第7話──2「迷宮の塔」


  2


「止まりなさい!」

 剣を振り下ろしかけた甲冑が、ルーヴの妖精魔法で動きを封じられる。

 そこにすかさずフィーリーが魔法の突風をぶつける。甲冑のパーツは耐えきれず吹き飛んでバラバラになる。今ので、最後だ。魔法で操られていた甲冑は全員倒した。バラバラにすると、復活はしないらしい。再びくっついて襲ってくるような高度な魔法が使われていなくてよかった。

 シザクラは背中に刀を納める。そしてフィーリーも、ルーヴもプティも無事なのを確認。全員特に問題なさそうだ。

「みんなお疲れ。一階層目から結構ガンガン来るね……。やばそうだったら、一旦退避することも考えようか」

 足元には甲冑のパーツが埋まるほど散らばっている。数十体はいただろうか。少なくとも途中で数えるのを諦めるくらいには甲冑が襲い掛かって来た。入り口からの洗礼にしては攻めてきている。いや、そもそもここはダンジョンではないし、今のは侵入者を追い払うための仕掛けだからなのだろうけれど。

(それにしても掛けたのは随分昔だろうに、未だにこういうのが残ってるなんて。よっぽど強力な魔法なんだろうな……)

 こんな防衛魔法があるとしたら、この場所はまだ廃墟ではなく、「生きている」ということなのだろう。だがここを引き払う時に、何故魔法はそのままにしたのだろう。魔物や野盗の拠点になるのを防ぐためか。あくまでここを不可侵のまま留めておきたかったのか。

 それとも、未だにここにある「何か」を。守っているのか。シザクラはどことなく違和感を覚え始めている。思えば入り口のやけに頑丈そうな扉も。あれは、フィーリーやルーヴの魔力に反応していとも容易く開いたのではないか。つまり魔力を持たない魔石に頼り切った今の人間は、文字通り門前払いなのかもしれない。加えて次は甲冑軍団の手厚いおもてなし。入るべき人間を、選別しているとしか思えない。

「……進もうか。気を付けて。何が待ってるかわからない。あまり下手に周りのものに触っちゃダメだよ。罠が仕掛けてあるかもだからね」

 シザクラを先頭にして、階段を昇っていく。階段は円状になっている壁に沿って左右に分かれていたが、行きつく先はどちらも二階への同じ入り口だ。右を選んだが、ハズレがあるとかはありませんようにと願いながら段を踏みしめる。

 二階へ着いた。すぐ廊下になっている。ここも、あちこちの柱に取り付けられた炎の灯りが煌々と揺らいでいる。足元に注意する必要はなさそうだが、火が揺らぐせいで影が動き、そこから何か飛び出してくるのではないかとシザクラはびくついてしまう。斬れるものなら問題ない。問題なのは、斬れないものだ。出くわしたら逃げる。速攻で。

「部屋がいくつかあるようですね。階段の配置は階層によってランダムのようですから、総当たりするしかなさそうですわ」

「地図も役に立ちませんね。魔法が最先端だった頃の建造物ですから、魔石にもデータがないんでしょう。私が魔法でマッピングしていくしかなさそうですっ」

 ルーヴが周りを窺いながらプティの手を引き、フィーリーは何故か得意げになって自らの魔法でマップを空間投影していた。

 今いる地点から見渡しても、扉がいくつかある。廊下も長く、曲がり角や十字路などもあるようだ。魔法学校だったというから、教室や実験室の類はいくらでもあるだろう。塔の外周からすると、一つの階の探索だけでもかなり骨が折れそうだ。

「よし。とりあえず手前の部屋から片っ端に……ひゃあああああッ⁉」

「ちょっ、うるさっ。痛いっ、シザクラさんめっちゃ強くしがみついて来ないでください! 何ですか今度は」

「い、今、いまいま、今! あの角! 何か白いのがすぅーって通り過ぎてったって! やばいお化けだ! 撤退!」

「落ち着いてくださいませ。今、微かにシザクラさんが指した方から魔法の気配がしました。あれも下にいた甲冑と同じ、防衛のための魔法です。おそらく侵入者を見張っているのでしょう」

