4分30秒小説『微調整』
店外から怒鳴り声。今しがた出て行ったばかりの二人連れ、サラリーマン風の男達が何やらもめている。上司っぽい方が、新人っぽい方を一方的に叱っている?
「さっきのやっぱおかしゅうないか?」
「さっきの?」
「会計の時のお前の発言よ」
「僕の発言?なんかおかしかったですか?」
「分からんのか?」
「すいません。教えてください」
「あのな、『今日はワシが出しとくわ』いうて、お前の分もワシが払おうとしたじゃろ?」
「はい」
「そん時お前何ちゅうた?」
「ええと、『全部だしてもらうのは申し訳ないんで、小ライス分だけでも払わせてください』って、言いました」
「そこじゃ!」
「え?」
「『小ライス分だけ』ってのはなんなら?ウケ狙いか?」
「いや、そんな。ただ本当に、全部だして貰うのは申し訳ないと思ったんで」
「そうか。逆にウケ狙いなら凄いセンスじゃと思うたが、そうじゃないじゃの?」
「はい」
「お前、小ライスなんぼか分かっとるんか?」
「ええと、確か50円かと」
「違うわ!ランチタイムはサービスで30円じゃ」
「ああ、そうだったんですね」
「お前に30円払うてもろうて、ワシ、なんて言やあええんな?」
「いや、すいませんちょっと分からないです」
「逆に失礼じゃと思わんか?」
「……そう、なんでしょうか。いや、本当にすいません。ちょっとその辺の加減というか、自分よく分かってなかったかも知れないです」
「加減?」
「はい、あの、本当に、小ライスがランチライムで30円になってるって知らなかったので」
「そこじゃないわ!」
「え?」
「30円が50円でも同じじゃ。先輩が奢る言うとるときは、『ありがとうございます』っていうときゃいいんじゃ。そんなら可愛げがあるわ。じゃなかったら、『いや、僕の分は出します』じゃろ?その二択しかないんよ普通は。それをお前はなんなら?『小ライス分出します』って、意味が分からん過ぎる」
「すいません」
「分かったんか?ワシが言うことの意味が!」
「はい」
「じゃあ、何でワシがこがぁに怒っとるんか説明してみい」
「ええと、あれですよね。小ライスってのがまずかったんですよね。ギョーザ分とかだったら――」
「違う違う違う違う!全然分かっとらんのお前は!ちょっと出すっていうのが、気持ち悪いんよ。中途半端なその気遣いみたいのが、逆になんか『奢られることでマウント取られたくない』感じと、『でも自分の分全部を出すのは嫌だ』っていうセコい感じとをうまくなんか、気遣いのできる後輩ですっていう外面で誤魔化そうとしててもうー、ワシ、マジでそういうの嫌いじゃあ!」
「いやそんなんじゃないんです。本当に先輩に全部出していただくのは申し訳ないという思いで――」
「その『申し訳ない思い』ってのは小ライス分30円の値打ちしかないんか!?」
「いや、でも自分、小ライス50円だと思ってたんで――」
「何回も言わすな!30円が50円でも同じじゃ。お前あれか、『そうかぁ、30円じゃなくて50円じゃと思うとったんか、ほんならしょうがないのぉ』ってワシが言うとでも思っとるんか?」
「…………」
「その沈黙はなんなら?そう思うとるっちゅうことか?」
「いや、違います」
「ほんなら今の沈黙はなんなら?」
「いや、その、あれです。あの、つまりそのぉ”断腸の思い”というやつです」
「お前……ワードセンスも狂うとるんか?」
二人のやりとりは収束に向かう気配すら見せない。ここは店主の私が、間に入って収めるしかない。
「あのー、すいません。先ほどのお会計のことで、何か失礼がありましたか?」
「いや、違うんよ。おたくは全然悪うないんよ。ただこいつが訳の分からんことばっかり言いよるけぇ指導しとったんじゃ。ごめんなさいね。お店の前で騒いでしもうて」
「いえいえ、あのー、差し出がましいことだとは思いますが、先ほどのポイントカード出してください。おまけで2つスタンプ押しとくんで、どうかご機嫌を直して頂いて、ぜひまたお越しください」
「いや、そんな気つこぉてくれんでもええんじゃけども――」
上司っぽい男は、私の顔をまじまじと見つめて、聞こえるか聞こえないかの声量で漏らした。
「スタンプ2つ……」
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