《第3章:炎の意志》『第3節:箒と光』
「箒術基礎」の指定していた場所は競技場だった。ヴァイスハイトは様々なスポーツに対応するための広大な競技場を有しているのだ。その敷地面積は東京ドーム四個分以上。
【物語あるある】東京ドーム換算
様々な大会でも使用され、ヴァイスハイト創設時から存在する由緒正しき場所である。
「うお〜、広いな〜」
そんな中身のない感想を言うのはキセキだった。
「(メタ的に推理すると二人と離れたってことはきっと新しい友達が出来るってことだな。その点でも楽しみだぞ)」
彼は新しい友達が出来そうな予感と空飛ぶ箒に乗るという言わば人類の夢が叶う瞬間にとてもワクワクしていた。そんな想いを胸に抱きつつ、グラウンドへと繋がるゲートを潜ると、もう既に何名かの生徒が待機しているのが見えた。
「(おっ、色んな寮の生徒が居るな。これがアキュアの言ってた合同で行う授業か……ん? あいつは……)」
キセキの目線の先には黄色い髪をした少年が立っていた。相も変わらず双子を連れている。
「(カンムルも取ってたのか。もしかして今回友達になるのってカンムルか? 入学式では啖呵切っちゃったけど、仲良くなれるなら普通に嬉しい……って誰かと話してる?)」
双子の巨躯に隠れて見えないが、カンムルが他の生徒と話しているのが遠くからでも確認出来た。
「(あのカンムルが一体誰と……? ゆっくりもう少し近づいてみるか)」
キセキはカンムルにバレないように死角からそろりと近づいた。するとカンムルが話していた相手の正体がわかった。
「(……! ルミナスだ!)」
そう、その相手はキセキが入学式で声をかけた金髪の少女、ルミナス・コントラストだった。二人の会話を盗み聞く。
「だから、赤の招待状持ち同士仲良くしようって言ってるんだよ。「翼無し」なんかとつるむよりよっぽどいいだろ?」
「……だから、ワタシ、友達、いらない」
「俺とは仲良くしておいた方がいいぜ? 何せ俺の兄は十二衛弟。特別に口利きしてクラス昇格試験を有利にすることだって出来る」
「……ッ! それは……いや、そんなの、いらない。実力、大切」
「ったく、わかんねぇなぁ」
カンムルは明らかにイライラしているのが見て取れた。
「(ルミナスも赤の招待状持ちだったのか! でもどうしてカンムルはそんなにルミナスに執着するんだ? ルミナスが新入生代表だから? それとも……)いてっ」
キセキは下に置いてあった箒につまづいて転んだ。カンムルがキセキに気づいた。
「……! キセキぃ。何だお前もこの授業受けるのか。流石田舎育ち。箒の乗り方も知らないと」
「いやぁ、まぁ、その通り過ぎて何も言い返せない……」
「ハッハッハッ。「箒術基礎」なんて受ける奴は皆箒にも乗れないろくでなしばっかりだからな」
周りの生徒達がムッとした顔でカンムルを見る。
「えっ、じゃあカンムルも?」
「気安く呼ぶな! それに俺はお前らとは違う。この時間他にろくな授業が無かったからな。「箒術基礎」なんか受ける箒初心者どもを俺の箒術でコケにしてやろうと思ったのさ」
「(ええ……性格悪くなぁい?)」
「そしたら赤の招待状持ちが二人も居るとは。赤の招待状を貰っておいて箒にも乗れないなんて恥ずかしくないのかね」
カンムルの言葉にルミナスが応戦した。
「箒、乗れる、乗れない、強さ、関係、ない。戦ったら、ワタシ、勝つ」
「はっ、言うじゃねぇか。だったらここでハッキリさせとくか? どっちが上なのかを」
「いいよ。かかって、こい」
カンムルとルミナスは互いに杖を構えた。
「“雷術陣 展開”」
「“光術陣 展開”」
二人が声を揃えて言う。
「“第1章”……!」
【物語あるある】小さな喧嘩でも全力
「は〜い! ストップストップ! 学校内での私闘は御法度だよ!」
「!?」
カンムルとルミナスの間に箒に乗って入ってきたのは、十二衛弟の塔弟ピサ・バベルだった。
「ピサさん!?」
「おっ、君はキセキくん! 今朝は御苦労!」
「あ、ど、どうも……」
「ちっ、ルミナス。運が良かったな」
