《第1章:旅立ち》『第2節:水と木こり』
次元の長いトンネルを抜けると知らない世界であった。それは当然である。彼は転生したのだから。
そこは暖かい陽射しが心地よく、そのまま寝てしまいそうなゆっくりとした時間が流れていた。大小様々な樹々が織り成す木陰のコントラストが、彼を出迎えるように風に揺れた。
彼は小さな林の中にいた。手には斧。正面には倒れた木。状況から察するに木こりの最中なのだろう。
近くで川のせせらぎが聞こえる。彼は斧を置いてそちらに向かった。
想像していたよりも近くにあった川の水面に自身を映して、彼は初めてこの世界での自分を見た。
綺麗な二重に整った細い眉。シュッとした輪郭と鼻筋。髪色は何故か白いが、そこには紛れもない美少年がいた。
「……俺ってイケメンじゃね?」
【物語あるある】主人公はイケメン
「キセキ……? 何話してるの……?」
「キセキ」と呼ばれた彼はハッとして声のした方を見る。そこには水色髪をポニーテールにした美少女が呆れた顔で立っていた。腰に不思議な本を提げている。
【物語あるある】髪色が派手
「ちちち、違う! い、今のは何て言うか……その……初めて顔を見たから……」
彼は顔を赤らめて訂正した。初対面のはずだが、彼は彼女が近所に住む幼なじみのお姉さん「アキュア・オーシャン」であることが分かった。そして思い出すように自身のこの世界での名前も頭に浮かんでいた。
「キセキぃ、何言ってるの? 毎日鏡で見るでしょ?」
そう、彼は「キセキ・ダブルアール」。アキュアへの返答を考えている最中に、キセキは「(いや、物語あるあるの世界だからあるある→RR……つまりダブルアールは安直で適当過ぎだろ!)」と思った。
「そ、それもそうだった! ははっ、俺何言ってんだろ?」
「本当に大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
そう言ってアキュアはキセキのおでこに自身のおでこをくっつけた。
【物語あるある】熱はおでこ同士で測る
派手髪の美少女が突然顔を近づけてきたのでキセキはドギマギした。
「う〜ん。熱は無さそうね」
「ほ、ホントに大丈夫だから! 」
キセキはアキュアと距離を取りながら言った。
「それならいいけど……あっ! っていうか! 勝手に違うところに行かないでよ! 話してた場所に居なくてビックリしたじゃん!」
「ああ、ご、ごめん……」
そう言えば木こりには彼女と一緒に来たのだと思い出した。
「キセキはまだ魔法も使えないんだから、魔物と出会ったりしたら大変でしょ?」
「ま、魔法!? 魔物!?」
「そうだけど……何か変なこと言った?」
キセキはここで初めてこの世界が魔法と魔物の存在する世界だと思い出した。
【物語あるある】魔法と魔物が存在する
そしてこのまま行くとアキュアに異常者だと思われかねないことを察した。
「いや、何もない! き、気にしないで!」
「……変なキセキ。さっ、そろそろ帰ろ! キセキの斧と薪取りに戻らないと」
「そ、そうだね!」
キセキはこの隙に情報を整理することにした。
「(その一、俺の名前は「キセキ・ダブルアール」。転生って言うからてっきり赤ん坊になるのかと思ってたら少年でちょっと安心した。意識ある状態での赤ん坊とか絶対生き地獄だからな。そして名前の「ダブルアール」はともかく……「キセキ」って何だ? 奇跡……軌跡……希石? うーん、わからん。
その二、「アキュア・オーシャン」っていう幼なじみのお姉さんがいる。可愛い。正直さっき熱測ったときキスされるのかと思ってめっちゃドキドキした。可愛い。名前と髪色からして水属性っぽいな〜。可愛い。
【物語あるある】名前がその人の個性を表す
その三、水属性云々もそうだけど、この世界には魔法と魔物が存在する。アキュアの言い回し的にも科学は無くて魔法が発達した世界だな。うんうん、それも何となく思い出してきたぞ。そして大体こういうときに……)」
