第6話──5「追っ手の迎撃」


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「……どうしてあたしたちが、こっちに来ると知ってた?」

 フィーリーを背中から下ろして、シザクラは刀を抜く。

 フィーリーはとりあえず自立は出来るようだ。だが、ふらついている。魔法は使わせない方がいい。彼女は身構えていたが、腕を前に出して首を振り、下がっていろと伝える。利口な彼女はすぐ察して、唇を噛みながらシザクラの後ろについた。

「便利な世の中だよな? これのおかげで標的の動きがよくわかる」

 先頭に立つ、リーダー格らしき男が、懐から魔石を取り出した。地図の魔石。拡大されたそこに今いる場所が、そして赤い点が位置として表示されてる。すぐ察した。ルーヴの現在位置だ。主に落とし物防止で、物につけることで地図の魔石でその位置を特定できる魔石がある。それが彼女に、仕掛けられていたのか。

「それを警戒していたいのに……っ。一体、どこに……」

「どうせ取り出せないから、教えてやるよ。お前の体に埋め込んである。食事や飲み物には注意しないとな? ぐっすり眠っているお前に仕掛けるには、簡単だったみたいだぞ」

 ルーヴは目を見開き、それから悔しそうに手を握りしめた。睡眠薬でも持って意識のない彼女に、位置情報の魔石を埋め込んだのか。

 だがやったのはこいつらじゃないようだ。何となく、シザクラには察しがついてきた。

「あんたら、雇われてんの? ご主人様は誰?」

「……わたくしの夫、だった者。アンドロゼン・トリスム・ブランクですわね」

「話が早いな。どうする? 大人しく俺たちに付いてきて、アンドロゼンの元に戻るなら。お前も五体満足で、ガキも無事のまま帰してやるよ。そこの女ともう一人のガキもな。従順にさせるためなら、指や腕の一本くらいは落としてもいいと言われている」

 リーダーの言葉は合図に、男たちが一斉に懐の短刀を抜く。

 数は、十二人。一人一人が相当戦闘慣れしている。その目に宿る、無機質な黒い闇。相当非道なことも重ねてきている様子。というか、それで生計を立てているような奴らだ。

 ルーヴは、ためらっているようだ。シザクラたちを巻き込むことを。

 だがシザクラは振り返り、後ろにいる彼女に目で訴える。フィーリーも、同じようにしていた。それで伝わった。

 ルーヴは顔を上げ、まっすぐに男たちを睨み返した。

「わたくしは、もうあの男の元には戻りません。この子を、絶対引き渡さない。帰ってそう伝えなさいッ!」

 啖呵を切った。さすが。シザクラは改めて、男たちに向かって刀を構えた。

「だってさ。そっちこそ怪我する前に帰ったら? 悪いけどこっちは急いでてさ、手加減してる余裕ないんだよね」

「威勢がいいじゃないか。命乞いはもう通用しないぞ」

 男たちが散らばり、とりあえず戦闘力のありそうなシザクラを囲もうとする。前に。

 もうシザクラは飛び出している。突き出した鞘のままの刀。狙うはまず集団の頭。リーダーを突き飛ばす。

 だが、短刀で防がれた。地面を擦りながら踏ん張って体勢を保った奴は、こちらを睨む。今のは、こちらの手腕を計ったのか。やはり油断できない奴だ。

「お前ら、やれ!」

 一斉に飛び掛かってくるのかと思った。違う。奴らは懐から魔石を取り出した。意外と頭が回るようだ。

 雷。頭上が稲光を発する前に、シザクラは飛び退いている。小さな雷鳴が、今居た場所の地面を抉った。フィーリーの魔法だったら、この一帯全部吹っ飛んでる。魔石の魔力などタカが知れてる。

 更に連続して、雷鳴。シザクラは駆けて、それをかわしながら男たちとの距離を縮める。

「ぐぉッ⁉」

 男たちを薙ぎ払った。吹っ飛ぶ、が、戦闘不能にまでは陥らない。やはり鍛えられているか。頭も働く分だけ、魔物より質が悪い。

(……こいつら。人は殺めていないようだな)

 だが、今は急ぎだ。あまり時間を掛けていては、フィーリーの命に関わるかもしれない。体調が悪そうな彼女は息を乱しながらも、決して座り込まず立ったままこちらを心配そうに窺っている。いつでも加勢できるように、本を召喚したまま。本当に何というか、心配になる子だ。いいんだ。ここはあたし一人で全員やってやる。

 いざとなれば、向こうにも手や指の一本失う覚悟はしてもらわないと。

 やむない場合は、命も落としてもらおうか。刃はいつでも抜けるようにしておく。

 雷撃を避けつつ、再び刀を振りかぶった。男たちは衝撃に備える。馬鹿が。

 にやりと笑ったシザクラの手には、炎の魔石。発動。前面に爆風。男たちは勢いよく吹っ飛んだ。これはさすがに効いたらしい。転がった奴らは立ち上がれなくなったようだ。よし。意趣返し成功。

