第8話──2「ジニアの力見せてあげるんですけど!」


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「まったく、こんなに酷使してくれちゃって……! いくら長距離用のエンジンだからって、無茶させたらそりゃ調子も悪くなるっつーの。メンテナンスもいい加減だし、海の真ん中で止まんなくてほんと運が良かったって感じ!」

 船の機関室でエンジンを見ながら。ジニアという少女はこの上なくぷりぷりと怒り倒していた。

 彼女はどこからか取り出した工具らしきものを使い、エンジンの状態を確認しているようだ。可憐な見た目とは裏腹、頬などが煤で汚れてもそんなに気にしていないらしい。それくらい作業に夢中になっているということか。

 シザクラの目には、彼女が何をどう確認していじっているのかよくわからない。やはり彼女は正真正銘、王都から認定された技術者というわけか。やっと納得できた。

「ちょっとそこのムキムキお姉さん。十一番のスパナ取ってくれる?」

 エンジンの中を覗いていたジニアが、唐突に手をシザクラの方に向けてくる。おそらく彼女の傍らにあるツールボックスに並べられた工具のどれかだろうが、まったくわからない。フィーリーに視線を向けても、焦ったようにぶんぶんと首を振られた。

「十一番……こちらですわね」

 ルーヴがすっと前に出てきて、迷いなく一つの工具を取るとジニアに手渡す。こちらを振り返ったジニアが、意外そうに目を開くと満足そうに目を細めた。

「お姉さん、聡明そうだと思ったけどこっちの知識もあるんだ。つっよぉ。それに比べてムキムキお姉さんはダメダメじゃーん? 十一番がどれかなんて基礎知識レベルなんですけどぉ」

「シザクラお姉さま、ね? 天才を自称してるみたいだけど、専門的な知識が一般的だと思ってるとか、視野狭くない? ねえ、お子様ぁ?」

「はぁああ? 自分の無知を人の傲慢みたいになすりつけるとか、大人げなくなぁい? アホくっさぁっ」

「こら! 喧嘩は良くないですよ! 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないんですから!」

「「誰がこいつと同じレベルじゃい!!」」

 仲裁すると思いきや、横から鋭い一撃を放ってきたフィーリーに、シザクラはジニアと声を揃えてお互いを指差しながら吠えた。そして「「真似すんな!」」とまた睨み合う。

「まあまあ。ジニアさん、あなたの王都公認のプロとしての見解はいかがでしょうか。この船、この子の状態は? わたくしたち素人にもわかりやすくお伝えいただけるとありがたいですわ」

 ルーヴが穏やかな顔でそう伝えると、ジニアはすぐ鼻を鳴らして得意げに胸を反らした。

「ま、この王都公認大物技術者、天才ジニアの手に掛かれば、ちょちょいのちょいで直せちゃうってカンジぃ? 一日あれば元通り以上に快適なクルージングが出来るようになるよ、この子。ほんと、今までよく頑張ったね。こんなになるまで無理して人を運んじゃって。……いい子」

 エンジンらしき機械の表面を撫でながら、ジニアは真摯に怒りを覚えているようだった。その様子は、まるでこの船自体をまるで生き物のように労わっているかのようだ。

 いけ好かない態度のガキではあるものの、そこまで悪い子ではないのかもしれない。シザクラは思い直す。

「ともあれ部品がちょっと心許ないかなー。ジニア、持ってきてたっけ三番と五十五番……。えっとぉ……ないかぁ。さすがの天才も未来予知までは出来ないからなぁ」

 ツールボックスに頭を突っ込んでがさごそやっていたジニアが起き上がり、座り込んだまま何やら考えている。そしてぴかんと閃いたと言わんばかりに猫のような目を開き、勢いよく立ち上がる。

「ま、ないなら作っちゃえばいいか! ちょっとお姉さんたちぃ? ジニア、部品の原料が欲しいから、採取しに行くの付いてきてくんない? 護衛くらい、お願いできるでしょ? この場所がちょうど良さそうなんですけどー」

 からかうように目を細めながら、ジニアが言う。空中に投射された地図は、ここからやや離れた海岸沿いの場所を点滅する点で示していた。

 そんな目印を付ける機能、地図の魔石にあっただろうかと彼女の手元を見れば、小型の長方形の機械のようなものが握られている。そこから地図が映し出されているのだ。彼女の自作のものだろうか。

