《第3章:炎の意志》『第1節:秘密の部屋』

 ヴァイスハイトの朝を陽光が知らせることはない。常に夜であるヴァイスハイトでは、目覚まし時計によって起きる生徒がほとんどである。かくいうキセキもジリリリリッというけたたましい目覚まし音で目が覚めた。

「ふぁ……(セットしてないのに勝手に目覚ましが鳴った。そういう風に魔法で出来てるのか? 七時か……もう少し寝れるな)」

 キセキが二度寝をかまそうとした瞬間、扉がノックされ外から呼ばれた。

「キセキさぁ〜ん! 起きてますか! 早めに出て校内を探検しませんか!」

 声の主はユージーンだった。

「(若い子は元気だな……いや、今や俺も16歳の少年か)おぉう、今行く〜」

 キセキはそう返答して急いで準備を整えた。

「遅いですよ! キセキさん! 早く探検しに行きましょう!」

「あれ? ヘルデは?」

「ヘルデさんはアンジュさんとお散歩に行ってしまいました。毎朝の日課だそうです」

「あら、そう(猫にもさん付けなのねユージーン)」

 キセキとユージーンは談話室へと降りた。外へ出ようとするユージーンをよそに、キセキはミニボードに貼られた赤い紙に目が止まった。

「ちょっと待ってユージーン。あんな紙、昨日まであったっけ?」

「何ですか?……確かにこんな紙、昨日は無かったような……」

「ミニボードに貼られてるってことはクエストだよな? どれどれ……「ヴァイスハイトの秘密の部屋を探してほしい」……だって? 「秘密の部屋」って?」

「さぁ……僕も聞いたことありません。誰かのイタズラですかね?」


【物語あるある】まず最初にイタズラを疑う


「いや、ミニボードはクエストカウンターにあるクエストボードと内容が共有されてるんだろ? もしイタズラならこんな赤い紙すぐに職員が気づくだろうし、何より報酬を見てくれ」

「……十万アルク!?」

「(アルクは金の単位。感覚は円と対して変わらなかったよな)イタズラにこんな大金、普通かけるか? 下手したら本当にクエストとして受理されかねないのに」

「ということは……」

「ああ、これは列記としたクエストだよ。依頼主ヒガナフ・ヒガピアバスから「秘密の部屋」を見つけろっていうな」

「……キセキさん、やりましょう!」

「そう来るよな! タイムリミットは一限の授業が始まるまでの50分間。それ以降は授業で基本的に俺達は動けないし、こんな上手い話授業の無い他の生徒達が先に「秘密の部屋」を見つけかねない」

