

また、日本の文豪にも身体を鍛えている人物がいるし、週刊誌の漫画連載を40年以上続けているとある漫画家は、健康的に漫画を描くため身体を鍛え、水泳を欠かさない。

そうした事情を考えれば、別にクリエイターがいかついマッチョであることにいちいち狼狽えるということはない。


徹はアマチュアの彫刻家であった。

彫像制作をするのなら、古典的には杭とハンマーを用いて対象を象っていくのだ。鍛えていて然るべきである。


「この文芸部は、どちらのタイプでしょうか?」

徹が周りをキョロキョロしながら、ドアの近くにいた部員に質問を投げかけた。

その部員はあたふたして返答に詰まっていたので、私と友人の楓(カエデ)が徹の元に向かった。


「どちらの......というのは?」

楓が詳細を尋ねる。

「広義的には文芸は『文と芸術』だと思うのですが、狭義的には『文で表現する芸術』だと思います。どちらの色が濃いのかなと」

「ああ、たぶんこの部は『文で表現する芸術』寄りだと思うけど、でも他の創作も歓迎だよ」

楓は4月分の活動記録を見せた。

「文芸部では『なにかの創作物に対する批評』も文芸の対象にしているからね。美術部制作の漫画も批評したことがあったし。ねえ馬場?」


「あー......まあ、ね」

言葉を濁したのは、楓の友人である美術部の馬場(ババ)だ。

近くでおしゃべりをしていた夜見(ヨルミ)と顔を合わせる。

夜見も美術部所属であり、たまに文芸部に遊びに来ていた。

「ウチの顔覗くなしー......あいつかー。美術部の体験入部に来てたね」

夜見は馬場に小声で陰口を伝えた。

楓が不思議そうにしていたが、その時部室の扉が再度開かれた。


「理由を説明してあげよう」

吹奏楽部を兼部しているマオがやってきた。

「美術部は"美術部"とは名ばかりの『女子用漫画部』でね。彼のようなそれ以外の美術を表現したい人の居場所ではないのだ」

「えっと......はじめまして、ですよね?益田徹(マスダ・トオル)と言います。

どこかでお会いしましたか?」

「私はマオ。

別に君とは初対面だが、私も美術部の体験入部には参加してね。

“女子漫画部”が理由だろう?」

「......はい、そうです」


マオと徹の会話を、馬場と夜見は気まずそうに、そして不服そうに聞いていた。


徹は自身の活動を伝えはじめた。

「僕は彫刻やフィギュアが好きなんです。

もちろん、漫画やゲーム、アニメが題材のキャラも好きですよ。

ただ、それだけじゃない、もっと幅広い創作をしたいですね。

......ちなみに、美術部ではアニメキャラの彫刻制作もしづらい空気感でしたが」

「んーでも彫刻となるとちょっと困ったことになるしー?」

今まで隠れて聞き耳を立てていた夜見がズカズカと出てくる。

「それってハンマーと杭を使って作るんでしょ?マジうるさすぎるし!

ここは比較的静寂を好む空間なのだから、そんなにやかましくされるのはチョー困るんよね!」

自分たちが普段おしゃべりなのを棚に上げて苦言を呈する夜見と、それに同調する馬場を見て、周りの文芸部員は少し不快感を覚えていた。


「いや、使わなくても作れるんです。

日本語で『彫刻・彫像』っていうと"彫ってないと"という印象があるのですが、実際に僕がしてる『スカルプティング』は粘土造形なども含まれるので」

「それなら文芸部で作業してもいいんじゃない?全然邪魔じゃないだろ?」

私は室内を見回して部員全体の空気感を"肯定"に寄せた。


こうして、益田徹が文芸部に加わり部室内で作業することとなった。

夜見や馬場など幾人かは不満を訴えたが、そもそも執筆活動などは群れて行わず一人孤独にするものなので、工房的なものが必要な人に場所を提供出来るのは、むしろあるべき姿だと考えるのが部員の過半数であった。


