冒頭に至る訳

 休日は朝早くに起きる必要が無いので、圭太郎は毎日昼過ぎ頃に活動を開始していた。顔を洗って歯を磨いて昼飯を食べて、その後は見もしないのにBGM代わりにテレビを流しながら、ベッドの上でゴロゴロとだらけて過ごす。

 そして夜になったら夕飯を食べて風呂に入り、眠気が来るまで適当な動画を眺め、ウトウトしてきたらそのまま寝落ちという形で爆睡へと突入して、また昼過ぎに起床。

 まさしく典型的な駄目人間の生活そのもので、初日に強制された謎の大掃除を除き、圭太郎はそんな感じで毎日をダラダラと過ごしていた。

 初日から前もってSNSの通知等は全部切っておいてあるから、このベストライフを母親以外の外的要因によって邪魔される可能性はゼロ。圭太郎は謎の無敵感に包まれながら、空白の春休みを満喫していた。

 

 そんなこんなで一週間が経過し、折り返し地点を迎えた今日。

 母親に「お昼に荷物が届くから宜しくね〜っ!」なんて事を昨晩言われた圭太郎はいつもより少し早く起き、机の上に用意されていたおにぎりをモグモグと寝ぼけ眼で頬張っていれば、ピンポンと大きい音がリビングに鳴り響いた。

 寝起きで上手く働いていない圭太郎の頭は簡単にそれを宅配によるものだと信じ込んで、誰が来たのかを確認するためにあるモニターすらも見ずに玄関の扉を不用心に開けると、そこには見知った顔の二人組が得意げな顔で立っていた。

 圭太郎の眠気が一瞬で覚める。


「すいません。宗教の勧誘とかはお断りしていますので」

 

 そう言いながら圭太郎が早々に扉を閉めようとすれば、


「待て待て馬鹿」

「話ぐらい聞いてよ圭太郎」


 と、二人がかりで止められる。隙間には足まで挟まれて、閉じようとしても閉じられない。

 圭太郎は扉を閉じる事を仕方なく諦め、目の前にいる二人を見据える。今回は良い言い訳があるので、その表情は自信に満ち溢れていた。


「何の用だかは知らないが、あいにくと親に頼み事を任されていてな。やあやあ心苦しいが、他を当たってくれ」

「安心しろ。荷物など届かない」


 クイッと中指で眼鏡を押し上げながら、司波しば博史ひろふみがそう言い切る。


「全然連絡がつかないから本当に心配したんだよ?だから圭太郎のお母さんにわざわざ協力して貰って、ここまで遥々とやって来てあげたんだから。本当に圭太郎って優しい親友を持っているよね。少しはボクに感謝して欲しいよ」


 次いで腹黒糸目の七宮ななみや椿つばきが悪びれもせずにそう宣う。

 母さんが昨日の夜にえらくニコニコと嬉しそうだった理由はこういう事か、圭太郎は納得すると同時に腹立たしくもなった。愛くるしい一人息子を騙すとは何事か。ちくしょう。


「茶なんて出ないからな」

「気にするな。そんな気遣いを貴様に求めるのは酷な話だとは分かっている」

「じゃあ、お邪魔させてもらうね」


 観念した様子で圭太郎が大きく扉を開き直すと、二人は何の遠慮もなしに家に上がってくる。平穏が踏み荒らされる音がした。

 渋々ながらも圭太郎は二人を自室に招き入れ、室内中央に置いてあるローテーブルの元まで一直線に向かうと、ドスンッと荒々しい音を立てながら座り込んだ。

 前を指差して、二人にも同様に着座を促す。

 

「…………で、用件は?」


 腕を組んであぐらをかいて不機嫌オーラを全身から滲ませながら、圭太郎は対面に座っている二人を鋭い目で睨み付けた。


「彼女が欲しい」

「右に同じ」


 一点の曇りもなく二人がそう答える。

 ここが自分の部屋だというのに、圭太郎は今すぐ帰りたい気持ちになった。


「そうか、頑張れ」


 気持ちは微塵もこもっていないが、とりあえずエールらしきものは送っておいた。二人に送るべき言葉は他に思い当たらない。


「圭太郎、貴様はいいのか?このまま二年を迎えても」


 博史がいつになく真剣な顔でそう問いかけてくるので、圭太郎は姿勢を崩しながら肩を竦めた。

 

「別にいいだろ。そもそも彼女ってのは欲しいから作るものじゃないんだぜ?本気で好きでどうしてもその子と付き合いたい、この気持ちを伝えたくて居ても立っても居られない、一生一緒に添い遂げたい、そういう熱い感情の果てにやっと作られていく、そういうかけがえのないものなんだ」

「正論など求めていない。俺は今すぐに彼女が欲しいと言っているのだ」


 圭太郎が淡々と紡いだ綺麗事はにべもなく突っ放された。博史は聞く耳を持っていない。

 その隣でしきりに頷いている椿に対しては、自分の言葉が心に届いたのかと多少の期待をしてしまったが、


「右に同じ」


 とまた言われ、ですよねぇ……、と圭太郎はしょんぼりうなだれる。


「俺達はもう高校二年生になるのだぞ!圭太郎!貴様にはこの意味が分からんのか!?」


 博史がドンッ!とテーブルを叩く。床が少し揺れた気がした。それぐらい強い力だった。


「高二と言えば青春のシンボルだ!青春イコール高校生活なのは当然として、その中でも高校二年としての一年間は一際輝く一等星に等しい!その事を指し示すように高校が舞台の創作物では主人公は大体高二に設定されているだろう!ラノベしかりギャルゲーしかり!まず第一に――」


