《第3章:炎の意志》『第5節:変幻魔力域』

 「魔力域学基礎」は寮合同で行われる授業だった。指定された場所はまたもや競技場。キセキは箒から落ちた苦い記憶を思い出していた。傍にはユージーン、ヘルデ、ルミナスがいる。集まった生徒達の前に立つのはアキュアだった。

「皆さんおはようございます! 「魔力域学基礎」を担当します、アキュア・オーシャンです! よろしくお願いします!」

「(わぁ〜! アキュアが教鞭を執ってる〜! 可愛い〜!)」

 アキュアがペコリとお辞儀をすると生徒達は拍手した。アキュアは続けた。

「さっそく授業に入っていきますが、皆さんはそもそも魔力域とは何か、ご存知でしょうか?」

 生徒達の何名かが手を挙げる。

「では、ヘルデちゃん!」

「はい! 魔力域とは、自身の魔力の及ぶ範囲、つまりは魔法や“魔術”の届く距離のことです」

「ヘルデちゃん大正解! 魔力域は自分を中心に球状に広がっていると言われています。そして魔力域には、高威力が出せない代わりに遠くまで魔力が届く「広域型」と、遠くまで魔力が届かない代わりに高威力が出せる「狭域型」があります」

「(昨日フレイドが言っていたのはそういうことか。確かにビアードのクソの一件を踏まえると広域型っぽいけど、灰髪の男のときのこと考えたら狭域型なんだよなぁ)」

「今から皆さんにはこのボールを投げてもらい、自身がどちらに属するか調べてもらいます」

 そう話しながらアキュアは不思議なボールを取り出した。

「これは特殊なボールで、投げた人の魔力域内でのみ飛びます。つまり遠くまで飛んだ人は広域型、近くで落ちた人は狭域型ってことになります。さぁ、実際に手に取って投げてみましょう!」

 アキュアがそう言うと、生徒達は一人ずつボールを手に取って投げた。ユージーンが投げると50mほど飛んだ。ヘルデとルミナスはすぐ手前で落ちた。

「(ユージーンは広域型で、ヘルデとルミナスは狭域型か。さて、俺はどうなるかな……)」

 キセキはボールを手に取り、思い切り振りかぶって投げた。するとボールは遥か彼方へと勢い良く飛び、そのまま落ちてくることは無かった。

「……あれ?」

「キセキ凄い! 今のどうやったの!?」

 アキュアが驚いてキセキに聞く。

「いやぁ、適当に投げただけなんだけどな……あはは……」


【物語あるある】主人公が無自覚にやらかす


「でもこれじゃあ記録が付けられないね。もう一回投げてみる?」

「いいの! 投げたい!」

 キセキはボールをもう一度全力で振りかぶって投げた。しかし今度は目の前に落ち、ボールが破裂した。

「……んん?」

「あははっ破裂しちゃった! こんなの初めて見た! キセキ何したの?」

「な、何もしてない何もしてない! ホントに普通に投げただけ!」

「もう〜仕方ないな〜これがラストチャンスだよ? はい」

 アキュアはそう言いながらキセキに新しいボールを手渡した。

「(適当に投げるんじゃダメなのか。そうだ。例えばグラウンドに書かれたあのライン……ここから100mくらいか? あそこを狙って投げる。力を入れすぎず、かつ抜きすぎず……)おらぁ!」

 キセキの投げたボールは見事狙っていたライン目掛けて飛んでいった。

「おお〜! かなり飛んだね! 記録は……105m! 凄いよキセキ! キセキは広域型だったんだね!」

「ありがとうアキュア(上手いこといきすぎて怖い。でも何となく力の入れ方がわかった気がする。これを活用できれば……)」


【物語あるある】鍛錬の中でコツを掴む


「じゃあ全員投げ終わったところで、キリも良いし今日はここまでにします! 少し早いけど休憩に入ってください!ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 生徒達はアキュアにお礼を言った。

