《第4章:夜衝》『第3節:狐塚』

 冷たく硬い鉄の感触を頬に感じて、キセキは気がついた。血にも似た鉄の匂いと炎の燃える香りが自身を取り囲んでいる。彼が起き上がると、そこは狭い檻の中だと分かった。鉄格子の向こうは辺り一面松明が炊かれ、その間に規則正しく狐面を付けた屈強な人達が座っていた。一様に狐面の模様が蛍光色で妖しく光っており、巫女のような衣装を着ている。

「気がついたか」

 狐面の一人がこちらに近づいてきてキセキに声をかけた。

「お前は何者だ?」

「……」

 キセキは突然の問いに戸惑った。

「(何だ……ここは……俺、捕まっちまったのか……? この雰囲気……明らかに敵対視されているよな……何て答えるのが正解だ……?)」

「答えろ。お前は何者だ」

「……」

 キセキは答えられずにいた。間違った答えを言った瞬間命を取られるような、恐ろしい空気を感じ取っていたからだ。

「……はぁ。おい、リサ。本当にコイツは“魔術”を使ってなかったんだな?」

「う〜ん、多分ネ。魔法陣が出てなかったし、力も魔術師のソレっぽくなかったヨ」

 「リサ」と呼ばれた狐面は、周りの狐面達より一回り小さかった。声も幼い少女のようだった。

「ちくしょう。「掟」さえ無けりゃこんなガキ殺して終いなのに。こういう時に限ってかしらがいねぇ」

 そう言って狐面は頭を掻きむしった。

「(「掟」……ってのは分からないけど、少なくとも魔術師かどうかで殺すか決めてる……? それなら……!)あの、俺、魔術師じゃないですよ?」

「……!」

 狐面達が一斉にキセキの方を見る。

「あ、あの森は貴方達の縄張りかなんかだったんですか? それなら勝手に入ってごめんなさい。危害を加えるつもりはありません。たまたま通りすがっただけなんです」

「……こんな時間にあんな森の奥をか?」

「……! よ、夜の森が好きで、夜によく色んな森を探検してるんです」

 キセキは嘘をついていることを悟られないように、平静を装って話した。

「……」

 檻の傍の狐面は何も応えない。顔は見えなくとも、険しい表情をしているのだろうと何となく分かった。

「ど、どうか解放して頂けないでしょうか……?」

 キセキは手を合わせて弱々しく懇願した。狐面は「はぁ……」とため息をついてから話した。

「……じゃあ一つだけ聞く。ディオーグ・キルアディアを知ってるか?」

「……!」

 思いもしなかった問いにキセキは驚いたが、怪しまれないよう即座に答えた。

「ディオーグ……何ですか? そんな人知りません」

「……!」

 キセキが答えた瞬間、狐面達が揃って手元に置いてあった不思議な槍を構えた。

「えっ、え……!?(何でだ!? 間違ったか!?)」

「この国でディオーグ・キルアディアを知らないわけがないだろう。わざわざそんな嘘をつくのは自身がディオーグ・キルアディアの元の魔術師である証拠だ」

「……! (しまった! そういうことか! 俺転生者だからその辺の感覚ズレてんだよなぁ……)」


【物語あるある】嘘がすぐにバレる


 槍を構えた狐面達がジリジリと近寄ってくる。

「(ど、どうする……!? このままだといよいよ死ぬぞ……!? 変幻魔力域でこの檻ぶち壊してこいつらから逃げられるか……!?)」

 檻のすぐ傍まで槍で取り囲まれたとき、狐面が合図した。

「殺れ」

「(やるしかない……! うおおおおおおお)」

「待て。何をしておる」

 狐面達の動きがピタッと止まった。森の奥から新たな狐面達がゾロゾロと出てきた。その間をゆっくり歩いてくる人物がいた。その人物の狐面は他の狐面と違って模様が多く、周りが何かの生き物の毛で覆われていた。合わせて巫女のような衣装の上に刺々しい鎧を纏っている。

