《第5章:トライワンズ》『第10節:一本の箒』

 昼食を終えたキセキ、ユージーン、ヘルデは再度競技場に戻ってきていた。「トライワンズ」最初の種目「シングルブルーム」を観戦するためである。

「「シングルブルーム」にはキセキさんの友達のメイルさんが出場するんですよね?」

「ああ! 銀髪の女の子で、「フラッシュダッシュ」を持ってるはずだから結構目立つと思うんだけど……あ!」

 ユージーンからの質問に答えたキセキは、会場に入場してきたメイルを見つけて叫んだ。

「メイルゥゥゥゥゥ!!! ファイトォォォォォ!!!」

 キセキが大きく手を振ると、それに気づいたメイルは少し恥ずかしそうに口元に手を当てて「オホホホホホホ!」と笑った。そして何か得意気に話しているが、会場の歓声によってそれは聞こえなかった。

「(……うん、全然聞こえないけど、多分「クラドイン家の名にかけて、必ず勝ってみせますわ♡」的なこと言ってるんだろうな)」

「私もメイルちゃん応援する! キセキくんの友達だもん! きっと勝てるよ!」

「ニャー!」

「僕も応援します!」

「ありがとう、皆。メイルもきっと心強いよ」

「メイルお嬢様のこと知ったような口を利きますね。キセキ・ダブルアール」

 キセキが振り返ると、そこには黄緑色の髪色で前髪をピッチリと斜めに固めたショートカットの眼鏡をかけた少女が立っていた。

「あれ、キミは確か……」

「セレスティア・セバスチャンです」

「そうだ! 入学式でメイルと一緒に居た子だよね!?」

「さっきからメイルお嬢様のことを呼び捨て……まぁ、貴方はメイルお嬢様の大切なご友人になったと伺いました。それぐらいは許されるのでしょう」

「メイルがそう言ってくれてたんだ! (あのメイルが……! 成長したなぁ……)」

 キセキはまるで親のような感情をメイルに抱いた。

「で・す・が」

 セレスティアはキセキにズイッと顔を近づける。

「私はまだ貴方のことを認めてはいません。メイルお嬢様に何かしでかそうというものなら、その首、胴と泣き別れになることを覚悟してください」

「あ、はい……(こっわ……)」

「心配しなくてもキセキくんはそんなことしないわよ!」

「ニャ!」

「そうです! キセキさんはとっても優しいんですから!」

 責められるキセキのことをヘルデとユージーンがフォローした。

「皆……」

「言われなくても入学式の一件からそんなことは分かっています。釘を刺しておいただけです」

「(入学式の一件……俺がカンムルと口論した件か……やっぱりメイルとセレスティアも見てたのね)」

「では、お隣失礼いたします」

 セレスティアはキセキの隣にチョコンと座った。

「え!? 隣!?」

「いけませんか?」

「い、いや、全然ダメじゃないけど……(何か見張られてる気がする……)」

 そのとき、会場の歓声がより一層強くなった。

「な、何だ!?」

「優勝候補の一人が入場してきました。メイルお嬢様の最大の敵、ヘンチ・リップドです」

 それは筋骨隆々の金髪ロングヘアの女性だった。キセキは一目見て彼女がそうだと分かった。


【物語あるある】ムキムキキャラ


「うわぁ……確かにめっちゃ強そう……(色んな意味で)」

「そうは言っても最後に勝つのはメイルお嬢様です」

「あれ、そういえばメイル予選を首位で突破したって言ってたけど、そのとき彼女とは当たらなかったの?」

「予選は三大学舎各自で行われます。彼女はヴィゴーレ所属。本戦で初めて当たるんです」

「そういうことか!」

「そんなことも知らないとは……大丈夫ですか? キセキ・ダブルアール」

「うう……ごめんなさい……(幻獣山でメイルにも似たようなこと言われたなぁ……)」

「キセキくんは「ツインワンズ」の予選パスしてるから知らなくても仕方がないわ! ね!?」

「ニャア!」

「そうですよ! 知らなくても楽しめるのが「トライワンズ」です!」

「ありがとう皆ぁ……」

 また責められるキセキのことをまたヘルデとユージーンがフォローした。

「さて、始まりますよ。「シングルブルーム」」

 セレスティアはそのことを全く意に介さず、メイルがスタート地点に並んでいる方に注目していた。エクスプロードが旗を持って生徒達を整列させている。彼女がスターターを務めるようだ。

