第8話──3「ジニア、ごめんなさいなんですけど!」


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 フランケル、という岩が大男の形になったような姿の魔物は動かない。突如目の前にやってきた自信有りげなジニアを警戒して様子見をしているようだ。元々慎重な魔物だった。

「ねえ、シザクラとかいうムキムキお姉さん? さっきジニアが色んな素材サンプル集めてたの、遊びとかバカにしてたでしょ。違うっつーの。それが真髄なわけ。これからジニアが使う世界を変える新技術、『クラフトワークス』のね!」

 ジニアはフランケルから目を離さないまま、後ろにいるシザクラに向けて言い放つ。

 そして彼女は右手に石ころ、左手に木の枝を掴んだ。先程、あちこちふらふらしながら集めていたガラクタだ。

「クラフトワークス!!」

 彼女が叫び、両手に持っていた石と枝をぶつけ合うように勢いよく手を合わせた。彼女の手にはめているグローブが、突然発光したと思いその眩しさでシザクラは目を閉じてしまう。

 次に目を開けた時には。ジニアのすぐ前に、ふわふわと浮かぶ槍が出現していた。先端は石になっていて、柄の部分がほのかに曲がった歪な木になっている。先程の石と枝を思わせる構造だ。

「どーよ! これがジニアとママの叡智の結晶。物体と物体を掛け合わせて、新しいものを一瞬で作り出す! これがクラフトワークス!」

「す、すごい……! 名前も含めて格好いい技です……!」

 ジニアの声を張った解説に、隣のフィーリーはしきりに感心していた。そんなに名前気に入ったんだ。彼女のセンスがよくわからなくなる。まあ確かにすごい技術ではあるけれど。

「更に! 作り出したものはジニアの命令で自動的に動いて従ってくれるってわけ! 石槍ちゃん行っけぇ! あいつを貫け!」

 ジニアがグローブをはめた手でフランケルを指差すと。浮いていた石槍は凄まじい速度で差された方目掛けて飛んでいく。

 思ったよりすごい技術だ。これを彼女が生み出したと言うなら、天才という自称にも説得力が出てくるかもしれない。

 と、思ったが。

「……ありゃ?」

 ジニアが首を傾げる。勢いだけはあった石槍は、フランケルの体に到達する前にバラバラに砕け散ってしまった。身構えていたフランケルさえ啞然としているように見える。

「うーん、強度が足りなかったかなぁ。元々クラフトワークスで作ったものは一回で壊れちゃうんだけど、これはさすがに……。枝の方がちょっとよわよわだったかぁ……」

「考察しとる場合かぁ!」

 シザクラは急いで考え込んでいるジニアの首根っこを掴んで引っ張る。フランケルが突っ込んできて、回し蹴りをしてきた。爪先が、ジニアのすれすれのところで振るわれた。もう少し遅ければ直撃だっただろう。

 フランケルが更に身を翻して、こちらに殴りかかってこようとする。シザクラは更にジニアを引っ張って背中側に連れて行くと、背中の刀を取って身構える。石でできた拳を突き出してくる相手と真っ向からぶつかろうとした。