「(こ、こいつが頭か……!?)」


【物語あるある】間一髪のところでトップが現れる


「わらわに黙って何をしておるのじゃ」

「か、頭……! お帰りで……!」

 さっきまで偉そうだった狐面が畏まって話す。

「ゾーロ。何をしておると聞いておる」

「し、侵入者の処刑を……!」

「侵入者は捕え、わらわの前で刑を決定し処刑する「掟」であろう」

「し、しかし、コイツは魔術師です!」

「魔術師……?」

 狐面の頭が檻の方にゆっくりと近づいてくる。履いている一本歯の下駄がカランカランと鳴った。檻の傍まで来ると、キセキのことをまじまじと見つめる。

「……! おぬし……」

「……?」

「こやつは魔術師ではない」

「!?」

 狐面達と一緒にキセキも驚いた。

「こやつからは魔力がほとんど感じられない。魔術師とは違う」

「待ってください頭! コイツはディオーグ・キルアディアを知らないなんて嘘をついたんですぜ!?」

「この国の者でも辺境であれば知らないこともあるじゃろう。こやつは処刑しない」

「で、ですが……」

「何じゃ? わらわの決定に不満があるとでも?」

 その言葉に空気が凍った。ゾクッとする悪寒が全員を襲った。

「……な、何もありません」

「良い。こやつを解放しろ」

 狐面達は素早く檻を開けてキセキを外に出した。

「(な、何とか助かった……)」

「おい、終わったなら各自仕事に戻るのじゃ。何をボサッとしておる」

「ハッ!」

 狐面達は各々の方向へ去っていった。

「……じゃ、じゃあ俺はこれで……」

「待て」

 その場から離れようとしたキセキを狐面の頭は呼び止めた。

「おぬしはわらわと共に来い」

「え、逃がしてくれるんじゃ……」

「誰もそんなことは言っていない。来い」

「は、はい……(逆らったら絶対殺されるよな……)」

 キセキは言われるがまま付いて行った。森の中から出ると、そこには大きく開けた峡谷があった。峡谷に沿うようにして中華風の建築物がいくつも立っている。その内の一つの城のような大きな建物の最上階にキセキは招かれた。

「楽にせい。ここにはわらわとおぬししかおらん」

「は、はぁ……(何か初めてフレイドに呼ばれたときを思い出すな……)」

「わらわの名はピンイン。「夜衝やしょう」の者からは頭と呼ばれておる」

 ピンインは豪華な装飾が施された椅子に腰掛けながら話した。

「夜衝……?」

「この組織の名じゃ。そんなことも知らぬとは、おぬしやはりこの世界の者ではないな?」

「!?」

 キセキは驚愕する。見抜かれるのは二度目だったが、こればかりは慣れない。戸惑っていると、ピンインが話を続けた。

「良い。わらわに興味があるのは、何のためにこの世界に来たかじゃ」

「……!」

 更に戸惑いを隠せないキセキだったが、深呼吸してから言葉を返した。

「……ら、ラスボスを倒すため……です……」

「……」

 二人の居る部屋はシン……と静まり返った。暫くの静寂の後、ピンインが吹き出した。

「くっくっくっくっ! ラスボスを……倒すじゃと……? くっくっくっくっ!」


【物語あるある】特徴的な笑い方の登場人物


「あははは……」

 ピンインが笑っている意味が分からないキセキは、一緒になって笑うしかなかった。

「いやぁ、すまんのぉ。まさかそのような珍妙な答えが返ってくるとは思わなかったのじゃ」

 ピンインはそう言いながら狐面を取った。そこには橙色の髪をした美少女がいた。狐のような大きなつり目で、顔や耳の至る所にピアスを付けている。

「(え!? 女の子!? 男かと思った!)」


【物語あるある】男かと思ったら女


「……何を驚いておる。わらわの顔に何か付いておるか?」

「い、いや、何でもないです(仮面付けてる時はこもってて分からなかったけど、声もめっちゃ可愛いじゃん! よく考えれば一人称わらわって女の人しか使わないか……あんな屈強な奴らのトップだからどんな強ぇ男かと思ってたのに……)」

「それで、ラスボスとやらは倒せたのか?」

「それがまだ、ラスボスが誰かも分からなくて……」

「それならば分かりやすいのがいるじゃろう」

「……? 誰ですか?」

「ディオーグ・キルアディアじゃ」

「!!」

 キセキは今日何度目かの衝撃を受けた。

「(た、たしかに考えたこと無かったぞ……!? ディオーグ先生がラスボスとしたら名前の由来が一人だけ分からないのも納得いくし、十分な実力と立場も持っている……)」

「魔力が大きく揺らいだ。考えたことも無かったのか」

「!? どうしてそれが……」

「わらわはパッシブで人の魔力が見えるのじゃ。色で普段魔力を使っているのかも分かる。それで魔術師かどうかを見分けているのじゃ。おぬしは普段使ってはいるが魔術師とは異なる使い方じゃな?」

「……! そ、そんなことまで……」

「更に色が常人とは違う。これは他の世界から来た者だからじゃろう。過去に一人だけそのような人物がいた」

「え!? 俺以外に!?」

「そうじゃ」


【物語あるある】転生者は一人じゃない


「(俺以外にも転生者がいる……! 確かにあるあるっちゃあるあるだけど、アーサーが俺が主人公だなんて言うからてっきり俺しか居ないものだと思ってた……!)そ、それってどんな人ですか……?」

