第9話──3「対峙」


  3


「……その魔族なる二人組は、アンレルという町を次は破壊すると宣言していった。これは早急に動いた方が良さそうですね、シザクラ隊長」

「……だからその隊長はやめてってば。どちらかと言えば今は君がでしょ、レンウィ部隊長殿」

 刻限は昼。シザクラたちは仮宿として使わせてもらっていた空き家に集まっている。フィーリーたちは昨日の夕方から朝方まで頑張ってもらったのでもっと休んでもらいたかったが、案の定そこまで眠ることは出来なかったらしい。まだみんな疲れの滲んだ顔を、深刻そうに引き締めていた。

 その場には、騎士団として自分の部隊を率いてやってきた部隊長であるレンウィ・ネウトラルもいた。その部下たちも同様だ。

 彼女は昔シザクラの部下の一人、だった。昔の話だ。騎士団にいた頃の記憶が、ひどく久しく思えてくる。実際は、二年ほど前か。

「このような悲劇は、二度と起こってはいけません。すぐにでも二人組を追いたいところですが……ここハイスも人手が足りていません。怪我をした人たちも、行方がわからないままの人たちも大勢いる」

「二手に分かれる? 二人組を追うのと、ハイスに残る組。どっちにせよこのまま二人組は放置しておけないでしょ」

「戦力を分断するのがその二人の思惑かもしれません。瞬く間にこの規模の町を壊滅寸前まで追い込んだ者たちです。不用意に追いかけて待ち伏せでもされてしまえば、ひとたまりもないかもしれませんわ」

 フィーリーの言葉にジニアが指を立てるも、ルーヴは難色を示した。

 二手に分かれるのはいい案だが、確かに今回は相手が相手だけに下手にそれを実行するのは得策ではなさそうだ。なるべく今、この場にいる全員で追った方がいい。戦力は多いに越したことはないのだ。

(……正直、あたしたちだけで対処できるかもだいぶ怪しいしね。それに向こうの力も未知数だ)

 斬撃の魔法を使う。それ以外の情報はほとんどない奴らを二人も相手取るのは、さすがに不安要素が多すぎる。

 シザクラとフィーリーは、二人組が使ったらしい魔力の残滓とよく似た魔法を使うターシェンと対峙している。今ならわからないほど力量が付いてきているとはいえ、あの時フィーリーはターシェンとの魔法の押し合いで敗れているのだ。

 もし今回の二人組が、それぞれターシェンと遜色ない魔力を有しているというなら。激戦になることは必至だろう。

 シザクラたちが考え込んでいると、不意にレンウィがどんと鎧を付けた自分の胸を叩いた。驚いて皆そちらに視線をやる。

「その点なら、我ら騎士団にお任せを! 皆さんが休んでいるうちに使いの者を走らせまして、もうすぐ援軍がやってくるはずです。彼らが到着すれば、今ハイスの民の救助や介抱に当たっている私の部隊員たちも含めて、全員で二人組を追うことが出来ますよ。みなさんと合わせると、ざっと二十人ですね」

 そうか。レンウィは騎士団の一員なのだ。それも段位は一個小隊を持つ部隊長で顔が利く。シザクラたちが休んでいる間に手を打ってくれていたようだ。ちゃんとこうなるのを予想して、前もって準備しておいてくれるとは。

「助かるよレンウィ。もちろんあたしたちも同行させてもらう。足手まといにはならないよ。うちらはそっちに負けず劣らず先鋭揃いだ」

「……そのようですね。町の人達に窺いました。あなた方の尽力と魔法と、クラフトなる技術で救われた命が数え切れないほどあると。ですが、治安維持は我々騎士団の義務ですので。一般の方々を危険に晒すわけにはまいりません。魔族を名乗る二人組は、私たちレンウィ隊で対処いたしますよ」

 レンウィが再び胸を叩いて、シザクラの言葉を固辞した。それはそうか、と思う。彼女の立場ならそう言うだろうし、立場がなくても責任感の強い彼女なら尚のことそうだった。

 どうやって説得したものかとシザクラが悩んでいると、不意にフィーリーがシザクラとの間に挟まるようにレンウィの前に立つ。後ろ姿から、見上げる真摯な眼差しが窺えるようだった。

「口を挟んですみません。私たちも同行させてください。私とシザクラさんは、以前その二人組と同じような相手と対峙したことがあります。強大な魔力を有していました。その二人組も同じ力を持っていたとしたら、同じ魔法でなければ防御することも敵わないかもしれません。私も端くれではありますが魔法使いです。シザクラさんの言う通り、決して足手まといにはなりませんから」

