《第3章:炎の意志》『第6節:天晴』
キセキとガストルが競技場に着くと、そこには誰も居なかった。この時間に競技場で授業は行われていないようだった。ガストルはそれが分かっていてここを稽古の場所に選んだ。
「まずはお前のその力について教えろ」
ガストルがキセキを指さして言った。
「あ、えっと、まだ今日フレイドさんに解明してもらったばかりなんですが……」
キセキは変幻魔力域についてガストルに話した。
「狭くも広くも出来る変幻自在の魔力域……か。その性質を利用して爆発させてると。とりあえずお前は一回攻撃したら腕使えなくなるのをどうにかしないとな」
「そうですよね……でも一体どうしたら」
「簡単じゃねぇか。爆発する方向を絞ればいい」
「方向を絞る?」
「何も考えずにただ魔力域を拡げるだけだから魔力が拡散して腕ごと吹っ飛ぶんだよ。方向を絞ってそっちに向かって拡げることを意識しろ。そうすればその方向だけ爆発させることが出来るはずだ」
「確かに意識したこと無かったです」
「一回やってみろよ。ミスってまた腕吹っ飛んでもハイレンに治してもらえばいい」
「そんな簡単に……(結構痛いんだけどなぁ)」
キセキはガストルに言われた通り、魔力域が拳の先に向かって拡がるように意識を集中した。
「いきます!」
キセキはそう叫んで拳を繰り出した。
「縁啼拳!!!!!」
すると突き出した拳の先が吹き飛んだ。キセキの腕は無事だった。
「……やった、上手くいった!」
「はっ、やるじゃねぇか」
「何となく意識の仕方とか分かった気がします! ありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早ぇよ。こっからが本番だ」
「え?」
「町での戦いでお前が俺のとこまで飛んできただろ? あれを見て思った。お前、あれを脚でやれ」
「脚で!?」
「腕で出来るなら脚でも出来るはずだ。それを使いこなせればお前は縦横無尽に高速で移動できるようになり、それは攻撃手段にもなる」
「(脚……確かに考えたこと無かったな。万が一腕が駄目になっても脚があると思えばちょっと安心出来るし……)やってみます」
キセキは魔力域を脚の下に向かって拡げるように意識する。
「……コレにも技名あった方がいいですかね?」
「まぁ、無いよりかはある方がいいんじゃねぇか」
「そうですね……じゃあ「
「……! ……ま、まぁ、いいんじゃねぇの」
「(自分の二つ名が入っててちょっと嬉しそう、可愛いな)」
キセキは再度足元に意識を集中させる。そして声高らかに叫んだ。
「峰啼脚!!!!!」
するとキセキの脚の下で爆発が起き、彼は5m近く飛び上がった。
「やったぁ! 上手くいきました! ……でもコレどうやって着地すれば!?」
「着地する瞬間に小さな爆発起こして威力を殺せ!」
「簡単に言いますけど!(小さな爆発、小さな爆発、小さな爆発……!)」
キセキは着地する瞬間に意識を集中させた。そうすると足裏で小爆発が起き、キセキは無事着地出来た。
「で、出来た……!」
「……! よくやった。お前、センスあるな」
「ホントですか! (普通に褒めてくれた嬉しい)」
【物語あるある】新技を身につける
「じゃあ実践といこうか。“砲術陣 武装”」
ガストルの足元に銀色の魔法陣が現れる。
「えっ?」
「俺がお前に向かって攻撃するから、峰啼脚で躱しつつ縁啼拳で相殺しろ」
「そそっ、そんなのいきなり無理ですよ!」
「お前ならやれる。センスあるって言ったろ」
「んな無茶な!」
ガストルは猟銃をキセキに向かって構える。
「“第4式
そう唱えると猟銃から風の弾が発射された。地面を抉りながら真っ直ぐキセキに向かって飛んでいく!