「ほ、ほんとですかルーヴさん……。し、信じ、ますからね……!」

 ルーヴに宥められ、シザクラは謝りつつ抱き着いていたフィーリーから離れる。

 今、確かに見たのだ。白い布切れのようなものがふわふわと宙に浮かんで、この先の十字路を右から左へ流れるように通り過ぎていくのを。ぼうっと発光していた気がするし、何なら半透明だった気がする。ルーヴが言い添えてくれなかったら、シザクラは全員を背負ってでも逃げ帰るところだった。だがよく考えたら、入り口の扉は固く閉ざされている。

 それでふと今更ながら思いついた。

「そういえばさ、正直に中から登って行かなくても、外から風の魔法で登れば良かったんじゃない……?」

「それは少々危険かと。この辺りの空は、リンヴルが旋回しています。迂闊に空に上がれば、身動きの取れないまま捕食されてしまいますわ」

「あー、なるほど……」

 ルーヴに言われて気づいた。リンブル。翼の生えた、四足歩行の獣のような姿の魔物だ。奴らは風の魔法を操れるらしく、寝る時もそれを使って空で眠る。いわば空があれば住処になりうるというわけだ。当然ながら獰猛で、地上に降りてきて時折人間を襲うこともある。そんなのと領域である空中で遭遇したらたちまち餌食だろう。つまりそれを見越して、やはりこの塔は建てられている。徹底的に侵入を、拒んでいるのだ。

「……では、気を取り直して。とりあえず手前の扉から調べて……」

「あ、シザクラさん危ないです」

 手前の扉を奥に開いて踏み込もうとしたシザクラを、フィーリーが手を引いて引き戻してくる。どうしたのかと振り向いた時、真後ろで凄まじい音とともに風が巻き起こった。

 視線を部屋に戻す。人の頭ほどある大きな岩が、壁にめり込んでいた。侵入者用の罠。不用意に入っていたら飛んできたあれが体に直撃していただろう。その岩はすぐに粉々になる。魔法で出来た産物のようだ。

「私たちはこの建物に侵入者として捉えられてしまったらしいですから、今みたいな罠がいっぱい待ち構えてると思います。シザクラさん、気を付けて。私も魔力探知でなるべく事前にお知らせしますから」

「い、今のも事前に教えてよぉ……。もぉやだこんな塔……」

 至極冷静なフィーリーの腕に、シザクラは両手で縋りつく。もう先頭は彼女にも立ってもらうことにしよう。自分の力で解決できない事象が苦手なのだ、あたしは。改めて、魔法って恐ろしい。


  3


 フィーリーに室内に仕掛けられた魔法の気配を察知してもらって、大丈夫そうなら扉を開けて踏み込んでいく。それを繰り返して、階層の探索を重ねていく。

 シザクラが見かけた、ふわふわと浮かび上がる半透明の布のようなものの正体は。

「お化け……! じゃ、ない……? でも透けてるし、実質お化けじゃん……!」

「シザクラさん、ぎゅっとしないでください。あれも魔法で仕掛けられた罠の類です。こっちを認識したら、たぶん込められた魔力をこっちにぶつけてきます。人工自動魔法使いみたいなものです」

「……魔法ってすごいね、フィー」

 どうやらお化けではないらしい。が、魔力そのものを可視化出来るようにしたものらしく、敵と認識したものに対して自らを魔法化させて襲い掛かってくるという。幽霊じみた見た目は、どうやらそれも相手を怯ませる効果を狙っているとのこと。

 実際シザクラたちを発見したらしき半透明のそれは、炎の玉になってこちらに体当たりを仕掛けてきた。フィーリーが水の魔法で消化すると、跡形もなく姿を消した。だがそれも一時的らしく、塔の魔法防衛システムが活きている限りはまた復活するらしい。さっさと進まなければならなそうだ。

 癖のある魔法の罠にやや足止めされつつ、二階、三階と何とか順調に登ってこられた。階段が階層によってランダムな配置という設計は、生徒のマッピング魔法能力を鍛える以外にも、侵入者をとことん拒む意味合いも込められてそうだ。実際、魔法の使えないシザクラは今のところほとんど役に立っていない。魔法全盛期の時代に、今の人間は無力に等しいか。ちょっとだけへこむ。

