第9話──4「戦闘」


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「オラァッ!」

 斬り掛かってきた魔族の弟の剣を、シザクラは刀の刃で受けた。剣の筋自体は大した事ない。余裕で捌ける。だが。

「シッ!」

 兄の方が魔力を帯びさせた剣を振るう。少し離れた場所から繰り出される、飛ぶ斬撃。風の魔法。鋭く引き裂く突風だ。

 しかしそれは、シザクラの前に展開された風の防壁で防がれる。フィーリーだ。距離を取った場所にいる彼女が、本を開いて宙に浮き上がっていた。的確な位置、タイミングで彼女が守ってくれる。奴らの魔法は、怖くない。

「今だッ!」

 レンウィが号令を掛け、彼女を含めた団員複数が一斉に兄弟に斬り掛かっていく。

「あーもう虫みたいにたかるなよ。めんどくさいなぁ」

「弟よ、格の違いを教えてやれ」

 兄弟たちは同時に向かい行くレンウィたちに手を向ける。そこから発射される風の刃。爆ぜるように小さなそれがナイフの嵐の如く飛んでいく。

 しかし再び張られたフィーリーの防壁がそれらを全て掻き消す。兄弟たちは舌打ちしながら繰り出されたレンウィたちの剣を、ひらりと舞い上がるように飛んで避けた。弟の剣を受け止めていたシザクラも前につんのめる。

「防御うっざ。まずあの魔法使いから潰そうよ兄さん」

「それが効率的だな弟よ」

 宙に留まったまま、兄弟は浮いているフィーリーに狙いをつけたようだ。並び合い、再びお互いの持つ剣を交えようとする。あれでまた、無尽蔵の斬撃を繰り出すつもりだ。

「動くなッ!」

 不意に大きな声が轟いた。ルーヴだ。魔法を使おうとした兄弟の動きが一瞬止まる。

 そこに拳の形をした岩が体当たりした。岩は砕け、兄弟はぶっ飛ばされてそのまま地面に墜落する。

「ロッキーくんナイスパンチ! 声拡張器ちゃんもお疲れちゃん!」

 例のグローブをつけて突如出現した岩の小さなステージに立って、ジニアが胸を張っていた。

 クラフトワークス。ジニアが物体を合わせて作り出したものは、一度だけ彼女の言うことを聞いて砕け散る。ルーヴの声が魔族兄弟にまで届くまで響かせるものを作ったのも彼女のようだ。目立ちたがりの、優秀者め。