「(くそっ! やるしかない! 大丈夫。さっきやったことをもう一度やるだけだ! できる! やれる! 俺ならいける!)うおおおおおおおおお!!!峰啼脚!!!!!」
……目を覚ますと、一度見たことのある天井だった。確か保健室の……
「おい、気がついたか」
ベッドの隣の椅子にガストルが座っていた。
「お前、俺の弾避けきれずに直撃したんだ。そしたら気絶した。すまん」
キセキは朧気だった記憶を思い出して飛び起きた。
「だから無理って言ったじゃないですかぁ!」
「いやぁ、すまんて。出来ると思ったんだよ。期待を裏切られたのはこっちの方」
「被害者は俺ですけどね!?」
「あとハイレンが……」
「ハイレン先生?」
キセキが前方を見るとハイレンが怒り心頭で仁王立ちしていた。
「お前さぁ、入学早々何回ここ来るんだ! 来すぎ! 怪我しすぎ! 治療するこっちの身にもなれ!」
「あはは……それに関してはホントに申し訳ないです……すみません……」
「もう今日は何もするな! 大人しくしてろ! また来ても治してやらねぇからな!」
「(それは保健の先生としてどうなんだ……)」
キセキはハイレンにお礼を言ってガストルと保健室を出た。
「もうそろ四限目の授業の時間だ。ハイレンの言う通り大人しく授業受けとけよ。ただ今日掴んだ感覚は忘れるな。必ず戦場で役に立つ」
「はい! ありがとうございました!」
「じゃあな、キセキ」
そう言うとガストルは去っていった。
「(さて何の授業受けようかな。履修要項はっと……ん?)」
キセキは自身の鞄の中で履修要項を探した。そのとき信じられない物を発見した。
「(嘘だろ……? 何でコレがここに……?)」
そこにあったのは、二つのスマートフォンだった。
【物語あるある】転生前の世界の物がある
「(スマホ……だよな? この世界にスマホが存在しないのは火を見るより明らかだ。なのにそれが今俺の手元にある。どういうことだ?)」
キセキは二つのスマホを手に取って起動してみる。電源がつき、ホーム画面が映し出される。
「(ちゃんと動くんだ。電波も立ってる。ただアプリが通話アプリしか入ってない。発信履歴は……一つだけある。かけてみるか)」
片方のスマホの発信履歴に残っていた番号にかけると、もう片方のスマホが鳴った。
「(まぁそうだよな。この二つは繋がっている……でも何でだ?)」
「あれ、キセキじゃん。そんなとこでつっ立って何してんの」
困惑するキセキに声をかけたのはイグナイトだった。
「イグナイトさん! あの、コレ、見たことあります?」
「……何これ。初めて見た。何かの魔道具?」
「魔道具……かどうかも分からないんですけど(やっぱりスマホってことは知らないよな)」
「ワタシ魔道具になら結構詳しいから調べとこっか? 一個貸してよ」
「あ、はい、お願いします」
キセキは片方のスマホをイグナイトに手渡した。
「何か分かったらまた梟飛ばすね。そういやフレイド見た?」
「フレイドさん? 今朝は一緒にいましたが、昼以降は見てませんよ」
「そっか。じゃあもうクエスト行ったのかな。早く帰ってこないかな〜」
「何かあるんですか?」
「何でも帰ってきたら話があるって言われててね、そんな改まって言われたらドキドキしちゃうじゃない?」
「……!」
嬉しそうなイグナイトとは対照的に、キセキは絶句していた。嫌なあるあるが頭をよぎったからである。
【物語あるある】〇〇から帰ったら〜する→〇〇で死ぬ
「イグナイトさん! フレイドさんは何のクエストに!?」
「きゅ、急にどうしたのよ」
「いいから教えてください!!!」
「た、確かショウカ村が魔物に襲われたからその討伐に行くって……」
「(ショウカ村……消火!? ヤバい!)ありがとうございます!」
キセキは急いでショウカ村へと向かった。ショウカ村は汽車でもかなり時間がかかるほど遠くにあり、キセキは道中気が気でなかった。
「(あるある通りだとフレイドが……いや、俺がその運命を変えるんだ。絶対にフレイドを死なせない!)」
汽車がショウカ村へと着くと、キセキはすぐさまフレイドを探した。村は嫌に静かだった。
「フレイドさぁぁぁぁぁん!!!」
静かな村にキセキの声がこだまする。
「(いない。どこだ? フレイド!)」
キセキは村の奥へ奥へと走っていく。その先にフレイドの姿はあった。フレイドは数多の魔物と戦っていた。
「(フレイド! いた! 魔物と戦っている! 良かった! 生きてる!)」