 残り九人。さすがに今の立ち回りを見て、奴らも警戒を強めたようだ。無闇に突っ込んでこないのがダルい。やはり頭が働くだけ厄介だ。

「おらどうしたの? 指一本でも切り落とすんじゃなかった?」

「安い挑発には乗らんぞ。……少し侮っていたな。こっちも本気を出すか」

 じりじりと男たちが距離を測っている。そりゃ、連携も取るか。だが向こうの準備を待つ暇はない。とっとと道を開けろ。あたしたちが通る。

 軽くステップを踏んで。奴らの懐に飛び込む。その素早さに怯んだと思ったが。

「っ……⁉」

 男たちは一斉に魔石を足元に投げつけた。途端、周りに煙が巻き上がる。水と炎の魔石の合わせか。蒸気にして、視界を塞がれた。目くらましだ。

「ぐっ……!」

 横から蹴り。何とか反応して小手で受けたが、吹っ飛ばされる。体勢を。必死に受け身を取る。

 短刀が霧を分けて飛んできた。刀で弾く。が、気を取られた。

「しッ!」

 後ろからリーダー格が突っ込んできた。振るわれる短剣の刃。二連撃。一撃は避けたが、二撃目は受けた。肩の辺りを斬られた。

 浅い、が、避けることに集中して体勢が崩れた。そこを男たちが一気に囲んでくる。

「今だ! 切り刻め!」

 九人の短剣の刃がこちらに振りかざされる。やばい。多勢に無勢。しくじった。

「動くなッ!」

 途端、凛とした声が空気を裂いた。びたり。男たちの動きが一斉に止まった。ルーヴだ。

 そして包んでいた霧が晴れる。風がシザクラを中心にして巻き起こったのだ。

 緑色の言葉の渦を纏わせた、フィーリーが立っている。息も乱し、立っているのもやっとの様なのに。必死に魔法を編み出した。こちらのために。

「味な真似しやがってぇッ……!」

 その場で回転して足払い。周りを囲んだ男たちを全員転ばせる。そして魔石を上へ放り投げた。地面にそれがぶつかる瞬間には、シザクラはもうそこから飛び退いている。

「どわぁッ⁉」

 爆発。火力は抑えてやった。男たちはぶっ飛ぶ。気力を奪うだけのダメージは与えた。命も四肢も失わせずにやるなら、ここが限度だろう。これ以上来るなら。その時は。

「舐めるなァッ!」

 身を翻し立ち上がったリーダー格が、短剣を携えて突っ込んでくる。さすがに今までの素人とは格が違うか。

 こっちもさすがに効き腕の肩をやられた。手加減は出来ない。

(……殺すか)

 リーダーを失えば、奴らも完全に抵抗しなくなるだろう。シザクラは親指で刀の刃を浮かせた。

「っ……⁉」

 シザクラの間合いに入る前に。男の動きが急に止まった。ルーヴの妖精魔法? しかし彼女の声はしなかった。

 だが好機。まずは足を蹴る。前のめりになった男の腹に膝蹴り。そして数発、拳を叩き込み。最後に振りかぶった鞘付きの刀で思いっきりぶっ飛ばした。

「……雇い主のアンドロゼンに伝えな。ルーヴさんを捕まえに来るなら、てめぇ自ら来い。じきじきにシザクラ・レンケン様がぶっ飛ばしてやるよ」

「……フィーリー・ゲイルも、ですよッ!」

 啖呵を切ったシザクラに、フィーリーも続いてくれた。完全に気を失ったリーダー格を引きずるようにして、男たちは逃げ去っていく。

 何とか殺すことも、手足を奪わずとも済んだか。フィーリーの前では、なるべく不殺生を心がけたい。悪影響になると良くない。

 しかし今、男の動きが急に止まったのは何だったのか。まあ、いいか。それより。

 シザクラは駆けて、ふらつくフィーリーを抱き留めた。彼女を気遣って、とかではない。真っ先に自分がそうしたかった。

「……よく頑張ったね。ありがと、フィー」

「シザクラさんも。……お疲れ様です」

 ぎゅっと抱き着いてくるその細い腕が、愛おしい。それで気が抜けたのか、肩の傷の痛みを思い出した。血は止まっているが、痛いものは痛い。

「ルーヴさんも、ありがとうございました。助かりました。プティも、よく頑張ったね。……それで」

 シザクラはルーヴたちの方を見る。彼女たちも無事なようで何よりだ。なので。

「ご事情を、お聞かせ願えますか。もうあたしたちも、部外者ではないですから」

 さすがにそれくらいの権利は、もうあるのではないだろうか。まあ、ムリにとは言わないけれど。

 ルーヴは。プティをぎゅっと手を握りしめたまま、シザクラたちに頭を下げた。

「……そうですね。今まですみませんでした。ご説明させていただきます」

「その前に。私たちからも、説明させてください。私の、特殊な体質に、ついて」

 フィーリーが赤らんだ顔をきゅっと引き締めて言う。確かに。そっちが先か。急を要する。

 シザクラはフィーリーを背負い直して、踵を返す。見えている村の堀へと顎をしゃくった。

「とりあえず、村へ。この子の魔力を補給しないといけないので」

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