《第5章:トライワンズ》『第11節:友人』

「キセキさん! 起きてください!」

 「トライワンズ」二日目の朝、ユージーンがキセキの部屋の扉を叩いた。キセキは身体を起こして大きく伸びをする。そして寝惚け眼をこすりながら扉へと向かった。

「何だよユージーン、こんな朝早くから……」

「「ツインワンズ」のトーナメント表が公開されたんですよ!」

「!!」

 大広間には数多くの生徒達が集まっていた。皆一様にして前方に立てられた掲示板に注目している。急いで制服に着替えたキセキとユージーンは、その集団を掻き分けながら前へ進んだ。掲示板を見上げると、確かにそこには「ツインワンズ」本戦のトーナメント表が記載されていた。

「えっと、キセキさんの名前は……ありました! お相手は……!!」

「……マジか……」

 キセキの名前の横には「グラディオ・エスパーダ」と書かれていた。

「(グラディオといつか当たるとは思ってたけどまさかの一戦目……! こういうのは決勝で当たるもんじゃないのか!? ……いや、いくら何でも俺が今の実力で決勝まで進むのは厳しいか……だとしたら一戦目で助かったかも。グラディオと戦う前に負けたら洒落にならないし)」


【物語あるある】ライバルと決勝で戦う


「一戦目からあの「剣楼」と……! かなり手強い相手ですね……!」

「ああ。だけど負けないよ。必ず勝つ。そして……(証明するんだ。アキュアへの想いを)」

「……そして、何ですか?」

「い、いや、何でもない! それよりユージーンの相手は?」

「ぼ、僕は……」

「……? ……!」

 キセキは再度トーナメント表を見てユージーンの名前を見つけた。その横に載っているのは……

「ギアッチョ・ヴィゴーレ……もしかして……」

「はい……僕の従兄弟です」

「!!(対戦相手が従兄弟……! ユージーンってヴァイスハイトに来た理由もそうだけど、家族のことも話したがらないし、何かワケありっぽいんだよな)……負けられないね」

「ええ。僕も、必ず勝ちます!」

「うん! その意気だ!」

「キセキくん! ユージーンくん!」

 二人が呼ばれた方を見ると、ヘルデとアンジュが走ってきていた。

「ヘルデ! おはよう! トーナメント表見に来たの?」

「おはよう! そうよ! 私の相手はヴェネレイトのマイン・マオって子みたい」

「マイン!? その子、一年生の女の子だよ。前夜祭でちょっと話した」

「キセキくんの知り合いだったのね! 二人の対戦相手は?」

 キセキとユージーンは自身の対戦相手について話した。

「キセキくんは「剣楼」が相手で、ユージーンくんは従兄弟が相手……二人とも強敵よね。だけど信じていれば必ず勝てるわ! 皆応援してる!」

「ニャー!」

「ヘルデの言う通りだな! 三人で頑張ろう!」

「そうですね!」

 キセキ、ユージーン、ヘルデは互いに健闘を祈り合い、競技場へと向かった。しばらくすると「ツインワンズ」の競技説明が行われた。

「相手に降参させるか、戦闘不能にさせるか、審査員が相手の敗北と判断したら勝利か……分かりやすくていいね」

「過去の試合のほとんどが相手の戦闘不能で決着しているみたいですけどね」

「そうね。本戦にまで出場して降参する人は少ないらしいわ」

「まぁ、そうだよなぁ(俺もグラディオも絶対降参なんてしないし、審査員がそう簡単に相手の敗北を判断するとも思えない……やっぱりどうにかしてグラディオを戦闘不能にするしかない)」

 競技説明が終わると、早速第一試合の出場選手が呼ばれた。

「これより第一試合を始めます! ヴァイスハイト、ユージーン・ヴィゴーレ! ヴィゴーレ、ギアッチョ・ヴィゴーレ! 両名は前へ!」

「呼ばれました。行ってきます」

「おう! 思いっきり暴れてくるんだ!」

「ユージーンくん! ここから見守ってるわ!」

「ニャア!」

「はい! ありがとうございます!」

 ユージーンとギアッチョは競技場の中央で向かい合う。二人の友達や知り合いでなくても、両選手を応援する声が観客席で飛び交っていた。

「がはははは! 久しぶりだな! ユージーン!」

「お久しぶりです。ギアッチョ兄さん」

 ギアッチョとユージーンは言葉を交わす。

「お前がヴァイスハイトに入ったと聞いたときは驚いた! てっきり慣例通りヴィゴーレに来るものだと思っていたからな!」

「……」

「……お前も所詮は分家の人間か」

「……!」

「父上が仰っていた。「お前の叔父さんはヴィゴーレ家の裏切り者だ」と。オレの叔父さん……つまりはユージーンの父親だ。彼が分家を創ったのは、ヴィゴーレ本家に怨みがあり、それを滅ぼさんとするためだって」

「……違います。父さんはそんなこと考えていません」

「何が違う? 事実叔父さんは本家の慣習に反することばかりして、まるでヴィゴーレ家を繁栄させようという気が感じられない……ユージーン、お前も同じなんだろ? 本家を滅ぼして自分が当主になり甘い蜜を啜ろうという下賎な考えの鬼の子なんだろ? お前もその父親も一族の恥だよ」