「また広い部屋に出ましたわね……」

 周囲の安全を探りつつ、ルーヴが言う。トントン拍子ではないが、六階まで来た頃だろうか。

 ある部屋に入ると、やけに広い空間に出た。どことなく一階のエントランスに似ていて、物が少ない。

 だが次の階層への階段は奥にあった。ここは当たり、のようだが。

 獣の唸り声がした。何も無い空間から飛び込むようにして、突如四足歩行の獣が現れる。三体。

「魔物……?」

 シザクラは構える。いや、獣たちの体は透けていた。また実体のない魔法だ。戦闘訓練にでも使っていたのだろうか。

 おそらくあの感じではシザクラの物理攻撃は通らないだろう。だが。

「フィー、あれ試してみてもいい?」

「大丈夫ですか? シザクラの刀が折れちゃうんじゃ……」

「平気。あたしの得物はそんなヤワな作りじゃないから」

 刀を抜く。今度は鞘から刃を解き放った。魔法で作り出されたものなら、斬っても構わないだろう。生き物じゃない。

 こちらに気づいた魔法獣達が、一斉に飛びかかってくる。シザクラも駆けて正面からぶつかりに行く。

「止まりなさいッ!」

 ルーヴの声。魔法獣たちはつんのめるようにして突進をピタリと止めた。ナイス。どうやらこいつらにも妖精魔法は通じるらしい。

「フィー! 今!」

 言い終わる前から、シザクラの握った刀、刃にエネルギーが集まるのを感じた。赤く発光する。

 魔力の籠められた斬撃。

「魔法剣ッ!」

 舞うように回転しつつ、シザクラは静止した獣たちの間をくぐり抜ける。手応えあり。

 少し時間を置いて、獣たちは三枚下ろしになり、そして消えた。

「フィー、ナイス魔力調整。ルーヴさんも助かりました」

「ぶっつけですけど、上手くいって良かったです……。でも失敗して魔法が暴発してたらどうするんですか。もう、無茶なことするんですから」

「そんな失敗するわけないって。だってフィーは、立派な魔法使いだもん」

 言って歩み寄ったフィーリーのとんがり帽子越しに頭を撫でてやる。「子供扱いやめてください……」と手を払いつつも、本人は満更でもなさそうだ。

「お疲れ様でした。しかしやはり、階層が上がるたびに魔法の罠も高度になって行きますわね」

「まあでも、今のところ問題ないですよルーヴさん。フィー、あと何階くらいだと思う?」

「四十階以上はあるかと」

「前言撤回。前途多難だなぁ……。ここで夜を明かすのも嫌だし、夜の帳が降りる前にさっさと抜け出したいんだけど」

 とは言っても、進む他ない。戻っても出口は魔法で閉ざされているのだ。フィーリーの魔法探知では、おそらく上層階に今働いている防衛魔法の元があるらしい。それを止めれば、ここは元通り廃墟に戻るはずだ。

 今まで以上にみんなで密になりつつ、四方への警戒を怠らないように進む。階段を登れば、また同じような廊下が伸びていた。造りが似通っていて、迷いやすい。フィーリーのマッピング魔法がなければ詰んでいたかもしれない。魔石は基本自動更新なので、手動のマッピングは出来ないのだ。

「ほんと、迷宮のダンジョンみたいな塔だなぁ。当時の魔法の生徒ってめっちゃ不便だったんじゃない……?」

「もしかしたら。空間転移の魔法陣があるのかもしれませんよ。魔力を込めると、近場のどこかにワープ出来るんです。師匠が実際使ってるのを見たことがあります」

 空間転移の魔法陣。シザクラも聞いたことはあった。魔法陣に魔力を込める必要があるので今の魔力を持たない人たちには使えず、仕組みがわからないので未だ魔石でもその技術は実現できず、魔法陣自体はすっかり廃れてしまったものだと言う。

 それがあるなら、塔のてっぺんまで苦労せずにひとっ飛び出来そうだが。

「……まあ、そうそう都合良くは見つかんないよね」

 シザクラはため息をつく。あるかわからない魔法陣を探すより、確実にあって目に付く階段を探したほうが手っ取り早い。結局、急がば回れだ。

 探索を再開しようとした時。ふと、プティが。あらぬ方を控えめに指差しているのをシザクラは見つけた。

「……プティ? どうしたの?」

 彼女の手を取ったままのルーヴも、不思議そうに声を掛けていた。プティは、廊下の壁の方を斜めにずっと指を差したままだ。そしてその方向をじっと見ている。その瞳はいつもの不安そうな彼女ながらも、どこか確信めいた意志が窺えた。

 彼女は言葉を話さない。だからその仕草はシザクラたちに何か伝えようとしているように見える。最初、ゆで始まりいで終わる四文字の奴が彼女には見えているのかと思ったがそうではないらしい。……そうであってほしい。