「止まりなさいッ!」

 ルーヴの声。ぴたっ、と妖精魔法が効いてフランケルの動きは止まる。途端、シザクラは奴の懐に入り込み、思いきり鞘に納めた刀を振るった。

「ちょいとごめん、ねッ!」

 打撃。が、重い。刀を握った手が痺れるくらいだったが、体重を乗せたふんばりと気合でフランケルの体を押し出す。

 渾身の力を込めたつもりだったが、フランケルは地面に足を擦らせながら後ずさっただけだった。やはり岩になっているだけ重い。

 体勢を立て直しこちらに駆け寄って来ようとするフランケル。だがその突進は、突如シザクラとの間に現れた岩の壁で阻まれた。向こう側で奴がぶつかる鈍い音が響く。

 後ろを振り向けば、フィーリーが本を開いて言葉の輪を纏わせている。彼女の魔法。今までよりずっと詠唱が早くなっている。

「魔法!? あんたほんとに魔法使いだったんだ!?」

「正真正銘の魔法使いですよ! 卵ですけど」

 驚くジニアに、フィーリーが胸を張って言う。

「こーらお子様たち、戦闘中に雑談しない!」

「お子様じゃありません!」

「お子様じゃないんですけどぉ!」

 同時に返事するフィーリーとジニアにニヤつきながら、シザクラは岩の壁を打ち破ってきたフランケルの掴みを刀で受け止める。

 刀の鞘を握り込まれて、押し合いになる。単純な力比べなら筋骨隆々な向こうに負ける。事実、もう向こうに押されてきていた。

 だが、こっちは一人じゃない。

「動くな」

 いつの間にかフランケルの傍にいたルーヴが、近距離で囁く。彼女の声は近いほど、小さいほど。聞いた対象の体に妖精魔法が染み渡る。

 フランケルの押しこんでくる力が完全にストップした。おそらく二分は動けない。

 その横に、いきなりジニアがやってきた。ズザザと地面に足を擦りながら駆けつけてくる。

「お姉さん、それ妖精魔法でしょ! ナイス! 後はジニアにお任せ! 強度の強い素材を使ったから、今度こそ貫いてあげる! ざぁこ魔物くぅん?」

 ジニアがグローブをはめた両手を掲げる。先ほどより数倍大きな石槍が彼女の隣で構えていた。その鋭い矛先が、動けないフランケルを捉えようとしていた。

「ダメですッ! 待ってくださいジニアッ!」

 フィーリーが大声で呼びかける。驚いたジニアが手を下げたことで、浮いていた石槍は元々の石と枝になって地面に落ちた。フィーリーが慌ててフランケルとジニアの間に割り込む。

「ちょっと何すんのっ! 今ジニアの華麗な一撃で、こいつを倒せるところだったのに!」

「倒しちゃダメです! この子のテリトリーに踏み込んだのは私たちなんですからっ。話せば、わかる子はわかります!」

「魔物に話すも何もないじゃん! 何言ってんのあんた⁉」

「いいから、見ててください!」

 ジニアを制止したフィーリーは、シザクラの刀を掴んだままのフランケルと向き合い口を開く。

「――――」

 例の、聴き取れない、魔物だけが理解出来る言葉をフィーリーが使う。

 数秒経っただろうか。フランケルはシザクラの刀を離すと、そのまま凄まじい跳躍力で崖の上まで跳び去っていった。どうやらフィーリーの説得が通じたらしい。

 息をついて、シザクラは刀を背中に戻した。

「ふぅ、ルーヴさん、フィー、ナイス、ありがと。こら、ジニア? 説明不足だったあたしらも悪いけど、勝手な行動はしないように。さっきもめっちゃ危なかったんだからね?」

「ちょっ、何今の! あんた今、魔物と話したの⁉ 魔法? でもそんなの、聞いたこともないし……。ちょっと詳しく調べさせてよ! めっちゃすごいサンプル、ゲットかもしれないんですけど!」

「わっ! ちょっ、何⁉ 何するんれふかぁ、ふもぉっ!」

 ジニアが昂奮した様子でフィーリーに詰め寄り、体を何やらまさぐったり、柔らかいほっぺたを両手でふにふにしている。彼女にとっては観察か何かなのだろうが、傍目から見ればじゃれに行っているようにしか見えない。

 やれやれ、と呆れつつそれを止めようとシザクラが駆け寄ろうとすると。

「ジニアさん」

 ルーヴがすっとジニアの背後から歩み寄り、フィーリーをふにふにしていた両手をそっと掴んで止めさせた。そしてジニアの正面に周り、しゃがみ込んでじっと彼女と視点を合わせた。

「さすがに、おイタが過ぎます。シザクラとフィーリーさんがいなければ、あなたは危なかったんですよ。……それに。人のことを研究の素材のような扱い方をするのは、さすがにダメです。敬意を持つべき人には、敬意を持って接してあげてください。あなたの好奇心と技術が素晴らしいものなのはわかりますが、度を超えてはいけませんよ」

 真摯な声で言い聞かせるルーブの声は、しっかり叱っていた。しかし誠実で、ちゃんとジニアと向き合っているのがわかる。

「……はい。ごめんなさい……」

 ジニアは俯いて、素直に謝った。ルーヴの物腰はあくまで柔らかく、有無を言わさぬ印象を与えたわけではないと思う。

 それでも言い訳を並べたり、何かに非を押し付けたりしないでそうすぐ返せるジニアは、やはり悪い子ではないのかもしれない。……まあ、多少気に喰わないガキにちょっと昇級だ。

