忘れられた"現代"チェンバロ
ピアノを中学まで真面目に演奏していた高校2年生の亜紀は、吹奏楽部に勧誘されていたが、気が乗らないでいた。そのことをクラスの友人に嘆いていた。
「私がやりたいのはクラシックだよ。でも吹部はなんか『ダメなタイプの体育会系』ってオーラがやばいんだもん。
『ピアノ弾けるならハープ弾けるよね』って言われてハープひかされたり、ピアノは動かせないから部屋が管楽器と分かれてるのに、合同練習を勝手にはじめて『ピアノ集合遅い!』って怒られたりしてるんだぜ。絶対参加したくない。エキストラでも!」
しかし、やりたくないから『気が乗らない』程度に現在落ち着いているのには理由があった。
今年度、ヴァイオリンがプロ級に上手い1年が入ってきたが、弦楽部には入らず吹奏楽部に乗り込んできた。そこで指揮者を追い出し、吹奏楽部を乗っ取って指揮者をしているという。
「そんな行為をして尚部員の3分の2くらいは現在の吹部に付いてきてるっていうから、ほんとに前任が酷くてその1年がちゃんとしてるんだろうな」
割と部活動のアレコレに詳しい"情報通"の友人の話に耳を傾ける。確かに、最近聞こえてくる吹奏楽部の演奏は音のまとまりが出ていて、聴いていて煩わしさを感じない。とはいえ"スパルタ"に嫌悪のある亜紀にはまだまだ参加する気持ちになれなかった。
亜紀はある日、近くの公民館に向かった。校内は合唱部と吹奏楽部が音楽系を陣取っているため、練習場所はこうした場所に限られていた。
すると、普段はいない人物が公民館の偉い人と話し合いをしているようだった。
あれは、噂の吹奏楽部指揮者。
「はい、手続きは以上ですかね......フフ、いいねえこれが高校の設備になるのは。まあコンサートホールに備え付けられたパイプオルガンほどじゃあないが、あれは建築だし」
「あの」
「ん、なんでしょう」
「同じ高校だよね?私は2年の亜紀。
噂になってる吹奏楽部の指揮者でしょ」
「噂になってる......って面と向かっていう心持ちはいいね」
「何してるの」
「こういうところの施設、使われてない"ある楽器"が眠ってたりするから、もしかしたらと思って調査を入れたらビンゴ!見つかって、自分で整備できるから譲って、学校保有のものにさせて欲しいって話を進めていてね。今、現物がトラックに積み込まれて学校に届く」
「そ、その楽器とは一体?」
「モダン・チェンバロだね」
「チェンバロ!?そんなものが埋もれているなんて、信じられないんだけど」
「チェンバロ自体は知ってるんだ。じゃあ話が早い。
チェンバロってのはピアノの前身......って言われてるけど響きがかなり違うんだが、だんだんピアノに取って代わられた。音量が足りないのと、18世紀末フランス革命と、音の強弱をしっかり引き分けたいという要求が主な理由だね。
それで、20世紀前半に復興運動が起こるが――時代の流れでピアノとチェンバロがどんどん別物になって、'チェンバロの音色とかなり隔たりができたからね――その時『でかい音量で、現代技術で耐久性をあげた金属板チェンバロ』がつくられたんだよ。それが俗にいう『モダン・チェンバロ』
これ、1980年くらいまで使われたんだが、古楽器の復興が進むと『ちゃんと当時を再現したオリジナル楽器にすべきだ』って風潮が一気に広まって『オリジナル・チェンバロ』にとって代わられた。
愚かなポイントはね、古楽復興を歌いながら、上流趣味でチェンバロを買った方々は『モダンチェンバロのために書かれたオリジナルの楽曲』の事などすっかり失念してしまったんだ。これじゃ元も子もないだろう?20世紀中頃までに作曲された曲を再現するならモダンチェンバロが最適だと言うのに。
まあとにかくそんなことがあったんで、探せば物置部屋に眠っていることがあるんだ。それを学校の音楽活動に活かすわけ」
話を聴いた亜紀は、なんの躊躇いもなく提案した。
「そのチェンバロ奏者、私が志願するよ」
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