 レンウィ隊の団員の二人が、アンレルの町の方へ駆け出す。町民たちに現状を伝え、町から出ないように伝えるためだ。

「おっとぉ、なに逃げようとしてんのぉ? アンレルから観戦者出てきたほうが盛り上がるでしょ?」

「いざとなれば、アンレルの奴らも人質に出来るしな、弟よ」

 墜落したばかりの兄弟。土埃の中から飛び出し、アンレルに向かう団員たちを剣を振りかざして狙う。

 その前に、シザクラは目にも留まらぬ速度で割り込んでいる。兄弟の剣を、刀の刃と鞘で両方受けた。

「ジニアッ!」

 シザクラが叫んだときには、兄弟の真横に巨大な岩の棍棒が現れている。思い切り振られ、兄弟たちが纏めて薙ぎ払われる。

 アンレルへ伝令を頼まれた団員たちは無事抜けられたようだ。改めてシザクラは、立ち上がった兄弟たちと対峙する。

 これだけ思い切り攻撃を受けているのに、二人は対して深手を負っているように見えない。それどころかダメージも通っていない風だ。

 風の魔法をフィーリーのように自分たちに纒わせて衝撃を殺しているのか。こいつは結構厄介だ。こいつらは風の魔法が得意分野らしい。

「……ごめん。正直お前らのこと舐めてたわ」

「俺はツヴィ。弟はリンゲだ。殺される相手の名前は知りたいだろうと思ってな。ついでにお前たちの名前も聞いていてやろう」

「私は騎士団レンウィ小隊隊長、レンウィ・ネウトラルだ! お前達をここで捕縛する!」

「お前には聞いていない。そっちの変な剣を使う方だ」

 名乗ってやったレンウィをツヴィと名乗った兄の方は無視して、シザクラの方に目をやる。シザクラは睨み返した。

「死体に名乗る名前はない」

 吐き捨てる。ツヴィとリンゲの殺気が魔力となり、二人の周りに燃え広がるように昂ぶった。それが突風となり、シザクラたちの髪を激しく揺らす。

「……ぷっつん来たわ。兄さん、こいつ細切れにしていい」

「そうだな。墓石が必要ないくらい斬り刻んでやるか」

 兄弟は手にした短剣をまた交えようと構える。

 そこにシザクラが飛び込む。交わる前に兄の方の剣を刀で弾いた。

「レンウィ! 弟の方を!」

 すぐレンウィは弟に斬り掛かった。レンウィに続き、彼女の部下たちも一斉にリンゲを標的にする。事前に打ち合わせていた。シザクラは一人で相手をすると。そっちの方がやりやすい。

 だがツヴィは、シザクラの刀の連撃を短剣で巧みに捌き、時には避けてみせる。魔法だけじゃなく、近接戦もイケるクチか。生半可な輩共ならすぐ掻っ捌いてやろうかと思ったが、思ったより善戦されそうだ。こっちも、向こうを舐めない方がいいか。

「あーもぉっ! コバエみたいに鬱陶しいなぁッ!」

 弟のリンゲが声を上げる。レンウィたちに囲まれているのに奴はその攻撃を全部どうにかしているようだ。

 そして奴は魔法を発散させようと魔力を全身からにじませる。レンウィたちは魔法に耐性がない。だが。

「ぐっ……!?」

 突如突っ込んできた火の玉が的確にリンゲだけを吹き飛ばした。フィーリーの魔法。彼女は状況判断がすっかり上手くなっている。

(レンウィ達の方は任せて良さそうだ)

 シザクラはツヴィに集中し斬り掛かる。一太刀は浴びせるつもりだが、思いの外捌かれる。動きが早い。だが、こっちも向こうの短剣を喰らうことなく防御し避け続ける。

 攻防は続く。お互い僅かな傷を負うことなく刀と剣を交えた。鍔迫り合いののち、押し合うようにしてどちらからともなく距離を取る。シザクラもツヴィも、息切れすらしておらず相手を睨みつけていた。

「……やるな。人間にしては、だが」

「……何。手ェ抜いてないで本気出しなよ。次はそのまま、首を掻っ切るよ?」

「ふん、気づいていたか。俺は初手は相手の動きを観察する。次に首を掻っ切られるのは、お前だ」

 ツヴィが斜めに屈み込むように低く構えた。まるで跳躍する前に足にバネを溜めているみたいだ。

 彼の纏う緑色の魔力が、爆発的に跳ね上がり突風を起こす。

 来る。そう捉えた時にはツヴィは目の前に飛び込んできた。速い。

 ツヴィが後ろに着地する。反射的に振り向いたシザクラの頬が切れ、血が微かに跳ねる。

「シザクラさんッ!」

 フィーリーの声が聴こえた。正面に浮かぶ彼女に「大丈夫」とハンドサインを送りつつも、ツヴィからは目を離さない。

「やるな。首を裂くつもりだったが、刃先で剣を逸らしたか」

 風の魔法。纏った風でスピードを上げ、斬り掛かって来たか。

「うわぁッ!」

 近くで声がした。緑のオーラを纏った弟のリンゲの背後。レンウィたちの部下たちが血を流し倒れていた。兄の方と同じ突進術を使ったようだ。致命傷ではなさそうだが、立ち上がれないかもしれない。

「レンウィ!」

 レンウィはかろうじて受け止めたらしい。しかし腕に切り傷を負っている。何人かの部下たちは免れていたが、このままあれを使われ続けると不利になるかもしれない。

「ッ……!」

 衝撃。再びツヴィがシザクラに旋風の如く突っ込んできた。刀で何とか防いだが、背後から二回目が来る。反射的にかろうじて避ける。肩が裂け、血が噴き出した。が、まだ浅い。

