4分30秒小説『自殺願望のあるワタリガニが入店した際には』
100均に男が入って来て女性店員に話しかけた。
「あのー」
「はい、何かお探しですか?」
「死に場所ありますか?」
「え?」
「死に場所を探しています」
「えっと――」
「あ、ちなみに私、カニです」
「え?」
「カニです」
「カニって、あのカニですか?」
「はい、体は人間ですが、心はカニです」
「えっと――」
「ワタリガニです」
「はい?」
「今、種類を聞こうとしましたよね?」
「いえ」
「ワタリガニに相応しい死に場所を探しています、100円くらいの」
「当店には御座いません」
「じゃあ300円のでもいいです」
「申し訳りませんが――」
「愛用していた海水の素がもう手に入らなくなってしまって、だからもう死ぬしかないんです」
「あ、お塩でしたら御座いますよ。こちらに」
「これじゃダメなんです」
「でもお塩なわけですから、海と同じ濃度にして頂ければ――」
「いい加減なことを言わないでください!」
「え?」
「塩ならなんでも良いってわけじゃないんです!海水を作るには、人工的に作られた塩化ナトリウムだけの塩じゃなくって、微量元素が含まれた天然の塩が必要なんです」
「すいません」
「貴女、『なんで私がワタリガニに説教されなきゃいけないの』って思ってます?」
「いえ、思ってません」
「じゃあもっと、LGBTCに配慮した対応をしてください」
「LGBT……C?」
「CrabのCです。私はカニ同一性症候群なんです。貴女、カニ差別主義者じゃないですよね?」
「違います」
「じゃあ仮に貴女が、子供がカニをいじめられている場面に出くわしたら、どうしますか?」
「止めます。『カニだからっていじめちゃダメよ』って――」
「ほら!その『カニだから』っていう発想が偏見なんです」
「……でも私、カニ結構好きですよ」
「それ食材としてでしょ?」
「あ」
「貴女、私を食べたいのですか?」
「いえ」
「私が店に入って来た時に、『あら、美味しそうなカニ』って思たんですね?」
「いえ」
「じゃあ『不味そう』って思ったんですか?」
「いえ」
「どっちですか?”美味しそう”と思ったのか?”不味そう”と思ったのか?」
「食べようと思いませんでした」
「なんでです?」
「……お腹が空いていなかったので」
「そうですか。私は、やっぱり誰からも求められていないんですね。最悪貴女に食べてもらおうと思ったのに……もう疲れました。『この店には、カニの話が通じる店員はいないのか?!』ってキレてもいいんですが、幼生じゃあないんだし、大人のカニとしてそんなことできませんしね。もう帰ります。すいませんでした」
店内にオリジナルソングが静かに響いている。潮騒のように。
「あのーお客様、海水の素はありませんが、こちらの珊瑚の砂は如何でしょうか?」
「砂?どこの砂?」
「沖縄の海の砂です」
「海の……」
「あと、こちらの殖えるワカメは如何でしょうか?」
「ワカメ?!これ、枕元にばらまけば磯の匂いしますか?」
「ええきっと。お風呂に入れると、なお宜しいかと――あ、海水じゃないと駄目なんですよね?失礼致しました」
「はは、貴女、優しい人ですね。いや、今時カニに対して誠実な接客できる若い女性なんて、そうそういませんからね。私、思わず爪を大きく振って、脚を激しく開閉するとこでしたよ。でも残念ながら貴女はワタリガニじゃないし、実は私もワタリガニではありません。本当はこういうものです」
名刺を差し出された。
私は思った――「やっぱりね」って。名刺にはきっとこう書いてある――総務部人事課〇〇と。
この人はきっと、私の接客力を試す為に本部から派遣された人で、今までのやりとりはすべて人事査定だったってわけ。
(それにしても”カニ同一性症候群”って何?)
ま、いいわ。認められたみたいだし。笑顔で名刺を受け取る。
名刺には一行だけ――
ベニズワイガ二
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