4分0秒小説『涙を変える薬』
塩化ナトリウム
カリウム
カルシウム
タンパク質
ビタミンA
酵素
以上が涙の成分である。どんな涙も、同じ成分から成っているが、成分比率は一定ではない。
実は涙は、流すときの”感情”によって大きく成分比を変えるということが分かっている。
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博士は涙を研究していた。妻の為に――交通事故で娘を亡くし、毎日涙を流してばかりいる妻、少しでも妻の悲しみを軽くしてやりたい。
博士は、被験者として女性100人を募集し実験を行うことにした。手順はこうだ
①に被験者に小説を読む、映画を鑑賞するなどの方法で涙を流してもらう。
②涙を採取し、その時どんな気持ちだったかアンケートを取る。
③アンケート結果を集計し、感情ごとの涙の成分比を明らかする。
「完成だ」
博士は、薬を完成させた。この薬を飲めば涙の成分比が変わる。つまり、悲しい涙が嬉し涙に変わるというわけだ。
実験をしたかったが、ネズミは涙を流さない。人体実験しかない。博士は自分で試すことにした。
まず、娘の死を想った。そして妻の気持ちを考えた。涙が出てきた。薬を飲む、心境の変化を待つ――嗚呼、この薬があればもう妻は悲しい思いをしなくて済む――いつしか涙は嬉し涙に変わっていた。実験は成功だ。
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「また泣いているね」
妻に寄り添う。
「ごめんさない。今日、庭に木苺が成ったの、あの子と一緒に植えた。もし今日あの子が生きていたら、二人で一緒に摘んで食べて……なんてことを想像したら――」
「そうか……分かるよ、私も同じだ。毎日がとても悲しい。でも前に進まないと……紅茶でも淹れて来るよ。少し気分を落ち着かせよう」
「ええ」
妻が紅茶を飲む。紅茶には博士が開発した薬が入っている。妻の様子を伺う。
「どうだい?気分は落ち着いたかい?」
「ごめんなさい。こうして庭を眺めながら、あの子と一緒に紅茶を飲んだ日々を思い出すと……思い出すと、楽しい気持ちになるわ。あの子と過ごした日々……とても素晴らしい日々だった。嬉しいわ。あんな天使のような子を授かったことを神様に感謝しなくちゃ、あの子は私の人生を豊かにしてくれたの」
「そうか……もう悲しくはないかい?」
「悲しく……悲しくない。どうしちゃったのかしら私、悲しくないわ……全然悲しくない。あの子を失ってしまったというのに、全然悲しくないの」
「そうか……良かった。君はもう十分に悲しんだ。これ以上悲しみに暮れて日々を過ごすことを、きっとあの子も望んでいない。完全に傷が癒えることはないだろうけど、これからは新しい日々を生きようじゃないか」
薬の効果は証明された。博士はとても嬉しい気持ちになった。午後の陽光が二人の想い出に輪郭を与える。二人は娘の思い出を語り合い、微笑み合った。
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もしも貴方が、二人の幸せを望むのなら、ここで読了としてください。
真実を知りたいのであれば、このまま読み進めてください。
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「……ほんっとにあの子ったらお転婆だったわねぇ。あー、可笑しい。いつ以来かしら?こんなに楽しい気分。私、なんで毎日悲しんでたのかしら、今はとても嬉しいわ……あの子が死んで……え?なんで?なんで嬉しいの?あの子が死んでしまったというのに?やだ。涙が止まらない。嬉しくて涙が止まらない。私……そうか、私、心のどこかであの子の死を望んでいたのね。だってこんなに嬉しいんですもの、涙が出るくらいに。あははは……ははは……そもそもどうしてあの子は産まれて来たのかしら、あの子が産まれたせいで、私は研究室を去り、学者として大成する夢を諦めることになった。でも今は違う。私は自由。自分の夢を追いかけることができる。あの子の将来で悩まなくてもいいし……嬉しいわ。ね?貴方も嬉しいわよね?あの子が死んで」
「嬉しいはずないじゃないか?!」
「いえ嬉しいはずよ。だってほら、貴方も泣いてるじゃない。笑いながら」
「え?」
頬に触れる――濡れている。口に触れる――笑っている。薬の効果が切れていないのか?
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博士は研究室に戻り、薬の持続時間について精査した。
効果は長期間持続するようだ。どうやら悲しみが深い程、効果が続く期間が長いらしい。
薬の効果を中和する薬を開発しようしたが、上手くいかない。あの子の死を想う――嬉しくって涙がでてくる。なんということだ!
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家に帰ると、妻は首を吊っていた。仕方がないので博士は、薬を飲んで泣いた。
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