第9話──2「魔族」


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 町の名は、ハイスというらしい。普通ならばそれなりに人の交流があり、温帯地域ならではの特産品や暑さが堪えた旅人などを癒やす施設や冷たい食べ物などを取り扱った店が多く、賑わいを見せていたらしい。

 だが今は、見る影もない。巨人が暴れまわったかのように、ハイスは破壊の限りを尽くされていた。

 シザクラ達が到着した時には、まだ火の燻ったままの建物や、救助が間に合ってない人達、怪我人も多数いた。

 こういう活動は町に常在しているはずの騎士団が率先して行うはずだった。奔走しているのは市民の姿ばかりだ。

 騎士団の団員たちは、全員殺されていた。武器を握ったまま複数人固まって事切れている状態で、明らかに何らかの戦闘があった。そして団員たちは、一方的にやられている様子だった。

 事態に大体収拾が付いたのが、夜明け近くになってからだった。フィーリーの健闘もあって火事は消し止められ、怪我人は騎士団の詰め所だった場所にベッドを運び込んで養生させ、無事だった町の人たちも広いスペースのある酒場で休んでもらうことになった。

 ルーヴとジニアは寝ずに怪我人の介抱に当たっていた。妖精魔法と、医療用具を作り出せるクラフトポッズを活用しているらしい。無理はしないようにと伝えておいたが、彼女たちは無理をしてでも人を救うだろう。プティも、そんな母親たちに寄り添って患者を見守っていた。

 シザクラたちは。騎士団の団員だった遺体の並ぶ現場を調べていた。彼らの握る武器に血の跡はない。つまり、一太刀も浴びせることなくやられてしまったことになる。

「……微かに、魔力の気配があります。この斬撃は、魔法によるものです。魔石ではここまでの威力は出せない」

 フィーリーが地面を深く抉っている縦の亀裂に手をかざして言う。町の大通りだ。見せしめのように騎士団の遺体たちが転がされ、街路樹までその切り倒されていた。近くの小さな商店も、建物ごと斬られていた。あまりにも鋭い斬撃。これは魔法でなければ出来ない。

 遺体も、斬撃を受けてほとんどバラバラの状態だった。首を刎ねられ、胴体や四肢も失っている者もいる。あまりにもむごい。命を尽きさせる目的というより、弄んで殺した感じだ。

致命傷にならないよう、わざと腕などを斬り落として悶え苦しむ様を楽しみ、それから命を奪ったような。

 ……悪趣味だ。シザクラは拳を握りしめる。これは明らかに魔物の仕業ではなかった。

「……シザクラさん。既に察しているかと思いますが、この魔力は以前あったターシェンとよく似ています。ですが、微妙に感じが違う」

「ターシェンの仲間かもしれないってことか。……魔族、とかって名乗ってたんだよね」

 町を壊滅させた何者かの襲撃を生き延びて目撃した人達から話を聞けたのだ。

 人とあまり変わらない姿形。だが、頭に禍々しい角が生えていたという。

 二人組の男だった。奴らは突然現れ、まず町民を殺して町を破壊し始め、立ち向かった騎士団を皆殺しにした。更には町の建物に、無差別に魔法で火を放ったという。

『人間ども、聞け。俺達は魔族。これは始まりの狼煙に過ぎない。お前達の時代は、いずれ終わる』

 二人組のうち、一人がそう宣言するように言い放ったという。

 魔族。おとぎ話や伝説上でしか語られなかった存在。

 実在するのは何となく察していた。フィーリーや、サキュバスである彼女の母親がそれを証明している。

 でもまさか、ここまであからさまな破壊活動に転じてくるとは。

「フィー、付き合ってくれてありがと。ごめんね、ひどい状況見せちゃって」

「いえ。私も確認しておきたかったですし、彼らのために、祈りたかったですから」

 立ち向かい散った騎士団の連中に布を掛けてやり、フィーリーは跪いてまた指を組んだ。

 町の中にも犠牲になった人達は数え切れないほどいた。彼女はその人たちの遺体を丁重に扱い、そして今のように祈るのを繰り返していた。

「そろそろ休もうか。疲れたでしょ。無理したら体に障るよ」

「……はい」

 シザクラも祈りを倣って、フィーリーの肩をぽんと叩く。灰を被ったように全身真っ黒に汚れた彼女は、ひどく憔悴した顔をしていた。あれだけ魔法を使って火消しや建物の下敷きになった人達を助け出したのだし、夜明けまで人命救助に奮闘していたのだから当然だ。

