第5話──1「いざ!新大陸!」



 シザクラたちはフィスチ港を発つ。

 町の人達に聞き込みしてみたが、この辺りには高く聳え立つ塔などはないらしく、ナリミカ大陸の中でもそういった名所のようなものはないらしい。

 ここから少し東北に向かった大陸の中心の方に、大きな都市であるベゲーグンという街。そこは大陸各国から人が集まるほど交流が盛んで、もしかしたら情報収集ができるかもしれないとのことだった。

 目的地は、情報も人も集まる大都市ベゲーグン。舵取りは出来た。船でこの大陸まで運んでくれたゲシュペルから少なくない報酬をもらって懐は潤ったとはいえ、元々シザクラの散財でほとんど無一文に近い近い状態だったのだ。これから、節制を心がけねば。

「じゃあナリミカ大陸上陸を祝してぇっ、かんぱーいっ!」

 立ち寄った小さな町、その飲食店。シザクラは隣に座るフィーリーと杯を交わし合う。シザクラはジョッキ一杯の泡立ちのいい酒。フィーリーはブドウジュースだ。一気に酒を煽ってお代わりを注文するシザクラを、フィーリーはやや冷ややかな眼差しで見上げていた。

「……シザクラさん? この前、お酒はしばらく控えると言ってませんでした? あまり無駄遣いは感心できません」

「だいじょーぶだいじょーぶ。二杯だけだし、この町でだけだからっ。やっぱ別の大陸に来たからには、その土地の地酒を味わって祝わないとねぇ。景気付け景気付けぇ。上手いねぇ、これ。……もう一杯だけ、いい?」

「ダメですよ。今自分で二杯だけって言ったじゃないですか。晩御飯を食べたら、さっさと宿屋に帰りましょう。明日も出立は早いんですから」

「……ここの名物、スペシャルベリーソース三段盛り盛りパフェ。食べたくない? ほら、めっちゃ美味しそうじゃない?」

 シザクラは視線で、隣の席のカップルが楽しんでいるパフェを指す。ベリーソースで彩られた、ソフトクリーム。それがどんと大きく盛りつけられた華やかなドレスのようなデザート。フィーリーのそれを捉えた眼差しが、あからさまにきらきらと瞬いた。

「食べきれなかったら、あたしも一緒に手伝ってあげるからさ。……どう?」

「っ……うぅっ……。……一杯、だけですからね。あと、私が全部いただきます。パフェは」

 交渉成立。バツが悪そうにしているフィーリーと、シザクラは握手を交わす。


  ***


「……本当に申し訳ありませんでした」

 シザクラは地面に膝を付き、深々とフィーリーに対して頭を垂れた。フィーリーはむっすりと頬を膨らませて、腕を組んで仁王立ちしながらそんなシザクラを見下ろしていた。

 まだ日が頭上高くまで登り切っていない午前中、街道の脇である。昨日立ち寄った村を出て数刻、整備された道を二日酔いに苛まれつつ歩いていると、ふとシザクラは「あれ、あたし昨日何杯呑んだっけ……?」と不安になった。あの酒場の村娘は可愛かった。

 そして懐を確認して、青い顔が更に色を失った。

 その過程を経ての、現状である。

「……とりあえず、現状を報告してください」

 冷静な声。じっとこちらを何の感情も浮かべず平坦に、まっすぐ見つめてくる視線が痛い。シザクラは顔を上げ、正直に告白する。こういう時は、嘘偽りなく。彼女と過ごして、学んだことだ。

「……えーと、そのぉ。まずあたしの懐が、ほぼすっからかんです……」

「それは何故ですか。お金は勝手にいなくなりませんよね。あなたは誰かから盗まれるような方ではないと存じていますけれども」

「……あたしが、酒場のある町に着くたびに飲み明かしまくってたせいです……」

 白状。わかっています、お酒は高い。その代償はあまりにも。でもしょうがないじゃん。美味しいし。可愛い女の子見ながら呑んでると尚更そうだし。

 じっと公平な秤のようなな眼差しで膝を付いたシザクラを見つめるフィーリー。彼女はふぅーっ、と深くため息をつくと、ようやくその鋼のような固い雰囲気を崩してくれた。だが、呆れたような表情は相変わらずだ。許されてはいない。

「……まぁ私も、ついつい呑みすぎてしまうシザクラさんを甘やかしていた節はあります。ので、今度からシザクラさんのお財布は私がお預かりしますね。もう紐をきつく締めるどころでは更生の余地はなさそうなので」

