《第5章:トライワンズ》『第12節:ヒロイン』

「ヴァイスハイト、ヘルデ・キティ! ヴェネレイト、マイン・マオ! 両名は前へ!」

 呼ばれた二人は競技場へ入場し、中央で向かい合った。

「わああ、緊張する〜! 予選と全然違う……あ、初めまして! アタシ、マイン・マオって言います! ヴェネレイトの一年生!」

「私はヘルデ・キティ。ヴァイスハイトの一年生です」

「じゃあお互いタメで話そ〜! ヘルデはどうして「ツインワンズ」に出場したの?」

「……「普通」の自分を変えたくて」

「そうなの!? 実はアタシもなの! 勝っても負けても、「ツインワンズ」に出場するだけで臆病な自分を変えられるかなって!」

「私は……勝ちたい。勝って自分の力を証明したい。それが自分が「普通」ではないことの証になると思うから」

「勝ちへのこだわり……いいね! 確かにヘルデ強そう……」

「……手加減はしないわ。常に全力を出し切る。後悔だけはしたくないから」

 ヘルデが合図すると、肩に乗っていた白猫のアンジュが二人の間に降り立った。

「アンジュと二人で……貴女に勝つ!」

「……」

 マインがキョトンとした顔をする。それを見てヘルデが思わず聞く。

「……どうしたの?」

「……え、いや、もしかして、その子がヘルデの使い魔?」

「そうだけど……」

「……クスッ、アハハハハハハ!!!」

「!?」

 突然笑い始めたマインに驚くヘルデ。

「アハッ、アタシ、貴女になら勝てるかも♡」

「えっ……?」

 ドンッ! 試合開始の合図が会場に鳴り響く。それを聞いてマインは“魔術”を唱える。

「“猫術陣 召喚”」

「!!(私と同じ“猫術陣”……!?)」

「“第1令 黒猫”!」

 そう唱えると、マインの前方に彼女の身の丈の三倍はあろう巨大な黒猫が現れた。

「(で、でかああああああああ!?!?)」


【物語あるある】同じ能力でも個人差がある


「そんな仔猫でアタシに勝てるぅ? “第2令”……」

「……! “第2令”!!」

「「“木天蓼狩”!!!」」

 二匹の猫の爪から放たれた衝撃波がぶつかり合う! しかし黒猫の衝撃波の方が格段に大きく、アンジュは押し負けダメージを受けた!

「ニャア!」

「アンジュ!!」

 吹っ飛んだ白猫をヘルデが受け止める。魔力で繋がったヘルデも傷を負っていた。

「(同じ技だと威力は圧倒的に向こうが上……! それなら……!)アンジュ、まだいけるわよね?」

「ニャ!」

「シュヴァルツ! 畳み掛けるよ!」

 マインにシュヴァルツと呼ばれた黒猫は再度アンジュを狙い澄ます。

「“第3令 猫尻才槌びょうこうさいづち”!」

 マインが唱えると、黒猫の魔力を纏った拳がアンジュに迫った!

「“第4令 猫額掻潜びょうがくそうせん”!」

「!!」

 それに対してヘルデが唱えたのは、白猫を高速で移動させる攻撃を躱すのに特化した“魔術”。アンジュはシュヴァルツの拳を避けて、身体の下に潜り込んだ!

「(やっぱりスピードならこっちの方が上……! そして……!)“第5令 窮鼠猫噛きゅうそびょうごう”!」

 ヘルデが唱えた瞬間、白猫は黒猫に尖った牙を突き立てた! 堪らず叫ぶ黒猫。魔力を共有するマインも悲鳴を挙げる。

「きゃあ! ……くっ! それは……!」

「ええ。“窮鼠猫噛”は自身が不利であればあるほど威力の上がる“魔術”!」

「やるね……! ヘルデ……!」

 二人のやり取りを観客席から見守るキセキとユージーンは、ヘルデの一撃が決まったことを喜ぶ。

「ねぇユージーン! ヘルデいい勝負してるんじゃない!?」

「ですね! マインさんの使い魔を見た時は驚きましたが……その身体の差を逆に利用して戦ってます!」

「マインにも頑張ってほしいけど……この流れだとヘルデが勝つんじゃないか!?」

「ちょっと待ってください……マインさんの様子が……?」

「……?」

 マインの身体は遠くから見ても分かるほど震えていた。

「……アハッ、アハハハハハハ」

「……マインちゃん……? 大丈夫……?」

「……ねぇヘルデ。アタシの尊敬する人が言ってたの。自分のやりたいことがあるなら、人に迷惑をかけてでもやり通せって……「ランタン」って言うんだけどね」

「ランタン!?」

「アタシは自分を変えたい。勝っても負けても……って言ったけど、こんな大勢の前でそんな仔猫に負けるなんてありえない。それはアタシのなりたいアタシじゃない……ねぇ、アタシが勝つのは貴女の迷惑?」

