第9話──1「焦土」


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 ブラム大陸は、乾いた空気と肌に貼り付くような暑さを感じる場所だった。匂いも乾燥させた果実のような独特なものを微かに感じ、前にいた大陸と比べると正に異国といった印象を受ける。

「みんな、これ塗っといてね。あと、なるべく外では肌を晒さないように。日焼けしちゃうからね。暑いけど我慢だよ」

 シザクラは、日焼けを止めるために肌に塗りつける道具をフィーリーたちに配った。

 この大陸は日陰が少ないし、緑もあまりなく荒野が続く。太陽の光はじりじりと照りつけてきて、あまり肌を晒しすぎると日焼けしてしまうのだ。

 港に隣接した村で物資を補給して、いざ出発。目的地はもう決まっている。魔法都市、アンファング。魔法という概念を世界に広めた魔法使いの始祖、レッテ・ディウェルトの杖が祀られた洞窟がそこにあるのだ。

 魔法都市を冠し、始祖の杖を祀っているだけあって、まだそこには魔石以外にも魔法技術が色濃く残っていると聞く。

 フィーリーの魔法の勉強にもなるし、ジニアの魔石や魔法の技術研究という目標も達成できる。結構おあつらえむきな場所ではないか。あるいはフィーリーの母親は彼女のためにそれを見越してあの百合の目印を残したのかもしれない。

 村から出ると、視界を遮る木々などの緑がなく、どこまでも広がる荒野と赤い岩山が遠くに見えている。黄土色の世界が際限なく続いている感じだ。

 じりじりと肌を焼くという感じではないが、黙っているだけで汗が浮くくらいには暑い。水を多めに買っておいて良かった。

「あっつーいんですけどぉ! ジニアのこの天才的な頭脳がぐつぐつになって台無しになったら、責任取れるんですかっつーの! 聞いてんの太陽!」

 つばの広い帽子を被り、汗を首元に掛けたタオルで拭うジニアが、耐えかねたように照りつける日を指差さして吠えた。

「お天道様に文句言ってもしゃあないでしょうが。君の天才的なアレで何とか涼しく出来ないの?」

「クラフトワークスだってば! そういえばそうだった! 脳筋お姉さんもたまには良いこと言うじゃん!」

 ジニアは例の文字がびっしり書かれたグローブを手に装備すると、何やら鳥の羽と木の枝を結合させ始めた。

「クラフトワークス! 即席扇ちゃん! ジニアたちのこと扇いで欲しいんですけど!」

 枝の先に広がった鳥の羽を付けた扇が出来上がる。ふわ、ふわ、とジニアの命令に従いシザクラたちを扇ぎ始めた。

「風生ぬっる……っ。全然涼しくならないんですけどぉ……こんなんじゃジニアの天才的脳みそがカピカピに乾いちゃうぅ……」

 だが、扇は温度の籠もった風を吹き付けてくるばかりで、あんまり快適にはならない。それに強度もないのか、即席扇ちゃんは五分も経たずに崩れ落ちてしまう。

「諦めて暑さを受け入れましょうよ、ジニア。私が魔法で作った氷を差し上げますから」

「えっ、やったありがと! てかお子様! あんたそんな厚着してるのに何でそんな涼しい顔してんの!?」

 フィーリーが作り出した小さな氷の塊を差し出すと、ジニアは即座に受け取ってそれを首や額に当てて楽しんでいた。そして不思議そうにフィーリーにそう尋ねた。

 確かに、フィーリーはいつもと変わらずローブととんがり帽子を着けているのにも関わらず、汗一つ掻いていない。

 フィーリーは自慢げに胸を張った。

「ローブの内側に、ほんのり氷の魔法の効果を帯びさせているんです。ルーブさんとプティの服の内側にも。プティ、涼しい?」

 笑い掛けられたプティも、控えめに微笑みながらフィーリーに頷き返す。ルーブも「ええ、おかげさまでとても快適ですわ」と日傘を差したまま口元に手を当てて上品に笑った。そういえば確かに三人はそこまでブラム大陸の気温が応えていないようだ。