「キセキ!」

競技場の出口へと向かう生徒達の中に居たキセキをアキュアが呼び止めた。

「アキュア!」

 キセキはユージーン達に軽く会釈してアキュアの方へ向かった。

「ねね、私の初授業、どうだった?」

「分かりやすかったし楽しかったよ! やっぱり先生向いてるんじゃない?」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな! ちょっと緊張したけどね」

「緊張してたの!? 全然分からなかったよ!」

「ふふん、十二衛弟にもなると緊張してないように見せるのも上手くなるんだ〜」

 アキュアは昨日の衛弟会議で分かりやすく緊張していたことを棚に上げて話した。

「(ドヤ顔可愛い……)あっ、そうだ。アキュアに聞きたいことがあったんだ」

「ん? なになに?」

 真っ直ぐ目を見詰めてくるアキュアにキセキはドキッとした。

「あの、二年前、駅でわか……」

「キセキッ!」

 キセキが勇気を出して絞り出した問いは、自身を呼ぶ声によって遮られた。

「えっ、フレイドさん!?」

「フレイドさん!」

「おおっ、アキュアも一緒かっ! どうだった? 初授業は?」

「緊張しましたけど、楽しかったです!」

「それは天晴れだな! キセキはどうだ? 魔力域について分かったか?」

「はい! アキュアのおかげで!」

「良かったっ! キミの謎の力について一つ答えが出てなっ! 一刻も早く伝えたくてこうして来てしまったっ! 今から来れるか?」

「あっ、はい、大丈夫です」

「キセキ、私に聞きたいことって?」

「あ〜、それはまた今度にする! ありがとうアキュア! (流石にフレイドの前では聞けないな)」

「わかった! いってらっしゃい!」

 キセキはアキュアと別れ、フレイドと「プロミネンス」へ向かった。その道中でフレイドは話す。

「自分が広域型か狭域型か調べたろう? どうだった?」

「えっと、それなんですけど……」

 キセキは「魔力域学基礎」の授業で起きたことを話した。

「やはりそうか。俺が思うにキミはどちらでもない」

「えっ、どういうことですか?」

「狭域型の場合、ビアードを倒したときのことに説明が付かず、逆に広域型の場合、灰髪の男との戦闘に説明が付かない。そこで考え方を変えてみた。そもそもどちらでもないのではないかと。キミは恐らく、魔力域を変化させることができる」

「変化……させる?」

「ああ。続きは部屋の中で話そうか」

 キセキとフレイドはいつの間にか着いていた「プロミネンス」に入った。フレイドがまた紅茶を出してくれた。

「……うん、やっぱり美味しいです! この紅茶!」

「気に入ってもらえて良かった」

 キセキはもう一度紅茶に口をつけ、フレイドに尋ねた。

「それで、変化させられるって、どういうことなんですか?」

「その前に、キセキはどうして広域型よりも狭域型の方が威力が高くなるか分かるか?」

「……何でしょう。狭い分リスクが高いから?」

「それもあるだろうが、一番は魔力の密度だ」

「密度……!」

「魔力域が広ければ広いほど、全てを満たそうと魔力は薄く拡がる。そのため威力が出にくい。魔力の総量が同じと仮定したとき、逆に狭ければ狭いほど密度は高くなる。そのため高い威力が見込める。これはわかるか?」

「わかります……!」

「よし。その上で、魔力とはそこにあるだけだ」

「そこにあるだけ……?」

「ああ。魔力とはただ存在しているだけで、それ自体に特段能力があるわけではない。人が呪文を唱えて魔法として使ったり、魔術式を組んで“魔術”として運用したりしているだけだ」

「なるほど……(言わば「電気」のようなものか。それ自体に何か能力があるというよりも、電子レンジや洗濯機のように構築されたものに流すことで力を発揮するというような……)」

「ただそれは魔力自体を動かさない場合に限る」

「う、動かさない……?」

「魔術適性を調べるとき、適性があると魔術書から風が吹くだろう? あれは自身の魔力が魔術書を通して流れてくるからだ。適合率が高いほど魔力が反応して流れが強くなるため、強い風が吹く。つまり魔力は動くことで圧力を生むことができる」