「プティ、もしかしてそっちが気になるの? 行ってみる?」

 フィーリーが屈んで尋ねると、彼女は小さく頷いた。廊下を進んでも、彼女は一定の方を見て指と視線を向け続けている。どうやら特定の部屋を指しているみたいだ。

「ここ、かな……」

 そして辿り着いたのは一つの部屋。ここがプティは気になるらしい。一応フィーリーに魔法の罠の気配がないのを確認してもらって、扉を開けた。

「あ……! あれって……!」

 狭い部屋だった。その中心の床に、やや色あせた魔法陣が描かれていた。書物でしか見たことがないが、おそらく空間転移のそれに間違いない。

 フィーリーがその前にしゃがみ込んで確認してくれる。こちらを振り向いて頷いた。

「空間転移の魔法陣、ですね。ところどころ掠れてはいますが、まだ使えそうです」

「プティ……? フィーリーちゃんにも、わたくしにも感じ取れなかったのに一体どうしてわかったの……?」

 ルーヴが驚いたように尋ねても、プティは不安そうな表情のまま首を振るばかりだった。わからない、ということか。

 魔法陣は発動に使用者の魔力を使うため、それ自体に魔力はほとんど含まれていない。だから魔力探知には引っかからないとフィーリーが教えてくれた。

 そんなごくわずかな気配をプティは、感じ取ったというのだろうか。そうとしか思えない。シザクラは彼女の前にしゃがみ込み、驚かせないように小さく親指を立てた。

「プティ、ナイス。これでぐんと楽になりそう。ありがとね」

 プティはやや照れたようにもじもじしながら、親指を立て返してくれる。

「みなさん、行けそうですよ」

 しゃがみ込んでいたフィーリーが魔力を込めたらしい。魔法陣がぼうっと緑色の光を帯びていた。

「……怖いこと聞くけど、これ変なとこにワープしないよね。壁の中に入り込んじゃって生き埋めになるとかない?」

「別の魔法陣のところに移動するので、そういう危険はないですよ。二つの魔法陣同士で往来出来るんです。でも、行った先に何が待ってるかはわからないので、別の意味では危ないかもです」

「先にフィーとあたしで行こうか。安全を確認して戻ってこよう」

 シザクラは提案する。一人で行っても良かったが、向こうの魔法陣に魔力を込めて戻ってこられないので彼女と移動しなければ安全確認出来ないのだ。

 魔法陣の上に、フィーリーと手を繋いで立つ。途端、景色が揺らいだ。かと思えば、一瞬で別の場所に移動していた。部屋の広さが違う。ここは教室だろうか。机が壇上に並んでいる。

 とりあえず罠はなさそうだったので、戻ってルーヴたちを呼んできた。

「十階以上登ってこられたみたい。この調子だと日が暮れる前には外に出られるかも」

 シザクラは窓の外を確認してみんなに伝える。ショートカット。だいぶ屋上までの行程を短縮出来たのではないだろうか。

「ナイス、プティ」とまた彼女を褒めようとしたら、彼女はまたあらぬ方を指差して眺めていた。この階にも、魔法陣があるのかもしれない。

「プティって、魔法探知が得意なタイプなんですか……?」

「い、いえ……。わたくしもこの子が魔法を使っているところを初めて見ましたわ……」

 ルーヴも驚いている。彼女の夫だったアンドロゼンもプティの魔法に目をかけていたようだから素質はあったのだろうか。しかしフィーリーも探知出来ない、魔法陣の場所を探し当てるとは。おそらくは感覚的にそれが出来ている。彼女の才覚が現れ始めているということか。

 プティの導きに従うと、また上の階へひとっ飛びできる魔法陣を見つけられた。もう間違いなく彼女はその位置を特定出来ているのだ。

 また十階以上、階層を飛ばすことが出来た。これは本当にここで夜を明かさずに済むかもしれない。こんなおどろおどろしい場所でそれは勘弁だ。プティの頭をフィーリーと一緒に優しく撫でてやった。

 その後に二回、ショートカットしただろうか。魔法学校時代の移動手段に助けられた。あとプティの明確な指し示しにも。

 そして、その階層で、プティが指した先は。

「階段だ……」

 魔法陣ではない。プティは壁全体に広がった上階への階段を指差していた。つまりここからは沙希へ進む空間転移の魔法陣はないということか。

 しかしプティは、何故階段の場所まで探知出来るようになったのだろう。「階段などの重要な場所は、微弱な魔力を含んで目印にしているのかもしれませんね」とはフィーリーの仮説だ。