「はい、ちゃんと謝れて偉いですわ。フィーリーとシザクラさんにも、ちゃんと謝ってあげてくださいね?」

「な、撫でないで、ってばぁ……っ。ごめんね、フィーリー、お姉さん」

「き、気にしてませんからいいです。でも急にほっぺたむにゅむにゅするのやめてくださいねっ」

「今度から許可とってやるから。……じゃ、さっきのやつ、どうやったのか教えてよ! 魔物に話しかけて撤退させたんでしょ? あれも魔法? んなわけないよね、ジニアが知らないなんて! どういう技術なわけ⁉」

「わっ、わっ。ひ、秘密です……! 説明が色々と難しいので!」

「こぉら、ジニア! ふにふにしないかわりにぐいぐい迫らない! フィーが困ってるでしょうが!」

 お子様の切り替えが早いのか、ジニアの特性か。すぐさま好奇心フル発揮で詰め寄るジニアを、困っているフィーリーから引き剥がした。

「……ジニアさん。話は港に戻ってからで、ひとまず海岸まで参りましょう。日が暮れてしまえば、視界も悪くなって魔物も凶暴になりますから」

「はぁい……」

 ルーヴの言うことだけちゃんと聞くジニアは、消化不良そうにしながらも歩き出してくれる。

 ……あれ。もしかしてあたし、大人としての威厳みたいなのそんなない? 自信を失いそうだったが、ジニアが特殊例ということにして自分を納得させ、シザクラはジニアを追いかけた。

 ルーヴの言いつけだけは守り、ジニアは先行をシザクラに任せてくれる。……やっぱり自信、なくなりそう。


  5


「おっ! あったあった、カフカ鉱石! さっすがジニアの天才的先見の明! 絶対この海岸にあると思ったんだよねぇ。海辺にしかないからさぁ」

 目的地のアンメア海岸はだたっぴろい砂浜になっていた。

 もちろんこんな街道やら人里やらから外れた場所にあるものだから、整備されていて遊泳出来るような綺麗なロケーションではない。

 そこらへんに岩やら、打ち上げられた流木などがゴロゴロ転がっていて、荒廃した雰囲気はとてもここで楽しく過ごそうという気にはまったくなれない。案の定、ここを訪れるような人は物好きはいないようだ。シザクラたち、というか、ジニア以外は。

「はぇえ⁉ この砂、このいいさらさら感じゃん! 採取さーいしゅっ。おっ、この木もいい感じじゃない? さっすが母なる海っ。色んな素材を勝手に流れつかせてくれちゃうんだから、正に自然の倉庫そぉこっ」

 あちこち無邪気な子供みたいに走り回っては、よくわからないものを拾い集めているジニア。さっきの彼女の「クラフトワークス」なる技術を見るに、そういう素材集めは無駄な行いではないのだろうけれど。

 やっぱり嬉々としてそれをしている彼女は、傍目から見ると変だ。いや、子供としては正しいのかもしれないけれど。フィーとプティが、しっかりしすぎなの逆に?

「クラフトワークス! 鉄ツルハシくん、カフカ鉱石掘り出しといてぇ。収納コアくん! それ纏めて入れといてぇ。ジニアはこっちの船の残骸漁ってくるから! よろしくぅ」

 ジニアが収納コアなる立方体の箱らしいものから、何やら素材のようなものを出して例のグローブで掛け合わせていた。それはたちまちツルハシの形になり、岩場の鉱石を砕いて欠片にし始める。

 同じく浮かんでいた収納コアが、砕けた鉱石を独りでに動いて自身にそれを吸い込むように収め始めた。さっきから物をどこへしまってどこから取り出しているのかと思ったが、その収納コアに全部纏めて入れているようだ。収納の魔石の代わりに、彼女は自分の開発したものを使っているようだ。何気にすごい技術。

「ちょっとぉ? フィーリーとムキムキお姉さぁん? 突っ立ってないで依頼主のことちゃんと傍で護衛してよぉ。あと素材集め手伝って、この天才ジニアが何拾えばいいか教えてあげるからさぁ」

