SS3「ジニアのひとりあそび」
(……やっぱり、ちょっと態度が良くなかったかも)
夜、宿の自室にて。ジニアはふて寝でも決め込もうとベッドに横たわっていたが、どうしても悶々と考えてしまって眠れなかった。
夕食の後。知り合ったシザクラたちとちょっと話が拗れてしまい、ジニアはつい勢いのまま飛び出して宿屋に戻って来てしまったのだ。
シザクラたちというより、ルーヴというあの女性とと言うべきか。彼女はアンドロゼンと会うことをジニアに勧めていなかった。何やら思い詰めた様子だったが、どうしたのだろう。
(でもクラフト技術の研究と、その普及のためにはどうしても興味を示してくれるスポンサーがいる。王都とかのザコザコ大人は便利で手軽な魔石のことしか頭にないし……)
ジニアはある時、今ある魔石以外のエネルギーに注視している貴族の話を聞いた。それがアンドロゼンだ。魔石技術の第一人者であるが、今の魔石の力だけに囚われず、新たな技術にも着目していると風の噂で耳にしたのだ。
彼ならもしかしたら、クラフト技術に興味を示して投資してくれるかもしれない。
母であるインテが体調を崩して寝込んでしまった時。ジニアは決意を固めて家を飛び出してきたのだ。彼女の容態は使用人たちに任せた。
フィフス家は代々魔法技術に携わる名家だった。しかし魔石の急激な普及の追い風をもろに受けて潤沢だった私財は一気に傾いたという。
父は早くに亡くなり、母はジニアを育てながら衰退した魔法技術に代わるものをひたすら研究した。技術者として早咲きだったジニアもそれを手伝ったのだ。
そしてついにクラフトが生まれた。この技術の普及が、傾いたフィフス家を、そして病気がちな母を救う手立てになるはずだ。
(……でも、さすがにさっきのは子供っぽすぎたかな……)
アンドロゼンと関わるのをやめろと頑なに言われて、ついムキになって飲食店を飛び出し、そのまま宿屋の部屋に閉じこもってしまった。
シザクラたちには夕食も奢ってもらったし、船の運賃まで世話になる。何なら船の部品集めの護衛までしてもらっていた。あまり無下な態度を取るのは、良くない気がした。
(……ったくもう。モヤモヤ悩んでも仕方ないっつの。さくっと謝ってこよう)
ジニアはベッドから起き上がると部屋を出た。素直に謝れるかはわからないが、そういう姿勢は大事だろう。シザクラたちはつい数刻ほど前に帰ってきたような様子だった。今は部屋でくつろいでいるだろう。眠ってしまう前に行ったほうがいい。
(自分の非を認めるのも、天才の役割ってやつなんですけど……)
少し迷ったが、先にシザクラたちの方へと向かうことにする。シザクラとフィーリーは、ルーヴたちとは別に部屋を取っているらしい。この宿は部屋に二つずつしかベッドがないのだ。
少し重い足取りで、ようやくシザクラたちのいる部屋に辿り着いた。中に人がいる気配がする。ドアの前で、小さく深呼吸。とりあえず、素直じゃないなりに謝ろうと努力する。そう自分に言い聞かせつつ、ノックしようとした時だった。
「んあぁっ……! シザクラ、さん……っ」
艶っぽい声がドアの向こう側から微かに聴こえて、ジニアはぎょっとする。
この凛と澄んだ幼い声は、フィーリーのものだろう。だが、吐息と愉悦を含んだ今のそれは、今日ジニアが見てきた彼女の様子とはまったく異なっている。
(えっ、何か今の声……。めっちゃえっち……だったんですけど)
つい溢れてしまったとばかりに悩ましげだった。明らかにジニアより年下で幼い彼女には似つかわしくない雰囲気。このドアの向こう側で一体何が行われているのだろう。
「しぃ……。フィー、大きな声出したら周りに聴こえちゃうよ。あたしは別にいいけど……フィーはいいの?」
「や、あぁ……っ、ダメ、です……っ」
「じゃあ声我慢しないとね? ほら、あたしの指、咥えてもいいよ……?」
気づけばジニアはドキドキする胸を抑えつつ、ドアに耳を押し当てていた。何となくこの中で行われていることは察していた。だが好奇心と、疼く熱を持った感覚に抗えなかったのだ。