 つまりプティはそれを察知できるほどの鋭さと、魔法陣の気配とは区別して感じ取れる探知の使い分けを出来ているというわけか。それはルーヴも知らなかった、彼女の潜在能力のようだ。

 まあ、それは一旦さておいて。

「……明らかに罠の気配がありますね。多分、踏み込めば発動します」

 フィーリーがやけに広い階段の間を探ってから伝える。だが、他に階段はなさそうだ。この不可避の罠をかいくぐらなければ先に進む視覚なしというわけか。いよいよもって、終着の最上階が近い感じだ。

 シザクラは一歩踏み出す。

「とりあえず、あたしが行って様子見てみるわ。みんなはここで待ってて」

「シザクラさん、私も行きます。これまでの傾向を見るに、ここも魔法の罠です。私、役に立てると思いますよ」

 フィーリーもシザクラの方を見つつ、隣に並んでくれた。ふふん、と胸を張る彼女は、ここでの活躍でだいぶ自信を付けたようだ。確かに、これ以上頼りになる相棒もいないか。

 シザクラは苦笑しつつ、彼女のとんがり帽子を手でつついて愛でた。

「了解、相棒。背中は頼んだよ」

「背中も横も、任せていただいても構いませんよ。私、優秀な魔法使いなので」

「お二人とも、すみません。……お気をつけて」

 ルーヴとプティが後ろで見守る中。シザクラはフィーリーと目を合わせ、タイミングを計ってから一緒に歩き出す。

「発動します! シザクラさん危ないッ!」

「ッ……!」

 途端、建物全体が揺れた気がした。天井から、何かが落ちてくるのが一瞬感じ取れる。咄嗟にシザクラはフィーリーを抱えてそのまま前へ飛び込んでいた。後ろに戻るには、落ちてくる陰の範囲が広すぎた。

 凄まじい音と衝撃。シザクラがフィーリーを庇って背中で地面に着地するのはそれと同時だった。土埃が舞い、視界が覆われている。

「……フィー、大丈夫?」

「平気です。シザクラさんは?」

「あたしも大丈夫」

 お互い土埃を手で払いながら立ち上がる。二人とも無事なことと、罠が発動したことはわかる。ギリギリで掻い潜れたか。

 フィーリーが風の魔法で土埃を払う。そこで、シザクラたちは目を丸くした。

「……なるほどねぇ。結構、物理的な感じで来るじゃん。これはやられた」

 ルーヴたちがいる背後と、階段のあった前方。それが頑丈そうな壁で、塞がれていた。おそらく天井から落ちてきたのだろう。シザクラたちはその間に挟み込まれて、やや手狭な空間に閉じ込められたみたいだ。

「シザクラさん、フィーリーちゃん! 無事ですか⁉」

 ルーヴの声がくぐもって、背後の壁の向こうから聴こえてきた。どうやら二人とも無事そうだ。シザクラたちも、自分たちの無事を向こうに伝えた。

「シザクラさん、下がって。一発撃ちます」

 フィーリーが魔法の詠唱を始める。本を展開、回る言葉の輪が複数回る。そうして巨大な火の玉が、階段の前の壁に撃ち込まれた。

 衝撃と轟音。だが、焦げ付きもせず、壁は無傷のまま聳え立っていた。

「魔法の効果を調和する防壁も張られてますね……。これは少々厄介かもしれません」

「フィーの魔法でもびくともしないか。……これもしかして、詰んだ?」

「いえ、お任せください。私は優秀な魔法使いなので。魔力を高めてそれをぶつけば、防壁の処理能力を超えてそのまま壁ごと壊すことが出来ると思います」

 ですが少し、問題が。とフィーリーはそこでやや言葉を濁しつつ、俯きがちになった。言いにくそうだ。

「え? どしたの? 何かあたしが手伝えることがあったら、何でも言ってよ。今のところあんまいいとこなしだし」

「……その。シザクラさんにしか頼めないことなんですが。今の私の魔力だと、出力が足りないので。……補給が、必要かと」

「……それってつまり……えと、ここで……?」

 こくりと、フィーリーが赤らんだ顔で頷く。防壁を破るための魔力を、この場で彼女に補給しないといけない。

 つまりシザクラたちは。セックスしないと出られない壁の間に閉じ込められてしまったようだ。

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