「!!」

 マインは懐から小瓶を取り出す。

「コレはね……ランタンがくれたの。コレを飲めば、なりたい自分になれるんだって。……いただきます」

「マインちゃん待って!」

 ヘルデの言葉は届かず、ほんのり赫く輝くそれをマインは飲み干した。

「う……ぐ……あああああああああ!!!」

 マインは頭を抑え叫んだ。それに呼応するように、シュヴァルツの身体が更に大きくなっていった。

「何……? 何が起きてるの……?」

「ニャニャ……?」

 状況を理解出来ないヘルデとアンジュに構わず、黒猫は数倍に膨れ上がっていく。

「フシュウ……グルルルルルルルル」

 明らかに先刻よりも凶暴になったシュヴァルツは、一人と一匹を睨みつける。


【物語あるある】ドーピング


「……アハッ、アハハハハハハ! いくよ! シュヴァルツ! ……オーバーロード」

「!?」

 黒い霧のようなものがマインとシュヴァルツに集まっていく。観客席のキセキとユージーンもそれを見て驚いた。

「オーバーロード!?」

「え!?」

 次の瞬間、マインは“魔術”を唱えていた。

「“第2令 極メ 木天蓼滅またたびほろぼし”」

 地面を深く抉るほどの斬撃が、ヘルデとアンジュを襲った。

「きゃああああああああ!!!!」

 倒れた一人と一匹へ、続け様にマインは“魔術”を唱える。

「“第3令 極メ 猫体砕鎚びょうたいさいづち”」

 黒猫は魔力を纏った拳をヘルデとアンジュに対して振りかぶった。

「ヘルデ! アンジュ!」

 それを見たキセキが思わず叫ぶ。


 ニャア。

 ……どうしたの? アンジュ。

 ニャニャア。

 ……ああ、そっか。私たち、「ツインワンズ」に出場したんだったね。……「普通」な自分を変えたくて。

 私の家はどこにでもある、「普通」の家族だった。特別“魔術”の才に恵まれているわけでも、特別お金持ちなわけでもなく、お父さんとお母さんが居て、可愛い一匹の猫の居る、「普通」の家庭だった。

 その「普通」が幸せなことは分かっていた。世の中には、生まれた時から一番を強要されたり、周りから酷い罵声を浴びせられたりするような、「普通」じゃない家庭があることも知っていたから。だけど私はそんな「特別」が羨ましかった。

 そう思うようになったのはいつからだろう。多分あの物語をお母さんに聞いた時からだ。「勇者アーサーの冒険」。皆知ってる物語。私はお母さんに毎晩読み聞かせてもらっていた。「普通」の村に生まれた「普通」の男の子が、旅をする中で仲間と出会い、最後には魔王を打ち倒し世界を救う「特別」な存在になる物語。そんなアーサーの話を聞いていたら、「普通」の私もいつか誰かの「特別」……「ヒロイン」になれるんじゃないかと思えた。

 だけど現実は自分が「普通」であることを突きつけられる毎日だった。ヴァイスハイトに入学する日、たまたま同じ汽車に乗り合わせた二人がなんと赤の招待状持ちと五大貴族の末裔。他にも新入生代表に選ばれたり、珍しいパッシブを持っていたり、「特別」な人ばかりがヴァイスハイトには集まっていた。

 私だけ。私だけが何も持っていない。私だけが「普通」で「特別」じゃない。授業で飛び抜けて優秀なわけでも、クエストで刺激的な経験をすることもない。きっと「特別」な人はそういう星の下に生まれた存在なんだ。自らそういう出来事を引き込むんだ。そうでなければ、彼があんなにキラキラしていることに説明がつかない。

 ……キセキくん。君はどうしてそんなに人を惹きつけるの? どうして毎日「特別」なことが起きるの? どうしたらそんなに……太陽のような笑顔で笑えるの? ねぇ、教えてよ……

「ヘルデ」

 ……誰?

「ヘルデ」

 ……もしかして、アンジュ?

「そうだよ、ヘルデ」

 ……どうしたの? 急に言葉なんて話して。

「ヘルデ。キミは変わらなくていい」

 ……どうして?

「キミは今のままで十分素敵な女の子だからだよ」

 ……そんなの。皆そうよ。

「ほら、そういうことだよ」

 ……?

「皆同じだよ。キミが「特別」だと思っているあの人も、キミと同じただの人間だよ。同じように悩んで、苦しんで、悲しんで、それでも前を向いて歩いている、「普通」の人間」

 ……だから変わらなくていいって?

「そのままでいいんだ。キミが変わろうとする必要はない。キミのありのままを「特別」に感じる存在もいる……ワタシのように」

 ……アンジュが?

「キミがキセキの笑顔を太陽のように感じているのなら、ワタシの太陽は間違いなくヘルデだ。キミの笑顔に何度救われたか分からない。道端で死にかけていたワタシをキミが拾ってくれて、介抱してくれて、共に育ってくれて……ヘルデは間違いなく、ワタシの「特別」だよ」

 ……ありがとう、アンジュ。

「それでもキミが変わりたいと望むのなら、ワタシと一緒に変わろう」

 ……アンジュと?

