4分40秒小説『50円の空』

「おじさん、アイス頂戴」

「ごめんね坊や、アイスは売ってないんだよ」

「え?でも――」

 リアカーに括りつけられた幟を見直す――青地に白い波模様、そこに書かれた文字。


   棒

   

   五

   十

   円

   

「棒?アイスじゃなくて?」

「ああ、そうだよ」

「僕、アイスが食べたい」

「ごめんね坊や、アイスは無いんだ。代わりに空を食べてみないかい?」

「ソラ?ソラってあの空?」

「そう、僕らの頭に広がっている青くて美しい空のことだよ」

「おじさんは詐欺をしている人なの?」

 男が笑う。

「よし、キミはこの町に来て初めてのお客さんだから、ただで1本あげよう」

「要らないよ」

「まぁ、そういわずに、見てて」

 男が棒を空に掲げる。すると棒の周りに、ぼんやりと輪郭が現れた。

「はい、どうぞ」

「なんか青いのが付いてる」

「空だよ」

「空……ほんとだ」

「食べてごらん」

「食べられるの?」

「ああ、今日はいい天気だからきっと美味しいぞ」

 子供が齧る「美味しい……食べたことの無い味」

「だろ?」


 瞬く間に噂は広まり、屋台は子供たちで大盛況。

「ねぇ、この棒ってすぐに使わないと駄目?」

「日が変わるまでならいつでも使えるよ」

「じゃあ夕焼けを食べてみようかな」

「ねえねえ、じゃあ星空も食べれる?」

「晴れてたらね。でもおじさんのお勧めは、空の周りにちょっだけ入道雲を付けて食べる――夏の間しか味わえない味だよ」


 スーツを着た男が子供たちを掻き分けて「ちょっといいかな?」「はい」黒い手帳を翳す「……刑事さん?」

「貴方が、子供相手に詐欺を働いているという通報がありましてね」

「そんな……そんな詐欺だなんて」

「このおじさんは詐欺なんてしていない。空を食べれる棒を売ってるだけなんだ」「そーだ!そーだ!」囃したてる子供たち、刑事は眼を剥いて。

「上手く手なずけたもんだ。だが大人は騙せないぞ。署へ連行する!来いっ!」

「分かりました。皆、大丈夫だよ。おじさんは何も悪いことなんてしていない。刑事さんもきっと分かってくれる」

 屋台を片付け、男が刑事の後に続いて歩き出したその時「う、お腹が痛い」「あれ、ワタシもなんかお腹が……」「ボクも」「ワタシも」子供たちが一斉にうずくまる。「大変だ救急車を!」  


********************


「刑事さん。あの子たちは無事ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「良かった」

「それより自分の心配をしたらどうだ?オマエの嫌疑には詐欺罪だけじゃなく傷害罪も加わったんだぞ!さぁ言え!子供たちに何を食わせた?」

「空です」

「ふざけるな!」

「本当です。でも仮に、刑事さんが言うように私が嘘を言っている。つまり”ただの棒”を売っていたのだとしたら、子どもたちがお腹を壊すはず――」

「棒に毒を塗っただろ!」

「なっ!?そんな酷いことを私がするわけ――」

「今、鑑識が棒を調べている」

「私は何も悪いことはしていません」

「ほざいてろ」顔を顰め溜息。

 若い刑事が小声で「でも本当に空を食べることができたら面白いなぁ」

「止めろ!俺は鑑識に行ってくる。続きはお前がやれ」

「はい。それでは……と、すいませんが、もう一度最初からお話し願えますか?」

「私は、子どもたちに空を食べさせました。それだけです」

「なるほど。じゃあ、子供たちが腹痛を起こした原因は何だと思いますか?」

「分かりません」

「貴方が売った棒が原因だとは思いませんか?」

「分かりません。でも原因を知る方法が一つあります」

「ほー、なんです?」

「私が今ここで空を食べてみせます」

「え?空を?それ本気で言ってます?」

 男がポケットから棒を取り出す。若い刑事驚いて「それって例の?」「そうです」

「隠し持ってたの?駄目だよこっちに貸して」

 男が棒を差し出す。若い刑事が受け取る。

「空に翳してみてください」

「空に?」

「原因を知りたくないのですか?」

「……分かったよ。ちょっと待ってて」

 若い刑事が窓辺に行き、棒を空に翳した「なんだこれ?棒の周りになんか青い塊が、嘘だろ……」

「貸してください。その空を今から私が食べてます」

「……いや、止めといた方がいい」

「何故です?」

「海沿いの工場を見たかい?毎日有毒な煙を大量に空にバラまいている」

「あ……」

「この町の空は汚染されているんだ」

「なんてことだ!」男は机に伏せ、肩を震わせる。「そんな空を子供たちに食べさせたなんて!すべて私が悪いんじゃないか!」

「そんなに自分を責めないで。こんな危険な空が子どもたちの上にあることを黙認している――この町の大人たちは皆同罪だよ」


 若い刑事の持つ棒から青い雫が垂れ、床に小さな空が広がったが束の間――消えて無くなった。

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