「はぁああ? ムキムキお姉さんはともかく、何でジニアもハブられてんのぉ!? この頭脳が少しでも鈍ったら十年は世界の発展が遅れるんだからね!? 事の重大さ理解してる!?」

「あたしはともかくとは何じゃい、クソガキ。フィーがそういうこと魔法効果を付与出来るのは三人までなんだってば。もちろん氷魔法をあたしらの周辺に展開も出来るけど、それだと魔物引き寄せちゃうでしょ?」

 シザクラは勝手に憤慨するジニアに言い聞かせる。魔物は魔力に引き寄せられる性質がある。故に魔石などを下手に使うとその魔力が魔物を呼んでしまうことがあるのだ。だから野営の時は逆に魔物の嫌う魔力を放つ魔石を設置しなければならないのだ。

「魔物なんていくらでも蹴散らしてあげるから、早く涼しくしてよ! 天才の干物が出来上がっちゃってもいいのぉ?」

「もぉ、駄々こねない! 天才なら自分で涼しくなる術見つけなさいっての! こっちまで暑くなってくるっつの!」

「天才だってたまには妥協すんの、アイディアのために! ムキムキお姉さんこそ、何か考えて涼しくしてほしいんですけどぉ。暑さに負けちゃえ負けちゃえぇ」

「負けたら涼しくなんないでしょうが、クソガキぃ!」

「もぉ、二人共喧嘩しないでください! 争いおなレベですよ!」

「「略して刺すな!」」

 また横から気軽に刺してくるフィーリーを、シザクラはジニアと一緒に振り向いた。

「とにかくあんまり騒いでると開けた場所なんですから……プティ? どうしたの?」

 フィーリーのローブの袖を、いつの間にかルーヴから離れていたプティが引いていた。何やら必死に訴え掛けているようだ。こういう乾燥地帯特有の、サボテンの密集地帯をしきりに指差している。

「……魔物です!」

 耳を澄ませていたフィーリーが叫び、急ぎ魔法の本を召喚した。

 次の瞬間、シザクラたちの周りは炎が渦巻く。火柱が立ち込めた。だがフィーリーが展開した魔法防壁が、隙なくシザクラたちを守る。そのまま水の魔法で炎を浄化した。

「魔物の魔法です! あの植物群の中に隠れてます!」

 フィーリーの言葉で全員身構えた。しかし、サボテン群からはかなり距離がある。シザクラの目では敵の姿を捉えられない。

「四匹。土が人の手の形になって地面から生えてるみたいな姿をしているんですけど。あれはシェゲルじゃないかな。指で印を結んで魔法を使う魔物。さっすが魔石最先端の大陸。初めて見れて感激なんですけど」

 ジニアがいつの間にかクラフトワークスしたらしい望遠鏡をふわふわ浮かせながら眺めていた。判断が早い。認めたくないが才能は本物なのだろう。

「今、二匹が協力して印を結んだ。あれは地の魔法だと思うんですけど」

「ありがとうございます、ジニア。それだけ分かれば十分です」

 フィーリーが詠唱を始める。おそらく相手の魔法が展開されるタイミングも把握済みなのだろう。

 不意にシザクラたちの前の地面から、岩のトゲが突き出てくる。だがフィーリーが召喚した分厚い岩の壁でそれは防がれへし折れた。魔力なら数十倍はフィーリーの方が上か。

「さて、あたしたちからはどう仕掛けるか。なるべく殺さない方がいいんでしょ?」

「ジニア的にはあの魔物を解剖して色々研究したいんですけど……はいはい、そんな怖い顔で睨まないでよお子様。わかってるって。不殺生でしょ?」

 シザクラの言葉にジニアが目をキラキラして言ったが、フィーリーに睨まれたのでやれやれと肩を竦めた。

 そして彼女は、シザクラに何やら球体の球のようなものを差し出してくる。

「これ、シェゲルたちのとこまでぶん投げてくれる? そうしたらたぶん尻尾巻いて逃げ出すと思うんですけど」

「簡単に言ってくれるね。めっちゃあのサボテンのとこまで距離あるけど。君のクラフトワークスの弓ちゃんの方がいいんじゃない? この前みたいに火薬でびっくりさせちゃえば」

