《第4章:夜衝》『第5節:荼毘』

 ヴァイスハイトに帰ってきたキセキは、すぐさま自室へと向かった。まだ常夜城を去った上手い言い訳を思いついてなかったからである。

 ピンインに貰った狐面をデスクの引き出しにしまい、自身の頭の中を整理する意味でも日記を書くことにした。彼は昨日と今日あったことを日記にまとめる。

「(「秘密の部屋」……魔術適性……箒の授業でルミナスと仲良くなって……ノワールの手がかりを得るために「ジャック・オ・ランタン」のクエストを受けたら、ランタンの部下であろう灰髪の男と交戦……フレイドが助けてくれて、翌日変幻魔力域について解明してくれて、一緒に町に行くとノワールと接触して……そしてショウカ村で……)」

 キセキは思わず手が止まった。涙が出そうになるのを堪える。

「(ダメだ……いつまでもメソメソしていたらフレイドに笑われる。前を向くんだ。フレイドもそう言ってくれた)」

 彼は再度筆を進める。

「(ヴァイスハイトを出て森に行ったらリサに連れていかれて……夜衝に捕まったときはどうなることかと思ったけど、ピンインに助けられて……ヴォルペを案内してもらった後、俺は異世界に転生したのではなく、現実世界で時を超えてきたのだと知った)」

 キセキはそこでまた筆を止めた。

「(不可解なのは世界が滅んだ理由と「物語あるあるの世界」になった理由。この世が異世界ではなく現実世界なのは東京タワーがあったことから間違いない。俺が住んでた世界は当然普通の世界だ。それが仮に魔王に滅ぼされたんだとしても、「物語あるあるの世界」に変化した理由が分からない。そもそも魔王なんてどこにいたんだ? ノストラダムスの大予言じゃあるまいし、本当に存在したかさえ……いや、そうなると「魔王の欠片」って何だ? 「魔王の欠片」なるものが存在するのはこの目で見たから確かだ。その存在が魔王の存在を肯定してる……う〜ん、色んな謎を解き明かすにはあまりにも情報が足りない。現段階ではまだ解けないようになってるのか?)」

 キセキが思考していると、部屋の扉がノックされた。

「キセキ……いる?」

「……! (アキュアの声だ!)」

 キセキはゆっくり扉を開いた。

「!!」

「え〜っと、その、あの……」

 キセキは何と言えば良いか分からずモゴモゴと喋った。そんな彼をアキュアが抱き締めた。

「!?」

「いいよ。無理して話さなくていい。キセキが……キセキが生きてただけで良かった……!」

 彼女は泣きそうな声で言った。

「!! ……急に居なくなってごめん。心配かけたよね」

「心配したよ! めちゃくちゃした! 入学して二日目であんなことがあったから……キセキ、もうヴァイスハイトが嫌になっちゃったのかと思って……誘ったのは私だから……申し訳なくて……」

「……! アキュアは何も責任を感じる必要ないよ!」

「……やっぱりキセキは優しいね。優しいから……辛かったよねぇ……目の前で……フレイドさんが……!」

 アキュアは大粒の涙を流しながら話した。キセキはそれを見て自身も泣きそうになりながら言葉を返す。

「うん……辛かった……いっぱい泣いた……だけどもう決めたんだ。泣くのは終わりにして未来に進むって。フレイドさんが「俺の死を嘆くよりも、糧にして前に進んで欲しい」って言ってくれたから。「ディオーグ先生をも超える天晴れな魔術師になれ」って信じてくれたから」