 それに、人の命が奪われたこの状況を直視させられた。肉体的な疲労より、精神的な消耗の方が著しいだろう。

 幸いにも、使っていない一軒家を借りることが出来た。助力してくれた礼にと町民たちが気を遣ってくれたのだ。

 未だ怪我人の臨時療養所と化した騎士団詰め所で、怪我人の介抱に当たっているルーヴとジニアも誘って、ひとまず一旦休息を取ったほうがいいだろうということになった。シザクラたちはまず、ルーヴたちを迎えに行くことにする。

 空が白み始め、夜が明けてきている。新鮮な日の光が注ぐと、より一層悲惨な状態の町の様子が浮き彫りになるようだ。遺体もあらかた運び終えたといえ、まだ血の跡や無数につけられた斬撃など、攻め入られた痕跡は生々しく残っている。行われたのは、一方的な虐殺だ。改めて、そう感じた。

「……ん?」

 ふと詰め所に向かうために町の入口を通りかかると、外からこちらに向かって進んでくる馬に乗った人達が見えた。付けている仰々しい鎧と、そこに刻まれた紋章ですぐに分かった。騎士団の増援だ。聞きつけてここまでやってきたのだろう。思ったより早い到着だ。皮肉ではなく。

「失礼。近くを通りかかった旅人から、この町から黒煙が上がっていると報告を受けて馳せ参じました。……これは一体、何があったのですか」

 先頭にいた隊長らしき団員が、馬から降りてシザクラたちに声を掛けてくる。兜を着けていたが、声からすると女性のようだ。

「魔族を名乗る二人組が、この町を襲撃したようです。救援が必要な人は私たちでなるべく助け出したつもりですが、念のため確認をお願いします。怪我をした人たちは詰所の方を臨時の療養所にして集まっていただいてます」

 フィーリーが簡潔に状況を説明した。疲れているはずなのに、彼女はやはりしっかりした子だ。

「魔族……? 二人組が、この町をこんなにしたというのですか……? ここに駐在している団員たちは、みな詰所の方でしょうか?」

「みんな全滅させられたよ。遺体は町の中央広場に全員いる。あたしたちで出来ることはしたから、手厚く弔ってあげて」

 シザクラの言葉に、駆けつけた団員たちはざわつく。動揺が見て取れるようだ。

 魔族という聴き慣れない単語。しかも二人組に、駐在していた騎士団が全滅させられた。ありえない話だ。騎士団という先鋭ぞろいの部隊。並大抵の相手なら、集団であろうと負けることなどありえない。

 つまり今回は、相手が異質だった。この上なく。それだけ魔族が使う魔法が、とんでもないものだということを実感する。

「とりあえず、もう少し詳しく話をお聞かせ願いますか」

「ごめん、この子、朝までぶっ通しで走り回ってたからさ。休ませてあげたいんだ。話なら、大丈夫そうな町の人から聞いて。現場に遭遇した人もいるはずだから」

 頷き掛けたフィーリーを手で制して、その背中を支えてやりながらシザクラは隊長らしき女性に伝える。一刻も早くフィーリーは休ませてやりたい。ルーヴもジニアもだ。あまりにも無理をさせすぎた。今は休息が必要だ。

「……わかりました。あなた方は旅の方々ですよね。改めて、この町の人達のために奔走していただき、感謝いたします。ひとまずゆっくりと休んでいただいて……」

 そこで隊長がはたと目を見開いた。兜越しに見える視線が、シザクラの顔に釘付けになっている。どうしたのかと不審に思い、やばいと思った。この状況で忘れていたが、そうだった。相手は騎士団だ。