「弓くん、ね。クラフトワークスはまだ試作段階だから、さすがにこの距離でうまいとこに当てる精度はまだ確約してないんですけど。下手したら向こうを刺激しかねないし。こういうのは人力が一番ってこと。それとも、もしかして出来ない感じぃ?」

「クソガキぃ……。出来らぁ! ルーヴさん、アシストよろしく!」

「お任せくださいな」

 ルーヴが刀を背中から抜いたシザクラの傍に来てくれる。そしてシザクラの背中に手をかざした。まるで支えてくれるみたいに。

 しっかりとした温もりを感じた。それが全身に巡り、力が漲っていくようだ。

 人の身体に作用する妖精魔法の一種。掛けられた対象の力を倍増させてくれる。

「直接ぶち当てなくていいんでしょ? 手前ぐらいに落としていい?」

「わかってんじゃん、脳筋のくせに」

「いつかぜってーわからせるかんな、クソガ、キィッ!」

 苛立ちをそのまま込めて。シザクラは放り投げたジニアから受け取った球を、大きく振りかぶった刀で思い切りぶっとばした。

「打ち上げて打ち上げてぇ……。ちょうどサボテン群の真ん前かな。いい感じ、天才ちゃん?」

「ムキムキお姉さんにしては悪くないんじゃない? うん、いい位置なんですけどぉ。ありがとねっ」

 得意げに笑ったジニアは、グローブを嵌めたままの指を弾いて、かすっかすの音を鳴らした。

「びっくり玉ちゃん! 展開!」

 ジニアの号令から瞬時。シザクラが球を落としたところに、巨大なトカゲの頭が現れた。大きく裂けた口を開き、天に向かって吠えた。地面が振動し、砂ぼこりすら巻き起こる。口から煙のようなものがあがって、まるで火山の火口だ。

 シザクラは素早くフィーリーたちの最前線に立ち、盾にするように刀を構える。

「ちょちょちょっ! あれドラゴンじゃん! 何とんでもないもん召喚してんのジニア!」

「よく見てみぃ? あれ、蜃気楼で作った幻なんですけどぉ。吠えてるのは合わせた火薬の破裂音ね? ただのこけおどし。でも、魔物にはそんなの判断する頭なんてないっしょぉ?」

 ジニアに解説されてシザクラも目を凝らしたが、確かにドラゴンの姿は遠めだが揺らいで見える。と思ったら、そのまま霧が晴れるように跡形もなく消えた。

「魔物たちは驚いて撤退したようですね。あちら側から魔力の気配が完全に消えました」

 フィーリーが閉じていた目を開いて、召喚していた本を閉じて仕舞う。ジニアの策が功を奏したみたいだ。

 だがまさか蜃気楼とはいえ、伝説で語られるドラゴンの姿を映し出して魔物を追い払うとは。音付きで。

「前から思ってたけど、君って結構とんでもないね……」

「っしょ? まぁ、これは蜃気楼の出せるくらい暑いとこじゃないと出せないけど、将来的にはどこでもこういうの出せるようにするんですけど! しかもちゃんとした質量、存在を持ってしてね! この現代にドラゴン、呼び出しちゃうんですけど!」

「普通に騎士団に目ぇ付けられるから、それはやめた方がいいと思うけど……」

 とんでもない発想をシザクラは諫めたが、とりあえずジニアの機転で魔物は追い払えた。近くの敵にはルーヴの妖精魔法で、距離のある魔物にはジニアのクラフトワークスである程度対処できる。

 フィーリーの負担が確実に減っていて、いい傾向だ。魔法や魔物への語り掛けは魔力を消費せざる得ないし、シザクラから得た淫気を魔力に置き換える彼女は、消費した分だけ補給しなければ命に関わる。

 そのリスクは少しでも減らすに越したことはない。自分たちは、思ったよりいいパーティかもしれない。シザクラはそう思えてきた。

「みんなお疲れ。天才ちゃんも、よく頑張りまちたねぇ」

「お子様越えて赤ちゃん扱いなんですけど⁉ でももっと天才を褒めよ讃えよ敬えよなんですけど!」

 シザクラに頭を撫でられて嫌な顔はするが、前のように振り払うことはないジニア。以前よりは打ち解けたと言ってもいいのだろうか。大人としての威厳を取り戻せたかもしれない。大人とは、とはなるけど。