「……! キセキは強いね。私の知らない内にそんなに強くなってたんだね」

 アキュアは再度キセキを強く抱き締める。

「よく頑張ったねぇ」

 彼女はそう言って彼の頭を撫でた。それによってキセキの目頭が熱くなった。

「……さっき泣くのは最後にするって言ったけど……それはこの後でいいかな……?」

 彼が震えた声で言うと、アキュアはニコッと微笑んだ。

「……うん! 私が受け止めてあげる!」

 その言葉に甘えて、キセキはわんわんと泣いた。アキュアの優しさに包まれ、涙がとめどなく溢れた。後悔や悲しみが蘇り、彼は暫く泣き続けた。

「……ありがとうアキュア。何だかスッキリした」

「どういたしまして! いつの日だったか、キセキも同じように私のこと慰めてくれたよね! その恩返しがやっと出来たかも!」

「(俺が転生した初日、アキュアが狼の魔物を倒したときのことだ)そんなこともあったね。覚えてくれていたんだ」

「忘れないよ〜。キセキとの思い出は全部大切な宝物!」

「(可愛い)そう言えば……なんだけどさ」

「ん?」

「……に、二年前、駅で別れたときに言ってくれたあの言葉って……どういう意味?」

 キセキはずっとアキュアに聞きたかったことを、ついに聞いた。

「……」

 アキュアは黙っている。二人の間に暫くの静寂が流れた。そしてゆっくりとアキュアが話し始める。

「……あの言葉って?」

「え?」

 キセキは唖然とした。

「もしかして……覚えてない?」

「さっきあんなこと言っといて何だけど……ごめん、何だったっけ?」

「あ〜、いや、それならいいんだ。気にしないで!」

 そう言いつつキセキは内心ガッカリしていた。

「(まさかとは思ったけど覚えてなかったかぁ。それぐらい大した意味では無かったのかな? 友達として大好きとかそんな感じかぁ)」

「あの〜、忘れてたお詫びじゃないけど、明日ヴァイスハイトの城下町に遊びに行かない? 色んなところ案内してあげられるよ!」

「ホントに!? 行きたい!(アキュアとデートだ!)」

「やったぁ! じゃあ決まり! 明日の正午に正門待ち合わせね!」

「分かった! 楽しみにしてる!」

「えへへ、私も楽しみ! キセキが帰ってきたって皆に伝えてくるね! キセキはゆっくり休んでて!」

「ありがとう! (ホントに良い子だ)」

 アキュアは部屋から出ようとして、足を止めた。

「……そうだ。イグナイトさん、何処に行ったか知らない?」

「イグナイトさん? 知らないけど……どうかしたの?」

「キセキと同じで昨日からヴァイスハイトを出て帰ってきてないの。今までそんなことしなかった人だから、先輩も私たちも心配してて……」

「そうなの!? (もしかして俺と同じようにフレイドの後を追って……? そうだとしたらマズイ……!)俺、今から探してくるよ!」

 刹那。キセキの部屋が蒼い炎で燃え上がった。

「!? 何だ!?」

「キセキ! とにかく出よう!」

 キセキとアキュアは扉から飛び出した。するとそこは廊下ではなく外だった。

「外!?」

「!? ……っていうか、ここって……」

「そうよ。ショウカ村。あんたがフレイドを殺した場所」

「!!」

 蒼い炎を纏った女性がキセキに話しかけた。

「……イグナイト……さん?」

「ええ。昨日ぶりね、キセキ」

 そう話すのは行方不明になっていたイグナイトだった。髪がボサボサで、着ているローブもボロボロになっており、雰囲気も明らかに以前とは違った。


【物語あるある】仲間の闇堕ち


「キセキ、あんたに会いたかったの。でもヴァイスハイトだと邪魔が入るから、こうさせてもらった。ランタンの炎って便利ね。物でも人でも簡単に転移させることができる。……一人、余計なオマケが付いてきたみたいだけど」

 イグナイトはそう言ってアキュアを睨んだ。物々しい雰囲気を感じ取り、アキュアは杖を構える。

「(ランタン……!? ランタンって言ったか!?)」

「イグナイトさん……? どういうつもりですか……?」

「あっはは! 分かってるでしょ? そいつをフレイドと同じ目に合わせてやるのよ!」

「!!」

「フレイド、後ろから刃で貫かれて死んだんだって。痛かっただろうなぁ……辛かっただろうなぁ……何で、フレイドがそんな思いして、あんたはのうのうと生きてるの?」

「イグナイトさん……! あなたは騙されているんだ……! フレイドさんを殺したのはランタンの手先だ! 倒すべきは俺じゃなくて……」

「誰があんたの言うことなんて信じるの?」

「……!」

「御託はいい。さっさと死んでよ」

「キセキ気をつけて! 来るよ!」

「“第1幕 獬刃かいじん”」

 そう言うとイグナイトの周りに無数の青い炎の刃が現れた。

「(“第1幕”!? “概術陣”か!)」

 その刃達が一斉にキセキとアキュアに襲いかかる!

「“水術陣 展開 第1章 水彩蓮華”!」

 二人の周りに水で出来た蓮の華が咲き乱れ、刃を弾いた。

「ちっ、邪魔ねぇ、十二衛弟!」

「イグナイトさん! やめて! フレイドさんもこんなこと望んでない!」

「うるさい! あんたにフレイドの何がわかる! まずは邪魔なあんたから消す!」

 アキュアの声はイグナイトに響かず、彼女は続け様に魔術を唱える。

「“第2幕 厖刃ぼうじん”!」

 数十はあろう膨大な数の蒼い炎の刃がイグナイトの周りに浮かび上がった。

「(この数……アキュア一人じゃ捌ききれない! 俺も加勢しないと!)」

「キセキ……大丈夫だよ。私に任せて」

「!! (アキュア……!?)」

「“第6章 極メ”」

 刃達が真っ直ぐアキュアへと飛んでいく!