「他人を気遣っている場合か? よそ見していると、首と胴体が本当にサヨナラするぞ」

「……面白いじゃん。魔族とかいう輩も、冗談が言えるんだ。お前も、あんま見栄張らない方がいいよ。負けた時めっちゃ恥ずかしいから」

 シザクラの前に立って挑発するツヴィ。彼の左肩も遅れて避けて血が噴き出す。向こうも浅かったか。シザクラは舌打ちする。

「……なるほど。俺の剣を避けながら反撃してきたか。だがそれで俺たちの速度に順応できたと思うな」

 構え直したツヴィの魔力が、先ほどよりも強く立ち込める。纏う風の鋭さが増す。細めた目でも、しっかり彼の姿を見据える。

 シザクラは背後の離れたところで浮かんでいるであろうフィーリーに、手を伸ばして合図する。

(こっちは大丈夫。レンウィたちをお願い)

 フィーリーには伝わったようだ。風を帯び、素早く動き回ってレンウィたちを翻弄していたリンゲの動きが唐突に鈍くなる。

 彼女の風の魔法が、リンゲの動きを速くする風の魔法を相殺している。これでもう弟の方は、スピード任せの攻撃が出来ない。飛ぶ風の斬撃も、フィーリーがレンウィたちに纏わせた防壁で防ぐだろう。これで立場は互角。奴は素の武力でレンウィたちを相手取るしかなくなった。

「今だ! フィーリー殿の援護を無駄にするなッ!」

 レンウィの声で戦線に残っていた団員たちが一斉にリンゲへと向かう。ぎりぎりで剣撃を避けていたが、息のあった波状攻撃にリンゲは明らかに苦戦していた。

「あぁッ! 虫みたいに群がってきやがって! それが人間のやり方だよなぁ!」

「リンゲ! ……思ったより、あの魔法使いの少女が厄介だな」

 ツヴィの意識が一瞬弟の方に逸れる。そこを狙った。

 刀を鞘に納めてそのまま居合に構えたシザクラは、乾いた大地を蹴る。真っ直ぐにツヴィへ突っ切る。

 反応され、首から狙いは逸らされた。が、彼の体に切り傷を付ける。風の防壁で斬撃の勢いを殺しているのか深く刻めないが、確実に刃は入っている。

 次は確実に深手を負わせられる。シザクラは血を刃から振り払いながら手ごたえを感じていた。

「魔法なしに今の速度か。お前本当に人間か?」

「よそ見すんなよ。首と胴体がサヨナラしちゃうぞ?」

 二太刀目。ツヴィの短剣の刃とぶつかり火花を散らす。三、四。金属音と火花。風の魔法で加速した奴の攻撃に、シザクラは段々順応を始めている。このまま押し切れる。確信が、全身に力を漲らせる。

「どうやら。純粋な戦闘技量ではお前に後れを取るようだな。こっちは魔力を込めての渾身だぞ。……化け物め」

「化け物が言うなよ。……ハイスの人達を手に掛けた、ケダモノが」

「……どっちがケダモノだ、人間」

 不意に後ろに飛び退いたツヴィ。振るった短剣から、風の刃が複数放たれる。

 魔法のそれは魔力がないと掻き消せない。が、支障ない。瞬時準備しておいた魔石を取り出し、砥石の如く刃に擦りつける。刀が緑色に光る。主に運搬に使われる風の魔石。フィーリーの魔力と比べれば種火くらいのものでしかないが、今は十分だ。

 刃を振るって鋭い突風を全て薙ぎ払う。次の手はわかっていた。

 飛ばしてきたのは囮で、一気に風に乗って距離を詰めてくる。正面からでは防がれるからおそらく背後から。いつでも来い。

 ツヴィの追撃に備えてシザクラはあえて隙を作る。だが、不意に奴の気配が近くから消えた。

(どこに……ッ⁉)

