集まる注目
電車内でも、電車から降りても、駅から出ても、街中を歩いていても、色んな方向から強い視線を感じ続ける。
圭太郎は居心地の悪さと多少の苛立ちを覚えながら、心の内で深い愚痴を溢した。
(……やっぱり帽子を被っておいて正解だったな。昨日と同じだ、あちこちから視線を感じる。そりゃソフィアは可愛いけど、そんなにジロジロと見るなよ。失礼だと思わないのか。所詮はただの他人だろ)
毒づかずにいられない。何というか、イライラするのだ。
圭太郎自身、背が高いので通行人に見られる事は多々あるが、それでもその関心は平均して数秒にも満たない。すれ違いざまに「今の人デカいな」ぐらいで話は終わって、すれ違ったらそこで終了。記憶の片隅からすぐに消え去る。
なのに、今浴びている視線は全然違う。いつまで経っても消えないのだ。隣を歩いているソフィアを見る、圭太郎の苦手なその視線は。
「いつもこうなのか?」
「何がですか?」
「……いや、何でもない」
こっそりと尋ねてみるも、ソフィアは何とも思っていないようだ。元々気付いていないのか、それとも慣れ過ぎてしまったのか、どちらのパターンなのか判断に困る。
圭太郎がやり場のない感情を抱えながら歩いていると、耳障りで喧しい声が聞こえてきた。
「ウッヒョー!あの外国人の子めっちゃ可愛いじゃん!」
「オイオイオイ!ナンパすべぇーよ!」
カフェから出て来たばかりらしい茶髪で軽薄な風貌の男二人が、飲料の入ったカップを片手に不愉快な事を意気揚々と宣っている。その内容を聞く限り、どうやらターゲットはソフィアらしい。
「……」
圭太郎はただ、帽子の真っ暗な影から鋭い眼光を覗かせて、その二人の方を見た。
そうしたら、
「ひーっ!」
「な、何だよあの殺し屋みたいな目ぇ!?」
たちどころに顔を青ざめさせて、蜘蛛の子を散らすように、その二人は逃げ出していった。
手に持つカップからは飲み物がビチャビチャと溢れている。色からしてフラペチーノだったらしい。いや、そんなのはどうでも良いか。
普段の圭太郎は常に気怠げで眠そうで、生命力というものが著しく欠けているので、その長身の割に威圧感を撒き散らさない。
だが今は別だ。深く帽子を被って目元を隠しているせいか、オーラが増している。元来圭太郎は凛々しい顔付きをしているので、今の睨み付けるには結構な威力が伴っていた。
大の大人が命の危機を感じて、なりふり構わず逃げ出す程度には。
(俺がいるからか、昨日と違って直接的な行動に出ようとしてくる輩が多い。……まあ、それは仕方ないか。アイツごときでいけるなら自分でもいけるだろうって、そういう考えになっても何らおかしくはない。どう見てもソフィアと隣り合うには、俺は釣り合っちゃいないからな)
自分のせいでソフィアまでもが、容易に手の届く存在なのだと勘違いをさせてしまっている。これは圭太郎が危惧していた事だ。
やはり学校での交流は絶対に無理だなと、改めて思う。
(何にせよ、一人で行かせなくて正解だった。ソフィアがあんなのに引っかかるとは思わないが、強硬手段に出られたら話は変わってくる。何かと物騒な世の中だ、用心しておくのに越した事は無いな。俺が盾にならないと)
圭太郎は気を引き締め直した。
昨日で散々分かっていたつもりだったが、ソフィアは大人気だ。田舎だから外国人を見る機会自体が少ないのも相まって、とても周囲の目を引く。
しかも、物珍しい外国人の中でも飛び抜けた美少女なのだから、それも致し方ないだろう。
「ソフィア」
「け、圭太郎?」
人目が気になるので電車が来てからは手を離していたが、この状況ではそうも言ってはいられない。急に現れた不審者にソフィアを連れ去られてはかなわない。