「……やめてください。僕の父さんを馬鹿にしないでください」

「分からないなら分からせてやるよ。どっちがヴィゴーレ家に相応しいか……この戦いで」

 ギアッチョが杖を構えユージーンを睨みつける。それに合わせてユージーンも杖を取り出した。ドンッ! と大きな音が鳴り響き、試合開始の合図を告げた。歓声がより一層強くなる。

「“氷術陣 展開”」

「“土術陣 展開”」

 ギアッチョとユージーンがそれぞれ魔法陣を展開し、“魔術”を唱える。

「“第一章 氷天六花ひょうてんりっか”!」

「“第一章 土崩瓦解”!」

 放たれた“魔術”同士がぶつかり合う! それを観客席から見つめるキセキとヘルデ。

「相手は氷の“魔術”……! 属性相性的にどっちが有利なんだ!?」

「“氷術陣”は“水術陣”からの派生だから、相性で言うといわゆる等倍……どっちが有利とかは無いわね」

「そうなのか! じゃあ“魔術”を上手く使いこなせた方が勝つ、完全実力勝負……ってこと!?」

「そうなるわ。ユージーンくんならきっと勝てる!」

「ニャン!」

「ユージーン……頑張れ……!」

 ギアッチョとユージーンは続け様に“魔術”を唱え合う!

「“第二章 絶対零度ぜったいれいど”!」

「“第二章 冷土荒堆れいどこうたい”!」

「!! デフェンセ!」

 ギアッチョの唱えた“魔術”により競技場の気温が急激に下がる。それに対して唱えられたユージーンの“魔術”をギアッチョは慌てて防御魔法で防いだ。

「……“絶対零度”は周囲の気温を下げて氷雪系“魔術”の威力を上げる技。それに対して気温が低ければ低いほど威力の増す“冷土荒堆”を撃ってくるとは……がはははは! ちゃんと考えているじゃあないか!」

「……こっちは真面目にやってるんです。そちらも真剣に戦ってください」

「本気を出していないことにも気づいてたか。だってまだ分からないじゃあないか。お前が俺の本気を出すに値する相手か!」

「……!」

「“第三章 極冠氷柱きょっかんつらら”!」

 ギアッチョの周りに構築された巨大な氷柱がユージーンに向かって飛んでいく!

「“第二章 冷土荒堆”!」

 ユージーンは飛んできた氷柱に土の塊をぶつけ相殺しようとしたが、氷柱の勢いは止まらず、そのまま彼に直撃した!

「がっ……!」

「がはははは! まだまだ“魔術”の戦いの経験が浅いようだな!」

「お互いに威力は上がっているはず……何で……」

「短時間で同じ“魔術”を使えば使うほど威力は下がっていく! だから“魔術”は質より量だ! 使える技の数が多ければ多いほど優位に立てる!」


【物語あるある】同じ技は何度も使わない


「質より……量……」

「ユージーン、やっぱりお前は俺の本気を出すに値しないよ」

「!!」

「“第四章 氷河擦痕ひょうがさっこん”!」

 広範囲の氷の波がユージーンに迫る!

「ユージーン!!!」

「ユージーンくん!!!」

 キセキとヘルデが叫んだ。


 呼ばれている。力強く、それでいて優しい声で。誰……? キセキさん……? いや……これは……

「ユージーン。お前は自由に生きろ」

 父さんだ。

「しきたりなんかに囚われるな。それに囚われるのは、変わることを恐れる臆病者だ。時代は刻一刻と移り変わっていく。その時代に合ったやり方で生きていかなければならない」

 父さん。その話はもう何度も聞いたよ。最後はこうでしょ? その上で……

「その上で俺は、皆が笑顔になれる時代を創りたい」

 「ヴィゴーレ家にあらずんば人にあらず」……ヴィゴーレ家は昔から超排他主義だ。ヴィゴーレ家以外は人と思っておらず、基本的に関わろうとしない。事業も一から十まで一族のみで完結させて発展してきた。その背景にはクラドイン家の内部抗争の影響もあったのだろう。

 さらに一族以外の血が混じることを極端に嫌い、いつも同じ一族から妻を取ってきた。生まれたときから許嫁がいて、決められた相手以外と結婚することは許されなかった。

 僕の母さんは父さんの許嫁ではなかった。ヴィゴーレ家とは全く関係の無い庶民層の人間だった。出会いは父さんが周りの反対を押し切って入学したヴァイスハイト。幼い頃からヴィゴーレ家の考え方に嫌気がさしていた父さんは、母さんと婚姻を結ぶため本家から外れることを選んだ。