「へぇ〜! アレってそういう仕組みだったんですね」

「さぁ、ようやく本題だ。キセキは魔力域を変化させられるのではないかと言っただろう? それは狭くも広くもできるんじゃないかということだ。もしそれができるなら狭い状態から広い状態に突然拡げることで、魔力に外への急激な勢いがつき、爆発的な圧力を生む」

「……! それが爆発の原理……!」

「そして更にキミは魔力域を自身から切り離すことが出来るのではないかと思う。それができるのであれば、ビアードの件にも説明がつく」

「魔力域を狭い状態にし切り離し投げ、着弾する瞬間に拡げて爆発させた……?」

「そういうことだ。変幻自在の魔力域、言うなれば「変幻魔力域」ってところかな」

 フレイドは口角を上げてニッと笑った。

「「変幻魔力域」……! なるほど……! なるほどなるほど! 俺に起きたことが全部説明できる! 凄いです!」


【物語あるある】主人公の力が解明される


「アッハッハッハッハッ! 喜んでもらえて幸いだっ! 寝ずに考えた甲斐があったっ!」

「昨日寝てないんですか!?」

「気になることがあると夢中で調べてしまう癖があってなっ! 寝ることを忘れてたっ!」

「忘れてたって……(フレイドさん、意外と可愛いところあるんだな)ありがとうございます」

「礼には及ばないっ! 後輩のために力を尽くすのは先輩の責務だっ! ……そうだっ! あと一つアドバイスするとしたら、変幻魔力域での攻撃に何か名前を付けるといいぞっ!」