「……! キセキ! 下がって!」
「……ッ!」
アキュアがキセキを制止したその瞬間、目の前の草陰から狼が現れた。しかしそれは狼と呼ぶにはあまりにも大きく、あまりにも禍々しい角が生えていた。
「ま、魔物……! (これが……!?)」
「ガルルルルルルル」
一目見て魔物だとわかるそれは2人を見つめ低く唸った。明らかに敵対視されている。
「(ラノベやアニメの転生系主人公はこういうのチート能力を試すついでにサクッとやっちまうけど、この状況だと……)」
「キセキ大丈夫だよ。私に任せて」
「う、うん……! (アキュアが何とかしてくれる場面だよな!)」
【物語あるある】世界観紹介イベント
アキュアは懐から杖を取り出し、呪文を唱えながら軽く振った。
「プラーヤ!」
その瞬間、狼は目に見えない衝撃を顔に受けて大きく体を揺らした。
「ウウ……ガルルルッ!」
しかしそれで引き下がるような相手では無かった。
「よ、余計怒らせたみたいだけど!?」
「う〜ん、流石にプラーヤではダメか」
「分かってたの!?」
「安心してキセキ。こういうときの“魔術”だから」
「“魔術”……? (魔法じゃなくて……?)」
アキュアは吠える狼を前に目を瞑り、杖を高く掲げた。
「“水術陣 展開”」
そう唱えると水色の魔法陣がアキュアの足元に展開され、鮮やかに光り輝いた。
「ガルァ!!!」
そんなアキュアをよそに、狼は飛びかかってくる。
「アキュア!」
キセキはアキュアの前に出ようとする。
「“第1章 水彩蓮華”」
刹那、飛びかかってきていた狼の身体が吹っ飛んだ。アキュアの周りには水で出来た蓮の華が咲き乱れていた。一瞬でよく見えなかったが、狼はその中の一つにぶつかり吹き飛んだ気がした。
「キャインキャインッ」
情けない声を上げながら狼は退いて行った。
「す、凄い…!」
キセキは素直に感嘆の声が出た。
「(これが魔法……! いや、“魔術”? とにかく凄い! ホントに存在するのか! そしてやっぱりアキュアは水属性!)アキュア凄いよ! 今のどうやったの!? ……アキュア?」
彼女は杖を高く掲げたまま立ち尽くしていた。しかし突然座り込み泣き叫んだ。
「ああ〜、怖かったぁ〜!」
「!?」
「キセキ無事!? 怪我してない!? めちゃくちゃ怖かったぁ〜!」
「……! (そうだよ。今の俺よりお姉さんとは言えまだ子どもじゃないか。あんな化け物、怖かったに決まってる。しかも自分より俺のことを案じて泣いている。何ていい子なんだ……!)俺は無事だよ! ありがとうアキュア!」
「こちらこそ前に出ようとしてくれてありがとうね! 本当に無事で良かったぁ〜!」
「(俺が咄嗟にとった行動にも気づいて…!)」
キセキはアキュアをそっと抱き締めた。彼女が泣き止むまでの数分間。それはキセキにとって一瞬に思えた。
「ぐす……キセキの前ではお姉さんでいたかったのに、いっぱい泣いちゃった。慰めてくれてありがとう。ママとパパにはこのこと内緒だよ?」
「も、もちろん!(可愛い)」
二人は斧と薪を回収し、帰路へ着くのだった。
「今日のご飯何かなぁ。シチューだといいなぁ。キセキも私の家で食べて帰るでしょ?」
「うん! そうするよ!」
「やったぁ! みんなで食べるご飯が一番美味しいよね!」
「いやぁ、間違いない(可愛い……っていうか自分のこととかこの世界の仕組みとか色々思い出さなきゃいけないことあるけど)」
キセキはアキュアを抱き締めていたときのことを思い出す。
「(めっちゃいい匂いだったなぁ……)」
キセキの思考能力が夕空へと消えていった。
【物語あるある】女の子はいい匂いがする
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