土日を挟んで数日後、益徹は作品をひとつ完成させていた。


「てっきり1/6スケールなんかでフィギュアを作ると思っていたんだけど、そうじゃないんだ。

これは......どういうジャンルになるのかな」


「『レリーフ』と呼ばれる彫像です。

日本語では......ちょっと場面が限定的になるけど『壁面彫刻』ですかね。

僕の好みのレリーフは完全な立体でも、少し彫って立体感のある絵にする......でもなく、モデルの『半分より多く』くらいを壁から膨らませて彫像し、壁の平面に残り物語を薄く刻んでいきます。

『ハイレリーフ』という形態ですね。

代表的なのは『パルテノン神殿 レリーフ』とかで検索すると、僕が言ったような形式の彫刻がヒットしますよ」


出来上がったレリーフは、3人の女性を象っていた。

大体1/2くらいのサイズで、互いが肩を寄せあっている構図だ。


「彫像の文脈では珍しくないけど、日本の漫画・アニメの文脈でこれを作ってる人を見たことがなくて。

でも面白いと思いませんか?」


「へえ、いいなあ。私も作ってみたいかな」

「!ほんとですか!?」

「ああ、それに......せっかくみんなが興味深そうに眺めてるからさ、1/1スケールの完全立体の彫像――粘土造形だけど――を作ってみない?」


それを聞いて徹が後ろを振り返ると、五人ほどの部員が興味深そうにレリーフを覗き込んでいた。


「......実は、自宅ではなくて学校に作業場が欲しいと思っていた1番の理由は、1/1スケールで作品を作りたかったからですよ!

自室ではどうあっても場所も足りないですけど、みんなが手伝ってくれるなら心強いです!」


後ろで話を聞いていた楓は漫画をいくつも取り出し、どのキャラクターを作りたいかを熱弁し始めた。

今まで不平不満を言っていた馬場と夜見は、もどかしそうにその光景を見ていた。


「夜見と馬場も参加しろよ」

私は図々しく2人の前に出て、話に合流するよう促した。


「はあ?マジで言ってるの?」

「人数は多い方がいいからね。

1/1になると、細かい作業とは別に、粘土を用意してコネて、ある程度のサイズでパーツを用意するアシスタントがいた方が作業が楽、らしい。

というか、むしろ1/6とかで精巧に作るのと同クオリティなら、原材料費と場所、時間が嵩むだけで1/1の方が作りやすいまであるよ。

材料は百均で揃えられるし、みんなで作ればある程度時間短縮にもなる。

その活動報告の"文"がそのまま文芸部の活動になるしね。

あれ、それともここには遊びに来るだけで文芸活動する気はなかったのかな」

二人は初対面の悪印象の手前しぶしぶという態度をとったが、内心では参加したかったのだろう。

粘土を用意する作業に入ると、楓とともにキャラ選びで熱弁しはじめた。


約一ヶ月かけて、漫画のキャラクター3人の等身大フィギュアが完成した。

『アシスタントがフル稼働で制作するとこんなに早く作業が終わるのか』と益田徹は驚愕していた。


「これ、ネットに投稿したら絶対話題になるよ」

「うわーやべえな。文化祭に展示しようよこれ。ほんとすごい力作だよ」

「ウチが主導で作ったことにならないかな」

「それ盗作な」


この彫像制作を皮切りに、文芸部では文学・映画の作品批評だけでなく、吹奏楽部の演奏や演劇部の舞台の批評など、他部活と横の繋がりを活性化させて活動の一環に取り入れていった。


文学・小説は基本自分一人で執筆するが、批評やこうした制作活動は多人数で行うのも良いものだ。文芸部の部としてのまとまりが出た。


さて、こうして複数の創作表現を実践していくと、両方を無計画に追い求めて両方がおざなりになりかねない。

彫刻や、"漫画部"と美術的創作をするのはいいが、この文章を書くのに2ヶ月もあけてしまった、夏休み明けの後期では、『文字の芸術』に集中したい。






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