 思わず振り返って気配を探り、気づく。奴の狙いに。

 ツヴィは舞い上がり、突き抜ける風に乗ってそのままフィーリーへと突進していた。狙いは最初から彼女だったのだ。弟の妨害をしている彼女を真っ先に排除する気か。

「てめぇッ、このッ……!」

 走る。速すぎる。間に合わないが、追わずにはいられない。

 今のフィーリーはレンウィたちの援護で、リンゲの魔法を妨害することに集中している。今攻撃されたらひとたまりもないはずだ。

 急げ。誓っただろう。彼女を守る。そのために今ここにいるんだろうが。絶対にさせるか。

 ツヴィはもうフィーリーの目の前まで迫っている。全速力でシザクラはその下へと潜り込もうとする。

「やめろッ!」

 ツヴィが短剣に帯びさせた風を、フィーリーに振り下ろそうとする。シザクラは夢中で叫んだ。フィーリーは、目を閉じて静止したまま動かない。完全に集中してしまっているのか。シザクラの声も届いていない。

 ダメだ。間に合わない。ツヴィの刃が振るわれかけた時だった。

「魔法を使うなッ!」

 凛と通る声が轟く。ルーヴが叫んだ。ツヴィの纏っていた魔力が消え失せ、短剣は無様に空を斬る。そして浮かせていた風もなくなり、ツヴィは落下し始めた。

 それを、岩で作られた巨大な腕が地面から伸びてきて拳で握りこんだ。クラフトワークスだ。

「ふふん、おじさぁん? 言葉を操る格好いいお姉さんと、この世紀の大天才ちゃまをお忘れっちゃまなんですけどぉ。お子様! 今なんですけど!」

 フィーリーのすぐ足元で待ち構えていたらしいジニアが叫ぶ。するとクラフトワークスの腕が崩れる前に、一瞬で凍り付き、捕捉されたツヴィは完全に固定された。これはフィーリーの氷の魔法だ。

「……なるほど。最初から自らを囮にしていたわけだな。やられた」

「あなたは何より弟を優先しそうだと思いましたから」

 視線を同じくしたフィーリーとツヴィの会話が聞こえた。言葉を交わし合った時にはシザクラは凍った岩の腕を踏み台に、跳び上がっている。

 振りかぶった刀。その狙いは、身動きを封じられ無防備になったツヴィの首だ。

「兄さん! 大丈夫⁉」

 後ろからリンゲが迫ってくる気配がする。邪魔される前に。戸惑ったように見開かれたフィーリーの眼差しが一瞬視界に入ったが、目を逸らした。

 振るった刀がツヴィの首を捉えようとした。

「ッ……⁉」

 不意の突風に煽られた。リンゲか。違う。まだ距離は充分にあったはずだ。

 暴れる風の中で天地の認識も狂いそうになる。そんな視界の中で、フィーリーも一緒に飛ばされているのがかろうじて捉えられた。彼女も巻き込まれたのか。先ほどいた場所から随分距離な距離を吹き飛ばされたように感じる。

「シザクラさん……! 平気ですか……っ⁉」

 何とか視線で追っていたフィーリーの体の周りに緑色の輪が現れたかと思えば、急に体が空中で安定しぴたりと止まった。どうやら彼女が突然巻き起こった旋風を己の魔法で掻き消してくれたようだ。

「……ありがと。大丈夫。一体なにが……ッ⁉」

 シザクラの言葉の途中で影が飛び掛かって来た。咄嗟にガードした刀に衝撃を受け、シザクラは地面へと叩き落とされる。転がって何とか受け身を取り、膝を着いた状態で止まれた。

 目の前にスカートを翻しながら優雅に着地したのは。黒い使用人服を着て大振りな槍を持った、見覚えのある女。斜めに走った傷跡を付けた顔には、相変わらず表情はなく機械のようだ。紫色に、瞳が光り輝いている。

「ご無沙汰しております、シザクラ様。よく今の不意打ちに対応できましたね。褒めて差し上げます」

 当然、こいつがいるということは。シザクラはフィーリーを見上げる。

 予想通り、赤い髪を三つ編みにして、側頭部から上向きの角を露わにしたターシェンが。フィーリーの前に浮かび上がっていた。

「暇つぶしに観戦でもしようかなぁって思ってたんだけどさぁ。お前らがいるのわかっちゃったから、我慢できるわけないじゃあん? 乱入は大歓迎でしょ?」

 ……まったくふざけてる。二人でも持て余していたのに、もう二人。厄介者が増えるとは。

「とりあえず招待状見せてもらえる、お嬢さん方?」

 軽口を返しながら、シザクラはフォルを前に刀を逆手に構え直した。

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