「名前……ですか?」

「ああっ! 魔法や“魔術”も唱えずに使うよりも唱えて使った方が強いっ! 言葉は力だっ!」

「……! (言葉は力……アーサーも言っていたな)わかりました。何か考えときます」


【物語あるある】攻撃の際技名を叫ぶ


「うむっ! ……おや?」

 フレイドが窓際に留まっている梟に気づいた。脚に紙が括り付けられている。フレイドはその紙を梟から外して手に取った。

「手紙ですか?」

「ああっ! ディオーグ先生からだなっ! キミにだから話すが、どうやら灰髪の男が南西の町で目撃されたらしいっ!」

「あいつが!?」

「今から現地に迎えとの命令だっ! キセキも来るか?」

「行きます! (俺が行くことであいつがまた現れるはずだ)」

「よしっ! では向かおうっ!」

 そうしてキセキとフレイドは南西の町へと汽車で向かった。ちょうど昼前ということもあり、町は人で賑わっていた。

「わぁ、凄い人ですね。どうやって捜しますか?」

「少し待ってくれっ! ここで合流する予定なんだっ!」

「合流? 誰とですか?」

「何でこいつがいるんだよ!」

 フレイドが答える前に待ち人は現れた。

「ガストルさん!?」

「ああっ! 今日は三人で任務を行うっ!」

 砲弟はキセキを見て苦い顔をした。

「こいつがいるなんて聞いてねぇよ。何で連れてきた」

「彼は今回の案件を知る数少ない人物だっ! 人手は多いに越したことはないだろうっ!」

「わかんねぇな。大は小を兼ねない。こいつが足手まといになることを想定出来なかったのか?」

「キセキは戦力になるっ! 事実前回灰髪の男と遭遇した際、ルミナスとイグナイトの三人で俺が来るまで持ち堪えたっ!」

「それは三人居たからだろうが。こいつ一人だと一瞬で殺されて終いだ」

「うう……何かすみません……」

 キセキは耐え切れずに謝った。ガストルは大きく溜息をつく。

「とにかく! 俺はお前らとは別行動だ。奴は俺が一人で捕らえる」

 そう言うとガストルは人混みの中へと消えていった。

「全くっ! 彼にも困ったものだなっ!」

「何でこんなに嫌われてるんですかね……」

「気にすることはないっ! どうしても仲良く出来ない人というのは存在するっ!」

「(アキュアとは仲良さそうだったのに……あれ? もしかしてそういうことか? 俺がアキュアと仲良いから嫉妬して……いや、十二衛弟に限ってそんなことはないか)」

「さてっ! まずは腹拵えだなっ! 腹が減っては何とやらだっ!」

「ご飯ですか!? ……いやでも確かにお腹空きましたね(昨日から何も食ってないや)」

「おすすめの店があるっ! そこに入ろうっ!」

 フレイドがそう話して向かったのは中華料理屋だった。メニューを見ながらフレイドが大量に注文した。

「(この世界にも中華って存在するんだな……! っていうか……)フレイドさん、めっちゃ頼みましたけど食べられるんですか?」

「このぐらい朝飯前だっ! 特にここの中華は美味いからなっ!」

 暫くすると山盛りの料理達が運ばれてきた。

「いただきますっ!」

「い、いただきます!」

 フレイドは宣言通り、バクバクと料理を平らげていく。キセキも負けじと料理を手に取る。

「いやぁ、美味かったっ! 久しぶりに来れて良かったっ!」

「めちゃくちゃ美味しかったです! ありがとうございます」

 机いっぱいに並んでいた料理をものの数分で片付けた二人は、店主に金を払いお礼を言って店を出た。

「腹も膨れたところで、灰髪の男を探すかっ! まずは聞き込みだなっ!」

「そうですね! 」

「キャー!!!!」

「!?」

 突如町に悲鳴がこだました。キセキとフレイドは急いでそちらに向かう。

「……! これは……!」

 悲鳴のした路地裏に到着すると、そこには何人もの人が倒れており、その中央には黒髪の少年が立っていた。

「お前がやったのか?」

 フレイドが聞くと、少年はこちらに気づき、ニッコリと笑った。

「金の装飾のローブ……! パラスだ! 本当に来た! ランタンの言う通り!」

「ランタン……!」

「裏にそう呼ばれる人物がいるのは間違いないなっ! そしてまた俺が狙いかっ!」

「ボクの“魔術”、どこまで通用するかな? ……“闇術陣 展開”」

 少年の足元に黒色の魔法陣が現れた。

「(闇の“属術陣”……!)」

「“第1章 纏地闇転てんちあんてん”」

 彼がそう唱えた瞬間、キセキとフレンドの眼前は真っ暗になった。

「!? フレンドさん!?」

「大丈夫だキセキッ! ただの目眩しだっ! “炎術陣 展開”!」

 フレイドが唱えると、赤色の魔法陣が彼の足元に浮かび上がり、周りを明るく照らした。

「……! 見える! フレイドさんありがとうございます!」

「ああっ! それよりも……」

 目が見えるようになり少年の方を確認すると、彼は何をするでもなく立ち尽くしていた。

「(……? 何だ……? どうして何もしない……?)」

 少年は呟くように話し始める。

「フレイド……ああ、従姉妹のイグナイトの彼氏か。アハハッ、こんなとこで出会うとは」

「……!? もしかして君……ノワールかっ!?」

「ノワール!? ノワールってルミナスの弟の……!?(ノワールって確か闇って意味だから嫌な予感はしてたけど、こんな形で伏線回収されるなんて……!)」

「そうだよ。ルミナスの弟のノワールだよ」

 ノワールは余裕そうにピースしてみせる。

「話には聞いていたが会ったことは無かったから気づかなかったっ……! こんなところで何しているっ! 君は蒼い炎のランタンを持つ少女に連れ去られたんじゃないのかっ!」

「連れ去られた……? あ〜、ルミナスにとってはそういうことになってるのか。違うよ。ボクは選ばれたんだ。ランタンに「雨夜七冠」の戴冠候補者として」

「戴冠候補者……? (また「雨夜七冠」……!)」

「強い者にはランタンから「冠」が贈られる。「冠」を貰ったらもっと強くなれる。そのためにはランタンに強いと認めさせなきゃいけない。だから死んでくれる? フレイド」

 ノワールは杖を構え直す。

「“第2章 暗闇鉄砲くらやみてっぽう”」

 彼の杖から黒い弾丸が散弾銃のように放たれる!

