《第5章:トライワンズ》『第2節:伝説の杖』

「キセキ! お待たせ!」

「アキュア!」

 キセキとアキュアの二人がヴァイスハイトの正門前で合流した。

「(アキュアの私服……! 久しぶりに見る! 可愛い! 髪の毛も編み込んでセットしてある……可愛い!)」

「……」

「? どうしたの?」

「……どう、かな?」

 アキュアはキセキに向かって手を広げてみせる。

「……!(どうしたのじゃねぇ! こういうのは口に出して言わないと!) か、可愛い! めちゃくちゃ可愛いよ!」

「えへへ、ありがとう。キセキに言ってもらえるのが一番嬉しいな」

「(うわぁ、ホントに思っているのに言わされたみたいになっちゃったかな? もっと言っとこ)可愛すぎる! 世界一可愛い!」

「も、もういいもういい! そ、そんなに言われると……恥ずかしい」

 アキュアは真っ赤になった顔を手で隠した。

「(照れてる! 可愛い!)ご、ごめん!」

「そ、それじゃあ行こっか! フロントハイトへ!」

「うん!」

 常夜城のお膝元に拡がる城下町。その名をフロントハイト。主にヴァイスハイトの生徒達をターゲットにした商店や飲食店が数多く立ち並ぶ、活気に溢れた町である。

「おお〜、賑やかだね! 俺達以外にもヴァイスハイト生がいっぱい!」

 町にはキセキ達以外にもヴァイスハイトのローブを着た人物がたくさんいた。各々杖や菷を物色したり、歩きながら軽食を口にしたりしている。

「週末だからね〜。来週必要な教科書とか物品とかを買いに来てる生徒が多いのかも! キセキは何か欲しいものある?」

「(そういや杖は村で貰ったやつだし、自分の菷とか無いし、現代の食べ物も中華っぽいのしか食べたことないな。意外とやりたいこといっぱいあるかも。まずは……)新しい杖が欲しい!」