「同じような相手と……⁉ しかし……」

「あーもぉお、いいから連れて行きなさいってば! この天才ジニアがいれば万事解決っ。魔族だろうが何だろうが、纏めてぶっ飛ばしてやるんですけどぉ」

「わたくしも怪我の治療や身体能力の強化が出来ます。一時的ではありますが相手の動きも制限できますわ。それなりの修羅場は、わたくしたちで潜っております。それでも一般人扱いでしょうか」

「……どうかな、レンウィ? 一応あたしら、冒険者ね?」

 詰め寄ってはいないけれど、揃って提案するシザクラたちに。レンウィはやや苦い顔をして逡巡しながらも、自分の部下たちと目配せして、それからようやく頷いた。

「……わかりましたよ。ただし、危ないと思ったらすぐ退避をお願いしますからね! 状況判断は頼みますよ、シザクラ隊長!」

「はいよ、了解。後悔はさせないよ」

 シザクラが差し出した手を、レンウィはややためらいがちながらも握ってくれる。話し合いはとりあえず成立したということでいいか。

 シザクラはフィーリーの方を密かに窺う。彼女は今朝よりもずっと思い詰めたような表情で俯き考えていた。

 ターシェンの件もある。ターシェンはもしかしたら、件の二人組の仲間かもしれない。

 そしてターシェンはサキュバスだった。サキュバスが魔族というものの一員だとしたら。

 フィーリーの母親は、もしかしたら。そんな可能性が過っているのだろう。百合の花の記憶を見た限り、そんな風には思えないけれども。

 彼女があまり思い詰めて変に責任感を抱え込んでしまわないように注意しなければ。シザクラはそう密かに決意するのだった。


  4


「しっかし、まさかあんたが騎士団に所属してたなんてねぇ? 天才意外なんですけどー。しかも元隊長様とか、エリートじゃん。全然想像出来ねー。経歴詐称してなぁい?」

 ふとシザクラの乗る馬に並んで来たジニアが、煽るようなにやにや顔でそう言ってくる。

 そういう当人はレンウィ隊の団員の馬の後ろに乗せてもらっていて、ぎゅっと背中にしがみついている。馬に乗る前は「ちょっ、思ったよりでかいし高いんですけどぉ! べ、別にこの天才ジニア、怖いとかそういうわけじゃないけれどリスクとか色々加味してるんですけど!」などとめちゃくちゃビビっていた。ある意味天才的にメンタルが図太いな、こいつ。

 シザクラは馬の手綱を握りながら、小さくため息をついた。正直、あんまり触れられたくない過去だ。説明するのが面倒だし。

「……経歴詐称はしてないけど、別に大したことじゃないよ。騎士団にいたのも、そんな長い期間じゃないし」

「大したことですよ、シザクラ隊長! 齢十六にして大部隊の隊長に任命されて、あの人数の団員を統括していたんですから! シザクラ隊は連携がすごくて、騎士団の中でもかなり評判が良かったんです! すぐ王都フレアラート所属になったんですよ! 王都直属なんてすごいことです!」

 レンウィがシザクラの馬の逆の方に並んできて口を挟んでくる。フォローしてくれたらしいが、より説明がややこしくなってシザクラは頭を抱えたくなる。レンウィはいい子だが、純真すぎるのが玉に瑕だ。

「大部隊って、どれくらいの規模なのでしょうか。何だかすごそうですね」

 シザクラの後ろで腰に捕まっているフィーリーが尋ねる。純粋に興味があって聞いた感じがして、それが逆にシザクラに刺さる。そういえばこの子には、自分のことを一切話してこなかった。

 これだけ長い期間旅を共にしてきたのにそれはさすがに薄情すぎたかと思ったが、フィーリーはそんなことは気にしていないような声色だった。……信頼されているということか。尚更胸が痛い。

「大部隊は隊員百人規模の大所帯ですよ! それも全員先鋭で、発展が進んでいる大都市に配属されるんです! それで王都直属はエリート中のエリートですよ! シザクラ隊はその中でも統率が取れていてかなり評価が高かったんです! 将来、騎士団長の座を狙えるほど優秀だったって言われているんですから!」