「“大波海嘯たいはかいしょう”」

 アキュアが唱えると、彼女の背後から大きな津波が現れ、刃を纏めて押し流した!

「凄い! あの数の刃を……! あれ?」

 押し流した先に、イグナイトが居なかった。

「(いない!? 待て、こういうときは大体……!)」

 キセキが振り返ると、アキュアの背後にイグナイトが迫っているのを見つけた。

「(後ろから来るよな! 今こそあの新技を……! 名前は……)呀翔斬やしょうざん!」

 キセキの手から斬撃が放たれ、イグナイトに命中した!

「ぐっ!」

 イグナイトは飛び退いて二人から離れる。

「キセキ! ありがとう!」

「こちらこそ!」

「完全にこっちが不利ってわけね……でもそんな状況の覆し方も教えてもらったのよ!」

 イグナイトがそう叫ぶと、彼女に黒い霧のようなものが集まっていく。

「これは……?」

「!! アキュア! オーバーロードだ! 気をつけて!」

「オーバーロード……!?」

「“第3幕 粉刃ふんじん”!」

 イグナイトが唱えると、キセキとアキュアの周りに謎の粉が舞った。

「(何だ!? 何の“概術陣”か分からないけど、“第2幕”までの傾向的に“炎術陣”と“刃術陣”が掛け合わさったような感じだ……それが突然粉を撒いた!? 嫌な予感がする……! 物語あるあるで言うと粉から連想されるのは……!)アキュア! この粉から離れるんだ!」

「分かった!」

「遅い!」

 二人の周りに舞っていた粉は、イグナイトの言葉と共に大爆発を起こした。爆風が刃のように二人を切り裂いた。

「きゃあ!」

「がはっ!(やっぱり粉塵爆発……! 魔力域を密閉して粉を一定間隔に配置し着火させたんだ……! 気づくのが遅れた!)」


【物語あるある】粉塵爆発が容易く起きる


「これは効いたみたいね。あっはは! いい気味だわ。さぁ、串刺しになって死になさい!」

 イグナイトがキセキを見据えて構える。

「“第4幕 繍刃しゅうじん”!」

 槍のような蒼い炎の刃が波打ってキセキへと飛んでいく!

「(俺に向かって真っ直ぐ飛んでくる! 呀翔斬で撃ち落とせるか!? 迷ったらやってみろ!)呀翔斬!」

 キセキの手から放たれた刃は蒼い炎の刃に易々と弾かれた。

「(ダメか! くそ! どうする!? いや待て落ち着け! これは当たらなければどうということはないんじゃね!? だったら……)峰啼脚!」

 キセキは高く飛び上がった。しかし蒼い炎の刃はそれに追尾してくる!

「(ホーミング型かよ! それはヤバいぞ!? ダメ元で縁啼拳で殴ってみるか!? いや、ミスったときのリスクが高すぎる! 防御に全振りした技を使うしかない! けどそんな技まだ習得してない……待てよ。習得してないけど、知ってる。幼い頃から何度も見せてもらった。それでさっきも助けてもらった。今なら俺にも出来る気がする。その技の名は……)“水彩蓮華”!!!!!」

 キセキが叫ぶと、彼の周りに煌めく蓮の華が乱れ咲いた。その内の一つに蒼い炎の刃がぶつかり、相殺された。

「……は?」

「キセキ……“水彩蓮華”を……? どうして……?」

「わからない! でも出来る気がしてやったら出来た!(普通の“水彩蓮華”と違って虹色に光っていた。何だ? この力は……)」

 キセキは答えながら着地する。

「そのまぐれでどこまで耐えられるかしら!? “第5幕 刻刃こくじん”!」

 イグナイトの周りに回転する蒼い炎の刃が現れ、キセキに襲いかかった!