「えっ、ちょっ、それはさすがにご勘弁をぉ……。これからはもっとお酒控えるからぁ……」

「この前も聞きましたけれど? 昨日もべろんべろんになって宿屋に帰って来たじゃないですか。お酒臭いキスされたの、私忘れませんからね、一生」

「……本当に申し訳ありませんでした」

 これまで渡り合ったどの魔物や人間より恐ろしいオーラをフィーリーから感じ取って恐れ戦き、シザクラは再び頭を垂れる。もう今度こそ、お酒との関係は断とう。絶対。二日酔いは起こすわ懐は寒くなるわでいいことなしだ、お酒なんて。絶対やめてやる。心から誓える。今なら。

「……あの、お取込み中ごめんね? 今ちょっと、話いいかな」

 ふと、声が掛かった。シザクラが顔を上げると、髪を後ろで纏めた、背の高い女性が立っていた。活発そうで、お腹などが出た露出の高い服を着た妙齢の美人。思わず目を見張ったら、横目でフィーリーに睨まれた。

 フィーリーが受け答える。

「はい、大丈夫です。こちらの話は済んだので。どうかしましたか?」

「私はシュトル。旅の行商人。あなたたちだよね、昨日あそこの町の近くで、でっかいやばそうな魔物追い払ってたの」

 シザクラとフィーリーは顔を見合わせてから、シュトルと名乗った女性に頷く。

 夜になると魔物は活発になる。それでも街道や人の手が加わった場所は避けるような傾向だったのが、最近はお構いなく姿を見せる魔物も増えた。

 今回はカエルのような魔物だった。ローゲ。首のない人の胴体に獣のような体勢を取らせたような魔物だ。人で言う首があるところが肩まで裂けて口になっている。大小様々だが、昨日現れたのはひと際大きなローゲだった。

 さすがに町まで来られては困るので、シザクラとフィーリーで対応した。シザクラが引き付け、フィーリーが例の魔物に伝わる言語で呼びかける。滞りなく上手く行って、ローゲを元居た場所に帰すことに成功した。

 ……それで思い出した。その一連の出来事で町の人達からは大層ありがたがれ、持ち上げられ。ついつい気が大きくなって飲みすぎたのだ。酒場の女の子にも格好良かったとは言ってもらえたし。……やっぱ可愛かったな、あの子。などと思っていたらまたフィーリーの鋭い眼差しを感じたので顔を引き締める。

「やっぱり。あなたたちって相当腕利きでしょ。見てたけど、連携も取れてたし動きも並大抵の冒険者のそれじゃなかった。それで依頼したいんだけれど、私たちを護衛してくれないかな。この、メルクマールって次の町まで。どうしても、通りたいところがあってさ」

 シュトルは魔石を展開させて地図を表示すると、指で示す。メルクマールはここから北。ベゲーグンへの道は外れなさそうで、そこは問題なさそうだが。

「ここの、ウォッサー水源地ってとこを通っていきたいの。そこの水、奥にある滝で掬えるんだけどすっごく澄んでて美味しいらしくてさ。いっぱい汲み取って、売り物にしようかと思って。でも街道から外れてるし、今じゃ魔物の住処になってるらしいからさ。私一人じゃ、ちょっちきついかなって思って」

 言いながらシュトルが人差し指をくいくいとする。馬車を引いた馬が、彼女の傍らまでやってくる。「この子はラッセン」と馬を紹介してくれた。白くて綺麗な馬だ。飼い主に似て。馬車は、おそらくシュトルの商売道具が積み込まれているのだろう。

「もちろん報酬は弾むよ? あなたたち、今お金そんなないんでしょ? 悪くない話じゃない?」

 シュトルが手を合わせて、シザクラたちにいたずらっぽく微笑みかけてくる。

 ……何だか。こんな展開がつい最近もあったような気がする。あの時は、幽霊船騒ぎに巻き込まれてとんでもない目に遭った。洞窟も幽霊ももう勘弁だ。このまままっすぐベゲーグンに向かった方がいいのではないか。

「はい、もちろんです。困っている人の助けになるのが、私たちのモットーですから。そうですよね、シザクラさん」

 即、二つ返事をしながら振り向いたフィーリーの笑顔は、凄まじい圧があった。言いたいことはよーくわかっている。……もうこの子、魔法とか使わなくても覇気だけで乗り切れるんじゃないだろうか。

「そ、ソウデスネ……」

 シザクラは跪いたまま、ぎこちなく頷いた。もう絶対、禁酒する。そう決めた。

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