「それは依頼ってこと? それならもらえるもんはもらわなきゃ……」

 シザクラがやや大人気なく言うと、ジニアはどこからか布袋を取り出してこちらに付きだして寄越した。得意げだ。

 前払いの報酬というわけか。シザクラは中身を改め、そして呆れた。

「……なんじゃこりゃ。紙幣じゃなくて、ほとんど金貨じゃん。お子様のお小遣いじゃないんだからさ……」

「それプラス、ブラム大陸へ渡れる権利が報酬なんですけどぉ。お姉さんたち、向こうに行きたいんでしょ? ジニアがこの子直さなきゃ、困っちゃうんじゃないのぉ?」

「ぐっ……クソガキがぁ……っ」

「まあまあシザクラさん。わたくしたちの利害が一致していますわ。彼女の依頼、悪い話ではないと思います」

 拳を震わせるシザクラの肩をぽんと叩き、ルーヴが宥めてくれる。そして彼女はジニアにも人差し指を立てた。

「でもジニアさんも、依頼とはいえ人に何かを頼む時は、ちゃんとそれ相応の言い方をしなくてはいけませんよ? わたくしたち人は持ちつ持たれつなんですから。お互い、気持ちよく交渉しましょう」

「……はーい、わかりましたぁ……。ごめんね、お姉さん」

「え、いや……べ、別にいいけど……」

 ルーヴに窘められ、不服そうだったがジニアは素直にシザクラたちに謝ってきた。先ほど、母親の名前のことも話していたし、親であるルーヴにはさすがの彼女も強く出られないのかもしれない。母はやっぱり強い。

「さて、喧嘩両成敗も済んだことですし。とりあえず部品の素材とやらを取りに行きましょうか!」

「何かいい感じで纏められてる……」

「ていうか、何であんたが場を収めたみたいになってんの⁉」

 パンと両手を叩いて何故か得意げに言い放ったフィーリーに、シザクラとジニアは交互に言う。


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 アンメア海岸。それがジニアに言い渡された目的地だった。船の部品の素材を手に入れるなどと言っていたが、素材があったところで部品など作ることが出来るのだろうか。大いに疑問だったが、シザクラたちは彼女を護衛することになった。

「あれ!? これって、グレイス草なんですけど!? こんな道に生えてるとか貴重つよつよじゃん! こっちにはスティン石が転がってる!? いっぱい採取しとくんですけどー! 天才楽しいー!」

 のだが。護衛対象であるジニアが街道のあちこちに落ちていたり生えていたりする草や石、挙げ句は木などに興味を示してあちこちうろうろするので、なかなか足が進まない。どう見てもガラクタというかそれ以下の何の変哲もないものばかり拾っている。

(天才ってどっかイかれてるって聞いたことあるけど……こいつの場合は、ガキなだけかな……?)

 おそらくは研究素材か何かのつもりで拾い集めているのだろうけれど、傍目から見たら変なものを拾って遊んでいるだけの子供だ。そしておそらくフィーリーよりやや年長っぽいので、目をキラキラさせている様はなおさら奇特に見える。

「おーい、クソガキぃ。そんなあっちこっち行ってたら海岸に着くまでに日が暮れて朝になっちゃうよ。遊ぶのは後にしてもらえますー?」

「ガキじゃないんですけどぉ! 素材サンプルを集めることの優位性に気付けないとか、お姉さんって知識イージーモード? 無知なのが許されるのはお子様までなんですけどぉ?」

「お子様にお子様言われたないわ! ほら、さっさと海岸まで行くよクソガキ!」

「あ、こら! 急に何すんの野蛮人! 大人げなさの権化!」

「大人気なくするのは大人の特権だっつの。悔しかったらさっさと大人になりなぁ?」

 いちいち立ち止まられて変なものを拾い集められても埒が明かないので、荷物を運ぶみたいにそのちっこい身体を肩に背負って連れて行く。ぽかぽか背中を両手で叩かれまくったが、マッサージにもならないくらい軽いものだ。問答無用で拉致する。こいつの道草にいちいち付き合っていられない。

「もぉ! せっかくの貴重なサンプル集めが! もぉ、この天才ジニア様を物みたいに扱って! 不敬罪! 依頼主はもうちょっと丁重に扱えっつーの!」

「あの依頼料じゃここまでのサービスとなっておりまーす。それに依頼内容にガキのおもりは入ってないんで。このまま目的地のアンメア海岸まで連れて行きまーす」

「ふっざけんなこのザコザコ大人の礼儀知らずっ。助けてー! 人攫いがいまーす! ジニアが攫われちゃったらこの世界の多大な損失になっちゃいまーす!」

「でっかい声上げんなガキ! 騎士団でも駆けつけたら余計面倒なことになるでしょーが!」

 予想外の暴れ方をされたので、仕方なく下ろしてやる。まだバビング港から出発してそれほど立っていない道半ばなのに、もう疲れていた。シザクラはジニアと、お互い息を切らし合いながら睨み合う。こいつは今まで会った中で、ある意味一番の難敵かもしれない。