「このガキぁ……。反省しても態度は改めるつもりはないっぽいなぁ……」

「まあまあ。ジニアもまだまだ成長の余地がありますから。口調だと思って大目に見てあげましょうよ」

「こら、フィーリーぃ? 今さりげなくジニアのこと格下お子様扱いしたっしょ! ジニアの方があんたより年上のお姉さんなんだっつのぉ!」

 遠くでもこっちの会話が聞こえたらしいジニアがむっと叫んでくる。悪口で聴力が増幅するタイプだ。仕方なく彼女を追った。

 この海岸には難破船なども漂着するらしく、あちこちに船らしい残骸が転がっている。雨風と波に晒されたせいか、原型を留めているものはなく、木と鉄の塊やごみと化している。自然というのは無常なものだ。

 船に乗っていた宝箱なんかが流れ着いていないかと思ったが、そんなうまい話もない。シザクラにとっては残骸やゴミばかりのつまらない場所だ。

「あっ、この鉄の部品いい感じ! これ、集めて袋に纏めといて! あ、そこの木材の欠片も拾って!」

「はいはい、焦らなくても素材は逃げませんよ、ジニア」

「子供扱いすんなしぃ! ジニア、天才的にあんたよりお姉さん! ジニアお姉さん、な?」

「わかりました、ジニア」

「わかってねぇじゃん!」

 わいわいやりながら、フィーリーとジニアは素材という名のよくわからないもの採取をしている。フィーリーはすっかり彼女の扱い方を覚えてしまったようだ。むしろジニアの方が翻弄されつつある。

 あれ、もしかしてこのお子様と上手く渡り合えてないの、あたしだけか。ますます大人としての威厳がなくなっていく。

「よしっ! 定期船くんを修理できそうな部品の素材集めはこんなとこかなっ。プラスアルファで色んな興味深い素材も採取できたし、上々じょーじょー、じょじょ! さ、日が戻る前に、とっとと撤退! 行くよ、烏合の衆!」

「散々寄り道した君が言うなし。あと、烏合の衆って重くディスってるからねそれ」

 あらかた用事も済んだようで、つやつやした顔で腕を振り上げたジニアの頭を、シザクラは軽くチョップする。「何すんのー! あんたのムキムキな腕でどつかれたらジニアの天才が世界的損失になるでしょーがっ!」と抗議されたが、せせら笑って無視した。

「ま、日が暮れる前に戻るのは賛成かな。魔物と会う前に、とっとと来た道を……」

「シザクラさん! 上から来てます!」

 シザクラの言葉の途中でフィーリーが叫んだ。彼女の指差した上空を見上げる。

 大きな鳥のようなシルエットが、傾きかけた太陽を背にこちらに凄まじい勢いで迫ってきていた。翼を広げて勢いよく降下してきている。

 しまった。ここは空からの死角がない開けた地形だ。地上に魔物の姿がないからと油断していた。フィーリーの耳でないと感じ取れないほどの高さからだが、速い。完全にこちらを獲物として飛び掛かってきていた。

 ハルピィか。向かって来ているのとは別に、後ろに複数個体が飛び回っているのが確認できた。奴らは集団で空から狩りをする。面倒な相手だ。

「みんな、離れないで! あいつは足で獲物を空へと引っ張り上げる! 捕まらないように!」

 鋭い足の爪がもうほとんど目の前まで迫ってきていた。おそらく、小さなフィーリーたちを優先的に狙うはずだ。空に連れ去られてはなすすべもない。彼女たちが連れ去られるのだけは回避しなくては。

「ッ……!」

 繰り出された爪を、刀の鞘で受けた。鋭い一撃だが、この名刀はそれだけでは傷もつかない。

 跳び上がって降りてきたハルピィを叩き落とそうとした。が、気づかなかった。

 もう一匹。最初の個体の後ろに隠れるようにしてこっちに急降下してきていたのだ。

「しまっ……!」

 咄嗟に構え直したシザクラを、ハルピィは肩からがっちりと足で捕まえて上空へと舞い上がった。一気に上昇する。

(……なるほど。あたしが連れてかれるパターンは考えてなかったな)

 爪が肩に食い込む痛みに、シザクラは顔を顰める。これは、簡単には離してもらえなさそうだった。

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