「それならケインズさんのお店だね!」

「ケインズ?」

「私オススメのお店なの! ついてきて!」

 キセキはアキュアの後をついていった。着いたのは裏路地にひっそりと建つ、怪しげな雰囲気の店だった。

「えっ、ホントに大丈夫?」

「私も最初そういう反応した! でも安心して! すっごく優しい人だから!」

 中に入ると、六畳ほどの空間の壁一面に杖や剣が並んでおり、それは天井にまで続いていた。床に何かの箱が山積みになっており、その奥に古ぼけたカウンターがあった。

「(な、なんかいかにもな感じだけど……アキュアのオススメって言うんだから大丈夫だよな……?)」

「すみませ〜ん、ケインズさん? アキュアですけど〜……あれぇ? 居ないのかな?」

 アキュアが誰もいないカウンターの奥を覗く。その後ろでキセキは壁にかかった杖や剣を眺めていた。

「(そうか。フレイドやガストルみたいに剣や銃を杖として使う人も居るもんな。そういうのも売ってるのか。どれどれ……)」

 キセキが大量にある杖の一つに触れようとすると、その手を何者かが掴んだ。

「勝手に触れるな小僧」

「!?」

 それは鳥のような高い鼻をしたしわくちゃの老人だった。キセキが驚いたのは、その老人が天井に脚を付けてぶら下がった状態で腕を掴んできたからだった。

「あっ! ケインズさん!」

「この人が!?」

 老人がキセキからアキュアに目を移す。その瞬間、老人は満面の笑みになった。

「アキュアちゃん! いらっしゃい! 今日はどうしたんだい?」

 打って変わって物腰柔らかに話すケインズ。その間もずっとキセキの腕を掴んでいる。

「あ、えっと、彼の杖を買いに来たんです。その……腕を掴んでいる彼の……」

「こやつの?」

 ケインズは視線をキセキに戻す。その途端、また険しい目付きになった。キセキは恐る恐る話しかける。

「き、キセキ・ダブルアールと言います……あの……勝手に触ろうとしたのはごめんなさい……腕……離してもらえますか……?(普通にめちゃくちゃ痛いんだが)」

「……」

 ケインズは振り払うようにキセキから手を離した。

「(いってぇ……力強すぎだろこのお爺さん)」

「ふん……このような小童にワシの杖を使いこなせるとは思えんが……」

 天井から降りてきたケインズは蔑んだ目でキセキを見る。

「だ、大丈夫です! こう見えてキセキは強いですから!」

「(こう見えて?)」

 アキュアがキセキを擁護した。

「アキュアちゃんが言うなら違いないね! さて、どの杖にする?」

「(さっきからアキュアに対してだけ態度違いすぎだろ〜)」

「あ〜、オススメとかってありますか?」

「そうだねぇ。この童の魔術適性は?」

「キセキ、何の魔術書が一番反応した?」

「た、多分“炎術陣”……」

「多分? 何だそれは」

 キセキの答えにケインズが怪訝な顔をする。

「それを説明しますと少し長くなりまして……」

「いや、いい。とりあえずこれを持て」

 ケインズが話そうとするキセキを制止して一本の杖を手渡した。キセキは手渡されたそれをじっと見る。

「……ふむ。何も起きんな。“炎術陣”に適性は無いようだ」

「ど、どうして分かるんですか!?」

「……」

「(……無視!?)」

「あ、あのねキセキ、杖も魔術書と同じで適性があれば何かしらの反応があるの。これは“炎術陣”の使い手に適した杖だから、反応がないってことは今のところ“炎術陣”の適性は薄いってこと……ですよね! ケインズさん!」

「その通り。アキュアちゃんは優秀だねぇ」

 代わりに説明したアキュアをケインズが褒めた。

「(ジジイ……だ、ダメだダメだ。アキュアと仲良い人にそんなこと言っちゃ。ここは我慢して……)お、俺って何に適性がありそうですかね……?」

「知るか。ミミズか何かじゃないか?」

「(ジジイ!!!!!)」

「あ、あ〜、あ! あの杖とかはどうですか!?」

 アキュアが空気を取り持とうと咄嗟に遠くにある杖を指さした。ケインズが手を伸ばすとその杖がひとりでに彼の手元に飛んできた。

「アキュアちゃんは見る目があるねぇ。コレはワイバーンの骨にペガサスの翼を使った珍しい組み合わせの逸品だ。人を選ばず、使いやすさでも群を抜いている」

「キセキ! 触らせてもらったら?」

「お、お願いします……」

 キセキが頼むと、ケインズは嫌々ながらも杖を手渡した。キセキは杖に向かって念を込めるが、何も起きなかった。

「コレでダメとは。小僧に合った杖などこの世には存在しないかもしれぬな」

「あはは……(村で貰ったやつは使えてるんだしそんなことはないだろ)」

「ケインズさん! お金ならありますので、キセキに合いそうな杖をあるだけ出してください!」

「アキュアちゃん、そうは言ってもコレばっかりは相性があるんだ。どんな杖でも使いこなせる魔法使いも居れば、どの杖も適さない魔法使いもいる。こやつは後者だったんだよ」

「まだたったの二本です! もっと試させてください!」

「アキュアちゃんの頼みだから聞いてやりたいけど、ワシも忙しいからなぁ……」

「(俺に割く時間は無いってか。初見で俺嫌われすぎじゃね?)あ、アキュア、こう言ってるし別の店でも……」

「……! じゃあアレは!? アレはどうですか!?」

 アキュアはカウンターの奥にある身の丈ほどの大きさの金庫を指さした。

「……? 金庫?」

「アキュアちゃん、アレはただの金庫だよ」

「……私、知ってます。あの中にすっごい杖が眠ってるって」

「!!」

 ケインズが明らかに動揺した。

「ど、どこでそんな話を……」

「ここで杖を買ったと話したら教えてくれたんです。ディオーグ先生が」

「(ディオーグ……!?)」

「……ディオーグ・キルアディアか。確かに彼なら知ってる。はったりじゃないんだね」

 ケインズは渋々金庫の方へ向かった。鍵を回して開くと、中にはまた金庫があり、それを開くと更に金庫が。マトリョーシカのように次々金庫が現れ、ケインズの顔ほどの大きさになった時、ついにそれは三人の目に映った。

「(七色の……杖……?)」

「……最初に創られたと伝わる未知の素材で出来た伝説の杖。コレは売り物じゃない。何故なら誰にも使いこなせなかったからだ。魔王を討伐した一行の一人、ソーサル・ヴァイスハイト以外はな」

 ケインズが慎重に杖を持ってきて話した。


【物語あるある】伝説の武器を唯一使いこなせた人物


「(魔王を討伐した一行……!?)その話、詳しく聞かせてください!」

「キセキ……?」

「なんだ、知らないのか? 有名なおとぎ話だ。世界を恐怖に陥れた魔王が四人の志士によって打ち倒されたと。戦士ウォリア・ヴィゴーレ、神官プリスト・ヴェネレイト、魔術師ソーサル・ヴァイスハイト、そして……勇者アーサー」


【物語あるある】勇者パーティの存在


「アーサー!?」

「そ、そうだが……」

「(待て待て待て、杖を買いに来たらとんでもない事実が出てきたぞ!? 三大学舎の名前も気になるけど、それよりも勇者だ。アーサーって……俺を転生させたあのアーサーか!? ここに来て無関係ってことは無いだろう……魔王を討伐した勇者が一体何のために……?)」