「騎士団長ぉ⁉ ガチのエリート街道大爆走なんですけどぉ⁉ ほんと何で今あんたここにいるわけぇ⁉」

 レンウィの追い打ちの補足で、ジニアが大げさに仰け反って腰を掴んでいる団員を困らせていた。シザクラはますます頭を抱えたくなる。あまりフィーリーには聞かせたくはなかった。自分の過去の話は、彼女との旅には関係のない事象だ。余計な想いを自分に抱かせたくなかった。……それがどういう感情なのか、自分でもよくわかっていないけれど。

「レンウィさんは、シザクラさんの隊に所属していたのですか? 今は部隊長さんですから、レンウィさんもエリート様ということですわね」

 後ろの馬に、プティを乗せて手綱を握っているルーヴが言う。さりげなく話題をレンウィの方へ移してくれている。おそらく肩身を狭くしているシザクラを察してくれたのだろう。

「い、いえいえ私なんかはギリギリで何とかシザクラ隊長の隊に入れただけで……! シザクラ隊長は大所帯でも一人一人の隊員のことを気にかけてくださってましたし、ぺーぺーだった私のことまで面倒見てくださって……。おかげさまで何とか続けられてますよ、騎士団」

「続けられている、というレベルで自分の部隊を持てるほど騎士団は甘くないはずですわ。レンウィさんにはそれだけの素質があったということです。シザクラさんのお墨付きということですわね」

 ルーヴがシザクラに振ってくれた気がしたので、慌てて頷いた。

「そうだね。レンウィはあたしの隊の中でも抜きんでてたと思うよ。優秀だよ。みんなもどう? レンウィは隊長として頼りがいあるでしょ」

「はい! レンウィ隊長はいつも我々に親身にしてくださってますし、的確に指示も出してくださいますよ。この隊に入れたことを光栄に思います」

 傍にいた団員の言葉に、皆誇らしげに頷いたり、続いたりしていた。それだけで彼女が慕われているのがよくわかる。

「でもまぁ、たまに飲み会の時は呑みすぎて次の日は青い顔をしている時はありますね。この人、お酒弱いのにいっぱい呑むから」

「それでも寝坊とかしてこないのは偉いんですけどね。職務もちゃんとこなしますし。器用な方です」

「こらぁ! 今褒める流れだったのになんでいらんことバラすのっ。いいでしょ別に! お酒大好きなんだもん!」

 団員たちにイジられて嬉しそうに開き直っているレンウィを見ると、彼女も成長したのだと実感する。新兵でガチガチに緊張していた彼女の姿は、今、部隊長の証である騎士団の紋章が入ったマントを羽織っている彼女とは重ならない。この二年で

「お酒ですかぁ……。どこかの誰かからも聞いたお話ですねぇ……」

「ド、ドコノダレノハナシカナー……?」

 氷の魔法も使われていないのに背筋から直に寒気を感じてシザクラはぶるぶると震えながら何とか馬を操る。フィーリーはかなり根に持つタイプなのだ。いや確かに騎士団時代も呑み会で誰よりも呑み明かしていたし、レンウィにお酒を教えたのも自分だけれど……いや、悪影響は与えちゃっているかもしれない。ガチ反省する。

 そんな何気ない会話をしながらも、アンレルという町への前進は続く。シザクラたちの馬は後から増援で来てくれた騎士団の人達から借りたのだった。

 魔族を名乗る二人組は、アンレルを次に襲撃すると宣言していったという。出来る限り急いではいるが、距離がある。馬たちに負荷をかけさせすぎるわけもいかず、どうしても焦れるような時間を使ってしまう。

 先に襲撃されたハイスの惨状を、アンレルの晒されている危機を考えれば。滲むような焦燥感と緊迫を少しでも和ませたいがために、みな明るく振舞っているのかもしれない。これから待ち受けているであろう戦闘のために、少しでも神経をすり減らすのを防ぐために。襲撃先の宣言も、そういう心理戦の作戦の一つかもしれないのだ。だとしたら相手は、相当狡猾な連中だろう。油断ならない。

 アンレルはもう近づいている。日も落ちかけて、血のように赤い夕暮れが空を染め始めていた。大地に影が掛かり、もうすぐ夜の帳が下りることを伝えている。完全に夜になってしまう前に。何とかアンレルに着いておきたかった。

「……もうすぐです」

 先頭にいたレンウィが言う。今のところ空に上がる黒煙も、血の匂いも遺体もない。地図に寄れば、町が見えてくる場所。あの岩肌の壁を坂を上って越えれば、町が見渡せる高台に行ける。