「今すぐ受注しましょう! 確か杖で自分の名前を書き込めば受注完了のはずです!」

「よしきた!」

 キセキとユージーンは自身の名前を杖で空中に書いた。書かれた文字がフワフワと赤い紙へと写っていく。

「それじゃあまずは……依頼主のヒガナフを探そう!」

「探すって、どうやってですか?」

「わざわざヴァイスハイトの「秘密の部屋」を探してほしいってことは、ヴァイスハイトの関係者だと思わねぇか?」

「……! 職員か生徒!」

「その通り! 職員と生徒の名簿、どこにあるかわかるか?」

「普通なら、職員室に置いてあります!」

「よし! まずは職員室に向かうぞ!」

「はい!」

 キセキとユージーンは職員室へと向かった。

「失礼しま〜す」

 キセキが扉を開くと、机に向かって作業をしていた何名かの職員がこちらを向いた。その内の一人の女性が二人に近づいてきた。

「どうしたの?」

 真っ赤な髪色にギザギザとシルバーのラインの入った派手な髪をしたその女性は、歳はまだ若そうで、派手な見た目とは裏腹にとても優しそうであった。

「(うわぁ、すげぇ髪。メタ的に考えるとこの人も重要人物か。自己紹介しとこ)あ、えっと、俺キセキ・ダブルアールって言います」

「ぼ、僕はユージーン・ヴィゴーレです」

 キセキに倣ってユージーンも名乗った。

「私はエクスプロード・ボンバイエ。よろしくね」

「(なるほど、爆発系の魔術師かな?)よろしくお願いします!」

「それで、何の用事で来たの?」

「えっと、職員と生徒の名簿って見ること出来ますか?」

「いいけど……結構な量あるわよ? 誰か探してるの?」

「……!(話が早い!)ヒガナフ・ヒガピアバスって職員か生徒を探してるんです」

「ヒガナフ・ヒガピアバス……? 聞いたことないわね。ちょっと待ってて。調べてきてあげる」

「ありがとうございます!」

 エクスプロードは職員室の奥に入っていき、暫くすると資料を持って帰ってきた。

「ヴァイスハイト創立から今年度までの全ての職員と生徒を調べたけど、そんな名前の人物はいなかったわ」

「この短時間で!?」

「……? 魔法を使えばすぐよ?」

「(そんな当たり前のように……)と、とりあえずヴァイスハイトの関係者ではなかったのか」

「そのようですね……当てが外れちゃいました」

「エクスプロード先生! ありがとうございました!」

「いえいえ、また何かあったらおいでね」

「はい! ありがとうございます!」

 キセキとユージーンはエクスプロードにお礼を言って職員室を出た。

「ヒガナフはヴァイスハイト関係者ではない……なのに何でヴァイスハイトの「秘密の部屋」を……?」

「「秘密の部屋」もですが、ヒガナフさんが謎ですね」

「ああ、まさかヴァイスハイトの現役ではないどころか卒業生でもないとは。こういうときは……図書室で調べてみるか!」

「ですね!」

 二人は図書室へと向かって、「ヒガナフ・ヒガピアバス」と「秘密の部屋」について調べた。しかし手がかりになりそうな文献は特に見当たらなかった。

「ヒガナフさんも「秘密の部屋」もヒントになりそうなこと見つかりませんね」

「全くだ。これだけ探して何も手がかりが得られないとは」

「二人とも、「秘密の部屋」探してんの?」

 そう関西弁で話しかけてきたのは、鼠色の髪色をした糸目の少年だった。

「(うわぁ、めっちゃ後半で裏切りそうなキャラキタァ!)」


【物語あるある】関西弁糸目は裏切りがち


「君「秘密の部屋」知ってるの!?」

「知ってるも何もワイもこの1年ずっと探してるんや。おっと、自己紹介が遅れたな。ワイはチュイ・チューハー。ノームールの2年生や。気軽にチュチュって呼んでくれてええで」

「チュチュ先輩! 「秘密の部屋」について知ってること教えてください!」

「そうやなぁ、ホンマは情報料取りたいところやけど、まぁ、十二衛弟期待の星とヴィゴーレの末裔に恩売っとくのも悪くないやろ」

「ど、どうしてそれを!?」

ユージーンが驚いて聞いた。

「ワイはいわゆるヴァイスハイトの情報屋や。この城においてワイの知らん情報はまずない。新入生についてもとっくに全員調査済みよ」


【物語あるある】情報屋がいる


「(これからめちゃくちゃお世話になりそうだな)そんなチュチュ先輩もまだ「秘密の部屋」は見つけられていないんですか?」

「「秘密の部屋」は厄介なヤマでな。毎年現れては消えよるらしい」

「現れては消える……?」

「あんたら、赤いクエスト用紙見て「秘密の部屋」探してんのやろ?」

「……! そうです!」

「上級生から聞いた話なんやけど、その赤い紙な、毎年この時期になると現れてはいつの間にか消えるそうなんや。でも内容はいつも「秘密の部屋」を探して欲しい。おかしいやろ? 消えるってことは解決したってことやのに、毎年クエストが正式に発行されとる」

「……なるほど。依頼主も毎年ヒガナフ・ヒガピアバスから?」

「毎年そこまで覚えてる人はおらんかったけど、少なくとも昨年はちょっと違ったな」

「ちょっと?」

「ヒガナフ・ヒガピアバスやのうてヒガシバブ・ヒガピスカナフやったはずや」

「確かにちょっと似てますね」

「せやろ〜? でも不思議なんはそんな職員も生徒もヴァイスハイトにはおらんってことや」

「それはさっきエクスプロード先生にも聞いて確かめました。過去にもそんな人物はいなかったと」

「おっ! ちゃんと調べてるやん! えらいな! でも関係者でもないそこらの一般人がヴァイスハイトの「秘密の部屋」を探して欲しいって違和感しかないよな」

「やっぱりそうですよね……」

「あとこれは関係あるか分からんけど、昨年は報酬金が12万アルクやったな。何でか今年2万減っとる」

「そうなんですか! (同じ内容なのに……? 何でだ……?)」

 キセキは頭を抱えた。

「まっ、ワイが知ってるのはそんなもんや。後はお二人さんに任せる。ワイには他にも調べたいことが盛りだくさんやからな! ほな頑張って〜」

「ありがとうございます!」

 チュイはヒラヒラと手を振って去っていった。

「新たな情報は得られましたが、結局謎は深まるばかりですね」

「そうだなぁ(毎年この時期に現れては消える赤い紙……共通の内容なのに変わる依頼主の名前と報酬金……何だろう……この違和感……もう少しで何か分かる気がするんだけど……)」