「あれ? プティ、どうかしたの?」

 ふと、プティがいつの間にかシザクラの傍らに来ていた。そっと手を引いて、あらぬ方向を指差している。人が通り続けて出来た道から離れた、大きな岩の方だ。あちらに何かあるのだろうか。

「どうしたのおチビちゃん。えっ、あれってシュミット岩? 新しい素材ゲットなんですけどぉ! でかした!」

「いやジニア、ちょっと待って。プティの反応が……」

 シュミット岩なるものを指差すプティの表情が、どこか強張っている。何だか悲し気というか、恐怖も入り混じっている表情だ。

「あたしが先行して、様子を見てくる。みんなはここにいて」

「私も行きます」

 フィーリーがすぐ手を上げた。ルーヴも小さく手を掲げる。

「せっかくだし、皆で参りましょう。万一危険だとしても、わたくしたちなら切り抜けられますわ」

「……それもそっか。よし、じゃあ行こう」

 ここにいるみんなは庇護対象じゃない。パーティだ。シザクラに守られずとも立ち回れる、そういう面々なのだ。つい余計な世話をやいてしまったらしい。

 岩のところに向かう。……近づいた時点で、嫌な感じがした。魔物のような危険なものじゃない。不穏な気配だ。

 まず匂い。何かが腐り始めたような強い臭気。そして、血の匂い。

 野良や人里から逃げ出した動物が死んでいるのに出くわすことがある。だがこれは違う。直感でわかる。

「……みんな、そこでストップ。見ない方がいい」

 岩陰を先に覗き込んで、シザクラは続こうとする皆を腕で制した。

 人の遺体が転がっていた。四人。一人は岩にもたれるようにして、また一人は荒野の地面に伏して。折り重なるように倒れているのは、恋人同士だったのだろうか。最後の瞬間にお互いを守ろうとしたのかもしれない。

 その場は血の海になっている。強烈な錆臭さが漂っていた。遺体はこの暖気で腐敗が始まっているようだが、まだ時間はそれほど立っていないようだ。まだそのまま人の形を保っている。

「……シザクラさん。亡くなっているのでしょうか」

 察したらしいルーヴが尋ねてくる。シザクラは振り向いて小さく頷いた。どう見ても、この場に息のある者はいない。

「あたしたちに出来ることはなさそう。とりあえず、一旦この場は離れて騎士団に報告しよう。ここから少し歩いたところに、町があるみたいだから」

 さすがに臭気と集る虫がすごいので、シザクラたちは一旦離れることにする。それに年端も行かない少女たちにこの場を見せるわけには行かなかった。

「……さっきの魔物に、襲われたんでしょうか」

 言ったフィーリーもさすがに顔色が悪い。そういえば人の遺体と遭遇するのは初めてか。その辺りに配慮できなかった自分を、シザクラは叱咤したくなる。

「わからない。……でも、何だか変だった。あそこにいた人たち、旅の恰好じゃない。まるで人里から着の身着のままで飛び出してきたみたいだ」

 そうなのだ。少しの間で観察した感じ、倒れている人たちは町民の恰好だったのだ。日の光を対策する被り物もなし、どう考えてもこんな魔物も出現するようなところに出掛けるような装備ではない。武器もないし、護衛らしき人物もいなかった。

「人里って……。近くって言っても次の町まで結構距離あるんですけど。ジニアたちが出てきた港の村からも。旅の準備もなしにこんなとこまで出てくる人なんているわけなくない?」

「そうだね……」

 シザクラは考える。一人で旅をしている時も、何度か外で遺体と遭遇したことはあった。が、皆例外なくそれ相応の恰好も装備もしていたのだ。だから尚更、先ほどの人達のここが町の中のような様子が引っかかる。