「“第1章 獅子奮刃”!」
フレイドの魔術によって魔物達は一掃された。
「ふぅ、これで最後だなっ!」
「フレイドさん!」
キセキはフレイドに声をかける。
「キセキ!? どうしてここにっ!」
「あ、いや……ふ、フレイドさんが心配で……」
フレイドはそれを聞いて目を丸くした。そして大きな声で笑った。
「アッハッハッハッハッ! 天晴れな心意気だが、心配されるようなクエストでもないぞっ! ちょうど今終わらせたところだっ!」
「そ、そういうことじゃなく……(言えない。俺が転生者で物語あるあるを知ってて、フラグが立ってるからフレイドが死ぬかもしれないなんて)とにかく! 急いでヴァイスハイトに帰りましょう!」
「ああ、言われなくてもそのつもりだっ! 村の皆にもう安全だと伝えてまわったらな!」
「わ、分かりました。俺も手伝います」
キセキとフレイドは魔物に怯えて家屋に隠れていた村人達に安全であることを伝えてまわった。
「さぁ、次の家で最後です! さっさと伝えて帰りましょう! フレイドさん、イグナイトさんに話があるんですよね?」
「おおっ、どうしてキセキがそれを?」
「イグナイトさんからたまたま聞いたんです」
「そうなのかっ! ……う〜ん、キセキになら話してもいいか」
「……? 何ですか?」
「……実はな、イグナイトにこれを渡してプロポーズしようと思っているんだ」
そう言いながらフレイドは懐から指輪の箱を取り出した。
「……!! そうなんですか! 絶対喜びますよ!(怖いからこれ以上フラグを立てないでくれ……!)」
「ああ、そうだと嬉しい」
「さっ! さっ! イグナイトさんが待ってますよ! 急いで終わらせて帰りましょう!」
「そうだなっ!」
ドンッッッッッッッッッ!!!!!!
村に戻りつつあった活気を引き裂くように轟音が鳴り響いた。衝撃で砂煙が巻き上がり、風圧で家屋がガタガタと揺れた。何者かがキセキとフレイドの前に着地していた。
「(おいおい……この展開は……)」
「よぉ、フレイド。久しぶり」
砂煙の中から現れたのは血のような真っ赤な髪色をした若い男だった。
「……ブルートさん!?」
「知り合いですか!?(ブルートって確か……)」
「昨年まで十二衛弟としてヴァイスハイトにいたんだ。退学になった後音信不通になっていた」
「……!(この人が退学になった十二衛弟……!)」
「どうだ? オレが居なくなってからも元気にしてたか?」
「ブルートさん……どうしてここに?」
「ハハッ、挨拶だよ。元・十二衛弟から現・十二衛弟へのね。フレイド、ちょっと力比べしないか?」
「しません。何を言っているんですか」
「おいおい、つれないなぁ。……オレはもう殺る気満々なのに」
そう言うとブルートから無数の赤い刃が飛んできた!
「“炎術陣 展開 第2章 気炎万丈”!」
フレイドは魔法陣を展開し、すぐさま炎の剣で刃を叩き落とした。
「やるなぁ! 流石フレイド! オレの見込んだ男だぜ!」
「一体何のつもりですか、ブルートさん」
「ランタンからの命令なんだよ。お前らも知ってんだろ? ランタン」
「ランタン……一体何者なんですか。どうして我々を執拗に狙う?」
「そいつぁ言えねぇ。だがオレもランタンからそれなりの地位を貰ってさ。期待に応えなきゃなんだよね」
そう言ってブルートは袖を捲って腕を見せた。そこにはIVと刻まれていた。
「!? ……もしかして、雨夜七冠!?」
「おお〜、そこまで知ってんのか。オレはそこで四番目に強いんだ。結構成り上がっただろ?」
「(幹部で四番目に強いやつが何でここに!? そういうの普通下から来るんじゃねぇのか!?)」
【物語あるある】敵は弱い順に現れる
「大層な「冠」まで貰っちゃったんだ。ほら、見てくれよ」
そう言ってブルートが手を広げると、無数の赤い刃が展開された。
「それが……「冠」……?」
「ああ、雨夜七冠には一人一つずつ与えられる素晴らしい力だ。得と味わえ」
その瞬間、赤い刃がフレイドへと飛んでいく!
「“第5章
フレイドが炎によって象られた剣で赤い刃を薙ぎ払った。
「キセキッ! 村人達へ屋内に避難するよう伝えてくれっ! ここは危険だっ!」
「……! は、はい! フレイドさんも気をつけて!」
「ああっ!」
キセキは村の奥の方へ走った。
「フレイド! オレとの勝負に集中しろよ!」
ブルートがそう言うと赤い刃が螺旋状に連なりフレイドを襲った!