「“第2章 気炎万丈”!」

 フレイドはその弾丸を炎を纏った剣で全て弾いた。

「やるね。これはどうかな。“第3章 闇夜美錦やみよびにしき”」

 ノワールが唱えた瞬間、彼の姿がフッと消えた。

「消えた……!?」

「キセキッ! 後ろだっ!」

「!?」

「“第4章 闇雲乱鞭やみくもらんべん”」

 後ろから突然現れた無数の黒い鞭によってキセキとフレイドは弾き飛ばされた。

「……! フレイドさん!」

 気づくのが一歩遅れたキセキを庇ったせいで、フレイドがダメージを負った。

「この程度問題ないっ! それより構えろっ! また消えてるぞっ!」

「は、はい!」

 後ろにいたはずのノワールの姿がいつの間にか消えていた。

「“第5章 無闇夜誑むやみやたら”」

「上だっ!」

 フレイドはキセキを突き飛ばした。

「……ッ! フレイドさん!」

「“第4章 煙炎漲天”!」

 上から迫っていた黒い大きな魔力の塊をフレイドが炎の剣で貫いた。塊は風船が割れるように弾け飛んだ。

「お前、さっきから庇われてばかりで恥ずかしくないの?」

「!?」

 ノワールが一瞬の間にキセキの後ろに迫っていた。

「キセキッ!」

 フレイドがキセキの方に走り出すが間に合わない!

「邪魔なお前から死ね。“第6章……”」

 ドンッ!!! 魔術を唱えようとしたノワールの杖を風の弾が弾き飛ばした。

「何だ……?」

 困惑するノワールをよそに、続けざまに何発も弾が撃ち込まれ、彼はキセキから飛び退いた。

「だから言っただろ! 足手まといだって!」

 屋根の上から猟銃を構えてそう叫ぶのはガストルだった。

「ガストルッ! 来てくれたかっ!」

「こんだけドンパチしてりゃそりゃ来る。ってか灰髪の男はどうした! こいつは違うだろ!」

「ああっ! だが彼もランタンに関与する人物だっ! 連れて帰るっ!」

「ちっ、わかった」

「連れて帰る? できるかな?」

 そう言ってノワールは杖を拾い上げ、またフッと消えた。

「(また消えた……! 次はどこから!?)」

「“第1式 雲竜風虎うんりゅうふうこ”!」

 ガストルの猟銃から放たれた渦巻く風が路地裏を大きくえぐった。

「うわぁ!」

 キセキは風に吹き飛ばされて転げた。

「見えなけりゃ全部吹き飛ばせばいい」

「(俺にも当たりそうだったんですけど!?)」

 ガストルの発言にキセキは心の中でツッコんだ。

「……? ノワールが現れないぞっ!」

「……! ガストルさん! 後ろ!」

 ノワールはガストルの後ろから現れた。

「“第2章 暗闇鉄砲”」

「“第2式 威風堂洞いふうどうどう”!」

 ノワールの魔術が自身に当たるすんでのところでガストルも魔術を唱え攻撃を相殺させた。

「俺が遠距離タイプだから近づいてきたのか!? 考えが安直なんだよ! “第3式 疾風弩濤しっぷうどとう”!」

 ガストルは猟銃から放った突風でノワールを吹き飛ばした。するとノワールは溶けて消えた。

「……は?」

「ガストルッ!」

 目の前で吹き飛ばしたはずのノワールがガストルの背後に立っており、後ろから頭を掴んだ。

「それは“第7章 影武者闇かげむしゃやみ”だよ。さて、ゼロ距離で魔術を受けたことはある? “第6章……”」

「(ヤバい! ガストルさんが! 助けなきゃ! どうする!? 相手は屋根の上だぞ!? どうする!? ……俺の変幻魔力域の爆発を推進力にしてロケットのように……! それだ! それでいこう! 魔力が下に向かって爆発するように意識して……!)うおおおおおおおお!!!!」

 キセキの両腕の先で爆発が起き、彼の身体は飛び上がった。真っ直ぐノワールの方へ飛んでいく。

「……え?」

 ノワールがキセキに気づいたのも束の間、キセキの拳がノワールに迫る!