 結果、父さんは「一族の裏切り者」、母さんは「貴族を唆した売女」と蔑まれた。周囲からの嫌がらせは毎日続いた。

 母さんは強い人だった。どれだけ周りから罵られようと、誹謗されようと、全くそれを気にしなかった。父さんは母さんのそういうところに惹かれたんだと思う。

「言いたい人には勝手に言わせときゃいいのよ。それで私達の何かが変わるわけじゃないんだから」

 母さんの口癖だった。その言葉を毎日のように言っていた。それは死の間際でも同じだった。

 僕がまだ三つの年だった。父さんと散歩していると梟が飛んできて、運んできた手紙を見た彼は顔が真っ青になった。慌てて書かれていた場所に向かうと、そこには白魔道士隊と野次馬がたくさんいた。その群衆を掻き分けて先へ進むと、全身から血を流した母さんが倒れていた。

「ユージーン。誰も怨んではダメ。妬んではダメ。怨みや嫉妬からは何も生まれない。言いたい人には勝手に言わせときゃいいのよ。それで私達が変わる必要は無い。私達が変わるのは、誰かを笑顔にしたいときだけ。どうか、強く生きてね」

 魔物に襲われた。そう言い聞かせられた。父さんだけはそれに抗議し続けた。あんな街中で? あんな昼間に? どうして一人だけ? しかし白魔道士隊の見解は変わらず、不慮の事故として処理された。

 父さんは強い魔術師だった。だから母さんを狙ったんだ。父さんには敵わないから、代わりにその大切な者を奪ったんだ。僕達を疎ましく思うヴィゴーレ本家の何者かの犯行であることは明白だったが、それを裏付ける証拠は何一つ見つからなかった。何か目に見えない大きな力が働いていたのだと今は思う。

 それでも父さんは負けなかった。男手一つで僕を育てる傍ら、自ら事業を起こし成功させ、何不自由無い生活を送らせてくれた。僕は父さんが弱音を吐いているところを見たことがない。いつも強くて、かっこいい、自慢の父親だった。

 だから僕も強くあらなくちゃいけない。父さんの言う「皆が笑顔になれる時代」を創るためにも、変わらなくちゃいけない。こんなところで、負けていられない。


 ガキンッッッッッ!!!!! 氷の“魔術”が直撃し、その衝撃で吹き飛んだ。大の字で地面に倒れるユージーン。静まり返る競技場。

「……オレの勝ち、だな。審査員!」

 ギアッチョが審査員に向かって手を挙げる。審査員がユージーンの方を確認し、決着の旗を挙げようとする。

「まだだ!!!!!」

 誰かが叫んだ。

「ユージーンはまだ負けてない! まだ戦える! ……そうだよな! なぁ! ユージーン!!!!!」

 それはキセキだった。キセキはユージーンの名を叫び続ける。

「ユージーン!!!!!」

「ユージーンくん!!!!!」

 ヘルデも一緒になって叫ぶ。すると他のヴァイスハイト生も一緒になって叫んだ。

「ユージーン頑張れ!」

「ユージーン負けるな!」

「ヴァイスハイト生として勝ってくれ!」

 競技場はユージーンを応援する声で包まれた。

「……うるっせぇなあ」

 誰かが呟いた。

「そんな何度も呼ばなくても聞こえてるよ!!!!! 黙れ!!!!!」

 競技場が途端に静かになる。観客達は声の主を探す。

「はぁ……好き勝手やってくれたなあ。ギアッチョ。次は俺の番だ」

 喋っているのはユージーンだった。先程の衝撃で飛んだのか、眼鏡をかけていない。


【物語あるある】眼鏡を外すと性格が変わるキャラ


「あれ……ユージーンか……?」

「口調がいつもと全然違う……」

「ニ、ニャア……」

 キセキとヘルデは困惑する。

「がはははは! 随分と強気になったな! だが口調が変わったところで……」

「“第一章 極メ”」

「!!」

「“天地崩壊てんちほうかい”!!!!!」

 猛烈な揺れと共に巨大な地割れが起き、ギアッチョを地中に落とした。

「“魔術”は質より量って言ったよなあ?」

「ま、待て!!!」

「だったら「質」で潰してやるよ!!!!!」

 ユージーンは杖を大きく振る。

「“天地崩壊てんちほうかい挟終きょうしゅう”!!!!!」

 地割れが凄まじい勢いで閉じ、ギアッチョを挟み込んだ。

「ぎゅう……」

 ギアッチョはそのまま気絶した。それを見た審査員が旗を挙げる。

「し、勝者、ユージーン・ヴィゴーレ!」

 ワアアアアア!!! 歓声と拍手が響き渡る。

「ユージーン勝った! すげぇ! あの相手を一撃で仕留めた!」

「わああ! やった! やったぁ!」

「ニャニャニャア!!!」

 キセキ達もユージーンの勝利を喜んだ。しばらくすると、観客席にユージーンが戻ってきた。今度は眼鏡をかけている。

「ユージーンおめでとう!」

「おめでとうユージーンくん!」

「わっ、二人ともありがとうございます」

「眼鏡外したらめちゃくちゃ性格変わってたけど、何アレ!?」

「あ〜、僕の悪い癖で、昔から眼鏡外すと何か強気になっちゃうんですよね……」

「強気なユージーンくんも新鮮で良かったわよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいです……」

「そうそう! ずっと外しててもいいんじゃない?」

「今の僕じゃダメってことですか!? キセキさん!」

「あははは!」

 三人はユージーンの勝利を噛み締めるように笑い合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る