「仲良しになれて何よりですが、遊んでばかりいると本当に日が暮れてしまいますよ。さっさと行きましょう、シザクラさん、ジニア」

「こらフィー! あたしがいつこいつと仲良しになったわけ? ガキのおもりに付き合わされてるだけなんだけど!」

「っていうか、今さりげなくジニアのこと呼び捨てにしたでしょ! 絶対ジニアの方が、あんたより年上のお姉さまなんですけどぉ! ジニア、十二歳なんですけどぉ! あんた一体いくつよ、どこ出身⁉」

 パンと両手を叩いて注意を促すフィーリーに、シザクラとジニアは同時に振り向く。そしてまた睨み合う。

「ほら、フィーリーの言う通りですわよ。仲良くみんなで、一緒に行きましょうね。ね?」

「「は、はぁい……」」

 ルーヴがプティの手を引きながらにこにこと言い放ってくる。その優しさの中にどことない圧を感じて、シザクラはジニアと共にしおらしく頷いた。やっぱり母は強い。あたしも勝てる気がしない。

「ここからは街道から離れますね。魔物と遭遇する確率が上がりますから、心して行きましょう」

 シザクラの横に立つフィーリーが言う。

 海岸に向かうために、街道から外れた海沿いの道を進むことになる。人の往来はありそうだが、街道と比べて明らかに人の手が入っていない雰囲気が出ている。いつその辺りの草むらや海の方から魔物が姿を見せてもおかしくない感じだ。

「あ、ちょっと、先に行くなガキ……!」

「ガキじゃないんですけどぉ。ジニアはここまで来るまで、魔物のいなし方とかはしっかり心得ちゃってるわけ。そんなもの怖くないし、貴重な素材サンプルも取れるから、むしろどんと来いなんですけど!」

 ジニアは先行していたシザクラたちを追い抜いて、先に一人でずんずんと行ってしまう。仕方なくシザクラはフィーリーと一緒に走って彼女を追いかける。

「危ないですよ、ジニア! この辺りの魔物は、自分のテリトリーに入られると気性が荒くなっちゃう子が多いんですから!」

「だからぁ、呼び捨てやめなってのぉ。ジニアの方がお姉さんなのっ。大丈夫大丈夫。そんなのが来ても、あんたらが出る幕もなくジニアがちょちょいのちょいっと大活躍して──」

 ジニアの言葉の途中で、左右を囲む壁のように聳え立つ岩肌の崖の方から音がした。太陽の光に影が掛かる。

 その瞬間にもうシザクラは動いていた。フィーリーとジニアの体を抱えてすぐさま後ろに跳び退く。

 すぐ後、シザクラたちのいた場所に岩の塊のような影が落ちてきて衝撃と共に砂埃を立てた。

 のっそりと立ち上がった岩の塊の正体が、砂ぼこりが晴れて明らかになる。

 岩が、大男のような形になったような魔物だった。顔があるところはのっぺらぼうの石がついており、でこぼこした体がまるで筋肉で隆起した逞しい肉体のように見える。

「ちっ、フランケルか。あたしとルーブさんで時間稼ぐから、フィーはいつも通り説得……おいちょっとジニア⁉」

 戦闘態勢を取ったシザクラたちを尻目に、ジニアは自分より数倍は大きな相手に向かって余裕綽々と歩み寄っていく。

「……言ったっしょ? ジニアに掛かればこんな魔物なんて、お茶の子さいさいなんだってば。そこで見てなぁ? このジニア様の、超天才的な華々しい大活躍!」

 言いながらジニアは、どこからか取り出した手袋のようなものを両手に装着し始めた。

 黒いグローブかと思いきや、違う。びっしりと指の先から手の甲まで、何やら文字のようなものが書き込まれている。何だろう、あの道具は。

「あんたたち素人に、特別に披露してあげる。ジニアとママが開発した、魔石を置き去りにする新技術。その名も、『クラフトワークス』!」

 得意げに猫目を細めてこちらを振り返るジニア。「何ですかその格好いい名前は……!」と隣のフィーリーが小さく呟くのを、シザクラは聞き逃さなかった。


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