「(そのままこいつをぶっ飛ばす! 名前は……!)」

 キセキはフレイドと語り合ったことを追想する。

縁啼拳えんていけん!!!!!」

 ドッゴォォォォォン! 拳はノワールの顔にクリーンヒットし、更に爆発によって彼は吹っ飛び屋根から路地裏へと落ちた。

「(いってええええええええ! 両腕が死んだ! けどやった! 間に合った! それにフレイドの言う通り名前を叫ぶと威力が増した! 前より爆発が大きかった! やったぞ! ……あれ? ガストルは?)」

 ガストルも爆発に巻き込まれ路地裏に落ちていた。

「いってぇなこの野郎! 巻き込んでんじゃねぇよ!」

「あ……ご、ごめんなさい……」

 怒りを露わにするガストルにキセキが謝る。

「いったいな……何だそれ」

 ノワールは殴られた頬を抑えながらゆっくりと立ち上がった。フレイドとガストルは武器を構える。

「よく見ると銃の方もパラスじゃん。パラス二人にもう一人もなかなかやると……これはとんでもないリスクじゃない?」

「!!」

 ノワールに黒い霧のようなものがどんどん集まっていく。

「ボクは強くならなきゃいけないんだ。こんなところで立ち止まっていられない」

 彼の足元に再度黒い魔法陣が現れ、黒い霧が集まるのに比例してそれは大きくなっていく。

「おい、フレイド……もしかしてこれは……」

「……! オーバーロードかっ!?」

「(オーバーロード……!? 魔力の暴走を自ら起こした……!?)」

「“第6章 宵闇暗月よいやみあんげつ”」

 ノワールが唱えた瞬間、魔法陣から大量の黒い刃が激しく放たれる!

「ぐっ!」

「フレイドさん! ガストルさん!」

 フレイドとガストルは武器で防ごうとしたが、全ては防ぎ切れず全身に傷を負った。キセキは屋根の上にいたお陰で助かった。

「ガストルッ! ここは“共鳴”で押さえつけるぞっ!」

「“共鳴”!? んなもん暫くやってねぇから上手くいくかわかんねぇぞ!」

「だがオーバーロードに対抗するにはそれしかないっ!」

「……ちっ、どうなっても知らねぇぞ」

「(何だ……? フレイドとガストルが何かしようとしてる……?)」

 キセキは屋根の上から二人を見守っていた。ノワールを殴った拳がズキズキと痛む。

「“炎術陣”」

「“砲術陣”」

「「“共鳴”」」

 フレイドとガストルが唱えると、赤と銀の魔法陣が重なり合った。

「「“第1章”」」

「させるか!」

 ノワールからまた無数の黒い刃が放たれる!

「「“風輪火斬ふうりんかざん”!」」

 ガストルが猟銃から回転する巨大な風の弾を放ち、それに合わせてフレイドが炎の刃を放った。掛け合わされた魔力の塊はノワールの黒い刃をものともせず、弾きながら彼へと飛んでいく。