圭太郎はソフィアの手をすっと取ると「お前を離さない」そう言わんばかりに、その手を握っていった。
「俺から離れるなよ」
ぼそっと圭太郎が囁く。その言葉には強い意志が込められていて、そんなのを耳元で聞かされたソフィアの精神状態がどうなるかなんていうのは、想像に難くない。
「は、はい……っ」
ソフィアは顔をトマトみたいに赤くして、小刻みに頷いた。
そうやって手を繋ぎながら公衆の面前を歩く。目的地のみを目指して、無心で歩く。
そのせいか、それとも単に鈍いせいか、圭太郎は気付かなかった。己に対して向けられている視線にすらも。
「あの子がとんでもない美少女なのはそうだけど、ならその子と付き合えるアイツは何者だ?」
「……デカいな。それになんていうか、勝てる気がしない」
「あのレベルじゃないと、外国人の美少女とは付き合えないのかよ……」
「牛乳飲め牛乳。目指せ180」
ソフィアの隣に並んで見劣りしないのは、中々に困難な事である。そんじゃそこらの男ではまず釣り合わない。並大抵の人間では「何であんなのと付き合ってるんだ!」という嫉妬心や
しかし、圭太郎は例外中の例外だった。むしろしっくりとくるまである。その身長も、スタイルも、滲み出ている風格も、何もかもが。もはや嫉妬すらも湧いてこない。
率直に言うと、圭太郎はカッコ良いのだ。小学生の頃にモテていたのは学力も身体能力も勿論あるが、外見だってその理由の一端を担っていた。
しっかりと外出用のまともな服装で、挙動不審では無く堂々とさえしていれば、
「……かっこいー……」
「おーい、その隣を見なさい。アンタじゃ太刀打ちできないでしょ」
「そ、そんなの分かってるよー!」
見ず知らずの少女を、隣にいる友人が顔の前で手をブンブンと揺らさないと我に返れなくさせてしまうレベルで見惚れさせてしまうぐらいには、圭太郎はカッコ良いのだ。
が、圭太郎はその事実に気付かない。知覚のセンサーが粉々に砕け散ってるとしか思えない程度には、自分に対して向けられる好意に鈍い。敵意には大分敏感なのに、何とも悲しい話である。
この点では圭太郎とソフィアは似たもの同士だ。ソフィアも自分への視線に気付いていない。
なお、本質は全く違う。圭太郎の場合は単に鈍いだけで、ソフィアの場合は圭太郎以外の存在に対しての関心が余りにも薄いからに過ぎない。
昨日だって圭太郎とまた会えるという喜びでルンルンと夢見心地で大通りを歩いていたので、ソフィアは周りから見られている事に微塵も気が付いていなかった。
今も昔も、ソフィアは圭太郎しか見えていないのだ。つまりは圭太郎に向けられる好意に対して、圭太郎より敏感という事でもある。
「…………むぅ……」
「どうかしたか?」
道中、ソフィアが不機嫌そうにむくれているのに、圭太郎は途中で気が付いた。その理由が何故なのか皆目見当もつかないので、素直にそう尋ねていく。
「いえ、何でもないです」
ソフィアは小さく首を振った。
その理由を教える必要が無い。余計な情報を圭太郎の耳に入れる気なんて、これっぽっちも無いのだ。
「…………?」
何でも無いと言っている割に、やはり機嫌は余り良くなさそうに見えるので、圭太郎は首を捻らざるを得ない。
「…………あ、そうか」
やがて、ピンと来た。自分自身に集まる視線にソフィアが気付いてしまったに違いない。無遠慮に見られる事に対して、きっと嫌気が差したんだろう。
「さっさと行こう。もうすぐ着くから」
「あっ、は、はいっ」
圭太郎はソフィアの手を引いて、早歩きで道を進む。
目的地である大型ショッピングセンター『ツマモール』は、もうすぐそこだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます