第5話──6「君と、あたしの関係値」


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「おはよー! いやぁ、ありがとねー! おかげさまでウォッサー水源地の湧き水、めちゃくちゃ好評でさ! もう売り切れちゃったよ! がっぽがっぽ儲からせていただきました!」

 翌朝。町を発つことを事前に伝えておくと、シュトルはわざわざ見送りに来てくれた。

「ふふ、良かったです。シュトルさんもこれなら出立ですか?」

 尋ねるフィーリーの声は、やや掠れている。

 昨日は。日の高いうちから夜遅くまで。ずっとシザクラは彼女と二人で宿の部屋に籠もりきりだった。お互い我慢を重ねたせいでタカが外れてしまったみたいだ。正直途中から記憶が朧気で、シザクラの背中にはフィーリーの付けた爪の跡が。フィーリーの体にはシザクラの付けた唇の跡がいくつも刻まれていた。……我ながら何と言うか、盛りすぎだ。いくらサキュバスの誘淫に当てられたとはいえ。

「うん! 道中いろいろ仕入れて、また次の町を目指すよ。二人はベゲーグン目指すんだっけ。お互い、無事にまた会おうぜ!」

 シュトルはフィーリーとハグ。シザクラと握手を交わす。

 すると、ふと彼女はシザクラに身を寄せてきて耳打ちした。

「……昨日はお楽しみだったね。女の子のこと激しく抱く時は。ちゃんと壁の厚い宿屋選ばないとダメだよ。隣が私だから良かったね。フィーリーちゃんと、末永くお幸せに」

「へぁ……!?」

 思わず仰け反ると、シュトルは意味深な笑みを差し向けてきた。

「フィーリーちゃん可愛いよね。大事にしてあげてね。恋人なんでしょ、彼女。それともセフレ?」

「い、いや、あたしたちはそういうんじゃなくて……っ」

「え? でも抱いてたでしょ。ウォッサー水源地でも、キスしたり色々してたよね。意地悪しちゃう気持ちわかるわぁ。可愛いもん、フィーリーちゃんの声」

「……まぁ……?」

「大丈夫だよ。誰にも言わないから。私もちっちゃい女の子、大好きだし」

 更に笑みを深めたシュトルから、思わず距離を取る。その瞬間だけ、シュトルの別の一面が垣間見えた気がした。

「じゃあ、私先に行くねー! 二人ともぉ、達者でねー!」

 シュトルが馬車を引くラッセンを従えて、先に行ってしまう。手を振る彼女はもう今までの活発な雰囲気を取り戻していた。いや、装い直したのか。

「シザクラさん? どうしたんですか? シュトルさんと何かお話されてました?」

「……いや、何も。フィー、次シュトルに会っても、あんま近づかないように。さっきハグした時、何か変なことされてないよね?」

「何ですか急に。別に普通のハグでしたけれど。……もしかしてシザクラさん、嫉妬、してます?」

「……へ?」

 不意な言葉に虚を突かれる。対するフィーリーは、得意げにしたり顔でにやにやしている。からかっているつもりなのだろう。こいつ、人の気も知らないで。

 ちょっとむっとしたから、彼女の手を急に引いて、胸の中へ引っ張り込む。そしてぎゅっと、抱き寄せた。

「そうだよ。悪い? だから、ハグの上書きしちゃう」

 割とマジっぽい声色で抱きしめて囁き掛けてやる。あからさまに、腕の中の彼女の体が強張った。

 試しに離してみると、目を見開いて固まっている彼女の面白い表情が見れた。もう耳まで真っ赤に蒸気でも上げそうなほど顔全体が上気してしまっている。

「……なんてね。あんまり大人をからかっちゃダメだよ。こういう小狡いカウンター喰らうんだから」

「……もぉ! 冗談にしてもタチが悪すぎます! 半永久的に飲酒禁止ですっ」

「ちょっ。罪重すぎるって。半永久的ってどれくらい? 一週間くらい? 待ってってばフィー……!」

 すっかり怒らせてしまい、先に歩いて行ってしまうフィーリーをシザクラは慌てて追いかける。

(……でも。あたしたちの関係って、何なんだろうな)

 ふと、機嫌を損ねたフィーリーに笑いかけるシザクラは、考えてしまう。

 周りの通りすがりから見れば。自分たちは姉妹の冒険者か何かに見えているのだろうか。ちょっと前まで何の関わりもなかった二人とは思われないような年の差だろう。

 彼女は雇い主。そして自分は、彼女の旅の安全を保障する護衛。サキュバスという半分の体質のために、体を重ねることも含めて、だ。

 この不健全で不適切な関係性の自分たちの、行きつく先。最近ふと、それが頭にちらつくことが多くなった。彼女を抱いている時。無防備な彼女に触れている時に、特に。

(シュトルが言ってたような関係に、なりたいとか。そういうのはよくわからないけれど)

 拗ねたまま横目でちらりとこちらを見てくるフィーリーと視線があって、どきりとする。意味を理解できない、胸の高鳴り。

 いや、自分の役目は。彼女が自分の母親を見つける旅を、無事見届けること。それだけだ。

 目を逸らすようにそう思い直して。シザクラは、またフィーリーのご機嫌取りに戻る。

 交易都市、ベゲーグン到着まで。あと数日の距離だ。


 

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