「キセキ、大丈夫?」

「あ、うん! 大丈夫大丈夫! そ、それで、その杖はソーサル・ヴァイスハイトの物だったんですか?」

「……」

「(……また無視か?)」

「……大抵の者は「そんなわけない。アレはただのおとぎ話だ」と笑うのだがな。お前は違うのか」

「俺は魔王が討伐された話はおとぎ話だと思っていません。魔王もその勇者一行も実在したと思います」

「……!」

「き、キセキ、本当に言ってる?」

「え? だって「魔王の欠片」が実在するんだよ? それなら魔王もそれを倒したっていう勇者も存在してておかしくないでしょ」

「……キセキ、「魔王の欠片」ってあくまで例えであって、おとぎ話の魔王に似た力を持つ遺物のことをそう呼んでるだけなんだよ?」

「えっ!? そうなの!?」

「ぶぁっはっはっはっはっはっ!!!」

 キセキの反応を見てケインズが大笑いした。

「え、え〜っと……?」

「いやぁ、すまんすまん。君のようにおとぎ話を本気で信じている者と会うのは久しぶりでな。かく言うワシも魔王や勇者は実在したと考えている。だからこそソーサル・ヴァイスハイトが使ったと言われるこの杖を厳重に保管していたのだ。……キセキと言ったな?」

「あ、はい」

「キセキ、この杖、持ってみるか?」

「良いんですか!?」

「ああ。君なら、もしかするかもしれん」

「……? で、では、遠慮なく……」

 キセキはケインズから七色に光る杖を受け取った。その瞬間、杖から爆風が吹いた。


【物語あるある】主人公にだけ猛烈に反応する


「うわっ!? えっ!? 何だ!?」

 ゴオオオオオオオオオ!!!!! とてつもない音を立てながら突風は吹き続ける。その風を手で防ぎながらケインズが叫んだ。

「キセキ! 「調伏」しろ!」

「「調伏」!? って何ですか!?」

「“我、汝を調伏す。汝、我に付き従え”と唱えて杖を自身のものにするんだ! そうすれば風は吹き止む!」

「キセキ! 急いで!」

 アキュアも吹き飛びそうになりながら叫んだ。

「え、えっと……“我、汝を調伏す。汝、我に付き従え”……」

 風は暴れ続ける。

「止まないんですけどぉ!?」

「「調伏」出来てないんだ! もっと念を込めて何度も唱え続けろ! 杖を自分のものにするつもりで! コレだけ反応してるんだ! 君なら出来る!」

「も、もっと念を込めて……“我、汝を調伏す。汝、我に付き従え”……“我、汝を調伏す。汝、我に付き従え”……“我、汝を調伏す。汝、我に付き従え”……!」

 キセキが幾度も唱え続けると、風は段々と収まっていき、ついに杖は大人しくなった。

「……! 風が止まった……!」

「やったじゃないかキセキ!」

 ケインズが嬉しそうにキセキを叩いた。

「こ、これで「調伏」出来たんですか?」

「ああ、その杖はもう君のものだ」

「え、俺のもの……?」

「杖は君を選んだのだ。持っていくといい」

「良いんですか!?」

「良かったね! キセキ!」

 本日二度目の「良いんですか!?」にケインズが頷いた。それをアキュアも喜んだ。

「あ、でも俺あんまりお金が……」

「金ならいい。言っただろう? 売り物じゃないし、持っていくといいと。ワシがキセキに持っていて欲しいんだ」

「そんな……俺は何も……」

「ああもう! 嬉しかったんだよ! ワシと同じおとぎ話を信じる者にまた会えて! ったく、皆まで言わせるな」

「……! あ、ありがとうございます!」

 キセキはケインズに何度もお礼を言ってアキュアと店を出た。

「良かったぁ。いい杖が見つかって。せっかくオススメした場所で、キセキに嫌な想いはして欲しくなかったから……」

 アキュアが胸を撫で下ろして言う。

「だからあんな必死になって……ありがとう、アキュア」

「ううん! 反応したのも、「調伏」出来たのもキセキの力だから! 伝説の杖なんて、凄いよキセキ!」

「あはは……「魔術適性」のときのこと思い出したよ(そうだよ。反応の仕方が「魔術適性」のときと似てた。俺が適性のある“魔術”はソーサル・ヴァイスハイトと関係している……?)」

「さて! 次はどこへ行く? どこでも案内するよ!」

「そうだなぁ……じゃあ菷を買いに行きたい!」

「菷ね! それもオススメのお店あるよ!」

「こ、今度は頑固なお爺さんじゃないよね……?」

「あははっ、次は若いお姉さんだよ!」

「(若いお姉さんか……それなら……いや、油断は出来ないよな……)」

 アキュアの答えにキセキは少し安心すると共に、一抹の不安も抱えるのだった。


【物語あるある】伝説の武器を手に入れる

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