「感謝、するの、お前」
「んだと?」
カンムルとルミナスが睨み合っているとピサがまた間に割って入った。
「はいはい! バチバチしない! 皆仲良くしようね〜!」
ピサはフワリと箒から降り生徒達に声をかけた。
「そろそろ時間だから始めるね! 私が「箒術基礎」を担当するピサ・バベルです! よろしく!」
生徒達はパチパチと拍手する。カンムルだけはそっぽを向いていた。
「えっ、先生じゃなくピサさんが授業するんですか?」
キセキが手を挙げて尋ねると、ピサはニッコリ笑って答えた。
「そうだよ! 一部の授業は十二衛弟が担当しているものもあるんだ! それで言うとアキュアが担当する授業もあるよ!」
「そうなんですか!(絶対受けよ)」
「それでは早速箒に乗っていくよ! 皆下に置いてある箒の隣に立って!」
生徒達はピサの指示に従い箒の隣に並んだ。
「そしたら箒の上に手をかざして、箒が手に吸い付いてくるイメージをするんだ! すると勝手に箒の方から手元に上がってくる! やってみて!」
生徒達はそれぞれ手をかざして念じる。その中で最も早く箒を手にしたのはカンムルだった。
「ふっ、余裕だな」
「おお〜! 流石カンムルくん! 筋がいいね!」
「当然ですよ」
ピサの褒め言葉にカンムルは自慢げである。
「(よ〜しっ俺も! 箒よ上がれ箒よ上がれ上がれ上がれ上がれ……全然上がらん!)」
周りの生徒達が着々と箒を手にする中、キセキとルミナスはまだ上がらずにいた。それを見てカンムルが煽る。
「おいおい、まだですかぁ? 次に進めないんですけどぉ?」
「はい! そこ! 煽らない! 2人とも、ゆっくりでいいからリラックスしてやってごらん!」
「わ、分かりました」
キセキはもう一度心を落ち着けて手をかざす。すると勢い良く箒が持ち上がり、反射で掴んだキセキを連れて高速で飛んでいく。
「うわああぁあぁぁあぁああ!!!!!」
箒は四方八方に飛び回りキセキを振り回す。
【物語あるある】空飛ぶ箒が暴走する
慌ててピサが箒に乗って止めに入った。
「キセキくん! 大丈夫!?」
箒はピサが触った途端大人しくなった。キセキは箒の上でクラクラしていた。それを見てカンムルが大笑いする。
「ハッハッハッ、これだから箒初心者は!」
「キセキくん、一度休憩するかい?」
「い、いや、大丈夫です。ありがとうございます……」
キセキとピサは地上に降りた。ルミナスはいつの間にか箒を手にしていた。
「一応全員箒を手に取れたね! では次は箒に跨って、そのまま空を飛ぶことをイメージするんだ! 初めはゆっくりと上昇するイメージで!」
ピサは生徒達の前で実際に箒に跨って浮いてみせた。生徒達もそれに続いて箒に跨る。そして今回も一番早く浮いたのはカンムルだった。
「簡単過ぎて話にならないな」
「(箒よ浮け! 箒よ浮け! 浮け! 浮け! 浮け! 浮いてください! ……ダメかぁ)ピサさん、何かコツとかないですか?」
キセキはダメ元で聞いてみる。
「コツかぁ……そうだなぁ……楽しいことをイメージするのはどうかな!」
「楽しいこと……?」
「そう! 例えば……」
ピサはキセキの耳元で囁いた。
「箒に乗れたら、アキュアと放課後箒デートするとか!」
「!? な、何でアキュアと!?」
「え? 好きなんじゃないの?」
「いや、え、す、好きというか、あ、あの、た、ただの幼なじみ、と、いうか」
「あはははっ! 戸惑い過ぎだよ! とにかく一度そのイメージでやってみて!」
「わ、分かりました……」
キセキはピサに言われた通りにやってみた。
「(乗れたらアキュアとデート。乗れたらアキュアとデート。乗れたらアキュアとデート……!)」
するとキセキの跨った箒はフワリと浮いた。
「……! やったぁ! 上がった!」
「おお! キセキくんおめでとう!」
「ありがとうございます!」
周りの生徒達も着々と箒に乗って浮いており、残すはルミナスだけとなった。
「(ルミナス、さっきも最後だったよな。箒に乗るの苦手なのかな?)」
