4分10秒小説『内臓の無い猫』
マンションの屋上、双眼鏡を覗く、「毎日おんなじだな」――ちゃぶ台に向かって爺さんが座っていて、窓際に猫が寝そべっている。寸分たがわぬ日常。婆さんは?台所か?ま、今日も無理だな。
「空き巣に入るのは」
2週間ほど下調べをしている。家具やら家の作りとか見る限り、小金を貯めこんでるっぽい。何より老夫婦と猫だけってのがいい。仕事がしやすい。しかし困ったことに、爺さんと猫が毎日居る。猫はともかく爺さんが外出する気配がない。仕方ない。後3日、様子を見て、無理そうならターゲットを変える。無理はしない――それがこの商売のコツ。
2日経った。爺さんと猫は動かない。「作り物なんじゃねぇかあれ」疑いたくなるくらいだ。うーん、無理はしないって言ったが……最後に探りを入れてみて、駄目そうなら、駄目ってことだ。
「すいませーん」
「はーい」
婆さんの声だ。
「はい?」
「突然お邪魔して申し訳ありません。私、三角ハウスの営業の田中と申します」
名刺を差し出す。
「えーと、どういったご用件かしら?」
「はい、今無料でお家の耐震強度の査定をしておりまして、差し支えなければお家の中を拝見させて頂けないかと――いえ、すぐ終わります。主要な柱と外壁を見れば大体分かるんで、如何でしょうか?」
「そうねぇ。無料ならお願いしようかしらねぇ。ところで貴方随分お若く見えるけど、お歳はお幾つ?」
「歳ですか?今年で38です」
「見えないわねぇ。もっと若く見えるわぁ。38歳ってことは丁度私の娘と同じ年ねぇ」
「あ、娘さんがいらっしゃるんですね。こちらにお住まいなんですか?」
「いえ、東京にいるのよ。ここに住んでるのは私とお爺さん、後は猫だけ」
「そうですかぁ」
「ま、お上がりなさい」
「有難うございます」
「お茶入れて来るわ。家の中自由に見てくださって結構よ。あ、そこの部屋にだけは絶対に入らないでね」
「え?あ、はい。分かりました。有難うございます」
居間――ん?珍しく爺さんが居ねぇな。猫は居る。
「今日はご主人はご不在ですか?」
「ええ、昨日から入院してるの、いや、大した病気じゃないから1週間程度で退院できそうなんだけど」
「そうですか」
「あ、そうだ。貴方の会社、手摺を付けたり、あのー、段差を無くしたりするあれー、あのー、なんていうんだっけね?」
「バリアフリーですか?」
「そうそう。そういったこともしてくれるの?」
「ええ、やっておりますよ」
「あら、じゃあ地震対策より、そっちの方お願いしようかしら、主人足が悪くてすぐ転んじゃうから、なかなか歩こうとしないのよ。だから家じゅう手摺を付けたら少しは歩くかしらって――ほら、歩かないとボケちゃうっていうじゃない?」
「そうですね。でしたら、また改めて担当の者から連絡差し上げます。一通り見させて頂きましたが、結構しっかりしたつくりで、耐震強度は標準並みですね」
「そうなのね。じゃあ、手摺の件、宜しくお願いしますね」
「はい、本日はありがとうございました。では失礼致します」
婆さんが出て行った。チャンスだ。爺さんは入院中。あとは猫だけ、犬だとやばいが猫ならな。
鍵は、簡単に開けれる。慣れたもんだ。さて、間取りも大体分かってる。が、におうのはやっぱりあの部屋だ。「絶対に入らないでください」なんて言われると嬉しくなっちゃうね。なんか金目のもんがあんじゃねぇかな?
ん?今日は猫いねぇな。さて、と、鍵は?掛かってない。
「え?」
爺さん、居るじゃねぇか?!マズい……寝てる?……いや。
椅子に座っている爺さんに近づく、テーブルには薬品や金属の器具が並んでいる。顔を覗き込む。眼に生気がない。
「死んでる?」
おそるおそる手首に触れる。冷たい。脈が無い。眼、よく見ると、作り物?背筋に悪寒が走る――ヤバいぞ。普通じゃない。
猫は?――死んでる?いや、剝製!?
「やっぱり来てくださったのね」
首筋に刺すような熱、同時に背後から声。
「あ、すいません。そのぉ、鍵が開いていたものでつい――」
「いいのよ、そんな噓つかなくて、さ、お座りなさい、じゃないと倒れちゃうわよ。筋肉弛緩剤を打ったから」
首筋に触れる。ふらつく、床に倒れ込む。
「お爺さん、ミケ、良かったわねぇ。今日から新しい家族が増えるわよぉ」
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