4分40秒小説『期待の新人』

「全体的に短くしてもらって、その、フレッシュな感じにしてください」

「はい」


 僕は今、床屋さんにいる。午後から面接だ。刈りたての短い髪はきっと面接官に好印象を与えるに違いない!――それにしても……眠い……明け方まで面接対策本を読んでて、結局2時間しか寝てないんもんなぁ…………


********************


「……ぉ客さん……お客さん!」


 肩を叩かれ、揺すぶられ。


「ふあ、すいませ、ん?寝ちゃってましたか?」

「はい。お疲れだったんですね。熟睡されてましたよ。終わりましたので」

 そう言って床屋のおじさんは、僕の後頭部に二つ折りの鏡をかざし。

「後ろ、こういう感じになってますが」


 …………


「ちょ……ちょっとーーーー!」

「どうされました?」

「こ、これって、その、いわゆる……パンチパーマってやつじゃないですか?」

「いえ、違いますフレッシュパーマです。フレッシュとのご注文だったので」

 もう一度鏡を覗き込む。

 ビフォアー――散髪前の自分頭髪は、耳や眉やうなじをもさもさと侵略し、清潔感こそ失ってはいたが、それなりに若者らしい髪型であった。

 アフター――今の自分、鏡の中の自分は……まるでチンピラのできそこないである。まるでCGで合成したような――もしくはふざけて選んだプリクラのフレーム。

「すいませんもう一度聞きますけど、これパンチパーマですよね?」

 鏡面上で、おじさんの視線と僕の視線とがぶつかる。

「いえ、これはフレッシュパーマです」

「それはパンチパーマの別の呼び方とかですか?」

「いやだからパンチパーマではないんです。フレッシュパーマとパンチパーマは別物です」

「どこが違うんですか?」

 改めて鏡の中の自分をまじまじと見る。鏡の中の自分――もはや鏡の中の他人。


「説明させていただきますとフレッシュパーマは、パンチパーマとはパーマの当て方や行程がまるっきり違います。髪にダメージのないように、特殊な機材を使って低温でパーマを当てていくんです。そうすることで髪の状態を新鮮にフレッシュに保ちながらパンチパーマを当てることができるんです」

「ちょっとストップ!今最後になんて言いました?」

「フレッシュに保ちながら――」

「いや、その後!」

「低温でパーマを当てる――」

「違う違う!最後になんて言いました?」

「パンチパーマを当てることができる」

「うぉい!やっぱりパンチパーマなんじゃないですかあ!」

「いや、だから、もう一度説明しますけど低温でですね髪にダメージを――」

「おじさん……僕、髪はノーダメージかもしれないですけど、心に大ダメージを食らってます」

「ダメージ?どうしてです?」

「これから面接なんです」

「そうですか、じゃあがんばってください」

「……ありがとうございます」


 …………


「お似合いですよ」


 …………


 これ以上文句を言っても無駄だと思った。それよりも急がねば面接に遅れてしまう。


********************


 ざわざわ


 待合室で、僕は浮いている。宙に浮くほど。実際地に足が着いていない。


 ざわざわ


 「ざわざわ」という擬音が、ハッキリと「ざわざわ」と聞こえる。確かにこんな髪型では、ざわつかれても仕方がない。


「次の方どうぞ」

 自分の番だ。ええい当たって砕けろ。

「失礼します」


 面接本で読んだ通りにノックして扉を開け、深くお辞儀、顔を上げる。面接官5人が、いっせいに僕を見て驚愕の表情。見てはいけないモノを見てしまったかのような活目具合。


 その時、僕の中で何かが弾けた。


 ぷち。


 ええいもうやけくそだー!


「趣味ですか?仁侠映画を観ることです」

「休みの日ですか?オヤジのお供でゴルフに。といっても運転手ですが、え?車種はセンチュリーです」

「いえ、特に述べるような前科はありません」

「わりゃさっきからなめくさっとんのか!たらたらしょうもない質問ばっかりしおってぇ!ケツの穴から手ぇ突っ込んで、のどち○こ引っ張り回したろうか?おおう!?」


 以上が面接での僕のセリフのすべてである。


 終わった。何もかも。


********************


 数日後――


 面接の結果を知らせる電話があった。


「おう、兄ちゃん採用や!明日から来てくれるか?」


 ブラック企業だった。

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