レイアップシュートは外せない

竜田くれは

打たないシュートとレイアップ

「最近のお前は気合いが足りない」

 練習試合の後、監督に言われた。

 翌日から、レギュラーでは無くなった。


 それはそうだろう。

 だって、この試合シュートを一本も打たなかったのだから。

 ゴール下でも、フリーでも、絶好機であっても。

 あらゆるシュートの状況シチュエーションで、俺はパスを選択した。

 この試合だけじゃない。試合ならどんな時でも、あの日から。

 試合でシュートを打ちたくないから。

 

 次の練習日、サボらずに練習に参加した。

 レギュラーから落ちたからって、練習に身が入らないわけじゃない。

 けれど、レギュラー組の練習じゃない分、少し物足りなさも感じる。

 ボールをもてあそびながら、ぼーっとレギュラー組の戦術練習を見ていると、女子マネに声を掛けられた。


「先輩、レギュラー外れたって本当ですか?」

 お団子ヘアの1年マネだ。

 そういえば前の試合の日はいなかったなと思いながら、

「そうだよ。監督は『気合いが足りない』って」

 彼女の問いに答える。

「やっぱりですか、シュート打たないですもんね」

 彼女は続ける。

「なんで試合でシュート打たないんですか?」

「……俺はシュート下手なんだ」

「嘘ですね。毎回シュート練見てますけど、凄く上手いじゃないですか」

 誤魔化せなかった。毎回見てるのかよ。

 

 実際シュートは得意だ。シュートだけなら部内の誰よりも上手いはずだ。レイアップも、フリースローも、中距離ミドルや3ポイントであっても。ディフェンスは上手くないが、シュートには自信がある。……いや、自信が


「ほかの先輩は『去年までは打ってた』と言ってましたけど、どうして打たなくなったんですか?家族を人質にでも取られてるんですか?」

「んなわけないだろ。どうしても訊きたい?」

 彼女は首を縦に振った。

「まあ、大したことじゃないが、話せば長くなるかもしれない」

 だから、練習後に話そう、と提案した。


 夜7時と半を回った頃、練習と片付けが終わった。

 10月にもなるとこの時間、既に暗くなっている。

 他のメンバーに挨拶をして、親に帰りが遅い事を伝えてからお団子マネと2人で近くのファミレスに行く。俺が奢る旨をマネに伝えると、彼女は素早くタブレットの画面を指で動かし大量に注文し始めた。一応、財布の中身を確認した。

「それで、どうしてなんですか?」

 彼女の問いに答えることにした。


 

 去年の秋のウインターカップ県予選。

 自分達の高校は準決勝まで進んだ。3回戦までどの試合も安定して勝つことができた。うちの高校は伝統的にあまり強くは無い、要するに弱小校だ。自分達の代もそうだ。けど、上の代の先輩達は違った。人数は少ないものの、全員が上手くてバスケ部初の準決勝出場を決めることができた。

 準決の相手とは激戦となり、ギリギリの攻防が続いていた。そんな中、第3クォーターが終わる直前、先輩の1人が足をつってしまった。俺と同じポジションの人だった。だから、ベンチで応援していた俺が代わりに出ることになった。点差は僅か5点、緊迫した状況だ。

 

 休憩を挟んで第4クォーター、試合最後の10分が始まった。俺はガンガン得点を稼ぎにいった。ディフェンスはともかく、シュートにだけは自信があったからだ。3ポイントシュートとレイアップで5点。先輩達が獲った分と取られた分も合わせて既に点数ではリードしている。残り2分くらいのタイミングで相手がタイムアウトを取った。ベンチに戻りながら、これは勝てる、そう思った。


 プレーが再開され、あっさりと点を取られた。そのままリードを許し、試合は残り15秒、1点ビハインド。がら空きフリーとなった俺にロングパスが繋がった。ゴール前には誰も居ない。そのままドリブルしてレイアップシュートでボールを上げ、外した。ボードの上に当たり跳ね返って転がるボール。そして、無情にも鳴り響くブザー。試合終了の合図だ。

 何の変哲もないただのレイアップシュート。それを外してしまった。

 シュートを外すことが怖くなった。



「え?それがトラウマってことですか?」

 大盛ポテトを1人で食べきり、パフェに手を伸ばしたマネが言った。

 トラウマ、そうかもしれない。試合終了後のみんなの顔を見ることができなかった。頭が真っ白になっていたから、監督や他のメンバーから掛けられた言葉が慰め、叱り、罵倒、何だったのか覚えていない。羞恥、後悔、自己嫌悪その他諸々混じったよく分からない心。その感覚を2度と味わいたくなくて、

「それで、チームプレイに徹するようになった」

「なるほど。……はあ」

 彼女はパフェを食べる手を止め、不機嫌そうに溜息を1つ。


「よく今までレギュラーで居られましたね」

「弱小だしな」

「『チームプレイに徹する』、ですか。

 先輩のやってるそれ、チームプレイとは言えないんじゃないですか?」

「チームプレイと、言えない?」

 そんなことは無い、と思う。ドリブルで切り込んだり、パスを出したり、スクリーン(相手のディフェンスの妨害)をしたりしている。

 と、いう事を話せば、

「それは知ってますが、先輩のポジションはPF、でしょう?」

 痛いところを突かれた。

 バスケのフォワードは勿論得点に絡む。得点に関わらないポジションは無いが。

「シュートを打たないフォワードがいてもいいじゃないか」

 苦し紛れにそんなことを言うと、


「シュートを打つのは、一番重要なチームプレイだと思いますよ」

 と返された。頬を膨らませて彼女は言う。

「そもそも、パスを出す側は先輩を信用して、決めてくれると信じてボールを送っているはずです。それに応えようともせずにパスに逃げてる人がチームプレイに徹しているなんて言えないと、私思うんです」

 言い切った後、空になったグラスを持ってドリンクバーへ向かった。


 本当は分かっていた。自分がシュートを打たなきゃいけないことを。

 パスをしてシュートを打つ責任を人に押し付けていることを。

 自分がシュートの責任を取りたくないから、チームプレイという言葉に逃げていたことを。ずっと目を逸らしてきた。


 戻ってきた彼女は山ぶどうジュースで喉を潤すと、

「少しはシュート打つ気になれましたか?」

 と問いかけてきた。

「まだ分からない」

 と正直に答えた。

「頑張ってください。先輩がシュート決めてる、かっこいいとこ見たいので」



 マネと話してから1週間、ウィンターリーグ県予選が始まった。

 去年と同じように、自分はベンチから応援していた。

 今年は1回戦から白熱した試合展開となった。

 僅差で第4クォーターに突入し、交代でコートに入った。

 ベンチから控え選手とマネの声援が響く。

 時間はまだ7分以上ある。まずは……


 ゴール付近でパスを受け取った俺は、ドリブルで切り込んで、

 レイアップシュートを、放つ。

 上がったボールは、ゴールのボードに描かれた四角のかどに当たり、

 リングに吸い込まれた。

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レイアップシュートは外せない 竜田くれは @udyncy26

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