「皆さん! 外は危険です! 家の中に戻ってください!」
キセキが屋外にいる村人達へ声をかける。
「一体何があったんだい?」
「魔物は全て炎弟が倒してくれたんじゃないのか?」
村人が不安そうに聞く。
「説明は後です! とにかく屋内へ……」
ドゴンッッッッッ!!!!! キセキの背後に何かが飛んできた。
「……! フレイドさん!」
「くっ……!」
それはフレイドだった。彼の目線の先でブルートがゆっくり歩いてくる。
「どうしたフレイド。お前の実力はそんなもんじゃねぇだろ?」
無数の赤い刃を纏うブルートを見て、村人達は叫びながら逃げていった。
「フレイドさん、俺も手伝います」
「ダメだ。村人を避難させたならキミも逃げろ」
「逃げません! 俺がフレイドさんを助けるんです!」
「……? 何を言って……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさぁ……」
「!!」
「真の実力を見せてみろ! フレイド!」
赤い刃が回転して地面を抉りながら迫ってくる!
「“第1章 極メ”」
「(“極メ”!?)」
「“
【物語あるある】通常攻撃の強化技
フレイドの剣から巨大な炎の獅子が現れ、赤い刃を噛み砕きながらブルートに迫る!
「いいね! そういうのだ! そういうのもっとくれよ!」
ブルートは再度赤い刃を展開し、それを回転させて炎の獅子を消し去った。
「“第3章 極メ
フレイドが唱えると、彼を蒼い炎が羽衣のように包み込んだ。
「へぇ、ランタンみてぇだな」
「“第4章 極メ”」
次の瞬間、フレイドがブルートの眼前まで一気に踏み込んだ。
「(一瞬でブルートの前に!?)」
「“
ガキィィィィン!!! フレイドの鋭い一撃は、幾重にも重ねられた赤い刃に防がれた。
「くっ……!」
「良い技だ。フレイド」
ブルートはフレイドを赤い刃で弾き飛ばした。
「ぐはっ」
「フレイドさん!」
フレイドが血反吐を吐く。
「(まずい。このままだと本当にフレイドが……! 何とかして俺があいつを倒すんだ! でもフレイドでも互角かそれ以上の相手を俺が……? いや、弱気になったらダメだ。今フレイドを助けられるのは俺だけだ! 俺が救うんだ! 高速で近づいて溜めた力を一気に解き放つ!)峰啼脚!!!」
ドカンッッッッ!!! キセキの足元で爆発が起き、ブルートへと飛んでいく!
「は?」
「(油断してる! やれる!)縁啼拳!!!!!」
気がつくとキセキは地面に寝転がっていた。
「え?」
「お前さぁ、遅すぎんだよ」
寝転がったキセキにブルートが話しかける。その瞬間、身体に激痛が走った。
「いってえええええええ」
キセキは肩から腹にかけて切り裂かれていた。縁啼拳を避けられた瞬間にブルートによって斬られていたのだ。
「キセキッ!」
フレイドがキセキに駆け寄ろうとするが、ブルートの赤い刃によって邪魔される。
「くっ……! どけっ!」
フレイドは赤い刃を剣で叩き落としていくが、赤い刃はブルートの周囲から無尽蔵に湧き出してくる。
「フレイド! そんなやつに構うな。所詮「蒼炎の刻」が訪れれば生き残れない弱者だ」
「蒼炎の刻……?」
「弱者が淘汰され強き者だけが生き残る新時代さ。ランタンがそんな世を創ってくれる。そうだ、フレイド。お前もオレ達と共に来ないか?」
【物語あるある】敵からの勧誘
「お前のその強さがあれば雨夜七冠になれるのも時間の問題だ。雨夜七冠になれば「冠」を貰えてもっと強くなれる。どうだ? 悪くないだろ? 一緒に強者だけの新時代を作り上げよう!」
「断る。そんな時代、俺は望まない」
【物語あるある】敵からの勧誘は断られがち
「……何故だ」
ブルートが赤い刃での攻撃の手を止める。
「弱き者がいるからこそ人は強くなれるからだ。確かに人には力の優劣が存在する。だがそれは強き者が弱き者を護るためだ。護るために力を磨き、より強くなる。そうして護られた者が力をつけ、また人を護る存在になる。護るべきものの無い力は、その身も周りも滅ぼす危険な力だ」
「……」
「そして彼は弱くない」
「……! フレイド……さん」
「彼は人のために笑い、怒り、必死になれる人間だ。彼の言葉や行動に救われた人が何人もいる。たとえ力が弱くとも、“魔術”が使えなくとも、関係ない。誰かのためにと行動する人間に、弱い人間はいない。ブルート、お前は間違っている」
暫くの静寂が流れた後、ブルートが口を開いた。
「ああ、そう。そうだったよ。お前は前からそうだった。オレより後に十二衛弟になったくせに、オレより先にクラス昇格して、皆から尊敬されて、全部自分が正しいみたいに振る舞って。オレみたいな奴には見向きもしない。綺麗なものしか見ようとしない。オレは前からお前が大っ嫌いだった!」
ブルートが叫ぶと、彼に黒い霧のようなものが集まっていく。
「……! これは……!」
「(ノワールのときと同じ……! オーバーロード……!)」
「オレの手でぶち殺してやるよ。フレイド」
そう言うとブルートの頭上に今までよりも格段に大きい赤い刃が形成された。
「死ねっっっ!!!」
その刃がフレイドへと真っ直ぐ飛んでいく!