「「マーリン」という名の女じゃ。ここに住んでいたこともあるが、今はどこで何をしているのやら」

「(マーリン……! 俺でも知ってるぞ。「ブリタニア列王史」に出てくる有名な魔法使いだ。でも女だったっけ……? 分かんないけど、既存の固有名詞が出てくるのはドロシーに次いで二回目だ。重要人物に間違いない)ここに住んでいたのは、どういった理由で?」

「マーリンは世界中を旅しているらしい。その途中でこの里に辿り着いてな。不思議な女じゃった。全てを見透かしたような言動で里の皆と仲良くなり、いつの間にか家族のようになっておった。その上この世界の住人ではないと言うのだから驚いたものじゃ」

「え!? 自分で転生者だと言ったんですか!?」

「そうじゃ」

「(えええ!? どういうことだ!? 自分でバラしたら死ぬんじゃないの!? ……いや、確かに俺もほぼバラしてるようなものだけど生きてるもんな……アーサーが嘘をついた……? 何のために……? どこまでセーフでどこからアウトなのか試したいけど、ミスったら死ぬもんなぁ……さっきまで死のうとしてたけどもうそんな勇気ねぇ……)そういえば、マーリンはこの世界に来た理由は何て言ってたんですか?」

「「この世界を護るため」と言っておった。その意味は最後まで分からなかったが、何か大きな使命を抱いているようじゃった」

「この世界を……護るため……(ラスボスから? ってこと? ……いや、もしかして転生者が何人もいるように、アーサーのような転生させてる人も他にいる? それなら色々違うのにも納得いく)」

「そのマーリンが言ったのじゃ。「ディオーグ・キルアディアは危険」だと」

「ディオーグせ……ディオーグが?」

 キセキは「ディオーグ先生」と言うのを躊躇った。

「そのときは深く考えなかったが、彼の魔力を見て確信したのじゃ。彼は異質であると」

「どうしてですか……?」

「見えなかったのじゃ。皆等しく見える魔力が彼だけな」

「魔力が見えない……!? (いよいよラスボスっぽくなってきたぞ……!?)」

「それでいて最強の魔術師と呼ばれるだけの力を持っている。魔力が無いわけではないのじゃ。何か恐ろしい“魔術”を使っているに違いない」

「なるほど……」

「ディオーグ・キルアディアの片鱗を見てからというもの、「掟」で彼の息のかかった魔術師は消すように取り決めた。いつわらわ達夜衝に危害が加わってもおかしくないからじゃ」

「だから俺が魔術師かどうか皆気にしていたんですね(さっき「ディオーグ先生」なんて言おうものなら殺されてたな……あっぶねぇ……)」

「そうじゃ。そういえばおぬし、名を何と言う」

「キセキ・ダブルアールです。探検家です!(この流れでヴァイスハイトの生徒とか絶対言えねぇ)」

「キセキか。今日はもう遅い。ここを発つのは明日以降でも良かろう。部屋を一つ貸してやるから休んでいけ」

「あ、ありがとうございます」

 ピンインが指をパチンと鳴らすと、部屋の外で何かが降り立つ音がした。

「外に案内人を呼んだ。ここでの暮らしは彼女に頼れ」

「何から何まで……ありがとうございます!」

「良い。マーリン以来の異世界人じゃ。また話を聞かせてくれ」

 キセキは何度もお礼を言って部屋を出た。ピンインの言う通り、部屋の外には案内役の狐面が一人立っていた。

「さっきは殴ってごめんネ! 仲良くしヨ!」

「殴ってって……もしかして君が俺をここに連れてきたの!?」

「そうだヨ! わたしリサ! キミの名前ハ?」

「俺はキセキ・ダブルアールだよ」

「ワオ、変な名前!」

「まぁ、自覚はしてる……」

「里の案内は明日してあげるから、今日はコッチの部屋で寝ナ!」

 そう言ってリサはキセキを建物の一室に案内した。

「ありがとう。お世話になります」

「どういたしましテ! じゃあおやすミ!」

「おやすみ、リサ」

 キセキは部屋の中のベッドに飛び込んだ。

「(疲れた……あまりにも一日で色んなことが起きすぎる……早くヴァイスハイトに帰らなきゃだけど、ここで夜衝と仲良くなっておくのも悪くない気がする……明日里を案内してもらって長居するかどうか決めるか……)」

 キセキは思案している内にいつの間にか眠っていた。


【物語あるある】新たな拠点

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