第6話──4「生命の魔法」
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「ん、は……っ。シザクラ、さん……っ」
フィーリーの乱れた息が。シザクラの濡れた唇に熱く降りかかる。たまらなくなって、もう一度彼女の小さな唇を、塞いだ。
塔を目指して旅に出てから、更に数日。人の里とはなかなか巡り合えない。今シザクラとフィーリーは、ルーヴたちから隠れた木陰で、口づけをしていた。森の中で休憩中だったのだ。
ここ最近、夜はルーヴたちとも野営しているので、二人きりの時間が取れないのだ。加えて魔物の数も多くなり、手強い。
フィーリーも強力な魔法を連続して使わざる得ないし、魔物と交渉もしている。魔力が枯渇してきているのだろう。ぼうっと赤ら顔をしている様子なのが増えてきた。
だからたまに隙を見計らって、こうやって口づけや、ちょっとした身体接触で補給を図っているのだけれど。間に合っていないのだろう。今も彼女は物足りなそうに、目を潤ませている。……そんな甘い視線で焦がさないで欲しい。こっちも我慢するのに必死なのだ。
「んっ、はっ……」
「あ、こらこらフィー……! だめだって、傍にルーヴさんたちいるんだから……っ」
濡れた唇を拭わぬまま、フィーリーはシザクラの手を掴むと、そのまま指を舐ってくる。ざらりとした生柔らかい感触にぞくぞくした。彼女は指の側面にキスもして、そのまま口に指先を含んで吸い付く。
甘える小動物のような生易しいものじゃない。耳まで赤らんで耐え難いようにこちらの指にしゃぶり付いた彼女は、たまらなく淫らだった。サキュバスの誘淫効果もあるのだろう。くらくらしてきたが、シザクラは何とかその場で彼女を押し倒したい欲を堪える。
「……もう、戻らないと。ルーヴさんたちが心配するよ」
「……あと、もう一回、だけ。お腹、空いたんです、シザクラさん……っ」
とろけた吐息まじりの幼い声が、シザクラの聴覚まで酔わせる。ぐっ……と堪えて、彼女の横髪を撫でつけ、耳にかけてやる。
「もう一回だけ、ね。もう少し我慢して。あと少しで村があるから。そこなら、宿屋で二人きりになれる」
囁いて、シザクラはもう一度屈みこみ、彼女と唇を重ねる。地図の魔石で確認してきた。この先を行ったところに、小さな村がある。急がなくても今日中には付けるだろう。
「んっ……ぇう……っ」
「フィー、ストップストップ……っ。これ以上したら、あたしがやばいって……っ」
「ご、ごめんな、さい。自分でも、何だか止まれなく、て」
長いキスになってしまう。何とか彼女を制して離れても、彼女は追い縋るように触れてくるので、シザクラまで理性が解けそうになる。しっかりしろ、あたし。さすがにルーヴたちを待たせてここでおっぱじめるわけには行かない。まだ追っ手がいるのだ。奴らはやり手だ。追いつかれる前に、せめて人がいる安全なところまで行かないと。
「ご、ごめんねー! お待たせしましたぁ……」
「……大丈夫ですか? フィーリーちゃん、具合が悪そうですわ……?」
ぎゅっと縋りついてくるフィーリーを支えるようにしながら、シザクラは待たせていたルーヴたちの元に戻る。ルーヴが心配そうにしてくれていた。プティも、フィーリーの様子を見るように近づいてきて下から顔色を覗き込んでいた。確かに事情を知らない彼女たちからしたら、フィーリーが体調を優れていないように見えるだろう。実際、その通りではあるのだけれど。
「一旦、ちゃんとしたところで休憩しないとダメかもしれません。この先の村まで、急いでも構いませんか?」
「すみません、ルーヴさん。プティちゃんも、ごめんね。お姉ちゃん、大丈夫だから……」
説明するシザクラと、ルーヴに謝って、プティの前にしゃがんで強がるフィーリー。