フィーリーに対する声は、やはりシザクラのものだった。こちらはジニアが今日見ていた大人げないザコザコお姉さんの気配はなく、大人びた色香を帯びているようにさえ感じた。
相手をもてあそんで愉しんでいるような、そんな余裕さえあるようだ。それに答えるフィーリーは、甘えるようなとろけきった音を微かにこぼしている。
「んっ……、え、ぅ……っ」
「あ、本当に指食べちゃうんだ。……ふふ。そんなちゅうちゅうしちゃって。赤ちゃんみたいで可愛いね、フィー?」
「ん……っ、からかわないで、くださ……っ」
「だめでしょ、途中でやめたら。あたしの指、フィーの口で吸われたくて、すごい疼いちゃってるよ……?」
二人だけの密の空間が、このドア一枚を隔てた向こう側で繰り広げられている。ジニアが更に耳を押し当てると、ちゅっ、ちゅぱっ、とリップ音が聴こえてきた。おそらく、言われた通りフィーリーが口で、シザクラの指に甘えついているのだろう。
二人はベッドの上で向かい合っているのか。それとも、フィーリーは背中からシザクラに抱きかかえられて、その指に夢中でしゃぶりついてるのかもしれない。
(な、何なの……。あの二人何食わぬ顔して、そんなことする仲だったってわけ……⁉)
明らかに二人は今、睦み合っている。ドアの向こう側のジニアにすら滲んでくるようなこの雰囲気は、きっと以前から繰り広げられたものなのだろう。どろりと花弁から蜜がこぼれだすような、そんな熱と甘さを感じる。
普通ならこの状況、年の差のある二人の関係に絶句するべきなのだろうか。年下のいたいけな少女をかどわかす、悪い大人の構図。傍目から見たらそうなのかもしれない。
でもジニアは、今日だけで二人の信頼し合ったような、親密な関係をどこか察していた。時折、感じていたのだ。二人の間に流れる、ただの連れ合いではない繋がりを。
それを今、このドア越しにまざまざと見せつけられたような感じがする。どく、どく。心臓は速く脈打っている。そこに、昂る何かが含まれているのを無視できない。
「んぁ……っ! シザクラ、さ……っ」
「ほら、ダメだって口離したら。噛んでもいいよ? ……もぉここ、こんなにしてるよ? とろとろ、だね?」
「や、だ……っ。見せないで……っ、いじわる……っ」
(一体何がどうなってんのぉ……⁉)
鼻息を荒くしつつ、ジニアは更に強く耳を押し当てる。もっと知りたい、二人の状況を。昂ぶりを抑えられない。
「んっ、あぁっ……あっ、うぁ」
「うんうん。ちゃんと声抑えてて偉い。でも、ちょっとは聴きたいな。フィーの可愛い声」
翻弄されるとろけそうなフィーリーの声と、それを包み込むような慈愛を見せつつ、掌で転がす愉悦をにじませたシザクラの声。微かに聴こえる淫らな水音は、まさか。
(こ、これ以上はまずい……っ)
ギリギリのところで我に返れたジニアは、物音を立てないように慎重にその場を後にする。
心臓がうるさい。あの危険な状況でちゃんと正気に戻れた自分を褒めてやりたい。だがどこか身体はまだ火照りを帯びて、視界は微かに緩み足元はおぼつかない。
そして足のあわいの、微かな違和感。その奥の痛いほどの疼き。くらくらしてしまう。
そんな調子だからつい踏み出し損ねて、歩きながら躓き掛けてしまう。倒れる、と危惧したが。よろけた身体を、柔らかな感触がふわりと受け止めた。
「ジニアさん? 大丈夫ですか?」
ルーヴだった。躓いたジニアを、抱き留めるように受け止めてくれたようだ。
(……えっ。めちゃくちゃいい匂い……やわらかい)
意図せず密着してしまったルーヴの体。ふんわりとした上着にロングスカートを着ているせいか彼女の体躯は測りづらかったが、その感触はふんわりと柔らかく心地いい。
何より彼女の纏う香り。今日一緒に行動している時も何となく感じてはいたが、優しい匂いだ。主張しすぎず、ほんのりと漂うような。でも触れ合ったこの瞬間は確かに嗅ぎ取れる、存在感のある花のような、そんな華やかな気配。