「ルミナスちゃんも何か楽しいことを想像してごらん!」
ピサがルミナスにアドバイスする。
「楽しい、こと……」
ルミナスはじっと一点を見つめた後、ボソッと呟いた。
「もう一度、弟と……」
「(弟?)」
ルミナスが呟いた瞬間、箒はゆっくりと浮かび上がった。
「……! できた」
「おお! ルミナスちゃんもおめでとう! これで全員乗ることが出来たね! それじゃあ次に行こう! 皆、少し離れてて!」
そう言って生徒達が離れたのを確認し、ピサは箒の上で杖を構えた。
「“塔術陣 展開”」
ピサの足元に茶色い魔法陣が現れる。
「“第1章 天穿尖塔”」
そう唱えると、突如地面から巨大な塔が現れた。ゴゴゴゴゴッと大きな音を立てながら、遥か上空へと伸びていく。
「(これがピサの“魔術陣”……! こんなデカい塔を一瞬にして作り上げた……!)」
「次が最後だよ! 箒でこの塔のてっぺんまで登ってきて! 一番早かった人にはご褒美をあげる! それじゃあ先に行ってるね!」
そう話すとピサはビュンッと箒で飛んで行った。
「ご褒美とやらに興味は無いが、ここで余裕の一番を取って格の違いを分からせるか」
カンムルは我先にと箒で飛び上がる。
「カンムル……早い」
「俺達も……急ごう」
双子や他の生徒達もカンムルに続いた。
「(負けてらんねぇな! 俺は普通にご褒美に興味あるし! ……あれ?)」
生徒達が次々と飛び上がる中、ルミナスだけがまだ地上付近に留まっていた。よく見ると小刻みに震えている。
「ルミナス、大丈夫か?」
キセキが声をかけると、ルミナスはハッと顔を上げた。
「大丈夫。心配、いらない」
「でも震えてるじゃん。もしかしてルミナス……」
「違う。高いところ、怖くない」
「(高所恐怖症か。そりゃ箒も苦手なわけだ)無理しなくていいんじゃないか? 話せばピサさんも分かってくれるよ」
「ダメ。箒、乗れなきゃ、ワタシ……」
ルミナスはそこまで言って、ノロノロと上昇し始めた。
「もしかして、弟さんのため……?」
「……ッ! どうして」
ルミナスは止まってキセキの方を振り返る。
「さっきピサさんに楽しいこと想像してって言われて、もう一度弟とって言ってたじゃん。それって弟さんにもう一度会いたいとか、そういう感じじゃないの? 箒は弟さんを探す手段として必要とか?」
キセキの言葉にルミナスはぽつりぽつりと話し始める。
「……弟……ノワール、悪いやつに、捕まった。私の、代わりに」
「捕まった!?」
「だから、強くなって、悪いやつ、見つけて、倒して、連れ戻す」
「(深くは分からないけど、ルミナスが強さに固執するのには理由があったんだ)」
【物語あるある】悲しい過去を持つキャラ
「じゃあそのノワール探し……俺にも手伝わせてくれよ!」
「……なんで。あなた、関係ない」
「関係ないことないよ! 同じ学校の同級生だろ? それにそんな事情聞いちまったからには手伝わずにはいられないよ!」
「……友達、いらない」
そう言ってルミナスは飛び上がった。
「あっ、待って!」
キセキもそれに続く。ルミナスは先程まで怯えていたのが嘘のようにグングンと高度を上げていく。
「(ルミナス……高いところが怖いんじゃないのか? ……って目つぶってる!?)」
ルミナスは目を閉じて箒に乗っていた。
「ルミナス! 目を開けて! 危ないよ!」
「目、閉じてれば、怖くない。大丈夫、心配、いら……」
ルミナスは思いっきり塔に衝突した。
「ルミナス!」
キセキは落ちていくルミナスを急いで追いかけた。
「(飛ばせ飛ばせ飛ばせ! 俺が間に合わなきゃルミナスが死ぬぞ!)」
キセキは自分でも驚くほどのスピードを出していた。そして地上ギリギリのところでルミナスを掴んだ。急ブレーキをかけたが勢いでキセキはルミナスを抱いて地面に激突した。
「(いってぇ……ルミナスは!? ……良かった、無事みたいだ……あれ、身体が動かねぇ……力が……)」
キセキはそのまま気絶した。
目を覚ますと保健室のベッドの上だった。キセキがガバッと起き上がると、正面のデスクに座っていた男がこちらに振り返った。
