SS「ただいま催眠中……?」

「……まぁ、こんなとこでいいかぁ。さすがにお腹すいたし、わがままは言ってらんないかなぁ。うわっ、狭ぁ。ビンボーくさいなぁ」

 家の中に入るなり、ターシェンは室内を見渡して悪態をつく。

 狭い。入り口からキッチン、生活スペースまで空間が繋がっている。さすがに寝室は扉を隔てているようだが、プライベートなしという感じの簡素な作りで、こじんまりとしている。

 小さな集落の、丘に上にある家だった。おそらくはこの集まりの長の住居なのだろう。他のは家畜小屋に等しいぐらい狭苦しくて、いるに堪えなかった。ここが一番マシというレベルだ。

 もう少し飛んでいれば、もっと人間どもの集まりがあったかもしれないが、そろそろ空腹に耐えかねていた。今すぐ淫気を摂取したい。平静を装っていたが、ターシェンの中で耐えがたい欲が渦巻いていた。

 あのサキュバスだか人間だかわからない娘との戦いで魔力を消費したのもあるだろう。そして多分、まだ気が昂っている。魔法をぶつけ合う戦いは久しぶりだ。あの愉悦と、戦いに勝利した余韻がまだターシェンの頭の軸をじんじんと滾らせていた。

 そして足のあわいも。さっきから熱を帯びて、疼いている。早く早くと、ターシェンを急くようにじゅくじゅくと。

 入口から見てすぐ、居間のところでロッキングチェアに座って、若い女が編み物を編んでいた。

 ターシェンは遠慮なく踏み込んでいく。女の前にあるソファへ向かうと、すかさずフォルが出てきて座面にハンカチを敷いた。その上にターシェンはぞんざいに腰を下ろす。

 女はターシェンたちを認知出来ない。催眠だ。だからここで何を起こそうが、女はいつも通り過ごすだろう。

 縫い棒を持った左手の薬指。真新しい指輪が嵌っていた。新婚らしい。働きに出た妻か夫の帰りを待っているのだろう。……鬱陶しい。そんな憩いの場で、こっちは好き勝手寛がせてもらおう。

「フォル、足が疲れた。靴、脱がして」

「かしこまりました」

 フォルが足を組んだターシェンの前に跪き、ブーツをゆっくりと脱がしていく。

「あーあ、あんたを担いでずっと飛び続けてたからもう足がパンパン。ねぇ、マッサージしてよ」

「かしこま……」

「は? 触んないでよ。手で揉めなんて言ってないでしょ。舌とあんたの唇で。あーしの足、気持ちよくしろっつってんの」

 ほら、綺麗にしてあげたでしょ。ターシェンは自身に浄化の魔法を施す。そして彼女の前に自らの小ぶりな足先を、指を広げて突き出した。

「はい。僭越ながら、失礼します……ん」

「ぁ……そうそう。あんたみたいな卑劣な生き物は、そうやってあーしの足にしゃぶりついてんのが、お似合いなの。わかった?」

「ふぁい……」

 フォルは躊躇なくターシェンの足の親指を咥え込み、口腔の中で舌を這わせてくる。

 ……相変わらず、生意気な舌遣い。こそばゆいと愉悦を行き来するような触れ方、力加減。舌先が指の間を擦れると、思わずぴくんと足が震え、吐息が溢れる。

「ターシェンのおみ足……。小さくて、とても愛らしくて……。ずっと、こうして、愛でていたい、です……」

「っ……。何勝手にくっちゃべってんの……っ。黙って、バカみたいに舐めるのに集中したら……?」

 足の指を更にフォルの口に突っ込んでやると。彼女はまるで乳房に吸い付くが如く、嬉々としてその足を手で掴んで舐めしゃぶる。

(こいつ、ほんとにあーしの暗示掛かってんの……?)

 フォルの目に宿る紫の妖しい光は、ターシェンの催眠の証。だから操られてはいるのだろうけれど。時折こいつの本能が混じっているような気がするのは杞憂だろうか。時々命令以上のことをしでかすのだ。まぁ、今のところ自分には従順なようなので扱ってやっている。こいつは戦闘から隠密行動も雑用までこなせるのだ。そういう人間の駒はなかなか少ない。それに、セックスも上手い駒は。

「……っ。ちょっ、とぉ……っ。いつまでベロベロあーしの足してるわけ? ヤギの拷問かっつの。きもいっ、離しな?」

 いつまでもターシェンの足に縋るように口を付け続けるフォルを蹴飛ばして突き放す。そして指を鳴らして、彼女の唾液にまみれた自分の両足を綺麗に浄化する。

 ついでに、彼女の口と舌も綺麗にしてやる。「ケホッ!」と彼女は噎せて、口から水の魔法の残滓を床に滴り落す。浄化は水の魔法。わざと口の中にそれを残してやった。

「あーあ。床に水なんて吐いちゃってきたなーい。さっさと拭ってくれる? 次からいつものやつ、やってもらうんだからさぁ」

「申し訳ございません」

 彼女はターシェンの前に座り直し、口を使用人服の袖で拭う。従順なのは、暗示を掛けているから当然。なのだけれど。何だか調子がいつも狂う。こいつと付き合っていると。

「あんた、口と舌を遣うのが随分好きみたいだから、好きなだけさせてあげる」

「指を遣うのも好きですよ。ターシェン様もですよね?」

「うっさい。いいからさっさと脱がして」

 ターシェンは立ち上がると。フォルに自分の履いているスカートを指差して告げた。

 本格的な淫気摂取の、始まりだ。

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