「少し急ぎましょうか」

 レンウィがそう言い、馬を走らせようとした時だった。

「んッ!」

「危ないッ!」

 プティとフィーリーが同時に言葉を発した。

 途端、シザクラたちは緑のオーラを纏う風の壁に包まれた。フィーリーの魔法だ。咄嗟に本を召喚し、無詠唱で頭上まで覆うほどの風の防壁を展開したらしい。

 そこに、斬撃。無数。まるで雨の如く降り注ぐ。シザクラたち全体を狙ったそれらを、フィーリーの風防壁が防ぎ切った。

「敵襲ッ! 戦闘準備ッ!」

 レンウィの号令。団員たちは皆馬から降りて、剣と盾を構えた。

「あっれぇ? おかしいなぁ。今ので半数ぐらいは削っとく計算でブッパしたんだけど、全員生きてるよ兄さん」

「俺達の斬撃を防ぎ切るほどの魔力を持ったものがいるとは。そんな報告は受けてないはずなんだがな、弟よ」

 二人組の男が、まるで空間をカーテンのように捲り上げながら姿を見せた。銀髪、髪をくくっている方が兄。短い髪の方が弟か。二人共、似通った容姿をしていたが、赤い眼差しが人ならざる気配を放っていた。

 何より、その頭にあるもの。兄の方は左から、弟の方は右の側頭部から螺旋を描く枝のような角が生えていた。

 やはりターシェンの仲間か。角がその証。だがこいつらは、サキュバスというわけではないのか。

 魔族には、いくつも種類がいるということか。そして、フィーリーの母親もこいつら魔族と関係している可能性がある。

 フィーリーの水晶のような角と、特徴的な尻尾を思い出す。懸念案件が増えたが、今はとりあえず目の前の事象に対処しようか。

「兄さん、とりまもう一回ブッパしとく? 僕らの方で力加減ミスっちゃったかもだし。全員殺さないように力抜きすぎちゃったね」

「そうだな弟よ。とりあえず三分の一まで減らしておくか。せっかく戦闘態勢も取ってくれたことだしな。無駄だが」

 並んだ魔族の兄弟は、いつの間にか手に短剣を手にしていた。それをお互いの間で、刃を交差させる。

 途端、二人から立ち込める魔力のオーラが、目に見える形で立ち込める。澄んだ緑色の、覇気。風の斬撃が来る気配。

 だがその瞬間には、シザクラは馬の背から跳び上がっている。背中に鞘は付けたまま、刃を抜いていた。

 フィーリーはすぐその意図を汲んでくれたらしい。抜いた刀の刃に緑のオーラが浮いた。目には目を。風の斬撃には、風を。

「魔法剣、風断」

 詠唱。そして刹那、もう背中から掴み取った鞘に刀を納めている。

 一瞬先。繰り出された斬撃。それを全て、同じタイミングで発現したシザクラの魔力を帯びた刀の斬撃が全て相殺した。

 フィーリーの無詠唱の防壁では防げないかもしれないと判断したが、必要なかったかもしれない。こいつら、うちのフィーリーをあまり舐めてくれるなよ。出しゃばっちまったじゃねえか。

 剣を構えたレンウィたちを越えて、シザクラは最前線で二人組の前に着地する。そして低く構えたまま、奴らを睨みつけた。

「……やっば。こいつ、剣で僕らの魔法全部防いじゃったんだけど。どうする兄さん?」

「騎士団にもこんな精鋭がいたとはな。これは思ったより楽しめそうだな、弟よ」

「騎士団じゃねえよ、ただの冒険者だ」

 シザクラは抜いた刀の刃先を兄弟に向ける。

「ハイスの町襲撃したの、お前らだな。今のが辞世の句ってことでいいか、雑魚ども」

 兄弟が顔を顰める。それからそれぞれ、別の型で剣を構えた。

「……僕らが雑魚? こいつから殺して欲しいみたいだよ、兄さん」

「舐められたものだな。こいつは殺しがいがありそうだ、弟よ」

 煽りに素直に怒りを滲ませた兄弟が言う。レンウィたちもフィーリーたちも、後ろで戦闘態勢を整えたのをシザクラは背中で確認した。

「油断するな! こいつらは魔法を使う。捕縛するぞ! 陣形を取れ!」

 レンウィが叫ぶ。彼女の部下の団員たちが一斉に動き出す。

(……こいつらは、ここで殺す)

 シザクラは抜き身の刀を、槍のように頭上で構えて低く体勢をとった。

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