「(まだあるのかよ! 単純に技の数が多い! もう一度“水彩蓮華”使えるか!? いや、使えなきゃ死ぬ! 使うんだ! うおおおおおおおお)」

「“第1章 極メ 水彩蓮華すいさいれんげ花圃かほ”!」

 アキュアがそう唱えると、辺り一面に水で出来た蓮の華が咲き誇った。それによって刃は弾き返された。

「!!」

「私もまだ倒れてないんだから! キセキに負けてらんない!」

「(凄い! 通常の“水彩蓮華”と違って華の数が圧倒的に段違いだ!)」

「キセキ! このまま技をぶつけ合ってても埒が明かない! ここは……」

 アキュアはキセキにヒソヒソ声で話す。

「!! でもそれだとアキュアが……」

「私を信じて! キセキ!」

 キセキは反論しようとするが、アキュアの真っ直ぐな眼差しを受けて止めた。

「……分かった。アキュアを信じる」

「ありがとう!」

「何をごちゃごちゃ話してるの!?」

「!!」

 イグナイトが怒りを露わにする。

「さっきから防戦一方のあんた達に何が出来るのかしら! オーバーロードしたアタシの力には敵わない! “第6幕 漠刃はくじん”!」

 広範囲に拡がる大きな蒼い炎の刃がキセキとアキュアに向かって放たれた!

「“第2章 極メ 嵐飛沫撃あらしぶきうち”!」

 アキュアの前に広い水面のようなものが現れ、蒼い炎の刃とぶつかり合った! アキュアとイグナイトは互いに魔力で押し合う!

「ああああああああああああ!!!!!」

 ドッカアアアアアン!!! 二人の魔力は大爆発を起こし、砂煙が立ち昇った。その砂煙の中から拳を構えたキセキが飛び出す!

「くらえええええええ!!!」

「(水弟の大技を囮にキセキが攻撃しようっていうのね)そんな稚拙な作戦、効くとでも!? “第7幕 蓬刃ほうじん”!」

 高く積み重なった蒼い炎の刃が次々とキセキに向かって飛んでいく!

「(かかった!)峰啼脚!」

 キセキは足元で起こした爆発でイグナイトから距離を取り、蒼い炎の刃を避けた!

「!? (攻撃するんじゃない!? じゃあ一体何のために……)!!」

 イグナイトは自身の足元が濡れていることに気づく。しかし気づいた時にはもう遅かった。そこからアキュアが飛び出し、イグナイトを拘束する。

「くっ! “第7章”ね!」

「そう! “行雲流水こううんりゅうすい”は一定時間自身を液状化させることが出来る! 砂煙とキセキに気を取られている隙に足元まで回り込ませてもらった!」

「ちっ! 警戒していたのに! 離しなさい!」

「イグナイトさん、ごめんなさい」

「!!」

 いつの間にか再度イグナイトの前にキセキが飛び出していた。

「(二重の囮!? まさか水弟ごと!?)」

「縁啼拳!!!!!」

 ドッゴオオオオオオン!!! キセキの拳はイグナイトの腹に向かって勢い良く爆ぜた。イグナイトはアキュアごと吹き飛ぶ。

「アキュア! 大丈夫!?」

 キセキは吹き飛んだ先で倒れているアキュアに急いで駆け寄った。

「大丈夫大丈夫! 想像以上に爆発が大きくてビックリしたけど、上手くいった! それよりもイグナイトさんは!?」

 辺りを見回すと、少し離れたところでイグナイトも倒れていた。

「気絶してるみたい。あの状態だともう戦えないよ。蒼い炎も消えているし、終わりだ」

 キセキはイグナイトの様子を見て言った。

「申し訳ないけど、念の為カプツーレで拘束しとこっか」

「そうだよ。アキュアが直接拘束しなくても、カプツーレじゃダメだったの?」

「相手はオーバーロードしてたんだよ? カプツーレなんかじゃ簡単に解かれていただろうし、そもそも当てることも出来なかったと思うよ。私が“行雲流水”で近付いて直接拘束するのが、キセキの技を当てる意味でも確実だった」