「ああ。ヘルデとワタシはいつだって一緒だからね」

 ……そうね。うん。アンジュ。死が私たちを分かつまで、私と一緒に居てくれる?

「もちろんだよ」


 ドゴンッッッッッ!!!!!! シュヴァルツの拳が振り下ろされ、高く砂煙が舞う。観客はシンと静まり返り、誰もがヘルデの惨状を想像した、その時。黒猫が宙を舞っていた。

「!? 何!?」

 マインが驚いて声を上げる。砂煙の中からゆっくりと何者かが歩いてくる。

「……随分楽しそうだったにゃ〜」

「!?」

「だけどこっからは私たちの番だにゃ!」

 それはヘルデだった。真っ白な猫耳と尻尾が生え、手足や瞳孔も猫のそれのようだった。


【物語あるある】変身


「もしかして……“終令”を使ったの……!?」

 ヘルデの姿を見てマインがまた驚いた。

「そうだにゃ〜。“終令 獣纏けものまとい”。コレで私たちは文字通り一心同体にゃ!」

「ありえない……ただの一学生に“終令”が扱えるわけ……」

「事実扱えてるにゃ! この姿を見ても信用出来ないなんて……もしかして、マインちゃん馬鹿だにゃ?」

「……! 言ってくれる! シュヴァルツ!」

 マインが叫ぶと、吹っ飛ばされていた黒猫が体勢を立て直した。

「“第6令 極メ 猫足迅刃びょうそくじんじん”!」

 シュヴァルツの鋭い爪がヘルデに迫る!

「“第6令 極メ”」

「!?」

「“猫足迅刃”!!!」

 ヘルデも同じ“魔術”を放ち、黒猫の攻撃を相殺した。それどころかシュヴァルツを一歩退かせた。

「“第4令 極メ 猫額掻潜びょうがくそうせん疾舜しっしゅん”!!!」

 ヘルデが唱えた瞬間、彼女の姿が消えた。

「(消えた!? どこに行った!?)」

「“第7令 極メ”」

「!!」

 ヘルデはいつの間にかマインの後ろに立っていた。

「(シュヴァルツじゃなくアタシを狙ってきた!?)」

「“夢猫熄裁むびょうそくさい”!!!」

 ヘルデの拳がマインの腹にクリーンヒットする。マインは黒猫の方へ大きく殴り飛ばされた。そしてシュヴァルツごと吹き飛び一人と一匹は同時に気絶した。

「……ふぅ」

「勝者、ヘルデ・キティ!」

 ワッッッッッ!!! 観客席から拍手が巻き起こった。キセキとユージーンも手を取り合って喜ぶ。

「勝った! 勝ったぞ! ヘルデが勝った!」

「凄いです! オーバーロードした相手を倒しました!」

 しばらくしてヘルデとアンジュが二人のいる観客席へ戻ってきた。元の姿に戻っている。

「ヘルデ! おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「……」

「……ヘルデ?」

「……あ、二人とも! ありがとう!」

「どうかしたの?」

 ヘルデはどこか浮かない表情だった。

「……白魔導師隊に連れていかれたマインちゃんが気になって……」

「マイン……いい子だったけど……いや、いい子だったから、ランタンにつけ込まれたんだ。ヴェネレイトの生徒にまで接触してるなんて……一体何が目的なんだ……ランタン……!」

「ランタンに関与してる以上、何かしらの罰則は免れないかもですね……」

「彼女は被害者よ! 試合前に話してた通り、本当は私と同じ……」

 ヘルデは言葉の途中で倒れた。

「ヘルデ!?」

「ヘルデさん!?」

 キセキとユージーンはヘルデを保健室へ運んだ。

「“終令”の代償だな。“終章”、“終式”、そして“終令”……全ての“魔術陣”に“終わりの魔術”は存在するが、そのどれもが強大な力を得る代わりに自身の全ての魔力を消費してしまう。特に未熟な者が使えば、その後ぶっ倒れて当然だ」

 保健室の先生、ハイレンは二人にそう語った。

「じ、じゃあ、命に別状は無いんですね!?」

「ああ、心配すんな。食って寝りゃ元通りだ」

「よ、良かった……」

 キセキはホッと胸を撫で下ろす。

「てかこの嬢ちゃんが終わったってことは次は……」

「ヴァイスハイト、キセキ・ダブルアール! ヴィゴーレ、グラディオ・エスパーダ! 両名は前へ!」

「そうだ! 俺次じゃん!」

「おいおい! お前を本戦にねじ込んだオレの努力を無駄にする気か!? 会場に急げ! 」

「はい! ヘルデを頼みます!」

 キセキとユージーンは競技場へ走った。


【物語あるある】捨て身の必殺技

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