「On Your Marks……Set……」

 エクスプロードの掛け声に合わせて選手達は箒に跨る。それと共に会場はシンと静まり返る。

 ドンッッッ!!! 彼女が旗を振り下ろした瞬間、大きな音が鳴り響き、生徒達は一斉に飛び出した! 会場はまた騒ぎ立つ。

「始まった! メイルゥゥゥゥゥ!!! ファイトォォォォォ!!!」

「メイルちゃん! 頑張れえええええ!!!」

「ニャアアアアア!」

「メイルさん!!! ファイトです!!!」

 キセキ、ヘルデ、ユージーンがメイルに向かって叫ぶ。その期待に応えるように彼女は次々と前を飛ぶ選手を抜かしていき、ついには先頭に躍り出た。

「やった! メイル一番だ!」

「でも勝負はまだこれからよ! あと九周残ってる!」

「ニャン!」

「十周もすんの!?」

「十周終わったときに先頭で飛んでいた人が優勝です!」

「メイル……! このまま首位を保てるか……?」

 メイルは順調に先頭で飛び続けた。しかし五周目に差し掛かった時、異変が起きた。

「……! ヘンチが上がってきてる!」

 ずっと後ろの方を飛んでいたヘンチがどんどん順位を上げていき、いつの間にかメイルの後ろにつけていた。

「ずっと体力を温存してたのか! 対してメイルは……」

 序盤から飛ばしてしまったせいか、メイルのスピードが段々と落ちていく。そして彼女は後ろから上がってきたヘンチと並んだ。

「ヤバい! 抜かされる! メイルゥゥゥゥゥ!!!」

「メイルちゃん頑張って!!!」

「ニャニャ!」

「メイルさん!!! 負けないで!!!」

「メイルお嬢様……!」

「……! そうだ……! セレスティア! ちょっと協力して!」

「……?」


「ハァ……ハァ……」

 高鳴る鼓動。流れる汗。正面から受ける風。何故だろう。幻獣山でのことを思い出すのは。

 ……そうだ。ずっとワタクシの人生は、雲がかかっていたようなものだったからですわ。


【物語あるある】過去回想


 クラドイン家に生まれた者は、幼い頃から帝王学を叩き込まれ、勉学・芸事・音楽・武芸など全てにおいて一番であることを強要される。それはもちろん、“魔術”においても……。

 何故そこまでクラドイン家が一番にこだわるのか。それはきっと、クラドイン家が五大貴族の中で唯一の「後入り貴族」であり、「最弱貴族」と呼ばれているから。

 ヴァイスハイト家・ヴィゴーレ家・ヴェネレイト家・アリストクラット家……元々その四家が「四大貴族」と呼ばれ、世界を牛耳っていた。そこに後から参入したのが我がクラドイン家。初代当主のゴルド・クラドインが錬金術師の大願の一つである金の錬成方法を見つけ、それによって巨万の富を成した。結果四家に肩を並べ「五大貴族」と呼ばれるようになったは良いものの、栄光の時代はそう長くは続かなかった。

 代々クラドイン家を執事として支えていたバトラー家の裏切りが発覚。最重要機密とされていた金の錬成方法が庶民に流され、金の価値は暴落する。さらに金の錬成は自身とそれに与する一族のみ知る秘匿事項としたリスクで成り立っていたことが判明し、従来の方法で金が錬成出来なくなっていった。

 そんなとき、クラドイン家の一人が未開の地で箒作成に汎用的に使える素材が入手できる大木を発見。その樹は後に「世界樹ユグドラシル」と名付けられ、その枝や幹は箒作成に欠かせなくなった。これによりクラドイン家は再度一大事業を展開。新たに執事として雇ったセバスチャン家の助けもあり、不幸中の幸いで何とか没落することは免れた。

 しかし他貴族からの視線は冷たく、「所詮後入り貴族だ」と笑われたり、「箒貴族」や「最弱貴族」と呼ばれたりして、蔑まれることになってしまった。

 そしてワタクシはそんな「最弱貴族」の一人娘。一族の期待や重圧が一身にのしかかってくる。それに応えなければならない。従わなければならない。「シングルブルーム」程度、簡単に優勝しなければならない。そうでなければ先代の方々に顔向けできない。期待と重圧が雲のようにワタクシを覆い尽くして、何も見えなくなっていた。だけど……

『「シングルブルーム」で優勝すると決めたのはメイル。そのために「フラッシュダッシュ」を手に入れたいと思ったのもメイル。素材を集めるのに麒麟と戦うことを選んだのもメイル。俺とスプリングさんはたまたまそのメイルの選択と道が被っただけであって、メイルに手を貸しているわけではない。メイルはずっと一人で選択して、一人で戦い続けているんだ。「シングルブルーム」の結果云々の前に、その時点でメイルはもうかけがえのないものを手に入れているんじゃないかな?』

 だけど……!