「それもそうか……でもアキュアごと殴り飛ばすのは結構気引けたなぁ……」

「……キセキは本当に優しいね」

 アキュアはイグナイトをカプツーレによって出した鎖で拘束した。

「……ねぇ、キセキ。私、キセキに謝らないといけないことがあるんだ」

「……謝らないといけないこと?」

「私、嘘ついちゃった」

「え? いつ?」

「……さっき」

「さっきって……」

「実は、覚えてるの。二年前、駅でキセキに言ったこと」

「え!? そうなの!?」

「忘れるわけないじゃん! 私、キ、キ、キスまでしたんだよ!?」

「いやでも覚えてないって言うから! アキュアにとっては大した意味じゃなかったのかと!」

「そんなわけないじゃん! めちゃくちゃ勇気出したんだから!」

「そ、そうだったのか……」

「……忘れたフリしてごめんね? だから、改めて言わせて? ……私、キセキのこと……」

「何イチャイチャしてんのよ」

「!?」

 知らぬ間にイグナイトは目を覚ましていた。

「イグナイトさん!? 起きてたんですか!?」

「とっくに起きてるわ。何で恋人亡くした翌日に他の奴のイチャイチャしてるとこ見せつけられないといけないの。ほんっと最悪なんだけど」

「うう……ごめんなさい……」

「……でも、何かアホらしくなったわ……怒りの矛先が分からずに、あんた達へそれを向けていた自分が」

「!!」

「蒼い炎を纏ってるときはね、すっごく気分が良かったの。コレでフレイドを奪ったキセキに復讐できるって。……キセキはそんなやつじゃないって……ワタシ、知ってるのに」

「……」

「だけど復讐心が止められなかった。止まるどころか、むしろどんどん増していって……きっと蒼い炎のせい。アレは本当に危険よ」

「イグナイトさん、それはランタンから貰ったんですよね?」

「ええ。あんたに借りた魔道具からフレイドの声がしてね。言われるがままここに来たら蒼い炎のランタンを持った少女が待ってた」

「……!」

「ヤバいと思って逃げようとしたら、目の前が蒼い炎で真っ青になって……それからランタンに色々教えてもらった。“概術陣”の使い方とか、オーバーロードを自ら引き起こす方法とか。全ては復讐するためだって言われてね。ワタシはそれを受け入れてた。蒼い炎の力でもうおかしいとかよく分からなくなっていたんだと思う」

「……なるほど」

「あんたが最後の一撃でワタシから蒼い炎を吹き飛ばしてくれたから、きっと今ワタシは正気に戻っているんだと思う……ありがとうね、キセキ」

「い、いや、俺は何も……! イグナイトさんを止めるのに必死で、そんなつもりなかったですし……そうだ。イグナイトさん、これを……」

 キセキは懐から小箱を取り出した。

「……コレは?」

「フレイドさんから預かっていたんです。た、ただのプレゼントだそうですけど……」

 そう言ってキセキは小箱をイグナイトに向けて開いた。

「……」

 イグナイトは驚いた顔をして固まった。

「……ぷはっ、あっはははは! コレがただのプレゼント? あんたもフレイドも嘘が下手ね」

「……(ば、バレてる……)」

「あっははは! そっかそっか。帰ってきたら話があるって言ってたのはそういうことね。おかしいとは思ってたのよねぇ〜、あっはははははははは!」

 イグナイトは笑いながら泣いていた。

「あっはははは……ははは……フレイド、最後何て言ってたの?」

「……「キミのおかげで俺は悔い無く逝ける」……「我ながら、天晴れな人生だった」と……」

「あっははははは! フレイドらしいや。……本当にありがとう、キセキ」

「そんな……お礼を言われるようなことしてないですよ」

「いいえ。最後にフレイドと話せたのも、フレイドが悔い無く逝けたのも、全部あんたのおかげよ。ワタシ達はキセキに救われた」

「!!」

「感謝こそあれど怨みなんて全く無い……ヴァイスハイトで言ったことは謝るわ、ごめんなさい、キセキ」

「……こちらこそ、フレイドさんを護れなくて、ごめんなさい」

「あっははは! 誰もそんなこと責めてないっての! ……胸を張って生きなさい。そして天晴れな魔術師になりなさい」

「……! はい! ありがとうございます!」

「そうだ。伝えとかなきゃいけないことがあるのよ」

 イグナイトは唐突に真剣な顔をして言った。

「何ですか……?」

「キセキ、ランタン達の狙いの一つはあんたよ」

「俺!? どうして……」

「それは……うっ……あああああ!!!」

「イグナイトさん!?」

 イグナイトから突如蒼い炎が吹き出したかと思えば、次の瞬間には炎が消え、彼女は気を失った。

「イグナイトさん! イグナイトさん!」

 キセキの必死の呼びかけにも応じず、イグナイトは動かなくなった。キセキとアキュアは彼女をヴァイスハイトの保健室まで運んだ。

「命に別状はない。だが無理矢理オーバーロードしたせいか、その蒼い炎とやらのせいか、意識を失って植物状態みたいになってる。しばらくは目を覚まさねぇだろうな」

 保健室の先生、ハイレンはそう語った。

「そんな……」

 アキュアは絶句する。キセキも頭を抱えた。

「(きっと何かランタンについて核心的なことを話そうとしたからだ。口封じのためにイグナイトは……! くそっ! ランタン……!!)」

 キセキは保健室を出る。

「(フレイド……イグナイト……待っててくれ……二人の仇は、必ず俺が……!)」

 キセキはランタンに対する闘志を激しく燃やすのだった。

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