 ……不穏な予感が、胸を打つ。何か起きているのではないか。そんな鼓動のざわつきだ。

「とりあえず、布だけ被せて、魔物除けの魔石を置いてくるよ。あのまま晒しておくのは可哀想だし」

「……私も、お手伝いします」

「えっ、でもフィーはさすがに……」

「私に出来ることはあまりないですけれど。……せめて祈らせて欲しいんです。旅の安寧を」

 まだ血の気は引いているが、それでも気丈な眼差しで訴えかけてくる彼女の頼みを無下には出来なかった。

「……わかった。でも、ムリはしないように。結構、ひどい状況だよ」

 シザクラとフィーリーは遺体のところへ戻り、四人それぞれに布を被せて近くに魔物除けの魔石を設置しておいた。これでこれ以上辱められることもない。早く騎士団に伝えて本来いるべき場所に埋葬してもらわなくては。

 臭気もひどいのに。フィーリーは顔を顰めることもなく、遺体の前に跪いて指を組んで祈っていた。シザクラもそれに倣う。

「……どうか、あなたたちの眠りに、精霊たちの加護がありますように」

 小さくフィーリーの祈りが聴こえた。

(……さっきの魔物の仕業だとしたら。殺しておくべきだったか)

 その横で指を組みながら。シザクラはそんな考えを頭に過らせていた。


 やや急ぎ足で、シザクラたちは次の町へ急ぐ。それなりに規模のある場所で、常駐の騎士団もいるはずだ。遺体のあった場所は地図の魔石にしっかりマークを付けておいた。

 もちろん幼子であるプティや、まだ子供であるフィーリーやジニアの体力のことも考えて休憩を挟みながらだが、このままのペースなら日が落ち切る前に町へと辿り着けそうだ。皆、先ほどの惨状と遭遇してから口数が少なくなっていた。ジニアですら口調はいつも通りに振舞いつつも明らかに元気がない。

(さっきと同じような状況の人達がいるなら。魔物は狩っておくに越したことはないか……?)

 ふと思うが、フィーリーはあくまで不殺を貫くつもりらしい。だから道中で遭遇した魔物も、定例通り追い払うだけにしておいた。幸い、次の遺体と出くわすこともなく、不自然な格好で歩いている人たちと出会うこともなかった。

「……何か、焦げ臭くない?」

 町が近づいてきた頃。ジニアがふと顔を顰めてそう言った。確かに、乾いた風に乗って、何かが焼け焦げたような臭いを感じた。

「ん!」

 プティが指を差す。これから向かう町の方角だ。それを視線で追ってシザクラたちは絶句した。

 橙色に焼け始めた空へ立ち込めていく、黒煙。まるで渦巻きのようなそれが延々と空に向かって吐き出されている。

 あの煙の位置。町のある場所、ドンピシャじゃないか。

「みんな、急ごう!」

 ついに駆け足になって、シザクラたちは煙の上がっている方へ向かった。

 そうか。あの人たちは、ここから逃げ出してきたのか。逸る気持ちに突き動かされながら、シザクラは合点がいっていた。

「これは……」

 村の入り口に着く。息を乱したフィーリーの顔が強張った。

 町が、破壊されていた。入り口の門さえ、もう根本しか残っていない。

 立ち並ぶ建物は、人家は。半壊したもの、ひっくり返ってしまったもの。ほとんど原型を留めていないものまであった。舗装されていただろう道はまるで爆破されたかのようにあちこちに穴が空いて見る影もない。

 そしてあちこちの建物に、まだ燃え燻ぶっている炎が舌を覗かせるようにちらついていた。灰まみれになった人々が、必死にそれを消そうと奔走している。

「フィー! 火事を消すの手伝ってあげて。ルーヴさんは怪我人の手当てを! あたしとジニアで動けない人たちを助け出すよ!」

 シザクラの号令で、固まっていた皆は我に返り、各々動き始めた。

 何があった。魔物ですら、人の集まる場所は避けるというのに。近年は魔石の普及で、人里がここまで壊滅的な被害を受けるような魔物の襲撃はまったくなかったはずだった。

 何かが、起きている。シザクラの確信めいた予感が、嫌な音を立てて胸の奥で軋んでいた。

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