『生きるということは選択の連続なんだ。全ての選択の結果が今という現実に繋がっている。さっき道が被っただけって話したけど、そこで助けを求めてもいいと思うんだ。もちろん一人でやり遂げたいっていうメイルの考えは尊重するけど、どうしても無理だってなった時、俺という仲間がいることを忘れないで欲しい。俺はいつでも君の力になるから』

 そんな雲の隙間から、陽光が射し込んだ。とてもとても暖かい陽の光が。その隙間に手を伸ばすと、ちょっと強引に引かれて雲の中から出ることが出来た。そこでは優しい太陽がワタクシをキラキラと照らしてくれた。ワタクシに存在意義をくれた。彼の名は……

「キセキ……!」

「……ルゥゥゥゥゥ!!!」

「……?」

「……イルゥゥゥゥゥ!!!」

「……!」

「メイルゥゥゥゥゥ!!!」

 メイルが箒で飛びながら声のした観客席上空を見ると、そこには峰啼脚により足元で爆発を起こし続け、ホバリングするキセキがいた。そしてその肩の上に座っている少女。

「メイルお嬢様!!!」

「セレスティア!?」

 メイルは驚いて思わず声が出た。

「メイルお嬢様!!! これだけは聞いてください!!!」

 セレスティアがメイルに聞こえるよう大声で叫ぶ。

「大丈夫!!!!!」

「!!」

 セレスティアがそう言った途端、キセキは限界を迎え、ゆっくりと観客席に降りていった。

「……ぷっ、オホホホホホホホ!」

 メイルは盛大に笑った。

「(普通に叫ぶだけじゃ気づかれないからって空を飛びながら叫ぶって……そんなこと考えもしませんわ♡ あのキセキの必死な顔……ぷっ、また笑ってしまいそうですわ♡ ……大丈夫、か……うん、そうですわね)……ありがとう、セレスティア、キセキ」

 メイルはそう呟き、箒を構え直した。そして目を瞑り、全身と箒に魔力を均等に通わせる。そうすると段々とメイルのスピードが上がっていき、さっきまで隣に並んでいたヘンチを突き放し始めた!


【物語あるある】仲間の声援で力を増す


「メイルの速度が格段に上がった! 俺達の想いが届いたんだ!」

「メイルお嬢様……! 迷いを捨て切ったのですね……!」

 そのままメイルは首位を保ち続け、ついにトップでゴールテープを切った!

「よっしゃあああ!!! メイル優勝だあああ!!!」

「やったぁ!!! 良かった! 本当に良かった!」

「ニャニャニャア!」

「やりましたね! めちゃくちゃ白熱しました!」

「メイルお嬢様……よくぞ……!」

 セレスティアは感動で泣いていた。それを見てキセキはハンカチを渡す。

「……!」

「さっきは俺の急な案に乗ってくれてありがとう」

「……どうして応援の言葉を自身で言うのではなく、私に言わせたのですか?」

 セレスティアがハンカチを受け取り涙を拭きながらキセキに聞いた。

「そりゃあ……俺の言葉より昔から一緒にいるセレスティアの言葉の方が効果的だと思ったからだよ。メイルのことを一番理解しているのはキミだろうし、キミにしか言えない言葉があると思った」

「……!」

「「大丈夫」……確かに「ファイト」や「頑張れ」よりも、あの時のメイルにとってはその言葉が一番力になったんだと思う。俺の見立ては間違っていなかった」

「キセキ・ダブルアール……いや、キセキ。ありがとうございます。そこまで私とメイルお嬢様のことを考えてくれて」

「!! (お礼言ってもらえた!)これってつまり……?」

「ええ。貴方のことを認めましょう……メイルお嬢様の騎士ナイトとして」

「……騎士ナイト?」

「……メイルお嬢様が戻られます。ハンカチは洗って返します。それでは私はこれで」

 セレスティアは一礼してキセキに背を向けた。しかし再度振り返った。

「キセキ。私とも友達になりましょう。メイルお嬢様を守り抜く仲間に」

「友達なら是非!」

 キセキはセレスティアと握手した。

「……?」

「……どうしたの?」

「いえ、何も。それでは、また会いましょう、キセキ」

「うん! メイルによろしく!」

 セレスティアはまた一礼して去っていった。

「(騎士ナイト……何か変な感じになったけど、セレスティアとも友達になれたし、まぁいっか!)」

「いやぁ、今年も良かったですね! 「シングルブルーム」!」

「そうね! キセキくんとメイルちゃんのおかげでとっても面白かったわ!」

「ニャーゴ!」

「そうだね! 今日この後は何があるの?」

「有志による“魔術”演武や部活動発表会などですね!」

「へぇ! 楽しそう! せっかくだからこのまま見ていくか!」

「そうしましょ!」

「ンニャ!」

 キセキ、ユージーン、ヘルデは「トライワンズ」初日をめいっぱい楽しむのであった。

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