「それにしても、そもそもヒガナフさんなんて

存在するんですかね」

「……というと?」

「だってここまで調べても何も出てこなくて、可能性があるとしたら何故かヴァイスハイトの「秘密の部屋」に興味のある一般人だなんて、チュイ先輩も仰ってましたが変だと思いませんか?」

「確かに……」

 そう言ってキセキはあることに気づいた。


【物語あるある】突然一気に謎が解ける


「……ッ! ユージーン! 昨年まで居た十二衛弟の名前ってわかるか!?」

「十二衛弟? わ、分かりますが、どうして急に……?」

「後で説明する! 今すぐ教えてくれ!」

 タイムリミットまで10分を切っていた。ユージーンは昨年まで在籍していた十二衛弟の名前をキセキに伝えた。

「……! やっぱり! 俺の予想が正しければ……」

 キセキは扉の間に走った。ユージーンもそれを追いかける。

「キセキさん! どういうことですか!?」

「ずっと違和感があったんだ! 依頼主の名前!(そうだ。この世界に存在する限り、何かしらの意味が名前に与えられているはず……ヒガナフにもヒガシバブにもそれが感じられない。だとすると考えられるのは……)ユージーン! 十二衛弟全員が集まりそうな場所は!?」

「えっと……確か全員で集まって会議する「シリウス」という部屋があったような……」

「(確か最も明るい一等星……!)そこに行くぞ!」

「ええ!?」

 キセキは扉の間の1つの扉の前で、「シリウス!」と叫んだ。そして急いで扉を開いた。そこには十二衛弟達が一堂に会し円卓に座っていた。

「き、キセキさん! マズイですよ! きっと今会議中ですよ!」

「いや、ここが「秘密の部屋」だよ。ですよね? 赤い紙を仕組んだ十二衛弟の皆さん」

「えっ!?」

 ユージーンは驚いてキセキと十二衛弟を交互に見た。

「……名前と所属を言え。話はそれからだ」

 そう話すのは黄緑色の髪で前髪が台風のように渦巻いた男だった。長髪を後ろで1つに結んでおり、その髪もぐるぐるとカールしている。入学式で「ガストル・スナイル」と呼ばれていた男だ。

「サラマンダル所属、キセキ・ダブルアールです」

「お、同じくサラマンダル所属、ユージーン・ヴィゴーレです」

「……話を聞こうか」

 ガストルは二人を見据えて言った。キセキは話し始める。


【物語あるある】謎解き披露パート


「ありがとうございます。まず最初の違和感は、今朝突然現れた赤い紙です。昨日まで存在せず、しかも毎年この時期に現れるということは、明らかに俺達新入生をターゲットにしています。そして赤色で思い浮かぶのは、赤の招待状。あなた達が新入生に向けて送るものです」

 キセキは自身の推理を続けた。

「同じ依頼内容なのに変わる依頼主の名前と報酬金。名前はあなた達十二衛弟のイニシャルから取ったアナグラムですよね? 昨年から名前が変化したのは、ブルート、カデル、シエルの三人が抜けてアキュアが新たに一人入ったから。報酬金は一人一万アルクずつ出しているから今年は二人分二万アルク少ない……つまりこれは毎年恒例の十二衛弟内で行われる新入生を試すゲームだったってわけだ。職員も公認しているから存在しない名前で発注できるし、すぐに攻略者が出なければ取り下げて消すこともできた(エクスプロード先生が調べ終わるのめちゃくちゃ早かったのも、そもそも存在しないって分かってたからだろうな)」

「な、なるほど……!」

 ユージーンが隣で関心していた。暫くの沈黙が流れた後、耐えかねたようにアキュアが立ち上がって声を発した。

「キセキ大正解! お見事!」

 アキュアはパチパチと拍手した。キセキはホッと胸を撫で下ろす。

「まさかこの短時間で攻略するとはっ! 流石だなっ!」

 フレイドも嬉しそうにキセキを褒めた。

「コイツがアキュアの言ってたキセキ・ダブルアールか……」

 ガストルが不満げに言った。

「史上最速じゃないかな! 凄いよ! アキュアの記録をもう塗り替えちゃった!」

 そう嬉しそうに語るのは茶髪を塔のように編み上げた活気のある女性。入学式で「ピサ・バベル」と呼ばれていた。

「アキュアが最速だったの!?」

「そうだよ〜。短い天下だった……」

 アキュアは少し残念そうだが、それよりも記録を塗り替えたのがキセキがあることに喜びを感じているようだった。

「ではっ! ルール通り十万アルクを彼に渡そうっ! ナルカミッ!」

 フレイドに呼ばれゆっくりと立ち上がったのは、入学式で「ナルカミ・サンダーボルト」と呼ばれていた、黄色の髪に稲妻のようにカールした2本の前髪を持つ男だった。カンムルの兄であり、フレイドが注意しろと言っていた男だ。