「“第6章 極メ 奥義”」
「(奥義……!?)」
フレイドが赤い刃に剣を向けて対峙する。
「“
ドッゴォォォォォン!!! 爆炎と共に砂煙が舞い上がり、フレイドとブルートの姿が見えなくなった。
「フレイドさん!」
キセキが思わず叫ぶ。ゆっくりと砂煙が晴れていき、フレイドの姿が見えた。
「フレイド……さ……」
そこには身体の至る所から血を流し、折れた剣を構えるフレイドが立っていた。
「ぐふっ、ぐははははは!!! 惨めだなフレイド! “炎術陣”の奥義を持ってしてもオレの力は止められなかったか! ぐはははははは!!!」
「お前の……力ではないだろう……」
「……は?」
ブルートの顔から笑みが消えた。
「衛弟会議で……報告が上がっていた……国の各所で厳重に保管されていた「魔王の欠片」が……何者かによって盗まれたと……」
「何を言っている……」
「「冠」とは……「魔王の欠片」のことだろう……? 手段は分からないが……お前達は「魔王の欠片」を人体に移植する術を持っている……お前のその「血管の先から出した血液を凝固させ刃と成す」力は……本で読んだ魔王の能力の一つだ……移植されたのは恐らく「魔王の心臓」……!」
「違うっっっっっ!!!!!」
ブルートは叫んだ。
「コレはオレが手に入れたオレの力だ! 魔王なんて関係ない!」
「禁忌を犯して人様の力を自身の力だと過信する……本当に惨めなのはどっちかな……」
「フレイドォォォォォォ!!!!!」
ブルートの頭上に先程と同じ巨大な赤い刃が三つに増えて現れた。
「お前がどれだけ強がろうと、結局は生き残った方が勝ちなんだよ! お前は今からオレの手で死ぬ! オレの勝ちだ!」
「早計し決着する前に自身の勝ちだと驕る……ヴァイスハイトにいた時と何も変わってないな、先輩」
「ぐははははは! 武器が壊れ満身創痍のお前に何ができる!」
「何だって出来るさ……可能性は星の数ほどあり、武器は剣だけではないと学んだ」
フレイドはキセキの方を見やる。
「……! (フレイド……?)」
「キセキ……よく見てろ……これが俺の“魔術”だ……!」
フレイドは折れた剣を捨て、拳を構える。
「“終章”……!」
そう唱えると、赤く煌めく魔法陣がフレイドの足元に浮かび上がる。
「……!」
「“
刹那、フレイドの姿は消え、次の瞬間にはブルートの頭上にいた。拳を三度繰り出し、巨大な赤い刃を破壊する。そしてまた次の瞬間には、ブルートの目の前に移動していた。
「は?」
ドドドドドドドドッッッッ!!! 息つく間もなくブルートの顔面に拳が何度も叩き込まれた。吹き飛ぶブルートを先回りしたところで、再度拳を何度も打ち込む。
「ぐっ……がはっ……」
「うおおおおおおおおおおおお」
ブルートは抵抗することも出来ず、何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴られ続けた。その拳はブルートが気絶するまで止むことは無かった。
「はぁ……はぁ……」
倒れたブルートを前にフレイドが肩で息をする。
「やった……勝った……! フレイドさんの勝ちだ! やったぁ!!! うっ」
「キセキッ!」
叫んで傷口がさらに開いたキセキにフレイドが駆け寄った。
「キセキ、酷い怪我だ。俺が至らないばかりに……」
「いや、逃げろって言ってくださったの無視して特攻したのは自分なんで……自業自得です……っていうかフレイドさんの方が酷い怪我ですよ……」
「お互い帰ったらすぐにハイレン先生に見てもらおう」
「あ、ハイレン先生はダメかもです」
「……? 何故だ?」
「今朝入学早々保健室来すぎ、怪我しすぎって怒られました……今日はもう診てくれないそうです……」
「アッハッハッハッハッ! 彼は口ではそう言いつつ仕事はちゃんとしてくれる。大丈夫だよ」
「どっちにしろ絶対怒られますね……あはは……」
「アッハッハッハッハッ……」