 熱弁する博史。それに頷く椿。心底興味の無い圭太郎。


(それは単に先輩キャラも後輩キャラも出せるからであって、物語のバリエーションを増やせるから製作者にとって都合が良いってだけの話だ。それ以上でも以下でも無い)


 圭太郎はしらけたような目で、今にも火がつきそうな熱量で持論を述べ続けている博史を眺めて、仕方なく耳を傾ける。実際その内容自体はこれっぽっちも聞いていない。ポーズだけだ。聞いている振りを圭太郎はし続ける。


「圭太郎ってもしかして女子に興味が無かったりするの?」


 不意に投げかけられた椿からの質問は、その言葉の表面上の形とは違う事を尋ねたがっているように聞こえた。

 圭太郎は首を真横に振って、かけられた疑惑の払拭に勤しむ。


「別にそういう訳じゃない。それに俺にも女の子との甘い思い出ぐらいある」

「へえ、それはそれはとっても気になるね」

「そ、それはまことか?!圭太郎貴様ぁっ!同じく彼女いない歴年齢の同志ではなかったのか!?よもやいつの間に!」


 暴走機関車のようにベラベラと一人で喋り続けていた博史までもが、その言葉によって簡単に釣り上げられた。圭太郎の思惑通りだ。

 このままでは、この二人が巻き起こす面倒ごとに巻き込まれてしまう可能性が高い。圭太郎のこれまでの経験上それは確信にも近かった。

 なので、圭太郎は見栄を張る事に決めた。とは言ってもありもしない真っ赤な嘘をつくつもりは無い。過去に実際にあった出来事をそれっぽく脚色する事に決めたのだ。


「まあ、残念ながら半年程度の短い期間だけだったけどな。でもその間は常に手を繋いでいたし、同じ布団で寝ていたし、風呂にだって一緒に入ってたぜ」


 ここまで、圭太郎は一つも嘘を言っていない。全て実体験だ。それが遥か昔の小学生の頃の話であろうとも、事実は事実なのだ。

 昔、圭太郎の家にホームステイで外国人の女の子が来ていた事がある。その時の話だ。

 もう随分と色褪せて埃を被った思い出ではあるが、それぐらい仲が良かったと圭太郎自身は記憶している。言ってしまえば、家族にも等しい存在だった。

 

「な……ん、だと…………!?」

「わお、参ったね。まさかそんなに先を越されてるなんて、ボクは夢にも思わなかったよ」


 血管がはち切れんばかりのおどろおどろしい形相で博史が目を剥いている。今にも血の涙でも流しそうだ。

 椿は薄く目を開きながら一筋の雫を頰に伝わせていて、博史に負けず劣らず驚いているのが、その珍しい表情から見て取れる。


「だからさ、俺には分かるんだよ。無理に彼女を作ったとして、それはただ虚しいだけだって……な」

 

 ここまでも、圭太郎の作戦通りだ。全くの嘘で無い事が上手く機能した。

 天性のペテン師でもない限り、嘘をつけば必ず何らかの違和感が人には生じる。喋り方、表情、仕草などなど。

 しかし、今回の圭太郎は嘘自体は何一つもついていないので、そのどれにも当てはまりはせず、その堂々たる態度と物言いから間違いなく本当の事を言っているのだと、目の前の二人に信じ込ませる事に成功した。


「ま、そういう訳だ。彼女云々うんぬんはお前ら二人で勝手にやってくれ」

「ふ、ふははは……!そうか圭太郎!ならばこそ共に来るのだ!彼女持ちだった貴様ならナンパの一つぐらい簡単に出来るだろう!?無駄に背も高いのだしな貴様は!」

「お前は俺の話を本当に聞いてたのか?絶対聞いてないよな?」


 おかしい。作戦は成功した筈なのに話が変な方向に進んでいる。圭太郎は自分の背中に冷たいものが走るのを感じた。


「椿、この馬鹿をどうにかしてくれ」

「圭太郎……か弱いボクにはそんなのとても荷が重いよ。出来る訳ないじゃないか」


 救いを求めるように椿に目をやると、打つ手なしといった感じで両手を上げながら、大袈裟に首を横に振っているのが見える。出来る出来ないの問題ではなくて、する気すら無いのが筒抜けだ。やはり腹黒糸目である。


「さあ行くぞ圭太郎!輝かしい青春が俺達を呼んでいる!!ビバ青春!彼女を作ってこの春からは放課後の制服デートに興じようではないか!!」

「俺は呼ばれてないし興味もない」

「ほらほら圭太郎っ、早く着替えて着替えて。たまには外に出ないと枯れちゃうよ」

「全ての植物が太陽を必要とはしないように、全ての人間もまた太陽を必要としている訳じゃない。俺は耐陰性が高い人間だ。第一彼女がいたイコールナンパが上手いなんてのはとても成り立たないし非論理的だしというか道行く他人様ひとさまに俺なんかが話しかけるなんて申し訳なくて滅相もない絶対に嫌だ行きたくない部屋から出たくない部屋にこもっていたい昼寝してたい」

「はいはいそういうのいいから」


 幾ら圭太郎が拒否しようとも、二対一の数の力には敵わない。民主主義に染まっている限り、多数決には敵わないのだ。

 というかそもそも、圭太郎は強く押される事に弱い。何故かと言えば、断るのにも相応の労力を費やすからである。家に上げてしまった時点で、この結果になるのは目に見えていた。


 圭太郎の負けだ。


 その後、あれよあれよという間に家の外に連れ出されて、駅まで歩かされて電車に乗せられて、繁華街の大通りにまで連れて行かれて、そして話は冒頭へと遡り、圭太郎は辛い現実にまた引き戻される事となる。

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