【物語あるある】仲間同士の合体技


「うわああああああ!!!」

 魔力の塊はノワールに見事着弾し、その瞬間大爆発を起こした。散っていく砂煙の中にノワールが倒れている。

「ふぅ……無事止められたか」

「よしっ! ノワールを捕縛しようっ!」

「(すげぇ……今の何だったんだ? “共鳴”って言ってたか? “魔術”同士を掛け合わせてそんなことが出来るのか! とんでもない威力だった!)」

 キセキが感動していると、フレイドがノワールの元に駆け寄っていた。刹那、ノワールから蒼い炎が燃え上がった。

「何っ!? またかっ!?」

「……! 蒼い炎……!」

「彼は将来有望なんだ。ここでキミたちに譲る気は無い」

「!?」

 蒼い炎に包まれたノワールの横に、いつの間にか漆黒のローブに身を包み、フードを深く被った少女が立っていた。手に持った杖の先に蒼い炎のランタンを提げている。

「お前があの……!」

「ランタンかっ!」

「やれやれ。有名になったものだね。ディオーグ・キルアディアによろしく伝えてくれ。我らはお前のいない時代を創る、と。さらばだ」

「何っ……!?」

 ノワールと少女は蒼い炎の中に消えていった。

「ちくしょう! 逃した!」

「逃しはしたが情報は得られたっ! この様子だと灰髪の男も現れないだろうし、一旦ヴァイスハイトに戻って報告だっ!」

「ちっ、そうだな」

「キセキッ! 無事か!」

「大丈夫ですが、腕が死んだのでここから下ろしてほしいです……!」

 キセキは屋根の上から情けなく叫ぶ。

「ったく、しょうがねぇな……」

「ガストル?」

 先に動いたのはガストルだった。杖で風を巻き起こし、屋根の上にひょいと乗る。

「ほら、肩貸せ」

「あ、ありがとうございます……」

「どういう風の吹き回しだってか?」

「え、いや、そんなつもりは……(誰が上手いこと言えと)」

「……足手まとい扱いしたのは悪かった。お前のおかげで助かった。ありがとな、キセキ」

「……! いえいえ! こちらこそありがとうございます!」

 ガストルはフッと笑った。

「(何だ、良い人じゃん! 仲良くなれそう!)」


【物語あるある】共闘して仲が深まる


 そして帰り道、フレイドが話す。

「それにしても「縁啼拳」かっ! 良い名だなっ!」

「ホントですか! ありがとうございます。「炎弟」との「縁」で生まれためちゃデカい音で「啼」く「拳」なので……」

「ははっ、ダジャレかよ」

 キセキの話にガストルが笑う。

「個人的に上手いこと付けたと思ってるんですがね……」

「じゃあ俺のとこまで飛んできた技は「ガストルジャンプ」だな!」

 一堂は静まり返る。暫くの沈黙の後、フレイドが吹き出した。

「アッハッハッハッハッ! 何だ、ガストルも自分の名を冠した技を使って欲しいのかっ!」

「いやっ、ちがっ、そういうわけじゃねぇよ!」

「あはははっ」

「お前まで笑うな!」

「いてっ」

 フレイドと一緒になって笑ったキセキをガストルが叩いた。

「ヴァイスハイトに戻ったら俺がみっちり稽古をつけてやる。覚悟してろよ」

「え。お、お手柔らかにお願いします……(この人もフレイドと同じでちょっと可愛いところあるな)」

 キセキは顔を少し赤くして言うガストルを見てそう思った。ヴァイスハイトに着くと三人は保健室で手当を受けた後、すぐさま理事長室へと向かった。しかしディオーグは不在であった。

「ディオーグ先生、居ないですね」

「お忙しい方だからなっ! 報告の代わりに文を残しておこうっ!」

 フレイドは南西の町で起きた出来事を紙にまとめた。

「これでよしっ! 二人はこれからどうする? キセキは授業か?」

「そうですね。履修要項見て何受けるか決めないと……」

「おいキセキ。授業なんて受けなくていい。俺が稽古をつけてやる」

「えっ、今からですか?」

「ああ。ちょうど俺はこれから暇なんでな」

「(正直授業受けたかったけど、メタ的に考えるとこれはパワーアップイベントだから行くべきだな)よろしくお願いします!」


【物語あるある】能力強化イベント


「よし、じゃあ競技場へ向かうぞ」

「競技場ですか?」

「ああ。広い方がいいからな」

「……?」

「二人とも天晴れだなっ! 稽古頑張りたまえっ!」

「ありがとうございます!」

 キセキはフレイドからの応援を受け、ガストルの後をついて行った。

 この後ヴァイスハイトを揺るがす一大事件が起きようとは、このとき誰も想像していなかった。

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