フレイドの胸を赤い刃が貫いていた。
「「早計し決着する前に自身の勝ちだと驕る」のは……ダメなんじゃなかったか?」
「フレイドさん!」
フレイドは血を吐き、膝をつく。
「ぐははははは! やっぱり最後に勝つのはオレだったみてぇだなぁ! オレを殺さなかったお前の負けだ! フレイド! ぐははははははははは……は?」
フレイドに突き刺さった赤い刃が激しく燃え始め、血管で繋がっているブルートにまで引火した。
「あつっ! あちぃ! 何だコレ!? 消えねぇ!」
慌てるブルートを見てフレイドが微笑む。
「“熱血鉄拳・天晴”の効果だ……効果中俺の魔力域内の俺以外の魔力は燃え続ける」
「ちっ、なんだそれ! ふざけるな! イタチの最後っ屁かよ! とにかくお前から距離を……!」
ブルートが二人に背を見せ逃げようとした瞬間、その背中をキセキが思いっきり殴った。
「ぎゃっ!」
「お前の方がふざけるな!!!」
「!?」
ブルートにキセキが怒鳴った。
「お前は自分の力をひけらかすのに夢中で気づかなかっただろうな! フレイドさんがずっと家屋にお前の攻撃が飛ばないよう戦っていたこと! 俺がお前の攻撃を受けてからこれ以上攻撃されないようずっと気にしてくれていたこと! お前とフレイドさんではそもそも戦ってる舞台も理由も違ったんだ! 最初っからお前は負けてたんだ! フレイドさんの勝ちだ!」
【物語あるある】主人公が敵にブチギレる
「(くっ、こんなガキの戯言に付き合ってられるか! 早くフレイドから離れないと炎が……!)」
ブルートは慌てて立ち上がって走った。
「逃げるな卑怯者!! 逃げるなァ!」
「!?」
「(ああ……炭〇郎はこんな気分だったのか……こんなにも怒っていたのか……)逃げるな馬鹿野郎!! 馬鹿野郎!! 卑怯者!! お前なんかよりフレイドさんの方がずっと凄いんだ!! 強いんだ!!」
「(何言ってるんだこいつ……! オレはお前から逃げてるんじゃない! フレイドの魔術から逃げてるんだ! それにもう勝負はついてるだろうが! フレイドは間もなく力尽きて死ぬ! 生き残ったオレの勝ちだ!)」
「フレイドさんは負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!! 守り抜いた!! お前の負けだ!! フレイドさんの勝ちだぁ!!!」
キセキの心からの叫びを背に、ブルートは走り去っていった。キセキは大声でわんわんと泣く。
「キセキ」
暫くしてからフレイドがキセキに声をかけた。
「こっちに来てもらえるか。最後にキミと話がしたい」
キセキはフレイドの傍へ向かった。
「フレイドさん……どうか最後なんて言わないでください。まだ助かります」
「自分の身体のことは自分が一番よく分かっている。心臓と魔力核を同時にやられ、血も流しすぎた。俺はもう助からない」
「……!」
キセキは信じることが出来ない。
「何か……何か無いんですか? 魔法の世界ですよね? 魔法の力で……こう……パパッと……何か……治すことが……方法が……無いですか?」
「無い。魔法はそんな万能じゃない」
「そんな……そんなことって……」
「キセキ……ずっと思っていたことを話してもいいか?」
「……? 何ですか……?」
「キミはこの世界の住人ではないんじゃないか?」
「!!」
キセキは驚いた。いざ言い当てられると、何も言葉に出来なかった。戸惑いを隠せないキセキを尻目に、フレイドは言葉を続けた。
「そうか……やはりそうなんだな……いや、いいんだ。話せないならそれでいい。何か理由があるのだろう?」
キセキはゆっくり頷く。
「初めて会ったときからずっと感じていたんだ……この世界の者ではない何かを……なぁ、キセキ。これだけは教えてもらえないか?」
「……?」
「キミの本当の名は?」
キセキはそう尋ねられ迷った。答えてもいいのか? ここで答えることは自身が転生者であることをバラすことにならないのか? 暫くの葛藤の末、キセキは決意した。