「ん? 起きた? キミ、所属と名前言える?」
男の言葉にキセキは答えた。
「……サラマンダル所属、キセキ・ダブルアールです」
「ん、大丈夫そうだな。もう戻っていいぜ。今日は寮でゆっくり休め」
「あ、ありがとうございます。あの、あなたは……?」
「は? オレ? オレはハイレン・クラーレン。保健の先生だ」
「(保健の先生ってあるあるだとセクシーな女医じゃないんだ……おっさんだ……)」
【物語あるある】保健室の先生はセクシー
「は、ハイレン先生、俺一体どうなって……」
「は? 覚えてねぇの? ……まぁ、頭打ってたし仕方ねぇか……お前は「箒術基礎」の授業で箒から落ちたんだよ。傍に居た生徒がすぐにピサに知らせたから事なきを得たけど、結構ヤバかったんだぞ」
そう言われてキセキは頭の包帯に気づいた。
「せ、先生が手当してくださったんですか?」
「そりゃそうだろ。保健の先生なんだから」
「ありがとうございます!」
「お、おお……」
キセキの素直なお礼にハイレンは少し戸惑った。
「そんなことより早く外の生徒に声掛けてやれ。ずっとウロチョロしてて気が散って仕方がねぇ」
「外の生徒……?」
キセキが窓から廊下を見ると、そこにはルミナスが心配そうに立っていた。
「ルミナス!?」
キセキはベッドから飛び起きてルミナスの方へ向かった。
「ルミナス! 平気!? 怪我してない!?」
よく見るとルミナスの額には血の滲んだ絆創膏が貼ってあった。
「うわぁ、痛そう。大丈夫?」
ルミナスはコクッコクッと何度か頷いた。
「あなたの、方が、大丈夫?」
「俺? 俺は大丈夫だよ! ハイレン先生のおかげで全然痛くないし!」
「そう、良かった」
「俺よりルミナスが無事で良かったよ」
キセキが微笑みかけると、ルミナスは少し戸惑っていた。
「あれ、そういやハイレン先生の言ってた、ピサさんに知らせてくれた傍に居た生徒って……」
「ワタシ……」
「ってことはあの塔てっぺんまで箒で登ったの!?」
「う、うん……」
「凄いじゃんルミナス! 高いところ克服したんだね!」
ルミナスはその言葉にまた戸惑う。
「克服、出来たか、分からない。あの時、無我夢中、だった、から」
「そうなのか! それでもありがとう! 頑張ってピサさんに伝えてくれて!」
ルミナスは一度押し黙って、呟くように話し始める。
「あ、あの……」
「ん?」
「あの……こちらこそ、あ、ありがとう、助けて、くれて」
「全然気にしないで! 結果的に俺も怪我しちゃって世話ないよなぁ、あはは」
「そんなこと、ない……」
ルミナスは絞り出すように話す。
「キセキ……これから、よろしく」
「……! (名前呼んでくれた!)うん! こちらこそ! 2人でノワールを探し出そう!」
「えへへ、嬉しい」
ルミナスはフワッと微笑んだ。
「(おお! 笑った! 笑うと可愛いなぁ)ルミナス! ノワールのこと色々教えてよ! お昼ご飯でも食べながら!」
「お昼、ご飯……? もう、夕方……」
「えっ」
キセキが慌てて時計を見ると、時刻は十八時を刺していた。
「(マジかよ! 俺一日寝てたの!? ユージーンとヘルデとの約束すっぽかしたし、色んな授業受け逃したぁ……)」
キセキが落ち込んでいるとルミナスが心配そうに顔を覗き込む。
「キセキ、大丈夫……?」
「あ、うん、平気平気! じゃあ良かったらサラマンダルの談話室で話さない? ルミナスはノームールだから来たことないでしょ?」
キセキはローブの色からルミナスがノームールであることに気づいていた。
「行ったこと、ない。行って、みたい」
「じゃあ決まりだね!(今回はルミナスと友達になれるイベントだったのか。結局ピサの言ってたご褒美ってなんだったんだろ)」
そうして二人はサラマンダルの談話室へと向かうのだった。
【物語あるある】怪我を乗り越えて友情を結ぶ
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