正直、シザクラも心配している。フィーリーはもう淫気を一週間ほど摂取出来ていない。サキュバスの体質として、彼女は淫気を取り込まないと最悪生死に関わると言っていた。魔力を消費することがそれに繋がるのなら、村に着くまで彼女に魔法を使うのは控えてもらった方がいい。溜め込んだ淫気を彼女は魔力に変換させて、あの力を出せているのだ。当然消費も激しいのだろう。少し無理をさせすぎた。
「……ちょっと失礼、フィーリーちゃん。……ダメ、ですね。わたくしが未熟というのもありますが。魔物から貰った状態異常などではなさそうですね。単純な疲労の蓄積かもしれません。やはり、ちゃんとしたところで休んだ方がいいですわね」
ふと歩み寄ったルーヴがしゃがみ込み、フィーリーの額に手をあてがう。一瞬、彼女の手が仄かに光ったような気がした。
これはルーヴが前から使っていた魔法の一種なのだろうか。魔物や人の体に作用して言うことを聞かせていたのは確認していたが、今のは魔物などからもたされる状態異常を治すものなのだろうか。
シザクラも彼女の扱う魔法の種類が、何となく察しがついてきた。だが聞いたことはあるものの、目にしたのは初めてだ。これは魔石でも、再現できていないものだ。
「……ルーヴさんのその魔法。ずっと考えていたのですが、もしかして妖精魔法、ですか……?」
やや苦しそうな吐息混じりの声で、フィーリーが尋ねている。彼女も察しがついていたようだ。さすが魔法のエキスパート。
妖精魔法。フィーリーが扱うものが自然の力を授かって操る「精霊魔法」というなら。妖精魔法は、主に生き物の生命そのものに働く力だ。
妖精が人間や動物に悪戯をするという寓話で、妖精魔法と呼ばれている。自己治癒力を高めて傷の回復を速めたり、今のように魔物からもたらされる毒や思考攪乱などの状態異常を治す作用が主だ。もちろん身体に作用するので、一瞬だけ好きなように操ることも可能なようだ。
今は魔石の発展で医学も発展してきているので、多少の傷、状態異常などは専用の道具や薬で何とかなる。というか、している。だが魔石では、どうしても人体に直接作用するそれは代われないのだ。
だから妖精魔法は重宝されているが、今は魔法が主流ではない時代なので扱える人間は限られている。古の技術であり、もちろん扱う者の才覚も問われるのだ。研究は進んでいるがそれを魔石に落とし込むのは難儀しているらしい。
ルーヴが微笑む。
「はい。よくご存じでしたね。祖母が、扱い方を教えてくれたんです。あの人は妖精魔法の専門家でした。わたくしも何とか真似事は出来ますが、いかんせん我流も混じっていますのでなかなか上達しませんね」
なので、人前ではあまり披露しないようにはしているのですが。と、ルーヴは言った。というか彼女はあまり人に見られたくないように思えた。自分が妖精魔法の扱い手であることに気づかれたくないように。
その理由は、今彼女が追われていることに関係しているのか。段々、彼女の事情が見えてきた気がする。
「さあ、先を急ぎましょう。プティ、行くよ。早くフィーリーちゃんを休ませないと」
ルーヴに促され、シザクラは頷く。足取りもおぼつかないフィーリーをおぶって、道中を急ぐ。
魔物との戦闘も避けた。ルーヴの妖精魔法で動きを止めてもらい、走って逃げる。素早い敵には申し訳ないが、軽く攻撃を加えて追跡を諦めさせた。
もうすぐ森を抜ける。その平原の先が、村だ。獰猛な魔物が多い地域だが、周りに高い塀を作ることで安全を確保しているらしい。地図の魔石ではそこまでの情報も確認できる。身を隠すにも良さそうだ。
「もう少しだからね、フィー。頑張って」
「はい……っ」
背中のフィーリーの息が荒い。本格的に熱が上がってきているみたいだ。急がないと。木々の隙間から飛び出す。
村の高い堀が、遠くに見えた。だが。
「……待ちかねたぞ。思ったよりも早かったな」
平原に出た途端。ルーヴの追手である男たちが、大勢で待ち伏せしていた。
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