「……転成です。転成……と言います」
「テンセイか……それも良い名だ」
フレイドはニコッと微笑む。
「テンセイ、キミと過ごした時間は短いが、俺はキミと出会えて良かった」
「……!」
「優しいキミのことだ。俺の死を心から悼んでくれるだろう。だがどうか気にしないで欲しい。俺の死を嘆くよりも、糧にして前に進んで欲しい。テンセイはきっと、大きな使命を背負ってこの世界に来たのだろう?」
「……」
「キミはこんなところで立ち止まっていい人間ではない。自分の使命を全うするために未来へと突き進んでほしい。そしてディオーグ先生をも超える天晴れな魔術師になれ。俺からの願いだ」
「……! ……はい……分かりました」
「……それと、もう一つ、お願いしてもいいか?」
フレイドはそう言うと、懐から小箱を取り出した。
「……!」
「これをイグナイトに……渡してほしい……テンセイからなら……俺は満足だ」
「……分かりました……必ず届けます」
キセキはフレイドから小箱を受け取った。
「ああ……最後にイグナイトとも話したかったが……それは叶いそうにないな」
フレイドはハハッと力無く笑う。そのとき、キセキは思い出した。もしかしたら、アレが使えるのではないかと。
「フレイドさん! これを……これを使ってください!」
そう言ってキセキは懐からスマホを取り出した。
「これは……?」
「これでイグナイトさんと話が出来るはずです! 今繋げます!」
キセキはスマホを操作してイグナイトの持つスマホと繋げた。
「何何? 急に音が鳴り出した……」
スマホからイグナイトの声がする。
「イグナイト!? どうやって……」
「いいですから! 話してください!」
「……い、イグナイトか?」
「フレイド!? 何でフレイドの声がするの!?」
「俺にもさっぱりだ。だがこれでキミと話せる」
「そうよ! 話って何なの?」
フレイドは一呼吸置いてから、噛み締めるように話す。
「……イグナイト、愛してるよ」
「!!」
「……!? な、何よ急に改まって」
「急に言葉にしてみたくなったんだ。そう言えば言ったことないと思ってな」
「ようやく言ってくれたと思ったらこんな謎の魔道具越しなんて……次会ったとき直接言ってよね!」
「それは……出来そうにない」
「もう〜、照れちゃって! まぁ、フレイドのそういうとこも大好きだけど!」
「ハッハッハッ……ありがとう、イグナイト。声が聴けて良かった」
「……嫌に素直ね。魔道具越しだから? 早く帰ってきてよね! 待ってるんだから!」
「……そうだな」
フレイドはスマホをキセキに手渡した。
「止めてくれるか?」
「もう……いいんですか?」
「ああ……これ以上話すと……辛くなる」
「!!」
フレイドは目に涙を浮かべていた。キセキはスマホの通話を切った。
「言わなくて良かったんですか? 結婚してほしいって……」
「イグナイトには未来がある。そして彼女もキミと同じで優しいからな……俺のせいで立ち止まってほしくない。指輪もあくまでただのプレゼントだと伝えてほしい」
「……!」
「ありがとうテンセイ。キミのおかけで俺は悔い無く逝ける」
「……フレイド……さん……フレイドさん! ありがとうございました! 俺の力について一緒に考えてくれて! 俺のことを何度も護ってくれて! 俺は……俺は、フレイドさんのような魔術師を目指します! 天晴れでした!」
キセキは泣きながらフレイドへの感謝を告げた。フレイドはそれを聞いて笑った。
「アッハッハッハッハッ! そうだな。我ながら、天晴れな人生だったっ! アッハッハッハッハッ……」
フレイドの笑い声が村にこだました。彼が事切れる最後の一瞬まで。
【物語あるある】炎属性キャラは死ぬ
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