初めての家族会議

 夕食を済ませて、風呂も済ませると、時刻はもう少しで二十一時を迎える。

 二十一時、今夜は予定が入っている。

 イギリスに居るという両親と、ビデオ通話での家族会議を行わないといけないのだ。

 

「もうそろそろ時間か」

「初めての家族会議ですねっ」

「だな」


 現在二人は隣り合った状態でソファに腰掛けているのだが、ソフィアは圭太郎にしなだれかかるように、体重の半分以上を圭太郎へと預けていた。つまりは超密着体勢である。


「てか、近くないか?」

 

 机上のノートパソコンを操作しながら、圭太郎は横目でそんなソフィアを覗き見る。

 肩の上には小麦畑にも似たふわふわの黄金色が乗っていた。シャンプーの良い香りが圭太郎の鼻腔を擽る。

 

「カメラが小さいので仕方ないです。苦肉の策です」

「まあ、確かに仕方ないか。しっかり画面に入らないと困るもんな」

「はいっ、そうなんです」


 ソフィアの体勢について多少の疑問点はあったのだが、正直全然嫌では無いので、圭太郎は深い追求はしないでおいた。

 親に見られても別に恥ずかしい事も無いだろう。昔はこれよりも格段に距離感が近かった訳なのだから。

 

「……お、きたきた」


 ふと、画面に動きが生じた。パッと映像が浮かぶ。

 

『あ、繋がったみたいね!やっほ〜!お母さんの事見えてるぅ〜?』

「ああ、残念な事にバッチリ見えてる」


 画面の向こうでは己の母親が年甲斐もなく、スタートダッシュでダブルピースを決めていた。

 しかし、実年齢と比べると異様に若々しい容貌をしているので、そのポーズを行っている事に対してのビジュアル的な意味での違和感は、殆どと言って良いほど無かった。

 きっと何も知らない他人が見れば、圭太郎の姉か何かと間違える事だろう。妹と間違える可能性もゼロでは無いのかもしれない。

 そんなエルフじみた母親――紗江の隣には、当然ながら己の父親が座っている。

  

『久しぶりだね、圭太郎。おや、また背が伸びたかい?』


 天真爛漫な紗江とは違って、落ち着き払った大人の貫禄溢れる父親――明は、穏やかな表情を浮かべていた。我が子の成長ぶりに、そっと目を細めている。

 圭太郎は少し擽ったい気持ちを覚えながらも、それを隠すように素っ気ない態度で、

 

「まあな。見てないうちに一人息子はスクスクと育ってるぞ」

『このままだと、もう少しで父さんも抜かれてしまうね。嬉しいやら悲しいやら……』


 明は僅かに肩を落とし、微かな溜め息を吐いた。我が子の成長は嬉しいのだが、父としての威厳を失う可能性に嘆いているようで、大層複雑そうな表情へと変わっている。

 

「明さん!紗江さん!どうもです!」


 この数年の間にソフィアと我が両親の邂逅かいこうは、自分の知らぬ間に何度か、多分、結構な回数はあったらしい。

 緊張した様子も何も無く、ソフィアは笑顔で元気いっぱいな挨拶を行っていた。

 

『あらソフィアちゃん、昨日ぶり〜っ!』

「はいっ!昨日ぶり〜!です!」


 隣ではソフィアが、画面の向こうでは紗江が、互いに両手を振り合っている。

 圭太郎にはついていけないテンションだ。これは女性同士でしか許されないタイプのコミュニケーション方法であろう。

 

『ソフィアちゃん、圭太郎が何か迷惑をかけていないかな?』

「はい!大丈夫です!でも今朝は全然起きてくれなかったです!」


 明からの問いに、ソフィアはハキハキとそう答えた。

 すると圭太郎は腕を組み、そっぽを向く。

 

「確かに起きれこそはしなかったが、ちゃんと八時にアラームはセットした」


 本来自慢出来る事では全く無いのだが、自分的にはかなり善処した方だ、と言わんばかりの態度である。

 

『休みの日のけいくんがアラームをセット?!し、信じられないわ!凄いじゃないっ!』

『ああ……凄いよ、圭太郎』

「えらいです!圭太郎!」

「……べ、別にそんな総出で褒められるような事じゃないだろ……」


 自分で誇るように言っておいて何なのだが、予想していたものとは全く違う反応を受け、圭太郎は穴にでも入ってその身を縮めたくなった。

 たかがそれだけの事で三人に一様に褒められるとは、自分に対する評価というものが良く分かる。

 

『やっぱりソフィアちゃんと二人きりにさせて正解だったわっ!けいくん良かったわねっ!』

「…………母さん。良いか悪いかは別として、なんで何も教えてくれなかったんだ?ソフィアが日本に帰って来るんなら、別に教えてくれたっていいだろ」


 ズビシッ!とキラキラ笑顔でサムズアップしている紗江に対して、圭太郎は小さく溜め息を吐きながら、不満げに尋ねた。睨む一歩手前の鋭い目付きで、紗江の方を見ている。

 

『え〜っ?だって教えちゃったらつまらないじゃないの〜!サプライズよ!サ・プ・ラ・イ・ズ!てへっ!』

 

 紗江は全く悪びれる様子も無く、そんな事を笑顔で言ってのける。むしろ良い事をしたと、本気で思っているようだ。

 洋菓子などを製造している某食品会社のキャラクターのようにぺろっと舌を出しており、思いっきりグーでブン殴りたくなる顔をしていた。


「あのなぁ……っ!」

『まあまあ……圭太郎、母さんだって悪気がある訳じゃないんだ。良かれと思ってやっているんだよ』

「そんなの分かってる。けど、何もかもが突然すぎる。サプライズだからって何でも許される訳じゃない。サプライズってのは免罪符にならない」


 明の落ち着いた声で放たれる諭しの言葉を受けて、圭太郎は固く握りそうになっていた拳をパーには戻すが、不満はなおタラタラである。

 

『でもでも、ビックリはしたでしょ〜?』

「そりゃしたさ。えらい可愛い子がいるなと思ったら、それがまさかのソフィアだったんだからよ」


 紗江の言葉に返す刀で、圭太郎はそう言った。

 あまりにも自然に。あまりにもあっさりと。

 

「け、圭太郎……そ、そんなストレートに言われると、流石に恥ずかしいですよ……えへへ……」


 思いがけない流れ弾に当たったソフィアは、歓喜と羞恥心の狭間でもじもじと身悶えていて、見ている方が笑顔になるぐらいには、幸せそうな表情を浮かべてしまっている。


『あらあら?あらあら〜……!』

『ふふ、変わらず仲良く出来ているようで、本当に何よりだね』


 明と紗江は表情を綻ばせながら、そんな糖度の高い光景を、生ぬるい瞳で優しく見守っていた。

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