報連相はちゃんとしましょう
ところは変わってAクラスの教室にて、
「ねえ皆、この二人も歓迎会に参加させちゃって大丈夫かな?どうしてもっ!もう本当にどうしてもっ!!参加したいらしくてさぁっ!!いやーもう本当にボクも困っちゃってねーっ!!」
などと事実に全くそぐわない戯言をほざきながら、歓迎会の参加者であろう方々に対して両手を合わせて頭を下げて、圭太郎と博史の飛び入り参加の許可を頼み込んでいるのは、わざわざ言うまでも無いだろうが椿である。
そんな椿の後ろには、圭太郎が死んだ魚のような目で突っ立っていた。
(おい待て、事後承諾なのかよ。てかその言い方だと、俺がソフィア目当てで無理矢理にでも他のクラスの歓迎会に横入りしたがってる、頭の悪いクラスの頭の悪い奴になっちゃうだろ)
てっきり事前に承諾を得ているものだとばかり思っていたが、よくよく考えれば椿がそんなに気の利く奴な訳が無かった。
だとしても、だ。本当に誰にも何も言わずに他クラスの人間を独断で誘うだなんて、非常識にもほどがある。しっかりと報連相をして頂きたい。
当然、そんな急すぎる参加表明に対して、いいよいいよと芳しい反応なんてものを望める筈がなく、
「あー……うん、別に俺はいいよ……」
「わ、私も別に……」
なんて、どこからどう見ても良くないだろう反応が相手方からは返ってくる。豆腐ですら噛み切れなさそうなぐらい、歯切れが悪い。
それだけならまだしも顔まで背けていて、目を合わせようともしてはくれない。まるで触れてはいけない変質者と相対している時の反応である。
(別に、何だよ。けど、何だよ。そんな気まずそうな顔はやめてくれ。その優しさが痛いです)
Aクラスの方々は頭が良いからと言って、人格が破綻している訳ではない。選民思想がある訳でもなく人柄が良い、出来た人間の集まりだ。この何とも言えない反応こそが、その何よりの証拠であろう。
だからこそ、精神的にくる。情け容赦なくキッパリと切り捨てられた方が、圭太郎としては遥かにマシだった。
「そ、ソフィアさんはどう思うー?」
本日の主役であるソフィアに、一人の女子がおずおず尋ねる。
「私は大丈夫ですよ」
しかし当然、ソフィアは断らなかった。こくりと頷き、あっさりと受け入れる。
だが、それ以上でも以下でもない。そこに特別な感情は何一つとして滲み出てはいない。ただただ優しい、そんな印象だけを他者に抱かせた。
その受け答えを聞いて、態度を見て、圭太郎はホッと胸を撫で下ろす。
(おお、ソフィア。朝と違ってちゃんと自然な感じで、他人の振りが出来てて偉いぞ。俺はそれを求めていたんだ)
ソフィアの行動次第によっては、この場で磔にでもされて即刻粛清されていた可能性も大いにあり得たので、本当に良かった。
圭太郎がそうやって心の底からの安堵の息を吐いてる最中、何やらその前方では椿がきょとんと首を傾げている。
「あれ、そう言えば
「
「あ、そうなんだ。じゃあ、参加する人はこれで全員なのかな?」
「あーうん、その予定、なんだけどねー……」
椿の疑問に答えた茶髪でパーマでセミロングの女子が、急にモゴモゴと口ごもったかと思うと、あちこちに視線を散らし始めた。
どうやら誰かを探しているようだ。
「あっ!」
目当ての人物は無事に発見出来たらしい。シュババッと早足で、教室から一目散に飛び出していく。
圭太郎が思わず目で追うと、とある男子生徒の前でその女子が立ち止まる姿が見えた。
そこに立っていた男子生徒は、圭太郎の印象にすらも多少残っている程度には、学内でも有名な生徒だった。
「
高見
学年トップの成績を誇り、運動神経も抜群で、加えて身長も高く顔まで良いという、妬む気すらも起きない完璧人間であり、間違いなくこの叡峰学園のカーストのトップに君臨する存在だろう人物だ。
立ち位置的には、かつての圭太郎と少し似ているのかもしれない。無論、圭太郎ほど抜きん出てはいないが。
「僕かい?うーん……ごめんね、井上さん。これから練習に行かないといけないんだ」
「そっかぁー……残念」
高見が参加を断ると、それはもう分かり易く、井上という名前らしい茶髪の女子が肩を落とした。
色恋沙汰に疎い圭太郎ですら察せてしまう、その落ち込みぶり。女子人気ナンバーワンという肩書きは伊達ではないようだ。
チッ、と、隣から舌を叩く音が聞こえた。圭太郎がそちらに顔を向けると、
「く……身長か、身長なのか……!」
そこでは博史が大層悔しそうに、絶大なる怒りに顔を歪めているところだった。ギリギリと歯を軋ませる耳障りな音まで鳴らしていて、その憤怒は計り知れない。
高見との違いは身長よりもその性根だろうな、と圭太郎は思ったが、別にそれを伝える必要も無いので、特段干渉はしないでおいた。それに矛先がまた自分に向けられても困る。
「でも、それなら仕方ないよね。それにしても、バスケ部って新学期の初日からもう活動してるんだー!」
「いや、自主的なものだよ。僕が勝手にやってるだけさ」
「高見くんすごーい!ストイック!私尊敬しちゃうよぉー!」
「はは、ありがとう。じゃあまた明日……」
会話もそこそこに、高見はくるりと踵を返し、歩き出す。
ふとガラス越しに、圭太郎は高見と目が合った。
その瞬間、
「………っ!」
いつも冷静で顔色一つ変えない高見の表情が一瞬だけ変に崩れたように、圭太郎には見えた気がした。
(……何だ?いま俺を見て、動揺した……?いや、ただの見間違いか)
しかし、それは本当に一瞬の出来事だったので、圭太郎は自分の見間違いだろうと考えた。
既に高見の顔にはいつもと何ら変わらない穏やかな表情が備え付けられていて、動揺の痕跡など万に一つも見ては取れない。やはり見間違いだ。
「うん、やっぱり僕も参加させて貰おうかな。そこにいる皆が来るんだよね?」
立ち止まり、再度教室の方へと顔を向ける高見と、圭太郎はまた目が合う。
だが、参加者の顔触れを確かめているのだからそれも当然の事かと、圭太郎はそれをさほど気にも留めなかった。
「え?ホントにっ!?やったー!うんうん、そうだよー!けど、練習はいいの?」
「一日くらい休んでも大丈夫だよ。明日に倍の量をこなせばいいだけの話だからね」
さらっと放つ言葉の一つ一つが、何ともご苦労様な事である。
ストイックなその生き方に感心してしまうが、それを圭太郎が我が身に当てはめる事は無い。よそはよそ、うちはうち、なのだ。
高見が参加するとあってか、弾んだ笑顔の井上が教室の方へと振り返り、
「よーしっ!じゃあ皆!行こっか!」
と、両手を高く掲げて、皆に意気揚々と号令をかける。
そして圭太郎ら一行は、駅前にあるカラオケ店へと向かった。
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