「……シザクラ隊長? もしかして、シザクラ・レンケン隊長ではないですか?」

「隊長……?」

 その言葉に、フィーリーが不思議そうにシザクラを見た。

 相手が兜を外す。顎まで切り揃えたブラウンの髪、ほんのり鼻の上に浮いたそばかす。そして、快活そうで素直な犬を思わせるような眼差し。

「……もしかして、レンウィ?」

「はいっ! まさかこんなところで出逢えるとは! ご無沙汰しています、シザクラ隊長!」

 兜を取ったレンウィが、胸の前で拳を合わせる騎士団式の敬礼をしてくる。

「……やめてって。もうあたしは君の隊長じゃないんだから」

 ……参った。よりによって、この上ない顔見知りと遭遇してしまうとは。


  ***


「あんな感じで良かったのかなぁ、兄さん。僕らなら皆殺しにすることも出来たでしょ、あんな町。ハイスだっけ?」

「……弟よ。お前は優秀だが、詰めが甘いな。俺達の今回の目的は人間どもの驅逐じゃない。見せしめさ。俺達、魔族の名を人間どもに知らしめるためのな」

 男が二人、宙に浮いている。

 兄と呼ばれた方は長い髪を後ろで無造作に束ね、弟と呼ばれた方は額が見える短い髪をしている。どちらも日光を跳ね返すような鋭い銀色だ。

 そして側頭部に特徴的な、角。中心からぐにゃりと折れ曲がった枝のようなそれが、兄の方は左から。弟の方は右側から覗いていた。

 瞳孔の中に斜めにした十字架のように×印が刻まれている。その眼下にあるのは、町。人の営み。男たちが遥か上空から見下ろしているのには当然気づくことなく、日常をつつがなく行っている。

 平和、というのはこういうものを表現する時に使う言葉なのだろうか。兄弟たちは左右逆の眉を顰めた。

「呑気な連中だよね、人間ってのは。ねぇ、兄さん。近くの町が壊滅したことに気づいてもいないのかな。うわ、あそこの男、魔石使って物を浮かせて運んでるよ。気色悪いなぁ」

「人間とは愚かな生き物なんだ、弟よ。自分たちが昨日まで送れていた生活が、未来永劫続くことが保証されると勝手に思い込んでいる。……愚かで、傲慢な連中だ。その日常が、これから壊されることも知らずにな」

 この町には騎士団の詰所はない。戦闘経験などない一般人だけだ。やろうと思えば一瞬で全員を切り刻んで、この場を無人にすることが出来た。

 それを兄弟が実行しないのは、ただ単に今がその時でないからに他ならない。正直、今すぐにでも実行しても構わなかった。

 こいつら人間に、こんな安寧は値しない。兄弟は同じ思いを寸分違わず肚の内で燻ぶらせていた。

『ツヴィ、リンゲ。今、アンレルの町のところにいるな。そこを襲撃するのは少し待て。一昨日襲撃したハイスに、騎士団の別部隊が駆けつけたらしい。そいつらを先に始末してもらいたい』

 ツヴィと呼ばれた兄、リンゲと呼ばれた弟の頭の中に直接声が聞こえてくる。兄弟はますます顔を顰めた。

「えー? 何でさ、ゲレティー。僕と兄さんなら、この前より簡単にこの町の人間を駆逐できるよ? もう目と鼻の先なんだけどなぁ」

「どうせ首尾は変わらんだろう。先にこのアンレルとかいう町を壊滅させてもいいんじゃないか。俺と弟に任せてくれ」

『説明したはずだ。魔族という名を人間たちに知らしめ恐れさせるが、あくまで目的だと。手練れの騎士団の連中を先に始末してそれを見せつけてやれば、より効果的だろう。それにハイスに着いた連中は、それなりに名の通った者たちらしい。そいつらを殺した後は、目撃者を数人残してその町は好きにしていい』

 頭の中で響くゲレティーの声は譲らない。まあ、後か今かの違いというだけか。どうせ名の通った者であろうと、人間である限り我ら魔族には到底敵うまい。むしろ、この前より遊ばせてくれるかもしれない。町の破壊というデザートは、最後に取っておくほうが美味い。ツヴィとリンゲは目を合わせて頷いた。お互い、気持ちは一緒のようだ。

『ハイスの生き残りには、次はアンレルに向かうと伝えてあるんだろう。ならば騎士団の連中はそちらに向かうはずだ。少し騒ぎを起こして、町の人間の前で連中を屠ってやるのもいいかもしれないな』

「……なるほど。僕らと変わらず、ゲレティーもなかなかゲスなこと思いつくねぇ」

「確かにその方が、魔族の名を轟かせるという目的としては有効か。騎士団の戦力も気力も削れるしな」

 一応用心しろ、と言う言葉を最後に頭の中からゲレティーの声が消えた。

 ツヴィとリンゲは目を合わせる。とりあえずは楽しみが一つ増えた、という認識でいいだろうか。今度の奴らは、それなりに惨めったらしく抵抗してくれればいいのだが。

「どうする、兄さん。不意打ちにする? それとも、姿見せてからやっちゃう? 僕は後者ね」

「俺は前者だ。何人か生き残るように計算して、びびらせる。戦力を喪失したところを叩く。そっちの方が好みだ」

「じゃあこの前と同じじゃんけんで決めようか。僕はグーを出すね」

「心理戦か。受けて立つぞ」

 兄弟は「最初はグー」と繰り出した後、お互いに思う形に手を突き出した。

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