「……」

 ナルカミはキセキの前まで行き、報酬を渡すでもなく立ち尽くしていた。

「あ、あの〜?」

 キセキが恐る恐る話しかけると、ナルカミはゆっくり口を開いた。

「……カンムルが来ると思っていたが、そう上手くはいかないものだな。しかしよりによって貴様とは……まぁ、まだクラス:ペガサスの者が来ただけマシか」

「ど、どうも……?(うわぁ、嫌悪感丸出しじゃん。この人と仲良く出来る未来あるのかな)」

「ほら、報酬だ。受け取れ」

「あ、それなんですけど、ユージーンと半分ずつでいいですか?」

「キセキさん!? どうして!?」

 ユージーンは驚いてキセキに聞く。

「そりゃそうだろ。ユージーンの言葉があったからこそ名前のアナグラムに気づいたし、何よりこの場所もユージーンが居なければ知らなかった」

「キセキさん……!」

「おい、そんなのどっちでもいい。受け取ってからお前らが勝手にしろ」

 ナルカミはただでさえ不満げだった顔を更に歪めて言った。

「あ、はい、すみません……(怖っ)」

 キセキはナルカミから十万アルクの入った袋を受け取った。

「さてっ! 二人ともこのことは他言無用で頼むぞっ! そしてそろそろキミ達は最初の授業の時間だろうっ! 「オリハルコン」へ急ぎたまえっ!」

 フレイドの言葉にキセキは焦った。

「そうじゃん! ユージーン急ごう!」

「はい!」

「ありがとうございました〜!」

 二人は十二衛弟達に礼をして「シリウス」を去った。

「アッハッハッハッハッ! やはり面白い生徒だなっ!」

「キセキ……友達出来てて良かった……!」

 アキュアが安心そうに言う。

「アキュアさんの仰ってた通りの好青年でしたねぇ」

「その通りです。お姉様」

 そう話すのは白と黒が半々になった髪をお団子にした姉妹。入学式で「ヒナタ・モノクローム」「ヒソカ・モノクローム」と呼ばれていた。

「……ボクにはそんな良い奴に見えなかったけど……まぁどうでもいい……」

 そう語るのは黄土色の髪をした前髪の長い青年だった。入学式では「ガルフ・プレデター」と呼ばれていた。

「俺もガルフに同感だZE☆ 地味なヤツは趣味じゃないYO☆」

 ラッパー口調で話すのは深い蒼色の髪を刈り上げたサングラスをかけた青年。入学式で「バジェーナ・バレーナ」と呼ばれていた。

「あーしは嫌いじゃないけどね。ナルカミとか態度に出すぎっしょ」

 ギャルっぽい軽い口調で語るのは水色の髪に赤色のインナーカラーを入れた女性。入学式では「スプリング・バッセン」と呼ばれていた。


【物語あるある】味方精鋭が一人ずつ話す


「……」

 ナルカミは返答せず、自分の席に戻った。

「個人の意見は自由だ。だけど皆新入生には優しくしてあげてね」

 いつの間にか円卓の上座の位置にあたる席にディオーグが座っていた。十二衛弟達は即座に立ち上がり、一斉に礼をして挨拶する。

「おはようございます!ディオーグ理事長!」

「おはよう。楽にしなさい」

「失礼します!」

 十二衛弟達は同時に着席する。それを確認してからディオーグは話し始めた。

「今年「秘密の部屋」を見つけられたのはキセキとユージーンか。キセキはアキュアが招待状を送った子だったね」

「は、はい! そうでふ」

 アキュアは緊張してキセキと同じ噛み方をした。

「アハハッ、流石にまだ慣れないとは思うけど、緊張しなくていいんだよアキュア」

「は、はい! ありがとうございます」

 アキュアは照れながらもお礼を言った。

「キセキには鋭い勘と推理力がある。ユージーンには幅広い知識と教養がある。これから良いバディになりそうだね。ココで学んでどんな魔術師になるか楽しみだ」

「私もそう思います!」

 アキュアの言葉にディオーグは笑みで返した。

「さて、それでは新年度最初の「衛弟会議」を始めようか。フレイド。進行を頼む」

「はいっ! 最初の議題は……」

 ここで話された内容が後にキセキと深く関わるということは、まだ知る由もなかった。


【物語あるある】味方精鋭のみでの会議

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