4分30秒小説『不謹慎で落語好きで思ったことを何でも喋ってしまう機長』

「機長の沼田です。本日はA日空を御利用いただきありがとうございます。皆様の御協力と当社の優秀な地上係員のおかげで定刻どおりにドアクローズすることができました。離陸後は定刻通りの到着となるよう安全運転での飛行を心がけますので、皆様ご安心の上お寛ぎください」


「只今離陸いたしました。眼下に成田空港が見えておりますがそれもあと僅かでございます。こうして数えきれぬほどの離陸を経験してまいりましたが、その都度思うのです。人がゴミのようだと……ならば私は、ゴミを運ぶのが仕事なのか?と、ボーと爪の先を見つめながら考え込むのです」


「当機は只今、最大出力で月へ向かっております……間違えました。予定通りホノルル空港へ向かっております。しかし実際に月に向かって延々と飛び続けたらどうなるのだろうと思うこともしばしば。当機は不幸にして大気圏を突破する能力を持ち得てはおりませんが、いずれ成田発、月経由、ホノルル行き、なんて航路が実現する日も近いのではないかとそう思っております」


「私の初恋は小学校2年の時でした。相手の名前は……はは、言わせないでください。それは秘密です。仮にN子さんとしておきます。N子さんは大きな目と明るい笑顔が素敵な女の子でした。私は今でこそ何十人というキャビンアテンダントと肉体関係を結んでおりますが、当時はまだおぼこいもので自分の恋心をどうしていいか見当がつきませんでした」


「空を御覧ください。日本最後の景色、地平線に夕焼けが名残惜しそうに光を止めております。まるで世界最後の日の空のようです……うぉっと!すいません、うっかり操縦桿から手を離してしまいました。私は度々、物思いに耽るとこういった失敗をしてしまうのです。あの日もそうでした。でもご安心ください。私、不時着には自信がございます……この話はまたの機会にしましょう。ま、その機会があればの話ですが」


「一寸先は闇という言葉がございます。辺りは夜の様相を呈して参りました。現在の飛行高度32000フィート、約10000mで順調に飛行中でございます。この先もおおむね快適な飛行ができると思っています――断言はできませんが。ホノルル空港到着までまだ大分に時間がございます。ご退屈しのぎに落語を一席」


「えー毎度馬鹿バカしいフライトをーなんて枕をやるたびに副機長から「不謹慎です」と怒られておりますがっ!ええー、世間は夏休み。夏を制する者は受験を制すなどと申しましてぇ受験生にとっては勝負の夏でございます。私にも来年高校受験を控えております娘がおりまして、今日は一つ受験生を題材にいたしました、私の創作落語を一席お聞き願いたいと思います。おもしろかったら遠慮なく笑ってくださいね。面白くなくっても2、3回は笑ってください。じゃないと私拗ねて操縦棹を放しちゃうかもしれませんよー、ハハハハ」


中略


「『もう、父さん受験生に落ちるは禁物だよ』『うるさい、実際に父さんの飛行機が落ちちゃったんだからしょうがないだろう』……お後がよろしいようで。この後は、大喜利コーナーです」


「では今から、副機長とキャビンアテンダントにお題を出します。私が『メインエンジンが火を吹いたってねぇ』と言いますので何か言ってください。そしたら私が「どうしてだい?」と言いますので、何か面白い事を言ってください。では出来た人手を上げて……はい、副機長」

「機長メインエンジンが火を吹きました」

「おいおい!それは私の言うセリフだよ」

「いや、機長!本当にメインエンジンの様子がおかしいです」

「どうしてだい?」

「原因は不明ですが、ホノルルまでは持たないと思われます。引き返すかどうか、機長のご判断をお願いします」

「どうしてだい?」

「いや、大喜利じゃなくてですね!本当にメインエンジンが!っていうか機内アナウンス止めてください機長!緊急事態なんですよ」

「面白くないねぇ、山田クン、操縦席取っちゃって」

「いや、ふざけてる場合じゃないです!」

「えー、では一か八か。航路を宇宙に変更しましてISSへドッキングを試みてみましょう」

「ちょ!いい加減にしてくださいっ!高度がーーーーー!」

「でもご安心ください。問題なく目的地には着くでしょう。なにしろ落語は、”オチ”が”着く”ものですから――お後がよろしいようで」


 てんけてけってー♪


「今の落語家さん、本当に元機長なんだって」

「へー、名前は……落太郎?ふざけすぎじゃね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る