5分30秒小説『笑い地蔵』

 村の外れ、二本松を過ぎた辺りに、お地蔵さんが並んでる。ひーふーみー……なな、七体並んでる。

 皆笑ってる。とても楽しそうに、笑っている。村人も旅の者も、お地蔵さんの前で足を止め、並んだ笑顔を順に眺め、手を合わせ、思い思いの願いを心に呟く。大抵が「貴方様方のように、私も笑顔で暮らせますように」と、願う。

 戦乱の世、働き手は戦に駆り出され、追い打ちを掛けるように今年は凶作。それでもお地蔵さんは笑顔を絶やさない。「苦しいときは、笑い地蔵様を見に行け」と、古くから村で言い慣わされている。

 

「おっ父が無事で帰ってきますように」

 太助が祈る。小さな笑顔、精いっぱい顔中に広げて。お地蔵さんにお参りするときは、笑顔であることがしきたりだ。

 太助の父が徴兵されて一月、毎朝毎朝太助はここに来て、上手から三番目のお地蔵さんに祈る。三番目が一番背が高い。太助の父も村で一番背が高い。だから太助は、このお地蔵さんが父を守ってくれると信じている。

「明日も朝一番に駆けって来るよ。おっ父が帰ってきたら、前みたいにここまで駆け比べをするんだ」

 三番目の頭に蜻蛉が止まった。太郎は優しく追い払った。

「一度も勝ったことないけどな――ま、当たり前だ。おらのおっ父に速駆けで勝てる奴なんていない。でもおらは、絶対おっ父より速く駆けれるようになりたい。田吾作の子は、やっぱりおっ父に似て、脚が速いって言われたいんだ」


********************


「今日は、危なかったな」

 二番目が言った。

「嗚呼、危なかった」

 三番目が答えた。

「泣きそうだったろ?」

「嗚呼、父親を思うあの子の気持ちを考えるとつい」

「気を付けろよ!俺たちはいつも笑ってないと。村人が少しでも元気になるように、笑顔を絶やさないことが俺たちの――」

「分かってるよ。でも……」

 皆、黙った。三番目の気持ちが、痛い程分かるから。

「なぁ、三番目、覚えてるか?五番目に毎日お参りしていた茂吉さんのこと」

「……嗚呼」

「娘の病気が治りますようにって、一年近くも日参して、五番目に祈っていた。でもあの娘は――」

「その話は止めよう。俺たちは無力だ。村人の祈りを叶える力なんて、一切持っていない。時に俺は、村人を騙しているような気持になってしまう」

「それは……違う」

「そうかもな。でもヒビが入りそうなくらい辛いんだ。村人は皆、心の中で泣きながら、それでも笑顔で、俺たちに祈りを捧げる。本音を言えば、彼らの心に寄り添って、思いっきり泣いてしまいたい」

「分かるよ。でも俺たちが泣いたら、村人はどうなる?彼らは、”どんなに苦しくてもここに来れば笑顔になれる”そう信じてる。俺たちは無力じゃない」

「そうだな。四番目の言うとおりだ。ふふっ」

「何が可笑しい?」

「いや、断トツ不人気のお前が、もっとも地蔵らしい考えを持っていることが可笑しかった。尊敬するよ」

「ふんっ!死への怖れ、愛する人との死別、死に苦しむ人を笑顔にできるのは四の地蔵である俺の役目だ。まぁ、確かに、縁起が悪いって避けられることもあるけどな。でも実力では俺が一番だ」

「実力?」

「ああそうだ実力だ!」


 …………


「はっはっは」「はっはっは」「はっはっは」「はっはっは」「はっはっは」「はっはっは」「はっはっは」


********************


 一年後、戦は終わった。村の男たちが、帰ってくる。太助は、肩を上下させ、小さな熱気を吐き出しながら、顔からはみ出すほどの笑顔をつくり、三番目に話しかけた。

「ありがとうお地蔵様、おめぇ様のお蔭で、おっとうが無事で帰ってくる。今日は、お礼におむすびを持ってきた」

 うらやましそうに三番目を見ている六体の地蔵。だがそれも束の間、日が昇る頃には、村中の女子供が集まり、笑い地蔵の前はお供え物でいっぱいになった。夫が、父が、帰ってくるのを今かと待ちわび、皆笑顔。笑いながら泣いている顔もちらほら。


「おっ父は?」

 父と幼馴染の源兵衛を見つけ、着物を掴み、太助が問う。

「……太助、大きくなったな。お前のおっ父は、そこの台車に乗ってる」

「台車?」

「太助……か?」

「おっ父?」

「太助、もう駆け比べはできない。おっ父は、戦で両脚を無くしてしまった。ふふっ、お地蔵さんみてぇだろ?」

「……嘘だ」

「太助!太助!見ろ!おっ父を見ろ!おっ父は生きている。脚は無くしたけどな。生きて帰って来たんだぞ」

「……嘘だ。そんなの」

 太助は駆けだした。

「田吾作……大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。時間が経てば、あいつにも分かるようになる」

「あなた……」

「しの、手紙を寄越したはずだぞ。太助には……そうか、言えなかったか」

「ええ、ごめんなさい」

「おい!お前まで……お地蔵さんが見ている。泣くんじゃない。笑え!」


 次の朝。

「お地蔵さん……」

 太助が赤い目で睨む。

「おめぇは、約束を破った」

 三番目の頭に蜻蛉が止まった。太助の手が、それを叩いて潰す。

「でも俺は、毎朝、ここまで駆けるのを止めない。そして笑う。お前の無力を笑う。そしておらは強くなる。おっ父より速く駆けれるようになる。明日からおらは、皆の荷物を運ぶ仕事をする。おっ父とおっ母を、食わせていかなゃならん」

 三番目は、笑っている。

「お前の笑顔が嫌いだ。でも笑ってくれ。そうやって、おらの代わりにいつまでも」


 村の外れ、二本松を過ぎた辺りに、お地蔵さんが並んでる。ひーふーみー……なな、七体並んでる。

 皆笑ってる。とても楽しそうに、笑っている。でも誰かが言った。

「三番目の笑顔、なんか歪んでないか?」


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