近くにあると安心する。ほっとするような香り。でも、今彼女のしなやかな感触は、その体温は。そして纏う香りは。ジニアのぐらついた意識には、効きすぎるほどに効いた。
ジニアは慌てて、ルーヴの腕から離れた。前に実験で酒を蒸発させてしまって酔った時のようにくらくらしていた。でもそれを隠す。熱いのは、頬が上気しているのは。きっと体の内側で疼いている、淫らな疼きのせいだから。悟られたくない、彼女には。
「だ、大丈夫っ。天才だってつまずくことはあるんですけどっ。聡明お姉さんこそ、どうしたの? 連れのおチビちゃんは?」
「プティはぐっすり眠っています。シザクラさんたちの部屋の前に、留まっている人の気配があったので。ジニアさんでしたか。お二人に、何か御用でも?」
「あ、いや……っ。その用とかは別にないんですけど……っ。たださっき、ご飯食べた後の態度はあんまり良くなかったかなって思っただけなんですけど……」
さっきの状況を悟られてぎょっとして、ついジニアはいらないことまで喋ってしまう。
気づいた時には遅い。ルーヴはにこっと母性豊かな笑みを浮かべると、しゃがみ込んでジニアの頭をそっと撫でた。
「……謝ろうと思ったんですね。偉いですわ、ジニアさん。でもお二人は今もう眠ってしまっているみたいなので、明日にした方がよろしいかと」
「べ、別に謝ろうとかそんなんじゃないんですけど……っ。ていうかお姉さん、何でジニアがそこにいるってわかったわけ?」
「これです。人の気配を探知すると手元のこれと連動して光るので、シザクラさんの部屋とわたくしたちの部屋の前に設置してました。窓の外にも仕掛けてあります。物騒な世の中ですからね」
ルーヴが取り出したのは、小石ほどの小さな魔石だった。おそらく部屋の前に連動した小さな魔石が仕掛けてあって、それが人の気配を察知したらルーヴの手にあるものが光るのだろう。
(何でそんなの宿屋に仕掛けてんの……?)
ジニアも当然その魔石の効果は知っている。が、主な用途は野営の時に魔物の急襲を防ぐためのものだ。それを比較的安全な人里の宿屋で使う意味などあるのだろうか。しかも各部屋の入り口にはしっかり鍵も付いているというのに。
気にはなったが、それ以上の追及を拒むような気配が、微笑むルーヴからは感じ取れた。少しそれに怯んで、ジニアは少し冷静になれた。このまま外にいると、室内で盛り上がっているシザクラたちに盗み聞きをさすがに気づかれてしまうかもしれない。
「じゃ、じゃあジニア、もう寝るから! おやすみなさい! お姉さんもさっきはごめん、なんですけどー!」
「いえいえ。おやすみなさいませ、ジニアさん」
慌ててジニアは踵を返して部屋へと戻る。後ろでルーヴが嫋やかに挨拶してくれるのが聴こえた。
慌ただしく自室に入ったルーヴは、そのままベッドにダイブした。一旦冷静になったとはいえ、まだ心の内はざわついている。何だかこの一瞬が妙に長かった気がする。
(あの二人がそういう関係だったのもびっくりだけど……何か、あの空気にあてられちゃったのかな……)
思い返すとまたあのドアの前で囚われていた感覚がすぐぶり返してきてしまう。横向きに寝転がりながら、もじもじと太ももと太ももを擦り合わせる。そうしているだけで、足のあわいの違和感を思い出し、そしてその奥の疼きがより強まってくる。
(なんか今日、変……っ。我慢できない、んですけど……っ)
火照った身体。このまま寝入ることなんて出来そうにない。ジニアは熱に浮かされたように、そのままパジャマのパンツの中にそっと自らの手を忍ばせている。
「んっ……ルーヴ、さん……っ」
何故その名前を呼ぶのか。先ほど抱き留められた柔らかな感触と、その香りを手繰り寄せるように思い出しながら。
ジニアは自らを慰める行いに耽っていくのだった。
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